第15話「第1次ハザマ村周辺森林会戦」
──ハザマ村の戦士たち視点──
戦況は最悪だった。
村人たちの目的は、森の向こうにある『廃城』への防御拠点を作ること。あそこに住み着いた上位の魔物──『黒騎士』のせいで、魔物たちが組織立った行動を取るようになり、村や、森に入った村人の危険度が増していたからだ。
なんとか森に防御のための拠点を作ろうと考えはじめたのは1ヶ月前。
それから色々と計画を練り、柵と落とし穴を作ることを決めた。その背後に小屋を建てれば、簡易的な拠点ができる。鬼族の腕力なら、夜のうちに深い穴を掘ることができる。そんなに難しい作業ではない。すぐに終わるはずだった。
だが、作業の途中で敵に発見された。
落とし穴を掘っている途中で、黒い甲冑をまとった兵士たちが襲いかかってきたのだ。
逃げることもできたが、そうすれば勢いづいた敵が村まで押し寄せることになる。
敵は『黒兵士』と『黒ゴブリン』数は40弱。こちらの倍だが、戦えない数じゃない。
ある程度、敵をたたいてから逃げるつもりだったのだが──
「……奴ら……固すぎる」
鬼族の男性は、折れた長剣を恨めしそうに見つめていた。
作りかけの柵は簡単に破壊された。落とし穴──空堀も、まだ途中だ。魔物の群れを防ぐ役には立ってない。
その上、長時間の戦いのせいで、村人たちの武器まで壊れ始めていた。
「お前の棍棒はどうだ?」
「ご覧の通りだ。まっぷたつに折れちまった。まぁ、戦えないこともないが」
鬼族の村人は、中央で折れた棍棒を両手に掲げて、肩をすくめた。
「リゼットさまなら、目や口を狙って突くこともできようが」
「鬼族はおおざっぱだからなぁ。わしらには無理だ」
隣でうずくまる鬼族の男性が、皮肉っぽく笑う。
「時間をかけすぎた。村が手薄になっているが……」
「あちらにはリゼットさまとハルカがいる。こいつらが来てもなんとかなろうよ」
「そう……だな!」
ぶんっ!
鬼族の男性が、握っていた棍棒を振った。
固い音がして、鎧をまとった戦士が吹き飛ぶ。
同時に、棍棒が砕けた。鬼族の男性は毒づきながら、棒を捨てて拳を構える。
『……鬼族に、告げる』
吹き飛ばされた黒い兵士が起き上がる。
盾がへこんでいるが、ダメージを受けた様子はない。
他にも十体を超える『黒兵士』、『黒ゴブリン』が隊列を組み、ゆっくりと近づいてくる。
前と左右、三方から村人たちを取り囲もうとしているのだ。
『この森は我々の領土とする』
兜の中で赤い目を光らせて、『黒い兵士』は言った。
『貴様らはここで終わる。生き残りの者は、村にこもっていればいい。この森に、我らの同胞があふれるまで』
『鬼族を駆除するのはそれからだ』
『それが黒騎士メトセラトさまの意思』
「そんな馬鹿な話があるかよ! 俺らだってこの森で生きてるんだ!」
「村の者たちだって、そんな状態じゃ生きていけねぇだろ!?」
「これから畑を切り開こうって時だ! 邪魔されてたまるものか!」
村人たちは武器を振り上げ、叫んだ。
『お前たちにとっての、幸せな時代は終わったのだ』
黒い戦士たちは言った。
『我ら「黒魔物」が亜人に代わり、人間の隣人となる。人間と戦うのは、もっと楽しかろう。秩序がなければ混沌もない。破壊するものがあるのは楽しいものだ』
「……勝手なこと言いやがって」
鬼族の男たちは武器を握りしめた。
すでに敵は、こちらを包囲しかけている。開いているのは後ろ──村への逃げ道だけだ。
だが、兵士たちの背後には、弓を構えた一隊がいる。
おそらく、背中を向けて走り出した瞬間、矢が飛んでくるだろう。
それはわかっている。けれど、武器の大半は折れて、ゆがんで、使い物にならなくなっている。
