第13話「翼を持つ種族と、第3の覚醒」
次の日の朝。
俺はベッドの上で、これからのことを考えてた。
耳を澄ますと、外で物音が聞こえる。リゼットはもう起きてるみたいだ。
「スキルの確認でもしておくかな」
俺が今使えるスキルは『鬼種覚醒』『竜種覚醒』、収納スキルの『王の器』
『竜帝廟』で手に入れた『命名属性追加』と『竜脈』、この5つ。
村を守るだけなら『竜種覚醒』と『鬼種覚醒』だけで間に合うけど──。
「俺だけがいくら強くなっても、限界があるんだよな……」
元の世界でもそうだったっけ。
仕事が増えた分だけ自分のスキルを上げて、単位時間でこなせる量を増やしていったら──逆に回ってくる仕事が増えた。他の人にはできないから、って。それに合わせてまたできることを増やしていったら同じことの繰り返しで、結局、限界が来た。
「……あのときは本気でキレかかってたからな」
同じことをしないようにしないとな。あと、できるだけ楽ができるように。
俺は頭の中で、この村と森の位置を確認した。
この村は辺境にある。文明のはずれにあるせいか、魔物に襲われやすい。
となると、俺が楽をするためには、村そのもの防御力を上げるのがてっとり早い。
たとえば硬い敵でも倒せるような、丈夫な武器なんかがあればいい。女神さまからもらった長剣、戦闘で欠けちゃったからな。魔物と戦うと、どうしても武器も消耗するんだ。
できれば人か物を強化するスキルがあればいいんだけど……。
「この『命名属性追加』って、そうなのかな」
でも、このスキル、どんな感じで使えばいいんだろう。
……実験してみよう。
俺は『王の器』から長剣を取り出した。
昨日の戦闘で折れて、3分の2くらいの長さになってる。これを強化するとなると。
「『命名属性追加』──『長剣よ、切れ味を増せ』」
……反応なし。
念のため、服の袖に当てて引いてみる。切れない。刃もボロボロだからね。
使い方が違うのかな。
「じゃあ『長剣よ。お前の名前はエクスカリバーだ。聖剣の切れ味を、ここに』」
……これも反応なし。
こっちの世界に来て、魔力を感じ取れるようになったから、わかる。
『命名属性追加』は機能してない。長剣もそのままだ。
「『命名』ってことは、名前をつけるんだと思ったんだけどな」
違うみたいだ。
しょうがない……誰かに聞いてみよう。
竜帝さんがくれたスキルなら、竜帝さん自身のことを知れば、ヒントが得られるはず。
俺は外に出ることにした。
「あ、ショーマお兄ちゃんだ!」
「おはようございます。ショーマさまー!」
村の広場に、子どもたちが集まってた。
中央にいるのはハルカだ。白い寝間着のようなものを着て、手足を伸ばして深呼吸してる。
「……ふぅ」
目を閉じたまま息を吐き出して、それからハルカは、俺の方を見た。
「おはようございます。兄上さま」
「おはよう。ハルカ」
そうだった。昨日、俺とハルカは義兄妹になったんだっけ。
兄上さま、って改めて呼ばれると、むちゃくちゃ恥ずかしいな……。
「早いね。ハルカもリゼットも」
「ボクはみんなとやることがあるからね!」
「リゼットは?」
「リズ姉は兄上さまの寝顔を見たがってたからね!」
ばしゃん!
