第120話「キトル太守領南西部の村、襲撃を受ける」
──数日後『キトル太守領』南西部──
王都からやってきた部隊は、森の近くに潜んでいた。
彼らは『十賢者』より密命を受けた調査部隊だった。
目的は、行方不明になった補給部隊を探すこと。
十数日前に王都から、兵糧と酒を積んだ補給部隊が出発した。
それが『キトル太守領』に近づいたところで、消息を絶ったのだ。
補給部隊は兵士たちをねぎらうため、恐れ多くも『捧竜帝』陛下が用意した酒や米を運んでいた。部隊には陛下直属の宮女まで同行していたのだ。
『行方不明になった宮女たちを探し出せ、手段は選ぶな』
『十賢者』は、調査部隊の兵士に対して、そう言った。
だから調査部隊の兵士たちは、正体がばれないように盗賊に変装して、『キトル太守領』にやってきたのだった。
「我々はこれより、『キトル太守領』南端の村へと向かう。村の外にいる住人がいたら捕らえよ。情報を聞き出すのだ」
「「「は、はい!」」」
「なんとしても、我々は行方不明の宮女を見つけねばならぬ」
「ですが、問題があります。隊長」
兵士のひとりが手を挙げた。
「我々は宮女たちの顔や姿を知りません。年齢さえ聞いていないのです」
「お前たちは、村人を拘束すればよい。村人への尋問は私がやる。尋問中は近寄らないようにしろ。よいな?」
「「「……はい」」」
「では、これより目的の村に向かう!」
隊長は馬のたずなを握りしめ、兵士たちに告げた。
目指す村は『キトル太守領』の端にある。
太守家の城や砦からは遠い。
こちらが攻撃したとしても、『キトル太守領』の兵士たちが気づくまでには時間がかかる。
時刻はまもなく夕暮れだ。
仮に敵軍が動き出したとしても、闇にまぎれて逃げられる。
捕虜から情報を引き出す時間は、十分にあるはずだ。
「村のまわりには林がある。採取や、狩りをしている者もいるかもしれない。そこで単独行動を取っている村人がいたら捕らえよ。いなければ盗賊をよそおい、村へ突入する」
調査部隊は林に隠れながら、村に向かって進んでいく。
やがて、柵に囲まれた村が見えてくる。
柵のまわりは畑だ。村人たちは今日の作業を終えたのか、村へと戻ろうとしている。
調査部隊の兵士たちは周囲を確認する。
敵兵の姿はまったくない。『キトル太守領』は無警戒のようだ、と、隊長がほくそ笑む。
「狩りや採取をしている村人はいないようです」
「仕方ないな。村人をさらうことにしよう。このまま木々に隠れて接近する。林を抜けたらそのまま、村へと突入するのだ」
兵士の隊長が指示を出す。
「狙うのは村長だ。一番年寄りなのがそれだろう。女性や子どもを人質に取るのもいい。だが殺すな。あくまで情報を得るのが目的だ」
「「「了解しました」」」
調査部隊の兵士たちはうなずく。
彼らはゆっくりと、木々の間を進んでいく。
やがて、林が切れる。そこは村のすぐ近くだ。
「──あれは?」
「──なんだ。林の中から、兵士が!?」
「──い、いや。盗賊だ。みんな、村の中へ入れ──っ!!」
村人が兵士に気づいた。
彼らは子どもたちをかばいながら、一斉に村へと駆け込んでいく。
けれど、村の守りは背の低い柵だけだ。あの程度なら、馬で跳び越えることができる。
まわりに『キトル太守家』の兵士の姿はない。
柵の向こうは村の広場だ。武器を持っている者は誰もいない。
「全員、我に続け──っ!!」
「「「おおおお──っ!!」」」
隊長の合図で、騎兵たちは村に向かって走り出す。
「村の長老を狙え! そいつがおそらく村長だ! 情報を引き出すのだ!」
隊長は村一番の老人を探す──いた。
柵の向こうの広場に、白髪の老人が立っている。隣にいる女性と、なにか話をしている。女性が怯えているのがわかる。当然だろう。騎兵が村に迫ってきているのだ。
その隣にいる少女の姿を見て、隊長は目を見開く。
女性と話している少女……いや、あれは幼女だ。
兵士が迫ってきているのに堂々と、女性や村長に向かって語りかけている。
「あの落ち着きようは……まさか!?」
間違いない。
あれこそ、隊長が探していた『高貴なお方』だ。
「あの少女たちをさらうのだ! 行け──!」
部隊は直進する。彼らの前方にあるのは柵だけ。
そして、兵士たちが畑を駆け抜け、村に達しようとしたとき──
「──敵兵接近! 我が王の兵よ。出なさい!!」
幼女が腕を振り、叫んだ。
ざざざっ!
