第18話「廃城(はいじょう)にて」
1時間と少し歩くと、森が切れて、目の前に崩れた石壁が現れた。
「ここが『廃城』です。ショーマ兄さま」
銀色の髪を揺らして、リゼットは言った。
俺たちのまわりにあるのは、地面に散らばってる石の塊と、元は建物だったものの残骸だった。
原型をとどめてるのは、石壁の土台と、一部の建物だけ。壁だけがぽつん、と突っ立ってるのは、家や小屋のなごりだろう。その前にたき火の跡があるのは、魔物たちが暮らしてた跡か。錆びた剣や、使えなくなった防具が転がってるから、よくわかる。
「……ほんとに廃墟なんだね」
「竜帝さまの時代は、正式に任命された領主さんが治めていたそうです」
寂しそうな顔で、リゼットが教えてくれる。
「その後の戦乱で、領主さんも追い出されて、あとは荒れ果てるままになってるんです」
「このあたりまで来るのも大変だからね……」
「魔物もたくさん出るからね。命の危険をおかしてまで、維持したい場所でもないよ」
ハルカはまわりを見回して、指で丸を作ってみせた。
このまわりには、もう、魔物はいないらしい。
「『黒騎士』は配下全員を連れて、みんなを襲ったみたいだね」
「全部倒したってことですね。よかった……」
俺の隣で、リゼットが胸をなでおろしてる。
俺もひと安心だ。
「それでは、我らは見回りをしている。作業が済んだら呼んでくれ」
ハルカの叔父のガルンガさんはそう言って、仲間を連れて歩き出した。
俺たちが『廃城』を探索する間、魔物が来ないように見張りをしてくれるそうだ。
「では、私たちは中を調べてみましょう」
リゼットはそう言って、剣を構えた。
ハルカも棍棒を握りしめてる。
戦闘は終わったはずなんだけどな。まだなにかあるのか?
「古い城ですから。こっそり隠れてる魔物がいてもおかしくないです」
緊張した顔で、リゼットは言った。
「竜帝さまの時代は、城には魔物よけの結界が張られていたのですけれど」
「そうなんだ?」
「当時は大陸のあちこちに城があって、そこを領主が治めていたんです。竜帝さまから、権利を預かるかたちで。竜帝さまに任命された領主さんには『結界』を張る力が与えられていたんです」
なるほどな。
だから当時は、魔物をみんな追い払うことができたわけだ。
「でも……竜帝さまが亡くなってからは結界も弱くなり、今では完全に機能してません。それでも魔力を補給すれば、多少の結界は張れますけど……ここは魔物のエリアに近すぎるせいで、長持ちしないんです。黒騎士レベルの敵が来ると、破られちゃうくらいに」
「この様子だと、結界の魔法陣も、黒騎士に壊されてるかもしれないね……」
「昔は、いつまでも続く強力な結界があったそうなんですけど」
「だよね、それがあれば……」
「もっとのんびりできるんだけどね……」
俺は言った。
リゼットとハルカが、ぽかん、とした顔でこっちを見てる。
あれ? 変なこと言った?
