第118話「覇王、クリスティアの指導を受ける」
農地見学のあと、俺はみんなを温泉に連れて行くことにした。
クリスティアとハルカが、羊の毛と草まみれになってしまったからだ。
辺境の温泉は岩山の近くにある。
まわりを森に囲まれているから人目にはつかない。
クリスティアたちも安心して入れるはずだ。
と、いうわけで、魔力たっぷりのお湯におどろくクリスティアは、ハルカとカタリアさんにお風呂に入れてもらうことにして、俺は近くの木陰へと移動。
3人が風呂に入っている間は、見張り役をすることにした。
「悪いけど、リゼットは3人分の着替えとタオル──じゃなかった、身体を拭く布を持って来てくれ」
「はい。ショーマ兄さま」
リゼットを村へと送り出し、俺はそのまま、一休みすることにしたのだった。
「……こうしてると、落ち着くな……」
草の上に腰を下ろして、空を見上げる。
枝の隙間から見える空は、雲ひとつない快晴だ。
風は温かくて気持ちがいい。
こうやって人目を気にせずのんびりできるのが、辺境のいいところだ。
「そういえばクリスティアは、王都では空を見ることもできなかったって言ってたな」
宮廷にいた頃のクリスティアは、窓に近づくことさえ禁止されていたらしい。
誰かに姿を見られるかもしれないからだ。
「『捧竜帝』は神秘に満ちた存在である」──というのが『十賢者』の主張だ。
だから姿や年齢は秘密でなければいけない。
人前に姿をさらすなどもってのほか、だそうだ。
その上、皇帝に仕える宮女たちにも、厳しいルールが課せられてきたそうだ。
ひとつ。どんなに皇帝と親しくなっても、一定期間で解雇される。
ひとつ。解雇されるときは、特殊な魔法で、皇帝に関する記憶を消される。
ひとつ。雇用期間中の宮女は、宮廷の外に出ることは許されない。
そのすべてが、クリスティアの味方を減らし、『十賢者』が彼女を管理するために定められたルールだ。
そんなクリスティアを救い出すため、カタリアさんをはじめとする宮女たちは、脱出計画を決行した。
だから今、『捧竜帝』クリスティアはここにいる。
『十賢者』の手の届かないところで、のんびり温泉に入っているわけだ。
「クリスティアも、カタリアさんたちも、ここでの暮らしを楽しんでくれるといいんだが」
目を閉じると声が聞こえてくる。
3人が温泉でゆったりしてるのは間違いなさそうだ──
「……はふぅ。落ち着きますね」
「陛下──いえ、クリスティアさま。髪がほどけています。結い直しますので、背中を向けてくださいませ」
「じゃあ、右と左でおだんごにしようよ。ボクが右で、カタリアさんが左だね!」
「お願いします。ハルカさま。カタリアもいいですね? よーい、はじめ!」
「ク、クリスティアさま!?」
「いくよー! それそれそれーっ!」
「ふふっ。楽しいですね……」
「もー、ハルカさま。クリスティアさままで……」
「あれれ? こんがらがっちゃった……?」
……3人とも、楽しくやってるみたいだ。
「『辺境の王』さま。そこにいらっしゃいますか」
クリスティアが俺を呼んだ。
「いるよ。どうしましたか。クリスティア」
「お礼を申し上げたかったのです。ここに連れてきて下さって、本当にありがとうございます」
温泉の方から、ゆったりした声が聞こえてくる。
「この温泉はすばらしいですね……浸かっていると、魔力が身体の中にしみ通ってくるようです」
「魔力にあふれた温泉だからね」
「そうなのですか?」
「ああ。この温泉は、クリスティアが飲んだ『魔力ポーション』の元になっているんだ」
「私が飲んだ、ポーションの元に?」
「壁から噴き出してくるお湯を『魔力ポーション』として使ってるんだ。きれいだから、そのまま飲んでも大丈夫だよ」
「……飲んでみても、よろしいですか?」
「もちろん」
「…………では」
クリスティアがお湯の中で立ち上がる音がした。
それから、しばらくして、
「……このお湯。すごい魔力がふくまれています」
はぅ、という、ため息。
「芳醇で……まろやかで……まるで魔力の塊に抱かれているようです……これが、大地の魔力なのですね。本当に、この身からあふれそうなほどの魔力が……」
「クリスティアさま!?」
「すごいよ! クリスティアちゃんの身体が光ってるよ?」
光ってる?
