第121話「覇王と軍師、策を練る」
──ショーマ視点──
「作戦成功です、我が王。『キトル太守領』に侵入した敵兵は、全員降伏しました。彼らから入手した情報については、我が方とレーネス姫とで共有しております」
「お疲れさま。プリム」
ここは『ハザマ村』の村長の屋敷。
俺はプリムから『キトル太守領防衛作戦』の報告を受けていた。
「プリムの作戦がうまく当たったな」
作戦の目的は、『キトル太守領』に侵入した敵兵を捕らえること。
一人でも逃がすと、他の村が襲われる可能性があったから、全員村の中に引き込んでから『意志の兵』と『待機の兵』で取り囲むという作戦だった。
「さすがプリム。完全に読み通りだったな」
俺が言うと……あれ?
プリムがすねた顔になってるのは、なんでだ。
「……申し訳ありません。今のあたくしには皮肉に聞こえてしまいます」
「え? だって、ハーピーと一緒に索敵してくれたのはプリムだろ?」
「『待機の兵』を透明化してばらまいたのは王さまじゃないですか」
「敵の進路がわかったあと、村に罠を仕掛けたのもプリムだし」
「罠の内容を考えたのは我が王ですよね!?」
「そうだっけ?」
「そうですよ!」
プリムは、むん、と、拳を握りしめて、
「『待機の兵』に敵兵の姿を映すことを提案されたのは我が王です! あれは『キトル太守側にも騎兵がいる。逃げたら背後を突かれる』と思い込ませるためだったのでしょう!? だから相手は村に飛び込んできたのではありませんか!! 大当たりだったのは我が王の作戦です!!」
「いやいや、あれは単に『待機の兵』で、敵をびっくりさせたかっただけなんだが……」
『待機の兵』は鏡のように光を反射することもできるし、あらかじめ記録した映像を映し出すこともできる。
こっちの世界には、そういうのはないからな。
敵兵の前にいきなり置いたら、びっくりして戦いどころじゃなくなると思ったんだ。
「敵兵、びっくりしてた?」
「むしろあたくしがびっくりしました!」
「なんかごめん」
「……軍師としては、配下をなぐさめる策を提案いたします。『膝上乗せなでなでの計』などはいかがでしょうか」
「具体的に」
「軍師を膝に乗せてなでなですることで、忠誠度と気合いが100倍に上昇いたします」
「あのさ、プリム」
「た、たまには素直に、軍師の策を取り入れられてはいかがでしょうか、我が王!」
「……はい」
うなずくと、プリムはちょこん、と、俺の膝の上に腰掛けた。
しょうがないので頭をなでると……目を細めて、子猫みたいに笑う。
「ふふふ。王と軍師は一心同体でなければ、兵の指揮にも影響が出ますからね。出陣中はこの体勢を常に維持することにいたしましょう」
「いや、出陣中の将軍は王命であっても拒むことができるって聞いたことがあるけど?」
元の世界の本で読んだだけだけど。
ひとたび兵を預かったからには、朝令暮改の王命は拒否することも可能、だったかな。
「それは心が通い合っていない王と将軍の場合ですね。王とあたくしは、心が通い合っているので問題ございません。この世界のルールです」
「プリム」
「なんでしょう。我が王」
「俺に対して、変な策を使ってないよな?」
「ぷしゅー。ぴゅるるるる」
「口笛でごまかすな」
「急にハーピーの血が騒いで来ました。歌いたくてしょうがありません。『らららー。あの大いなる翼こそ、いぎょ』」
「『異形の覇王ソング (フルコーラス版)』も禁止だ!」
「それはさておき、作戦がうまくいったのは我が王のおかげです。改めてお礼を申し上げます」
俺の膝に乗ったまま、プリムは、ぺこり、と頭を下げた。
「作戦が成功したことで、レーネス姫さまもよろこんでおられました」
「まぁ、犠牲なしで敵兵を捕虜にできたんだからな」
「いえ、敵将をボコボコにすることで、塀に囲まれてたストレスを発散できたと」
「そのストレス発散法はどうなんだろう」
「戦のあとは、シルヴィアさまと楽しくお茶会をされたそうです」
……レーネス姫が満足してるならいいけどさ。
敵兵から情報を引き出すこともできたから、一石二鳥だ。
「敵兵は、『十賢者』の軍が間もなく『キトル太守領』に侵攻してくる……って言ってたんだよな?」
「はい。敵はすでに『遠国関』の周囲で、兵の訓練をはじめているそうです。兵数は千を超え、数ヶ月は『キトル太守領』内で布陣できるほどの兵糧を用意しているとか」
俺の問いに、プリムはうなずいた。
予想通りではあるけれど、兵数を聞くと怖いな。
千人以上の兵士が、これから『キトル太守領』に攻め込んでくる。