「言い直そう。リゼットも怖い思いをしなくて済むよね」
「ショ、ショーマ兄さまぁ!」
リゼットが真っ赤な顔で、俺の方を見た。
「やっぱり『竜帝廟』にいたとき、リゼットの話を聞いてたんですかぁっ!?」
「なんだ、兄上さまも知ってたんだ。リズ姉のこわがり」
ハルカが口を押さえて、ふふっ、と笑う。
そりゃ知ってるよな。ハルカも。幼なじみなんだから。
「ないしょにしてあげてね。村で知ってるのはボクくらいなんだから。リズ姉がこわがりで、実は暗いところが苦手で、泣き虫で、ぬるぬるしたものと辛いものが大嫌いだってこと」
「弱点多いな……」
「みんなの前では我慢してるんだよ。わかってあげて」
「ハルカっ! ショーマさまも、笑うのだめですっ!」
リゼットは頬をふくらませてた。
そんな話をしているうちに俺たちはいつの間にか、『廃城』の中心部に来ていた。
目の前にあるのは石造りの、1階部分だけが残った塔だ。
「結界はこの中にあるはずです」
「その前に、魔物がいないか見ておかないとね」
ハルカが棍棒を手に、前に出た。
ふわふわしてた表情が、真剣なものに変わる。指先で赤い髪を梳いて、ついでに角を軽くなでて、ハルカは不敵な笑みを浮かべる。
「まずはボクがまず突入するよ。兄上さまとリズ姉はさがってて」
ハルカは空いた手で塔の扉に触れた。
木製の扉は鉄で補強してあるけど、あちこち崩れかけてる。
ハルカはゆっくりとその扉を引いて──内側に飛び込んだ。
「いいよ。入って来て」
しばらくすると、中からハルカの声がした。
俺とリゼットは塔に入った。
中は、荒れ果てた部屋だった。ほんとに廃墟だ。
部屋の中央にはバラバラになった白い結晶体がある。
床の上には魔法陣が書かれている。けど、あちこち削られて、消えかけてる。というよりも、この魔法陣を消そうとして、床の敷石を掘り起こしたり、はがしたりしてる。
天井も崩そうとしたみたいだけど、途中であきらめたような跡がある。徹底してるな、魔物たち。
「ここまで破壊されたのは久しぶりですね……。竜帝さまの時代に作られた施設だから……頑丈なはずなのに」
リゼットは、はぁ、とためいきをついた。
「魔法陣も改めて書き直さないといけませんね」
「これが『魔物除け』の結界を作ってる魔法陣?」
「そうです。廃墟とはいえ、ここに立てこもられると面倒ですからね。本当はもっとまめに『魔力結晶』を補給できればいいんですけど……」
「魔物のいる森を通って往復するのは大変だからね」
「ここに住むわけにもいかないですからね。城壁、崩れちゃってますし、他の町からも遠いですから……」
なるほど。
結界を張ったら、しばらくは俺が空を飛んで様子を見に来た方がよさそうだな。
『翼人』たちに協力してもらうって手もあるか。村に来た子たちとも仲良くなったから、あとで交渉に行ってみよう。
「魔法陣の書き換えはボクがやるよ」
ハルカが言った。
「リズ姉は『邪結晶』の浄化をお願い」
「わかりました」
そう言ってリゼットは、懐から黒い結晶体を取り出した。
「これは兵士を倒したら出てきた『邪結晶』です。これをリゼットの魔法で浄化します。そうすれば、清浄な魔力を宿した『魔力結晶』に変わりますので。それを結界の燃料に使います」
なるほど。『魔力結晶』ってのは、電池の魔力版みたいなものか。
「聞いてもいい?」
「どうぞ。ショーマさま」
「それで、どのくらい保つんだ?」
「90日くらいでしょうか」
「じゃあ、これを使ってみて」
俺は『王の器』に入れておいた『黒騎士の邪結晶』を取り出した。
リゼットが持ってる結晶体は、拳くらいの大きさだけど、これは人の頭くらいの大きさがある。
見た感じ、こっちの方が保ちそうだ。
「『黒騎士』を倒したのはショーマさまです。リゼットが、それをいただくわけにはいきません」
「真面目かっ!?」
冗談かと思った……けど、リゼットの顔は真剣そのものだ。
でも、さすがに頑固すぎるだろ。
「俺が持っててもしょうがないよ。これ」