あとは素手で戦うしかない。
包囲を破って、村に向かう。
そのあとは村の城壁を頼りに戦う。
鬼族の男性たちは互いに顔を見合わせ、うなずいた。
『逃がしはしない』
黒い甲冑の兵士は、笑っている。
『絶望せよ。それこそが我ら「闇の種族」にとっての……』
「うるさいです。誰もあなたたちの言葉なんか聞きたいと思ってませんよ?」
頭上から、声がした。
次の瞬間──
『ギャアアアアアアアアッ!』
絶叫があがった。
真上から振り下ろされた長剣が、甲冑ごと兵士をまっぷたつにしたのだ。
「さすが……『超堅い』ですね。ショーマ兄さまの剣は」
地上に降り立った少女が、銀色の髪を揺らしながら、笑った。
彼女は空中から降ってきて、その勢いのまま黒い兵士をまっぷたつにしたのだ。
「鎧ごと斬り捨てても、はこぼれもしません。これならいつまでだって戦えそうです」
魔物たちの背後に降り立った少女が、長剣を振った。
村人たちは目を見開いた。
彼女がこんなところにいるはずがない。突然の戦闘で、鬼族たちは村に伝令を出す暇もなかったのだ。もしも出したとしても──こんなに早く助けが来るはずがない。
『ハザマ村』最強の『竜の血』の少女は、村にいるはずなのだから。
「兄さまの命により、リゼット=リュージュ。救援に参りました!」
なのに、目の前の少女は高らかに宣言した。
村人たちがその姿を見間違えるはずがない。
ほっそりとした身体に、銀色の髪。そして強い意志を宿した桜色の瞳。そして少しだけ尖った耳の後ろにある、水晶の角。
間違いない。ハザマ村に住む『竜帝の末裔』リゼット=リュージュだ。
「リゼットさま……どうしてここに!?」
村人たちが声をあげた。
「リゼットは村の防衛役ですよ?」
少女は村人たちを見ながら、微笑んだ。
「村の方々が危険なら、どこへだって駆けつけます。兄さまも翼を貸してくださいました……もちろん、空を飛ぶのははじめてですから、ちょっと……ぎゅっと、抱きついちゃいましたけど」
そう言って少女はほほを染めた。
村人たちが見たこともない、恋する乙女のような表情で。
『ギギ!?』『ナ、ナンデ?』
背後を突かれた魔物たちが声をあげる。
奴らは半円形の隊列を組み、村人たちを包囲しようとしていた。リュージュはその背後に降り立ったのだ。魔物たちの後衛は、弓矢を持つ兵士とゴブリンたち。いきなり接敵され、あわてふためいている。
その隙を見逃すリゼットじゃない。
「本当は──ショーマ兄さまに強化して頂いた剣は、大事にしまっておきたいのですけど!」
リゼットは剣をつかんだまま、走り出す。
目の前にいる黒ゴブリンの弓と矢筒を、胴体ごと薙ぎ払う。
村人たちは、見ているものが信じられなかった。
固いはずの兵士と、黒ゴブリン。その身体を、リゼットの剣は問答無用で切り裂いていく。
「強いですよ……だって、リゼットの兄さまがくださった剣ですから!」
『グガアアアアアアッ!』
毒々しい血をまき散らしながら、斬られた兵士が倒れ伏す。
『囲め! 囲めええええええっ!』『集団でかかれ!』『取り囲んで殺すノダ!!』
魔物たちが絶叫し、リゼットを包囲にかかる。
しかし──
「囲まれてるのはそっちだよ? わかんないの?」
また別の声が、頭上から響いた。
『グガロガァッ!』
叫んでいた『黒い兵士』の身体が、吹っ飛んだ。
『グガラッ』『ゴグバッ!?』
隣にいた『黒ゴブリン』数体がそれに巻き込まれた。兵士と魔物が、ひとかたまりになって飛んでいく。3体は樹木に当たって地面に転がる。どれほどの打撃だったのか、身体はすでにひしゃげている。元々ひとつの生き物だったかのように絡み合い、もう身動きひとつしない。