その目的は『捧竜帝』の奪還と、『キトル太守領』を奪うこと。
『十賢者』は、クリスティアが逃げたのは、逃げ込む先があったせいだと思ってるらしい。
シルヴィアの実家、『キトル太守家』は代々皇帝に仕えてきた。
他の太守家に比べて、皇帝への忠誠心が高い家だ。
だからシルヴィアのお父さんは『十賢者』を押さえ込もうとしてきたわけだし、それを嫌った『十賢者』の策略で、『グルトラ太守領』に幽閉された。
『キトル太守家』がそこまで忠誠心の高い家だから、クリスティアは逃げ込む先に選んだんだ。
それに対して『十賢者』はこう考えているそうだ。
──『キトル太守領』さえなければ『捧竜帝』は逃げようなどと考えなかった。
──ずっと我らの道具として、王宮にいたはずだ。
──ならば『捧竜帝』を奪還するのに合わせて、『キトル太守家』も滅ぼしてしまえばいい。
──その領土を『十賢者』の直轄地にしてしまえば、皇帝の逃げる先はなくなる。
それが、捕虜にした兵士と、その隊長の証言だった。
「もはや、『十賢者』側との対話は不可能ですね」
「先方にその気がないからな。そもそも対話するつもりなら、あんなに雑な調査部隊を送り込んだりしないだろ」
「村人をさらって、陛下の情報を聞き出すつもりだったらしいですからね」
「追い詰められたらレーネス姫に一騎打ちを申し込むって……なに考えてるんだろうな」
レーネス姫が強くてよかった。
念のため姫と兵士たちには俺が『強化』した『超堅い長剣』を預けておいたから、大丈夫だとは思ってたけど。
「とにかく、俺たちはシルヴィアんちを援助するということでいいよな?」
「この機会に『十賢者』の兵をボコボコにいたしましょう」
「『キトル太守領』には『意思の兵』を500枚。『待機の兵』を200枚くらい追加で送るつもりだ。魔力的にちょっときついけど、『魔力ポーション』飲みながら兵を作れば、大丈夫だろ」
「問題ないと考えます。それと『びっくり動く城』については?」
「人造生物のミルバに話は通してある。すでに『キトル太守領』に向かって移動をはじめてるよ。シルヴィアには案内役の兵を用意してもらってる。住人がびっくりするといけないからな」
「問題ありませんね」
「最後に、シルヴィアに『王名授与』する件についてだけど……」
「相手は太守家の姫君です。温泉で身体に文字を書くのは、ちゃんと結婚式を挙げたあとにした方がよろしいかと」
「……だよな」
これについても、シルヴィアと話はしてある。
……かなりびっくりしてたけど、納得はしてくれた。
そんなわけで『キトル太守領』での正式な婚礼は戦いの後にして、まずは辺境で身内だけの式をあげよう、ということになったんだ。
「シルヴィアに『王命授与』すれば、収納スキルの『王の器』が使えるようになる。戦の間も、シルヴィアの身を守る役に立つはずだ」
「すばらしいですね。あたくしも、そんな能力が欲しいです」
「プリムには翼があるだろ?」
「あれは移動用で、戦闘向きではないですからね……」
プリムは少し考えてから、そう言った。
「あたくしもリゼットさまやハルカさまのような、戦闘用のアイテムが欲しいのです」
「わかった」
「わかってくださいましたか」
「そう言うと思って、プリムにも新アイテムを作っておいたんだ」
「あっさりと軍師の予想を超えるのやめていただけませんか!?」
怒られた。
「我が王はいつも、あたくしの思考をひゅーんと飛び越えてしまうのですから。軍師の立場がございません。プリム、いらない子ですか!?」
「いや、必要だってば。すごく」
俺が考える作戦は、中二病時代のアイディアが元になってる。
そのせいか、現実離れしているものばかりなんだ。
だからプリムのような現実処理能力がある人にチェックしてもらわないと困るんだ。
でないと現実と噛み合わなくて、大転倒するかもしれないからな。
「──というわけで、プリムは俺にとって重要人物なんだよ。わかった?」
「承知いたしました」
プリムは俺の膝から降りて、床に膝をついた。
「プリムディア=ベビーフェニックス──新アイテムをありがたくちょうだいいたします」
「うん。では、この『符離無の杖』を授ける」
俺は『命名属性追加』した木の杖を、プリムに手渡した。
これは『理絶途の剣』と同じように、本人の名前に合わせて強化したものだ。
『符』──割符のような、印となるもの
『離』──近づく敵を引き離す効果。
『無』──無に返す効果。
これは対象に『プリムから引き離して、無に返す印』を付け加えるものだ。