魔力を取り込んだことで、身体に変化が出たのか?
「クリスティアさま。まずはお風呂から上がって、お召し物を身につけてくださいませ。それから『辺境の王』さまに状況を確認していただきましょう」
「は、はい」
3人が風呂から上がる音がした。
──と、ちょうどリゼットが、着替えを持って戻って来た。いいタイミングだ。
3人の支度が終わるまで、俺はここで待つことにしよう。
「……お待たせいたしました。『辺境の王』さま」
目の前に、村娘の服を着たクリスティアがいた。
身体が、ほのかな光を放っている。
温泉のお湯と同じ、金色の光だ。これは……
「クリスティアの身体から、魔力があふれているのか……?」
「はい。私の体調もよくなっております。身体がぽかぽかして……あったかくて……不足していた栄養が、いきわたったような感じがします」
クリスティアは上気した手足を振り回してる。
ぐるぐると肩を回して、その場で足踏みをして──楽しそうに笑ってる。
「普段は少し動き回っただけで疲れてしまうのですが……今は、身体が力に満ちています。普通の子どものように走れそうです……すごい」
「魔力不足が解消されたような感じか」
クリスティアは『十賢者』によって魔力不足の状態にされていた。
それが辺境の魔力を吸収したことで、完全な状態になったようだ。
「でも、身体が光ってるのは?」
「私は、まだ小さいですから……吸収しきれない魔力が、あふれだしているようです」
クリスティアは、むん、と、拳をにぎりしめて。
「これほどの魔力があれば、私の『停滞』の力も、もっと強くなるかもしれません」
「クリスティアを仮死状態にした力か?」
「自分に使うときはそうなります。その他にも、魔力の壁を作り出すことができるんです」
クリスティアが両腕を前に出した。
カタリアさんが「離れてください」と言ったから、俺たちは、クリスティアから距離を取る。
金色の光が強くなる。
クリスティアは両脚で地面を踏みしめ、伸ばした手に力を入れて──
「始祖さまの名のもとに──『停滞』!」
──目の前の空間に向かって、宣言した。
クリスティアの前に、魔力に包まれた壁が発生した。
「こちらをごらんください」
カタリアさんが石を拾って、ぽーん、という感じで放り投げた。
石はそのまま魔力の壁に触れて、はじき返される。
「魔力のバリアか」
「結界とは違う。物理的な障壁ですね」
「すごいよ! これ、めちゃくちゃ固いよ!!」
ハルカが拳でガンガン叩いても、魔力の障壁はびくともしない。
かなり強力だ。
「これが『停滞』の力か」
「ささやかな力です。魔力の壁を作り出し、そこだけ『停滞させて』──つまり、動かないようにしているんです」
クリスティアが腕を下ろした。
魔力の壁が消えて、クリスティアの身体の光も消えた。
「『停滞』の力は、自分に使うと自分自身を仮死状態にすることができます。目の前の空間に使うと、その部分に『動かない魔力の壁』を作り出すことになるんです。すごく丈夫な魔力の壁……ですね」
「なるほど……つまり時空の断層を作り出すようなものか。魔力で回りの空間から一部分を切り離して、干渉できないようにする。だから矢も魔法も通らない。魔力的な時空断裂──それは空間への干渉だから魔力の消費が激し──」
俺はあわてて口を押さえた。
危ない危ない。
中二病の妄想が暴走するところだった。
最近、リミッターが外れやすくなってるからな。気をつけないと……
「すごいです『辺境の王』さま……」
気がつくと、クリスティアは目を輝かせてこっちを見てた。
「今おっしゃったのは、私は母から聞いた説明と同じです。あなたさまは……私よりも『停滞』の力を理解されているのですね……」
「ショーマ兄さまは一瞬で『捧竜帝』さまの力を理解されたのですか……」
「ボクなんか、ふたりがなにを言ってるのかさっぱりだったのに」
「おそるべきお方です……『辺境の王』さま」
リゼットもハルカも、カタリアさんまで。
「……とにかく、『停滞』の術は魔力消費が激しいというのはわかったよ」
俺は話題を切り替えた。
「クリスティアの身体が光ってたのは、大地の魔力があふれてたからだよな。で、『停滞』の力で、その魔力を消費したから元に戻った、ということかな」
「そうですね。私は身体が小さいので、十分に大地の魔力を吸収しきれなかったようです。もう少し大きくなったら、十分に魔力を取り込んで、大きな力を使うこともできると思います」
「身体の方には問題はないんだよね?」
俺が問うと、クリスティアは頭を下げて、