「ショーマさまは『邪結晶』の価値をごぞんじないんです。それ、町で売れば半年分の生活費になるんですから」
「義兄妹なんだから、サイフをわざわざ分ける必要もないと思うよ?」
「……う」
「それに、俺の目的は乱世が終わるまでのんびり生き残ることだから。村のまわりに出てくる魔物が減れば、その分生き残る確率も高くなるんじゃないかな?」
「……そういうことでしたら」
リゼットはしぶしぶ、といった感じで、俺から黒い結晶体を受け取った。
「では、リゼットは外で、これを浄化してきます。ハルカは、床の魔法陣を書き直してください。ショーマさまは……できれば、ハルカのお手伝いをお願いします」
「わかった。それで、どうすればいいかな?」
「そうですね……尖った石か剣で、床の魔法陣をトレースしてください。うっすらと跡が残ってますので、それがはっきりとわかるように。もともと、正確なものは失われていますので、多少ずれてもいいですよ」
なるほど。それなら俺にもできそうだ。
『王』の魔力も少し回復してるから、手伝おう。
「『命名属性追加』、『超堅』および『金棒』!」
俺はエンチャントした棍棒をハルカに渡した。
これでハルカが力いっぱい床石を叩いても折れないはずだ。
「すごいよね。兄上さまの魔法」
「語呂合わせみたいなものだけどね」
俺は床に座った。視線を低くすると、石の上に線が引いてあるのがわかる。これが消された魔法陣か。
リゼットは俺が渡した『邪結晶』を持って外に出た。
これから魔法で浄化して、使える魔力の燃料源にするらしい。
「……『竜の血』の名において、歪みを消し去る……」
開いたままの扉の外から、呪文の詠唱が聞こえる。
「青き炎をもって浄化せよ! 『浄炎』!!」
振り返ると、リゼットの手のひらから青白い炎が飛び出すのが見えた。
それが真っ黒な結晶体に絡みつき、熱していく。
煙の代わりに黒い蒸気が噴き出して、空へと上って行く。
「……あれも竜の力……なのか」
「リズ姉、あんなにすごいことができるんだから、もっといばってもいいのにね」
「うん。同感」
ハルカの言葉に、俺はうなずいた。
「そういえばリゼットは前にも『自分は竜帝の血を引くのに、たいしたことできない』って言ってたっけ……」
「それはね。さすがに。竜帝さまと比べるのは無茶だよね」
「そうなの?」
「この結界だって、竜帝さまは一度張ったらずーっと効果が出るものを使ってたんだから。あの方の能力は、神話級ものだもんね。この時代のボクたちには無理だよ」
言ってから、ハルカは俺の方を見て。
「でも、兄上さまなら使えるかもしれないね」
「無理だと思うよ。俺には、リゼットの浄化の力だって使えないんだから」
「教われば?」
「……教われば……それはできるかもしれないけど」
「ボクは、兄上さまはひそかな努力家と見てるよ」
「なにを根拠に?」
「兄上さまは異世界から来たって言ってた。でも、ぜんぜん慌ててない。冷静に、この世界のことを知ろうとしてる。兄上さまが本当にのんびりしたいなら、みんなと一緒に村に戻ってたよね? でも、そうじゃないでしょ? ボクから見てもすごいていねいに魔法陣をなぞってる」
「なにがあるかわからないからな。知識はあった方がいいだろ」
「それだけかなあ。ボクは、まるで兄上さまがこういうことに慣れてるように見えるんだよ」
するどいな……ハルカ。
確かに、慣れてるのは間違いないけどね。
中二病時代はオリジナル魔法陣を描きまくってたし、世界の敵を探して走り回ってたし。もしも異能バトルに参加することになったら……って、脳内シミュレーションもしてた。
加えて、普通になってからの受験と、就職活動。職業経験。
それが俺を「現実処理能力の高い元中二病」にしてる。
この世界に適応できてるように見えるのは、たぶん、そのせいだ。
「兄上さまが、この世界の知識を完全に手に入れたらどうなるんだろうね」
こん、ここん、と地面を突いて、ハルカが笑う。