「ハルカ=カルミリア、見参だよ! みんなをいじめる、悪い魔物はどこかな!?」
リゼットの隣に、長大な棍棒を掲げたハルカが立っていた。
赤い髪をうっとうしそうにかきあげて、不敵な笑みを浮かべている。
「この武器は初使用だからね! 手加減はできないよ! 覚悟してかかってきなよ!」
『ふっ……棒を振り回すしか能がない鬼ども────ガッ!?』
振り下ろしの一撃をまともに受けた兵士の身体が、折れた。
肩を砕かれ、背骨を割られ、そのまま地面に倒れて動かなくなる。
「……なんだ、あの武器は?」
「……オレらと同じ棍棒だよな。なんで兵士の鎧を砕くほどの威力が?」
リゼットとハルカの姿に、鬼族の戦士たちは目を丸くしていた。
自分たちは魔物に囲まれかけていた。2人が村から来たなら、自分たちの背後から現れるはずだ。なのにリゼットとハルカは魔物の背後を突いてきた。いつの間に? 走って来たら間に合うはずがないのに? それに、あの強すぎる武器は?
「お話中すいません」
ばさり、と羽ばたく音がした。
鬼族の村人たちが振り返ると、木々の間に、見慣れない服を着た男性がいた。。
人間だ……たぶん。一瞬、背中に真っ白な翼が見えたような気がするけれど──気のせいだろう。今は角も翼もない。完全な人間の姿だ。
「人間がどうしてここに?」「何者だ?」「人間の領土の者か?」
「リゼットとハルカの家族──いえ、知り合いです」
男性は軽く頭を下げて、なにもない空中に向かって手を伸ばした。
「武器の補給に来ました」
彼がなにかを引き抜くようなしぐさをすると──長剣が現れた。
さらに同じようにして、今度は棍棒を取り出す。なにも持っていないはずなのに、あとからあとから武器が出てくる。取り出したのは長剣と棍棒、合計20本。
村人の数と同じだけの武器を、彼は村人の前に並べていく。
「俺はショーマ=キリュウと言います。詳しい事情は後で話しますけど、あなた方の敵じゃないです」
「ど、どこから来た!?」
「どうやってここに!?」
「どこから武器を出したんだ!?」
「人間? 商人か!? もしかして──上位の魔物か!?」
長時間の戦闘で疲れ切っていたからだろう。
鬼族たちは人間──ショーマを遠巻きにしたまま、武器に手を伸ばそうとしない。
「……やっぱすぐに信用してくれってのは無理か」
男性──ショーマは額を押さえた。
首を振って、宙を見据えて、なにかを考え込むようにつぶやいている。
「しょうがない、翼人のときと、同じ手でいこう。『異形の覇王の名において』──っと」
ショーマの黒髪が、波打ち始める。
細かった瞳がつり上がっていく。そして頭頂部には、真珠色の角。
「『鬼の力をここに』──『鬼種覚醒』!!」
「「「──な!?」」」
村人たちは声をあげた。
彼らの目の前にいた男性が数秒の間に、彼らと同じ──鬼族の姿へと変わっていたからだ。
「「「他人とは思えない!!」」」
「誇りある鬼族の者よ、異形の覇王の言葉を聞け!!」
ショーマは地面を踏みしめ、一喝した。
「俺は貴様らの敵にあらず! 故あってリゼットとハルカの仲間となった者である。彼女たちが使っているのと同じ武器を届けに来た!!」
「「「なるほどっ!!!」」」
「戦士たちに問う。お前たち──いや、あなたたちはまだ、戦えますか?」
男性はなぜか照れくさそうに横を向いて、それから、言った。
「戦えないなら、俺とリゼットとハルカで脱出を支援します。武器を取って、まっすぐ村まで走ってください。リゼットとハルカは俺があとで回収します。戦うなら──」
「……戦うに決まってるだろう!?」
鬼族の一人が、叫んだ。