「ご心配ありがとうございます。問題はまったくありません。むしろ、健康になったくらいです。ただ……」
「ただ?」
「よ、夜に温泉に入ると、光で服が透けてしまうかもしれませんね」
「そのときは『停滞』の術で魔力を消費した方がいいんだろうな」
「は、はい……」
「それにしても、すごい力だったな……」
クリスティアは自分の目の前に、魔力の壁を作ったようなものだ。
その壁に触れると、矢も魔物も動きが遅くなるから、その間に避けることができる。
防御としては、かなり強い力だ。
「『辺境の王』さまなら、同じ力を使うことができると思います。お教えしますね」
「……え?」
「魔力を補充いたします。少々お待ち下さい」
クリスティアは革袋を取り出し、服のまま温泉へと身を沈める。
そのまま飛び散る水滴に顔を濡らしながら、『魔力ポーション』を汲んで、飲み干す。
また、クリスティアの身体が光り始める。
「クリスティア。無茶しないでくれ」
「『辺境の王』さまに、『始祖さま』の術をお教えするのは、私の義務です」
クリスティアは濡れた服を絞りながら、俺のところへ戻って来る。
髪から水滴を垂らしたまま、笑う。
「これだけ歓迎してくださったのです。お返しくらい、させてくださいませ」
「……終わったらすぐに着替えること。いいかな?」
「はい! 『辺境の王』さま」
カタリアさんの方を見ると……「仕方ないですね」ってうなずいてる。
リゼットとハルカは、すぐに着替えられるように服と、身体を拭く布を用意してる。
しょうがない。
クリスティアが風邪を引かないように、早めに教わることにしよう。
「まずは、私に向かって手を伸ばしてください」
「……こうかな?」
言われる通りにすると、クリスティアはそこに自分の手を重ねた。
小さな手だった。温かいのは、温泉に入ったばかりだからだろう。
助け出したときは体温も低かったし、かすかに震えてた。
辺境に来て、少し健康になったのかも……そう考えると安心する。
「私の身体からあふれる魔力を感じ取ってみてください」
「……クリスティアの魔力を」
俺は目を閉じて、深呼吸する。
やわらかい熱のようなものが流れ込んでくる。
これが、クリスティアの魔力か。
「……すごいですね。『辺境の王』さまの魔力吸収能力は……」
「ショーマ兄さまはかつて、魔力の薄い場所で、魔力を吸収する訓練をされたのです!」
「ボクたちの想像もつかないような修行の末に、『異形の覇王』である兄上さまはいるんだよ……」
解説するな。あと、想像もするな。クリスティアが本気にするだろ。
薄目を開けると……ほら、めっちゃ目を輝かせてこっちを見てるじゃないか。
「尊敬いたします。私は魔力を奪われて……すべてをあきらめかけていたのに、あなたは同じ状況でも、自分を高める修行をしてらっしゃったのですね……」
「ぜひともその修行方法を教えていただきましょう! クリスティアさま!!」
「待って。説明させて」
そういえばクリスティアには、俺がまだ異世界人だって話してなかった。
あとでちゃんと説明しよう。
でないと『異形の覇王』になるための修行法が、皇帝のおすみつきで広まりかねない。危ない。
「今は『停滞』の術を教えてくれるんだろ? 集中してくれ」
「そ、そうでした。では……時の流れをイメージしてください」
クリスティアが真剣な表情になる。
「世界の始まりから終わりまで流れ続ける、悠久の流れを感じ取ってください。それを自分のまわりだけ、ゆるめるようにイメージします」
「……時の流れを?」
「はい。厳密には『停滞』は物理法則に干渉する術ですが……時間をイメージした方がやりやすいと、私の母から教わりました」
時間をイメージか。
……難しいな。時計の針を止めるような感覚だろうか。
なんか宣言して時間を止める能力については、元の世界で練習したこともあるんだが。
でも、『停滞』の力はそれとは違う。
時間を止めるわけじゃなくて、動きをゆるめるものだからなぁ。
さすがに俺でも、そう簡単にイメージできるわけがないか。
「目を閉じたまま聞いてください。『辺境の王』さまがイメージする世界の始まりとは、どんなものですか?」
俺がイメージする世界の始まりか──。
──それは虚空から現れた創造神がすべての宇宙を生み出す種子を発芽させたことによって起こった。すべてを含んだ原初の種子は爆発的に広がり、天界と人界を生み出す。世界を作り終えた創造神は別の時空へと立ち去り、伝説だけが残った。だが天界──最下層である第1天から最高層である第8天までに存在する神々は人界と魔界の観察を続け、時に介入をうわぁ!
