第17話「覇王の拳に宿るのは、魔力と言葉で編んだ刃」
本日は2話更新しています。
今日はじめてお越しの方は、第16話からお読みください……。
「でええりゃあああっ!!」「なめんじゃねぇぞ『黒騎士』!」
止める暇もなかった。
鬼族の村人は、2人同時に棍棒を振り下ろした。
だけど──
『くだらぬな。下等な亜人が』
『黒騎士』は2本の棍棒を──2つの盾で、受け止めた。
鉄を打ち鳴らす音がした。
俺が強化した『棍棒』は簡単には歪まない。折れない。それを『黒騎士』はまともに受け止めてる。
冗談みたいな光景だ。鬼族の大人2人分の打撃を、一体で。
『たかが鬼族2匹で、この黒騎士メセトラトを倒せると思ったか!?』
黒騎士は余った2本の腕で、槍を振った。
がぎぃんっ!
俺の棍棒がその槍を、受け止めた。
「うぉ?」「兄ちゃん!?」
「……さがっててください」
俺はそのまま『鬼の怪力』で奴の槍を押さえ込む。
鬼族の人たちは素直にさがってくれた。
『黒騎士』はできるだけ楽に、確実に倒したかったんだけど、しょうがないか。
『来たな! 「上天に座する第8天の女神の仇敵、異形の覇王」!』
『黒騎士』の目が、兜の奥で点滅した。
笑っているようだ。
「記憶力だけはほめてやるよ、黒騎士」
俺は言った。
『鬼の怪力』は維持してる。位置を変える。森の木が、奴の背後に来るように。
うん。こんなもんか。
『貴様は駆除せねばならぬ相手のようだ。我と対等に打ち合える鬼よ!』
「勘違いしてるようだけど」
言いながら、俺は『鬼』の魔力ゲージを確認する。
「俺がおそれていたのは、お前に逃げられること、それだけだ」
『──な!?』
「森の中、逃げたお前を探して飛び回るのは面倒だろ? だから集団で取り囲んで、確実に倒せるようにしたかった。もうちょっと時間があれば、それができたんだけどな。残念だよ」
『減らず口を!』
『黒騎士』の残り2本の腕が、動いた。
『だが、どうするつもりだ!? 鬼一体では我は止められぬぞ!』
奴は盾を振りかざし、そのまま俺の頭に叩き付けようとする──。
「魔力を注入──」
俺は『鬼種覚醒』の魔力消費量を上げた。
変身時間を短くして、その分、腕力を上げる。
元々『鬼種覚醒』は、俺がめいっぱい力を出したい時に気合いを入れるためのスキルだった。元の世界では気分的にしか腕力が上がらなかったけど──
この世界では魔力を消費して、実際に力を倍加させることができるはずだ。
「消費魔力3倍! 『鬼の怪力、3倍』!!」
俺は棍棒を振った。
金属と同等の堅さを持つ棍棒──『金棒』の先端が『黒騎士』の盾に当たる──食い込む──叩き割る!
『うおおおおおおおおをををををを!!!?』
『鬼の怪力』x3の威力でぶつけた『棍棒』は止まらない。
そのまま黒騎士の籠手を砕き、手のひらを潰す。その頃には『黒騎士』はもうひとつの盾を棍棒の前に突きだしてる──が、こっちの威力はまだ余裕がある。2つめの盾も砕き、そのまま奴の2本目の腕を潰して──引きちぎる。
そのままの勢いで振り上げた棍棒はさらに奴の馬の頭を砕き──突き抜けた。
『グアアアアアアアアアアッ!!』
馬が絶叫しながら倒れる。
同時に、俺の手元で、金属が割れる音がした。
「あ」
エンチャント済みの棍棒が砕けた。さすがに限界だったか。
『ギイイイザアアアアアマアアア!! ナンダ、なんだこれはああああっ!!』
「貴様に語る必要があるか?」
『鬼種覚醒』の『鬼の怪力』は威力を上げた分だけ、変身時間が短くなる。
『3倍』を使えば3分の1に。『4倍』なら4分の1になる。
今の一撃で『鬼種』の魔力は激減した。あと、いくら魔力で身体を強化してるといっても、これ以上は筋肉痛が必至だ。
「なのに……まだ生きてるのかよ。面倒だな」
こっちは戦闘は素人だってのに。
だから、楽に──確実に仕留めたかったんだ。
俺は英雄でも勇者でもない。ただの『現実処理能力の高い、元中二病』だからな。確実で、楽な方法を選ぶよ。
『許さぬ──いぎょうのはおおおおおおおおっ!!』
『黒騎士』の腕はまだ2本残ってる。その上、なんかぶつぶつつぶやいてる。あれは……呪文か。
「『鬼種覚醒』解除!」
即座に俺は変身を解除。通常状態に戻る。そして、
「『異形の覇王の名において──』『竜種覚醒』!!」
『……許さぬぞ「上天に座する第8天の女神の仇敵──」』
「我が敵を焼き尽くせ──竜の息吹よ! 竜咆!!」
俺は手のひらに魔力を集め、一気に息を吹き出した。
『────ちょ!?』
『黒騎士』がこっちを見る。奴の指先に炎が灯る。だけど、俺の方が早い。
『う……おおおおおおおああああああああああっ!』