「もしかしたら、この世界の王様になってしまうかもしれないね」
「あのね、ハルカ」
「うん。兄上さま」
「もしかしたらは俺は『竜帝廟』で、竜帝っぽい人に会ったのかもしれない」
夢の中で。
銀色の髪と、角のようなものを持っていた。
そのあと、俺には『命名属性追加』と『竜脈』のスキルが増えていた。
これが竜帝の力に似てるものなら、やっぱり俺が会ったのは、竜帝が残していった言葉とスキルなんだろう。
「だから、とりあえず帰りに2人には『竜帝廟』に付き合って欲しい。中に入ってもらって、なにか変化があるかどうか確かめたいんだ」
「ボクは入れないけど……」
「俺が扉を開けるよ。そうすれば、リゼットとハルカも入れると思うから。それでスキルが増えるかどうか、確かめて欲しい。もしもスキルが増えるなら、生き残る助けにもなると思うから」
「でも、リズ姉はまじめだからね……自分の力で入れるようになるまでがんばる、って言うかも」
「そこらへんは上手くやるよ」
実際のところ『竜帝』のスキルには謎が多すぎる。
リゼットに同じものが宿ってくれれば、使い方もわかるはずだ。
そんなことを考えながら、俺は超堅い剣で床を削っていく。
魔法陣の線をトレースしていく。ハルカは、うっすらと、って言ったけど、思ったよりはっきりと残ってる。これがうまく行くかどうかで村の安全性が決まるからな。細かいところまでしっかりと描いていこう。
「……兄上さま」
ふわ、と、俺のほおに息が触れた。
気がつくと、ハルカが俺の手元をのぞき込んでた。
「なんだか、妙に細かくないかな? この魔法陣?」
「そう?」
「そうだよ。床にはこんな線やこんな図形は残ってないよ?」
「? 残ってるけど?」
「残ってるの?」
「うっすらと浮き上がって見えるよ。ここに魔力が通ったあとというか……」
魔力が通った跡?
あれ……? どうしてそんなものが見える?
「ハルカには見えないの?」
「ボクには、石に刻まれた線しか見えないよ?」
ハルカは鼻がくっつきそうな距離で──って、近い近い。
「あのね、兄上さま。『竜帝』さまは、大地を流れる魔力を利用して、魔物除けの魔法陣を描いた、って伝説が残ってるんだ」
「大地を流れる魔力?」
「もしかして兄上さまには、そういうものが見えるのかな?」
……まさか、それが『竜脈』の力なのか?
というより、魔法陣のデザインに見覚えがあるんだが。正確には、元の世界で中二病時代に、さんざん本を読んで勉強しまくった魔法陣とそんなに変わらないからだ。
『悪を寄せ付けない』オリジナル魔法陣をよくノートに書いてて、それをさらに高度化するために、図書館でそれっぽい本を借りて読みまくった。
この世界の魔法陣も基本はそんなに変わらない。その上、俺は魔力の薄い世界で魔力を感じ取る訓練をしてたせいで、魔力を感知して取り入れる能力が高くなってる。
だから古い魔法陣に使われてた魔力を読み取ることができる、ってことかな。
「……なんだかなぁ」
中二病時代の俺──『鬼竜王翔魔』よ。
元の世界ではまったく役に立たないスキルを覚醒させるために、努力しすぎだろ。もうちょっと別のことに力を注ごうよ。そうすれば元の世界になじんで、普通に生活できてたかもしれないのにさ……。
「いいんだよ。兄上さまはそれで」
気がつくと、ハルカが笑ってた。
「ボクはそんな兄上さまがすっごく好きだよ。不器用で、優しくて。すごく」
「この世界の義妹は、義兄にまっすぐ好意をぶつけるルールでもあるの?」
「さー、どーかなー」
そう言ってハルカは、赤い髪をくしゃくしゃとかき混ぜて、
「ずっとボクたちと一緒にいれば、そのうちわかると思うよ、兄上さま!」
俺が目のやり場に困るくらい、めいっぱいの笑顔を見せたのだった。
その後1時間くらいかけて──魔法陣は書き上がった。
というわけで、拠点をもらう準備ができました。
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