さらに『離』というのは八卦で『火』を意味する。こっちは強化してから気づいた。
「ただし、これは防御用だ。プリムは戦ったりするのは得意じゃないからな」
プリムは身体が小さいし、力もない。前線に出ることはない。
というわけでこの杖は、もしも敵兵が来たときの防御用に作ったんだ。
「これを使うと、どうなるのですか?」
「はげしい炎が上がって、敵兵が遠くに飛んでいく」
「戦闘用では!?」
しょうがないんだ。強化中に『そういえば離って八卦では火だよな』って、中二病時代の記憶がよみがえっちゃったんだから……。
「さらに、敵兵の『攻撃しようとしていた意思』が無に帰る。つまり、やる気がなくなる」
「我が王」
「どうしたプリム」
「この杖を使った計略を、たったいま4つほど思いついたのですが……」
「いざという時のために取っておきなさい」
「……はい」
プリムは『符離無の杖』を捧げ持って、深々と頭を下げた。
「我が王のお慈悲に、このプリムディア=ベビーフェニックス、感謝の言葉もありません。この上は一命を賭けて、王のお役に立つつもりです!」
「命は賭けなくていい。俺の目的は、乱世が終わるまで辺境でのんびり暮らすことなんだから。身内がいなくなったら困るだろ」
「はい、承知いたしました!」
そう言ってプリムは笑った。
まったく。表情がくるくる変わるな。子どもか。
「それで『十賢者』が侵攻してくるときですけれど、王さまはどうなさるのですか?」
「俺?」
「はい」
「ちょっと『遠国関』の方に行ってみようと思ってる」
「…………え?」
「敵は多数の兵力で『キトル太守領』を襲う。ということは、兵が出たあとの『遠国関』と王都は手薄になってるはずだ。とりあえず俺は敵兵の背後を襲って、手が空いたら『遠国関』を覗いて……行けるようなら、王都に行ってみるつもりだ」
『結界転移』を使えば、侵攻してきた敵軍の背後に回れるはずだ。
そのあと、相手の補給物資を焼くのもありだし、退路を断ってもいい。
あと、敵の援軍が来られないように、街道を塞ぐのもいいな。うん。
ほどよく敵軍にダメージを与えてから『遠国関』を抜けて、王都に向かえば、危険は少ないはずだ。
俺はクリスティアの住んでいた王都を見てみたい。
もしかしたらそこに、彼女の味方になってくれる人が残ってるかもしれないからな。
「……そういうことでしたら、あたくしに『遠国関』と王都をゆさぶる策があるのですが」
「本当か? すごいなプリム」
「ですから! 我が王に言われると、皮肉に聞こえてしまうのですっ!!」
「ほめたのになんで怒るんだよ!?」
「あたくしの思考をぴゅーんと飛び越えるのをやめてください。プリム、いらない子ですか!?」
「話がループしてる!?」
「ちょっと膝上を空けてくださいませ! えいっ!!」
こうして、俺は再び膝の上に乗ってきたプリムの頭をなでることになり──
それから『遠国関』と王都を──敵軍の背後をゆさぶる作戦について、話し合い──
「いいことを思いつきました。我が王、結婚してください!」
「いきなりなにを!?」
「知りたがりのプリムとしては、一生かけて我が王の知識と発想法を盗み取りたいのです。王がどのように生まれて、どのように育ってきたのか、ひとつ残らず教えてくださいませ! とくに様々な技を身につけた経緯を!」
「それを話すのは俺の精神が保たないんだが!?」
「わかりました。すぐに結婚してくださいとは言いません。時間をかけて、王さまをくどいてみせます」
プリムは俺の膝の上で、決意に目を輝かせて──
「この決意はゆらぎません! プリムは次の戦いが終わったら我が王とけっ──むぐっ。な、なんで口を塞ぐのですか!? 我が王!」
「言わせるか! そのセリフは死亡フラグだ」
「また新しいお言葉を。むむむ。あたくしが王のすべてを吸収するには、どれだけの時間が必要なのでしょうか……」
そんなわけで、「この戦いが終わったら」は禁止となった。
俺とプリムは話し合いの結果、ハーピーの長老ナナイラ立ち会いのもとで、結婚の手続きだけすることを決めた。
情緒も余韻もないけど、現実的すぎるプリムにとっては、それでいいらしい。
ちなみに、リゼットとハルカとユキノに報告したら──
「いいんじゃないでしょうか」
「ボクは、みんなが仲良くなるのは賛成だよ!」
「ショーマさんとプリムさんって、恋人というより相棒って感じですもんね」
というわけで、普通に賛成された。
こうして『辺境の王』ショーマの家族に『第一相棒』プリムが加わり──
俺たちは『十賢者』との戦いに向けて、準備をはじめたのだった。