俺の口元から噴き出した火炎が、奴の身体を包み込んだ。
『竜種覚醒』の奥義、『竜咆』だ。
反撃を受けることも考えて、威力は5割に押さえてある。『竜の鱗』を使う分を残しておかなきゃいけないからな。
『……キザマ……なんだ。貴様は一体なんなのだ!?』
それでも、威力は充分だったようだ。
『黒騎士』の左半身には穴が空き、左腕も消し飛んでる。それでも生きてるのは、さすがは上位の魔物ってところか。俺たちとはまったく違う生物なんだな、こいつは。
敵はまだこっちに向かってくる。
もう一発『竜咆』を撃てば完全に倒せる。けど『竜種覚醒』が使えないときのことも考えて、もう少し楽な方法を考えておきたい。たとえば──
「発動。『命名属性追加』」
俺は言葉の力──『命名属性追加』の3つ目のスロットを使うことにした。
なにを『強化』するかは決めてある。
拳を握って、胸の前に持ってきて──
「『我が拳に告げる。汝の名は正拳』──『類似なる言霊を受け入れよ』──『汝に与える属性は』──」
息を吸い込んでから、俺は告げる。
「『正拳』──転じて『聖剣』と為す。王の命名を受け入れよ!!」
俺の拳が光を放った。
さらに、金色の魔力が伸びて、長さ1メートル弱の剣の形になる。
『人の世はすでに終わっている!』
『黒騎士』が叫んだ。
死んだ馬から降り、こっちに向かって走ってくる。
『我らが王は人と亜人を滅ぼし、新たなる世を作る! 偉大なる「黒炎帝」が望まれた通り──』
「そういうの、いいから」
俺は『聖剣』を振り上げ──振り下ろした。
魔力で作られた剣が、『黒騎士』の槍に触れる。そのまま、両断する。
『──ばか、な!?』
「悪いけど、俺はそういうのは卒業したんだ。だから、お前のことは現実的に処理する」
『聖剣』はそのまま、『黒騎士』の鎧に食い込んでいく。肩。胸。胴体までも。
代わりに、『王』の魔力があっという間に減っていく。
尽きる直前、剣は『黒騎士』をまっぷたつに斬り捨てた。
「──俺はただ、居場所と家族を守るだけだ。アラサーの俺が望むのは、それくらいだよ」
『……おの……れ……異形の覇王……め』
『黒騎士』の身体が崩れていく。
肉体と、鎧が粉のようなものに変わって、空気に溶けていく。
あとに残ったのは、黒い、人の頭くらいの大きさの結晶体だった。
上位の魔物は、死ぬとこういうものになるのか……。
「ショーマさま!」「兄上さまーっ!!」
森の向こうからリゼットとハルカの声がする。
戦闘音も、いつの間にか聞こえなくなってる。魔物は全滅したようだ。
「ショーマさまっ!」
がばっ。
「ちょ? リゼット……どうした?」
「大丈夫ですよね? 怪我、されてませんよね!? 生きてますよね?」
「生きてるけど。どうして?」
「『メセトラトの黒騎士』は?」
「兄上さまが倒したみたいだよ。リズ姉」
ハルカが、地面に落ちた『結晶体』を抱え上げていた。
触っても大丈夫なのか。それ。
「これだけのサイズの『邪結晶』を持つのは『メセトラトの黒騎士』以外にいないよ。おそるべき力だね……兄上さま」
「やっぱりショーマさまはすごいです。どうやって『黒騎士』を倒したのですか?」
「『聖剣』で」
「「聖剣?」」
リゼットとハルカは首をかしげた。
この世界には、そういうものはないのか。そっかー。
「現在の皇帝陛下──『捧竜帝』さまの宝物庫にはさまざまな宝剣や武具があると聞いたことがありますが……『聖なる剣』……『黒魔物』や『黒魔法』と相反する力ってことですか?」
「だいたいそんな感じだよ、リゼット」
「……ショーマさま」
リゼットは胸を押さえて、なんだか感動してるみたいだった。
ハルカもほっぺたを赤くして、ため息をついてる。
「そんな力まで持ってるなんて……ハルカ=カルミリア。感服だよ」
「……力だけじゃどうしようもないけどな」
実際のところ、俺はこの場では「ちょっと小技の効く一兵士」でしかない。
職場で言うなら『仕事内容や取引先のことは知らないけど、パソコンの使い方が上手い新入社員』みたいなものだ。
「今回はたまたま、敵が俺のことを知らなかったから倒せただけだ」
「……ショーマさま」
「だから、あとでもうちょっと詳しく、この世界のことを教えて欲しい」
俺の目的は、この乱世が治まるまでの間、居場所を見つけて生き残ること。
そのためには自分のまわりくらいは平和にしておかなきゃいけない。
幸い、リゼットたちの『ハザマ村』は俺を受け入れてくれてる。だから俺とリゼットとハルカの目的は一致してるんだ。村の平和を望んでるのは、2人も同じだから。
「……世界と戦うのは、10年以上前に辞めたからな」
世界の敵を探すのも。