家の裏手で水音がした。
リゼット……俺が寝ている間になにしてたんだろう……。
「義妹が義兄の寝顔を見たがるのは当然のことだよ。この世界のルールだけどね」
「……そうなの?」
……この世界のルールならしょうがないのかな。
ハルカはにやりと笑ってるしてるから……なんかだまされてるような気もするけど。
「それで、ハルカたちはなにをしてるの?」
「魔力を取り入れる体操だよ」
ハルカは腰に手を当てて、大きな胸をえっへん、と張った。
子どもたちも左右に並んで同じようにする。仲いいな。
「鬼族は力は強いけど、魔力はそれほどでもないからね。こうやって毎朝、大気や地面から魔力を取り入れるようにしてるんだよ。そうすると、再生能力もあがるの」
そう言ってハルカは、俺の前に指を突きだした。
昨日、義兄妹の誓いをやったときに切った指だ。もう傷ひとつない。
「再生能力が上がるってのは、こういうこと?」
「そうだよ。兄上さまもやってみたら?」
「うん。じゃあ、教えてくれるかな」
俺の『竜種覚醒』は魔力を消費するからね。
魔力回復方法は知っておいた方がいいよな。
「まずは両手を挙げて、足の裏を意識して」
「こうかな?」
「そう。そのまま目を閉じて、自分を世界に溶け込ませる感じで息を吸って。すぅ、っと」
「──すぅ、っと」
……うん。なんか入って来た。
手足が温かくなっていく。元の世界で似たようなことをした覚えがあるけど、こっちだと効果が違うな。魔力に満ちた世界って、こういうことか。
「兄上さま……」
「ショーマ兄ちゃん、すごいーっ!」「魔力たぷたぷー」
「え?」
気がつくと、ハルカたちが目を丸くして俺を見てた。
「……兄上さまの魔力吸収能力は信じがたいよ。ボクたちが一通り、魔力吸収体操やって取り込む分を、あっという間に吸い込んじゃってる。手先、きらきらしてるよ……」
……そういえば女神さんの手紙にあったっけ。
俺の世界は魔力が薄い。俺はその世界で魔力を取り入れる修行をしてた。
適当にやってたのがいくつか当たって、俺は魔力を取り入れ、スキルを発現させることができた。
で、この世界は魔力に満ちている。
そのせいで、俺は魔力を取り入れやすい体質になってるらしい。
要するに高地トレーニング──酸素の薄いところで運動して、その後、低地に降りてきた状態みたいだ。
「でなきゃ『竜種覚醒』なんて使えないよな……」
と、スキルで思い出した。
「忘れてた。ハルカたちに、聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと? いいよ」
「竜帝のことについてなんだけど」
「うん。いろいろ知ってるよ。竜帝さまは亜人をわけへだてなく扱ってくれた人で、この村の子どもたちは、みんな昔話として竜帝さまの話を教えてもらうからね」
「「「ねーっ」」」
ハルカと子どもたちが手を叩く。
それなら話は早い。
「じゃあ教えてくれないかな。竜帝の『名前を付ける力』について」
「名付けることで、土地や物にその属性を与える力のことだね」
ハルカは手近な椅子に座り、その隣をぽんぽん、と叩いた。
座って、ってことらしい。
「……よいしょ」
俺が隣に座ると、ハルカはぴたり、と肩を寄せてくる。真っ白な手のひらを開いて、指でなぞってる。川とか、城とか、そういうものの形を書いているらしい。でも、近い。ハルカ、運動したばかりだから汗のにおいがする。それに寝間着の胸元は大きく開いてて──その、俺には目の毒なんだけど……。
「聞いてる? 兄上さま」
「あ、ごめん。なんだっけ」
そうだ。俺はハルカの義理の兄だった。
だったら、気にするのは逆に失礼だよな。
「竜帝は、涸れた川に名前を付けた、だっけ」
「そうそう。竜帝さまは涸れた川には『水が満ちる』という意味の名前をつけて、逆に水があふれてる土地には『乾く』という意味の名前をつけたんだよ。そうすると、涸れた川には水が流れるようになり、ぐちゃぐちゃした土地は乾いて住めるようになった、って話」
それが『命名属性追加』の能力か。
本質は、俺がさっき試したのと同じだ。
効果を発揮しなかったってことは、レベル不足か。俺はやり方が違うのか。
……名前で能力を与える方法は、知ってるんだけどな。
落ち着いたら、自己流で試してみよう。
「──鬼族の大人は発見されたよ?」
「──黒騎士が彼らを襲っているよ?」
そんなことを考えてたら、頭の上から声がした。