『エァッ! ヘイッ!!』
柵の向こうに騎兵が出現した。
「な、なにいいいいいいっ!?」
「「「な、なんだあれはああああああああああっ!?」」」
あり得ない。
さっきまでは兵士も馬もいなかったはずだ。
全員、革鎧を身につけている。手には槍と盾。凶悪な形相。
どこからどう見ても、たちの悪い盗賊団だ。
奴らはまっすぐに、調査部隊に向かって突進してくる。
土煙を上げながら、全員が必死に馬を走らせている。
「それにしても……先頭にいるあの男は……なんと邪悪な顔をしているのだ……」
ヒゲ面で歯をむき出し、目をいっぱいに見開いている。
いかにも悪そうな表情だ。ああいう人間を信じてはいけない──隊長はつぶやく。
もしかしたら盗賊の仲間かもしれない。無抵抗な民間人を10人は殺していそうな、そんな顔だ。
見ているだけで嫌になる。あんな凶悪そうな奴は絶対に倒さなければ。
隊長がそう思いながら首を振ると、敵の騎兵も首を振り──
「って、あれは私か──っ!?」
鏡。映っているのは自分──その言葉が隊長の脳裏をよぎる。
思わず馬を止めようとするが──間に合わない。
全力疾走していた馬は、そのまま柵の手前でジャンプ。
鏡との激突に備えて、兵士全員は盾を構える。
なんでこんなところに鏡があるかは分からないが、鏡ならば割ればいい。
兵士は全員、軽装の鎧をまとっている。盾で顔を守れば、たいしたダメージはないはず──
そう思って、調査部隊が木の柵を跳び越えた直後、
『『『エァッヘイッ!』』』
すかっ。
「「「えええええええっ!?」」」
鏡が避けた。
兵士たちを映していた鏡は斜めになり、彼らの突進をかわしたのだ。
鏡の表面は、もう彼らを映していない。
映しているのは──さっき村にいた幼女の顔だ。
怒りをむきだしにした表情で、兵士たちに向かって舌を出してる。その横には大きな『ハズレ。前方注意』の文字。鏡に映ったその姿に、兵士たちは全員目を奪われた。
だから、気づかなかった。
鏡のさらに向こうで、無数の石の塀が起き上がったことに。
『『『ヘイヘイヘイヘイヘイ!!』』』
「「「うわあああああああああっ!?」」」
騎兵は急に止まれない。
鏡を警戒して速度を緩めているのが幸いした。そうじゃなかったら、全速力で石塀に激突していただろう。
兵士たちは石の塀の手前で、なんとか着地する。
だが、無理な着地に馬は膝を折り、振り落とされた兵士たちは地面に転がる。
前方は石の塀。後方は動く鏡。
その向こうからは、兵士らしき叫び声が聞こえる。
王都から来た調査部隊は、完全に取り囲まれていた。
「……ま、まさか。この村すべてが罠か!?」
前方には石の塀。土がついているところを見ると、地面に伏せていたのだろう。
こいつらは塀の姿をしたゴーレムだ。『ヘイヘイヘイ!』と踊りながら、兵士たちを威嚇している。
背ろに鏡の壁があり、傷ついた兵士たちを映し出している。
落馬したときに腕を折った者。足をくじいた者。衝撃で動けない者。
映し出された自分たちの姿に、兵士たちはパニック状態になる。
「ち、違う! 我々は……そう、この村に迷い込んだだけで……」
調査部隊の隊長は、壁の向こうに向かって叫んだ。
「誤解があるようだ! 我々は魔物討伐の兵士で──」
「いい加減にするがいいっ!!」
石の塀が動いた。
人が通れるほどの隙間が開き、その向こうに、女性と幼女が立っていた。
女性は、さっきまでと違う姿だった。
鉄製の鎧を身にまとい、手には剣を持っている。
周囲には完全武装の兵士の姿がいる。兵士が掲げているのは『キトル太守』の旗だ。
それを持っているということは──
「我が名は『キトル太守家』次女レーネス=キトル! 貴様らは我が目の前で、領民が住まう村を襲おうとした! その罪は明らかである!!」
「げっ。レーネス=キトル、だと!?」
隊長も『キトル太守家』3姉妹の名は知っている。
その次女がここにいるということは──
「……我々の作戦は見抜かれていたのか……?」
調査部隊の隊長の背中を冷や汗が伝う。
彼の顔を見据えながら、レーネス姫は声をあげる。
「我が妹の同盟者の力により、貴様らがどこにいるかは完全につかんでいた。わ、われらには、見えない偵察塀がいるのだから!!」
「レーネスさま。叫びすぎです。お水をどうぞ」
レーネス姫の隣にいる幼女が、水筒を差し出す。
幼女は長い──翼のようにも見える髪を揺らして、にやりと笑う。
その「してやったり」という顔に、彼女が探していたあの方でないことに気づく。
「──してやられた」
すべては相手の手の内だった。
砦から一番遠いこの村を、自分たちが襲うことは読まれていた。こちらの動きさえ、すべて知られていたのだ。
でなければ、レーネス姫と兵士たちが、こんなところにいるはずがない。
「私は『辺境の王』がうらやましいな」
レーネス姫がぽつり、とつぶやいた。