自分の異能で、世界を変革しようとするのも。
俺ができるのは、ご近所をとりあえず平和にするくらいだ。
「村のみんなも無事みたいだよ。兄上さまのおかげだね」
ハルカは森の方に手を振ってる。
そっちには魔物と戦ってた鬼族のひとたちが集まってる。みんなボロボロだけど、大きな怪我をした人はいない。みんなそれぞれの武器を手に、笑ってる。
俺の『命名属性追加』が役に立ったようでなによりだ。
「……そろそろ武器の強化を解除するよ。いいかな」
俺は言った。
『王』の魔力ゲージが、そろそろ切れかけてる。
『超堅い長剣』『金棒っぽい棍棒』のエンチャントはそんなに魔力消費はないけど、『聖剣っぽい正拳』は威力が高い分だけ魔力を大量消費してる。魔力が底を尽きかけるくらいに。
「村人全員聖剣持ちなら、町を守るのは楽だって思ったけど……そうもいかないか」
竜帝さんからもらったスキルは、魔力調整にちょっと難がある。
元の竜帝さんは、どうやってその魔力を確保してたんだろうな。
「ありがとうございました! お客人!」
がしっ。
突然、鬼族の男性が俺の手を握った。
「我はハルカの叔父のガルンガと申します。危ないところを助けていただき、お礼の言いようもございません。『メセトラトの黒騎士』を倒したあの手並み、鬼族の我らにとっても伝説級のものでありました!」
「運が良かっただけですよ」
俺は言った。
毎回、これを期待されてもこまるから。
「それより、皆さんは本当に大丈夫なんですか? 腕から血が出てる人もいますけど……」
「我ら鬼族。回復速度には自信があります!」
「お言葉ですが、ガルンガさん」
たしなめるように、リゼットが言った。
「夜明けからの戦闘でみなさん疲れていらっしゃるでしょう。それに、戦闘に支障のある方もいらっしゃいます。数名残して、村に帰した方がいいと……リゼットは思います」
「ボクもリズ姉の意見に賛成だよ」
ハルカが、リゼットの言葉を継いだ。
「黒騎士は倒した。残りは雑魚の黒ゴブリンだけ。それなら、ボクとリズ姉でなんとかなるからね。ガルンガおじさんともう一人、ついてきてくれるとうれしいな」
「「おうっ!!」」
ガルンガさんともう一人、ごつい感じの鬼族さんが手を挙げた。
そろって、不敵な笑みを浮かべてる。やる気まんまんだ。仕事、楽しそうだ。
「でも……まだなにかあるのか?」
敵は倒した。ボスも仕留めた。
あと残ってるのは──
「そういえば、この先に敵の本拠地があるって言ってたっけ」
「はい。この森の奥にある廃城が、黒魔物の巣になってたんです」
リゼットは言った。
「まだ、魔物の残党がいるかどうか確認に行かないと」
「……そっか」
リゼットの声が震えてるような気がした。
初めて『竜帝廟』で出会ったとき、リゼットは「戦うのが恐い」って言ってたんだよな。震えてる、って思うのは、俺がそれを覚えてるからか。
……俺の魔力の残量は、と。
使い切ったのが『王』と『翔』。『竜』と『鬼』は3割くらい残ってる。歩けばそのうち回復するだろ。『魔』はまだ覚醒してない。これも、そのうち使えるようになるはず。
「俺も、ついていっていいかな?」
「いいんですか? ショーマさま」
リゼットは驚いたように、俺を見た。
「構わない。魔物の本拠地がどんなものか、興味があるから」
「ありがとうございます!」
リゼットは勢いよくうなずいた。
正直なところ、知らない人と一緒に行動するのがめんどくさいというのもあるのだけど。『ハザマ村』の知り合いは、リゼットとハルカと、あとは子どもたちしかいない。
リゼットたちが戻ってくるまで彼女の家でぼんやり待ってるというのも落ち着かないし、ノリのいい村人たちと話をするのもちょっと疲れる。
ここはリゼットとハルカと、一緒に行動した方がよさそうだ。
「おうさまー」「わたしたち、そろそろ帰りますー」
頭上から、ハーピーたちの声がした。
「おー。ありがとう。助かったよ」
「いえいえー」「お手伝いができて、光栄です」
ちっちゃなハーピーたちは、羽根を広げて笑ってる。
「このことは」「村の者に伝えます」
「「いずれ改めてご挨拶にいきますので!!」」
そう言って、ハーピーたちは飛び去っていた。
それから俺たちは、村に戻る人たちを見送った。リゼットとハルカたちは、村人たちに何度も手を振ってた。俺もその隣で手を振ったあとは、深呼吸して魔力の回復。
しばらくして、準備が整ったので。俺たちは森の向こうを目指して出発することにした。
そんなわけで、ボスを倒したので、拠点奪取に向かうことになります。
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