俺と子どもたちのまわりに、鳥のような影が落ちる。
「……なんだ!?」
顔を上げると──翼を持つ少女たちが、空を飛び回ってた。
「──翼人は夜明けとともに起きるから」
「──世界のことがよく見える」
「──鬼族は知らずに寝てるだけ」
「「──仲間が危ないのも知らないで──ふふっ」」
翼を持つ少女たちはこっちを見下ろしながら、声たからかに歌ってる。
「翼人?」
「ショーマさま──っ!」
声がした。
振り返ると、桶を持ったリゼットが走ってくるところだった。
「えっと、水汲みの途中だった?」
「それはどうでもいいんです。今、翼人の声が──」
「ハーピー? あの子たち、ハーピーっていうのか」
「ええ。山の方に住んでいる、亜人の一種です」
俺の問いに、リゼットが答えてくれる。
ハーピーっていうと、俺の世界では魔物のイメージだけど、こっちの世界では亜人のひとつらしい。確かに、飛び回ってる少女たちは俺たちをしっかり認識してる。話す言葉にも知性があるし、魔物って感じはしないな。
ハーピーたとの翼は背中じゃなくて、両腕のところに生えてる。
腕が、そのまま翼に変化したんだろうな。それ以外は、人間の子どもと変わらない。身体にまとっているのは、肌が透けそうな薄い衣。茶色の髪をなびかせて、ハーピーたちは楽しそうに村の上空を回ってる。
そういえば昨日、リゼットが言ってた。大人の男性が出払ってるって。
昨日は自分のことでいっぱいで考える余裕がなかったけど……。
「ハーピーが言ってるのは、鬼族の大人たちが襲われてるって……ことか?」
「はい……ショーマさま」
リゼットはうなずいた。
「森の奥には、魔物に占拠された古いお城があるんです」
そこは遠い昔、人が住んでいた場所で、今は荒れ果てるままに放置されていたそうだ。
森には魔物がいるし、村からはかなり距離がある。行き来するのも楽じゃないからだ。
そこに『黒騎士』と呼ばれる強力な魔物が住みついたのは、数ヶ月前。
『黒騎士』は『黒兵士』という部下を引き連れて、森や村を襲うようになった。村のまわりには元々、魔物が少なかったのだけど、『黒騎士』が現れてからは数が増え、さらに凶暴化をはじめた。
困った村人たちは人間の領主さんに助けを求めたけど、反応はなし。
だからこの村の大人たちは、独自に魔物対策をはじめたんだらしい。
「ショーマさまには、心配させたくなかったから……言わなかったんです」
そう言ってリゼットは申し訳なさそうに、頭を下げた。
「一昨日から、村の大人たちは『廃城』を攻略するためにでかけてます。本格的な攻撃は次回からですけど、今回はその前に、村と『廃城』の間に拠点を作るつもりなんです。今日、一度帰ってくる予定だったんですけど……」
「子どもたちが魚を捕りに行ったのは……戻って来たら食べてもらうため?」
「……はい」
リゼットはうなずいた。
数日前にでかけた村人たちがどうなっているか、俺たちには知る手段がない。でも、空を飛べる翼人たちなら、簡単に見に行くことができる。
問題は、その情報が本当かどうかだ。
「この村の守り手として聞くよ! 今の話は本当!?」
ハルカが空を見上げて、叫んだ。
「さぁ」「さぁねぇ」
くすくす、くすくす。
ハーピーは笑いながらハルカを見下ろしてる。
「……本当か、って?」
「ハーピーはいたずら者で、よく嘘をつくんです」
確かに、いたずらっ子みたいな顔してる。
地上に集まる俺たちを指さして、ハーピー同士で耳打ちしながら笑ってるみたいだ。
なんか……むかついてきた。
「もう一度聞くよ。お前たちが言ってるのは本当!? 本当なら、ボクたちはすぐに救援に行かなきゃいけないんだ。答えて!」
「──知らないよー」
「──本当か嘘かなんて言わないよー」
ハルカの問いに、ハーピーたちは笑いながら答える。
「──鬼族たちが『黒騎士』を倒すための落とし穴をしかけてて」
「──夜半になって、見張りに見つかって」
「「──戦いになっちゃったってのはほんとかなー?」」
ハーピーたちは完全に遊んでる。
こっちが武器を出したら、すぐにでも飛んでいきそうな気配だ。
「……リゼット」
「はい。ショーマさま」
「俺も、もうこの村の防衛要員、ってことでいいのかな?」
「え? あ、はい。もちろんです」
「じゃあ、奴らに一言、言ってもいいですか?」
俺の言葉に、リゼットは驚いたようだった。
でも、否定はしなかった。軽くうなずいて、俺の背を押してくれた。
じゃあいいか。