「貴公ほどの知恵者が、軍師としてついているのだから。こんな作戦、なかなか思いつくものではないぞ」
「それがですねー。我が王は、あたくしと同じことを考えてたみたいなんですよ」
「そうなのか?」
「我が王のおかげで自信をなくしっぱなしです……いらない子ですか。プリムは、いらない子なのでしょうか」
「『辺境の王』にトラウマを植え付けられた私に言われてもなぁ」
レーネス姫は、肩を落とす幼女の前でため息をついている。
それから、隊長たちの方を見て、
「私は……がんばったのだぞ」
怒りの表情をあらわに、宣言した。
「この作戦を聞かされたとき、すごくこわかったのだ。実行中もこわかった。今もこわい。貴様らがいなければ、私が『ヘイ』を率いて戦うこともなかったのだ!!」
「……あの姫君は……おびえているのか?」
なにかに気づいたように、調査部隊の隊長はつぶやいた。
「……なるほど。しょせんは深窓の姫君ということか」
レーネス姫にとって、自分自身をおとりにするこの作戦は、よほど恐ろしかったのだろう。
その証拠に今も、兵士たちの方を見ながらぶるぶると震えている。
ならば、つけいる隙はあるはずだ。
「『キトル太守家』次女、レーネス=キトルさまに告げる!」
調査部隊の隊長は声を張り上げた。
「お察しの通り、我らは王都より密命を受けて来た調査部隊である!」
「た、隊長!?」
「それを言ってしまっては!」
配下の兵士たちが騒ぎ出す。
だが、隊長は冷静な口調で、
「……よく見よ。あの姫君は我々の方を見ながら、青い顔で震えているだろう? 兵士を率いているといっても、まだ若い少女。我々に対しておびえているのだ。そこにつけ込む」
「……つけ込むとは? 隊長」
「……まぁ、見ていろ」
小声で話してから、隊長はレーネス姫の方に向き直る。
「我々の使命は重要なものであり、どんな目にあったとしても話すことはできない。尋問は時間の無駄となるだろう。我々は口を割るよりも死を選ぶ」
「な、なにが言いたいのだ?」
「自分は、レーネス姫との一騎打ちを所望する。もしも自分が姫に敗れることがあれば、密命の内容も、目的も、王都の事情もすべてお話ししよう!」
レーネス姫は調査部隊を殺さなかった。それは情報が欲しいからだ。
そして姫は、『キトル太守家』の兵に囲まれている。兵士の前で、無様なことはできないはずだ。
情報が得られるチャンスだというのに一騎打ちから逃げたとなったら、兵士からの信頼を失ってしまう。多少のダメージになるだろう。
もしも一騎打ちになったら、自分にも勝機がある。
というか、あんな怯えた小娘に負けるものか。
「自分が勝利したら、自分と部下を逃がしていただく。どうなさる。レーネスひ──」
「あ、うん。わかった」
「……え?」
「一騎打ちか。うむ。それなら怖くないな。じゃあ、こっちへ。ヘイがいないところへ」
拍子抜けするくらい、あっさり、レーネス姫は一騎打ちを受け入れた。
調査部隊の隊長を手招きして、広場へと移動する。
「敵兵よ。我らが用意した剣を使うがいい。不公平になってはいけないからな」
「無用です。姫よ」
隊長は首を横に振って、自分の剣を構えた。
「戦士は使い慣れた剣に命を預けるもの。お気遣いは無用に願う」
「そうか。だったらしょうがないな!!」
レーネス姫は剣を手に、肩をぐるんぐるん回しながら、前に出た。
その自信たっぷりな表情を見て、兵士の隊長の顔が青くなる。
なにかがおかしかった。
レーネス姫はさっきまで震えていたはずだ。
なのに、今は落ち着き払っている。
「最近はストレスが溜まって仕方なかったのだ! ここで発散させてもらう!!」
レーネス姫が走り出す。
隊長は反射的に剣を振る。
そのレーネス姫の剣と、隊長の剣が激突し──
「え?」
ぱっきーん。
隊長の剣が、折れた。
半分の長さになった。
「……え? ええええええっ!?」
「ふふ。ふふふふふ。私がこんな作戦を取るはめになったのはお前たちのせいだあああああっ!!」
しゃきーんっ。
隊長の剣が、さらに半分になった。
折れたのではない。斬られた。
異常なくらい堅い剣によって、隊長の剣は両断されたのだ。
「……ちょ!?」
「ふふふふふ。ふふ。ははははははっ! 一騎打ちなら怖くない。怖くないぞぅ! お主から情報を引き出して、『辺境の王』を見返してやるのだ!!」
「お、お待ちを。レーネス姫。あなたは、おびえていたはず──」
「塀が見えなければ怖くない!」
「ひ、ひえ────っ!」
「『キトル太守家』次女、レーネス=キトルの怒りを思い知るがいい!!」
こうして──
激怒したレーネス姫の剣技により、特殊部隊の隊長はボコボコにされ──
その後、しばらくは抵抗していたものの──
「……話す。話します。『十賢者』が陛下を探したのち……『キトル太守領』への侵攻計画を…………」
──彼は自分の知っていることを少しずつ、レーネス姫たちに話しはじめたのだった。