「ここまでしてもらったんだ! 魔物たちとの決着をつけてやる!!」
「鬼族の治癒力は超一流だ! 武器さえありゃ、魔物なんかどうってことはねぇ!!」
「武器を貸してくれ! 兄ちゃん! あんたとリゼットさま、ハルカさまの助けにむくいたい!!」
そうして彼らは一斉に雄叫びをあげた。
「わかりました。じゃあ俺は」
「あんたは休んでいてくれ。ここまで来てくれただけで十分だ。あんたはもう、鬼族にとっては恩人だ」
鬼族の──一番ガタイの大きい男性が、困ったように頭を掻いた。
「初対面でここまでしてくれるなんて……伝説に聞く『竜帝』さまでもそれほどの器はなかろうよ……ははっ」
そうして鬼族の男性たちは武器を取り、走り出す。
自分たちを取り囲む『黒い兵士』と『黒ゴブリン』に向かって。
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──ショーマ視点──
「俺の仕事はここまでかな」
なんとなく、頭のてっぺんに手を伸ばす。
やっぱりだ。角がある。子どもたちと同じような、堅いものが手に触れてる。
「これが『鬼種覚醒』か。やっぱり角が生えるんだな」
元の世界では、実際に覚醒したことないからね。
『鬼種覚醒』の効果は、『筋力上昇』『再生能力上昇』『スーパーアーマー』と『ガードキャンセル』だ。戦闘にはまだ自信がないけど、この場を生き残るには十分だろう。
「ハルカを運んでくれてありがとう。ハーピーたち」
俺は頭の上に声をかけた。
2人のハーピーたちはすぐそこの、背の高い樹の枝に留まってる。
「お前たちは、安全なところにいて。俺はここで背後を見張ってるから」
「承知なのです!」「ご心配感謝します。王さま!!」
ハーピーたちの声と、軽い羽音が帰ってくる。
俺は樹を背にして武器を構えた。
魔物の群れに突っ込んでいった村人たちは、武器を振り回して戦ってる。さっきまでの劣勢が嘘みたいだ。『命名属性追加』でエンチャントした剣は『兵士』の盾も剣も問答無用でたたき割ってる。ゴブリンたちは、村人が振り回す棍棒の勢いに近づけない。殴られれば胴体がひしゃげて吹っ飛ぶんだから当然だ。
さらに、魔物の群れの背後からは、同じ武器を持ったリゼットとハルカが向かって来る。
「鬼族の女性たち! 急がなくていいからね!!」
「そっちに逃げた魔物の相手だけをしてください! 余裕があったら、矢を!!」
戦いながらハルカとリゼットは叫んでる。
当然、鬼族の女性なんか来ない。俺とハーピーで運べたのは2人だけ。だから、これは完全なハッタリだ。だけど、敵にはそれがわからない。そもそもリゼットとハルカが現れたこと自体、奴らにとっては予想外だ。
『グオオオオオオォ!?』
だから魔物たちは恐怖の叫び声をあげてる。
前後から挟み込まれてパニック状態で、逃げることもできずにいる。
「……俺の出る幕はないかな」
今のところ俺の能力は、集団戦向きじゃないからな。
『鬼種覚醒』を使うのははじめてだ。ここは支援に回った方がいい。必要になったら『竜種覚醒』のブレスをぶっぱなそう。
「大火力が必要になったら言ってくれ! いつでも撃つ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
村人たちの叫び声が返ってくる。
俺はここで背後を守ってることにしよう。
万が一に備えて──まぁ、ないとは思うんだけど。
そんなわけで、空から支援が降ってきました。
次回、第16話は、明日の同じくらいの時間に更新する予定です。
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