奴らとほどほどに、大人として話をしてみよう。
「ハーピーたちに聞きたい」
「「──ニンゲン?」」
「お前たちの情報が本当なら、俺たちはすぐに村人を助けにいかなきゃいけない。でないと、この村が滅ぶ可能性があるから」
「知らないよー」「関係ないよー」
「お前たちも亜人なんだろ? 魔物には迷惑してるんじゃないのか?」
笑われたけど、どうでもいいや。
俺は続ける。
「この村がなくなれば亜人の勢力は弱くなって、その分、魔物の勢力が拡大することになる。お前たちも困るんじゃないか?」
「──関係ないよー」「──ハーピーは、翼があるもん」
「逃げればいいもん」「どこまでも飛んでいけるもん」
「「──翼を持たない劣等種が、偉そうなこと言うなよ──」」
──『劣等種』って。
そんなふうに見下してるのか。
……俺と、俺の居場所になるかもしれないこの村の人たちを、そんなふうに。
「……翼があればいいんだな?」
俺は真上にいるハーピーたちをにらみつけた。
笑ってるちっちゃな2人を、視界の中にとらえる。
納得する。
この世界には空を飛べる亜人がいる。確認する。確信する。
竜の存在を確信したときと、鬼の存在を確信したときと同じように。
さて、と。緊急時だから、今だけ。
一度だけ、昔の俺のふりをして、話を聞いてみるか──
「跪け」
「「?」」
「『異形の覇王、鬼竜王翔魔の名において』──『翔種覚醒』!!」
瞬間。
俺は地面を蹴った。
「「────はぅっ!?」」
「……いつまで王の頭を見下ろしているつもりだ?」
一瞬で飛翔し、俺はハーピーたちの上に出た。
背中が、変な感じだった。肩甲骨のあたりに、もうひとつ手が生えたみたいに。
俺の翼には、真っ白な翼が生えてる。でかい。大きさは、ハーピーの数倍ある。
『翔種覚醒』
空を飛ぶ人間や亜人の存在を確信することで活性化したスキル。
飛翔する亜人、魔物、天使などの翼を手に入れることができる。
『鬼竜王翔魔』4つ目のスキルだ。効果は、飛翔能力。
魔力が続く限り飛び続けることができる。飛翔能力はハーピーより上だ。たぶん、だけど。
「そのような貧弱な翼で、よくも覇王を笑いものにできたものだ!」
だから、とりあえず笑ってみた。
「異形の覇王を見下すならば、雲のひとつも切り裂いてみせるがいい!」
はったりだけどな。
「──お、王様?」「──そ、そんなのいないのに。でも」
「弱き翼しか持たぬ者よ。地に降りて、己の知っていることを話せ」
「……ひ」「……ひぇぇ」
「語らぬなら帰れ! ただし、お前らが王を見下し、笑ったことは忘れぬがな!」
非常時だ。
『鬼竜王翔魔モード』でハーピーたちから情報を聞き出そう。
「「……ご、ごめんなさい……」」
ハーピーたちはうつむいて、素直に地面へと降りた。
俺は『翔種覚醒』したまま、その真っ正面に着地する。
「……ハルカ」
「は、はい。兄上さま!」
「こいつらから話を聞いてくれ。もう嘘は言わないと思う」
「わ、わかった」
ハルカは俺の方を見てから、ハーピーたちに向き直った。
「その……村の大人たちが敵に見つかったというのは本当なの?」
「ほんとう」「その人の前では、嘘なんかつかない」
ハーピーたちは俺の方を見ながら、答えた。
「ついさっき」「朝ご飯を、取りに行ったら」
「鬼族のひとを見かけて」「それを追いかけてる『黒い兵士』たちがいたよ?」
「鬼族たち、踏みとどまって戦おうとしてた」「怪我してた」
「「助けるなら急いだ方がいいよ」」
「ありがとう。助かった」
俺は前に出て、ハーピーたちに頭を下げた。
「そんなそんな」「強い翼の人は、えらいハーピー」
「お礼なんかいらないから」「翼をなでて」
「「ワタシたちがもっと速く飛べるように」」
「こう?」
俺はハーピーたちの翼に、指先で触れた。
そこにも神経が通ってるのか、ハーピーたちはくすぐったそうな顔になる。
「「ありがとうございます!」」
「こっちも、貴重な情報をありがとう。怒ってごめんな」
そう言って、俺はリゼットたちの方を見た。
リゼットとハルカは真剣な顔でうなずいてる。
ここからは、村と森をよく知る彼女たちの判断待ちだ。
その間に、俺はできることをしておこう。
異形の覇王は、飛行能力を手に入れました。
今日は1日2回更新します。
なので、次回、第14話は今日の午後7時くらいに更新する予定です。
もしもこのお話を気に入っていただけたら、ブックマークしていただければうれしいです。