「イメージできましたか? 『辺境の王』さま」
「……声をかけてくれてありがとう。危なく暴走するところだった……」
「え? あ、はい。どういたしまして?」
「せ、世界の始まりはイメージできたと思う」
「では、次は世界の終わりのイメージを──」
「いや、そろそろやめた方が」
「……私は『辺境の王』さまに『停滞』の力をお伝えしたいのです」
クリスティアの口調が変わった。
訴えかけるような、涙声になる。
「私はこの国の皇帝でありながら、世界のためになにもできませんでした。でも、『始祖さま』のお力を受け継ぐ『辺境の王』さまにこの力を伝えることができれば、それが世界のためになるかもしれません。お願いです……続けさせてください」
しょうがないな……。
「わかった。では、続きを」
「はい。では『辺境の王』さまがイメージする世界の終わりを──」
─時空の終末─
それは天界に存在する女神たちの争いの果てにあった。
創造神を呼び出し、すべてを無に帰そうとする第8天の女神。それに反対する第7天の女神は、人界を守るために最強の覇王に参戦を望んだ。
だが『異形の覇王』の力は強すぎた。
天界を守る障壁は彼の者の力によって破壊され、女神の戦いは混迷を極める。5つの力を操る覇王は、やがてじくうさえもあやつるちからにかくせいして…………あのさ、クリスティア。そろそろ止めてくれないかな。中二病時代のように妄想が暴走を初めているんだが。そろそろ止めないと戻れなくなる危険があるのだが!?
「──その始まりと終わりの間をせきとめる。あるいはゆるめるイメージを加えてください」
クリスティアの声が聞こえた。
危ないところだった。
やっぱり、大きな力を受け継ぐためには、リスクが必要なんだな。
うかつに力を覚醒させようとするのが危険だってことがよくわかった。次回から気をつけよう。うん。
それはともかく、時の流れをせきとめるイメージを加えればいいのか。
……じゃあ世界の終わりを企む女神を断ち切る剣で。
第8天の女神がいなければ、終末は来ない。
たとえば天界まで届くような大剣があればいいか。
それで世界をぶった切るイメージで──
「……それでは手を放します」
クリスティアが手を放し、俺から距離を取る。
そして、
「時の流れをせき止めるイメージに魔力を注いでください。あとはただ一言『停滞』とおっしゃっていただければ」
「魔力を注ぐ……」
え、この剣に魔力を注ぐのか? 大丈夫か?
なんだか頭の中に、リアルに巨大な剣がイメージされているんだが。
魔力をこめたら時空がまっぷたつになりそうなんだが……大丈夫かな。
……とりあえず、魔力は少なめにしておこう。
イメージの中にある『世界を断ち切る大剣』に魔力を注いで──そして
「発動。『停滞』」
しゅる、と、まるでバターにナイフを入れるような手応え。
目を開けると……すぐそこに、魔力の壁ができていた。
厚みと高さは、一般的な塀と同じくらい。
最近、塀を作りまくってたから、そのイメージが反映されたようだ。
指でつっつくと、固い感触がする。
石を投げると……よし、はじき返された。
これが『停滞』による、空間の壁か。
「成功です! さすがは『辺境の王』さまです。信じられません。たった一度で成功するなんて……」
クリスティアは魔力の壁を見て、ため息をついた。
「私の作り出したものよりも大きくて……防御力も高そうです。きっとこれが正式な『停滞』の壁なのでしょうね。『始祖さま』──初代竜帝陛下はこの力を使って、身を守っていたのでしょう」
「なるほど……」
本当に頑丈そうな壁だった。
『停滞』によって『動かない空間』を作り出してるんだよな。これ。
防御力では、うちの『意思の兵』よりも強そうだ。
しかも、突然作り出すこともできる。
俺の魔力で、どのくらいの数を作れるんだろうか。
「『停滞』、『停滞』、『停滞』──っと」
「わぁっ。すごいです。魔力の壁が増えていきます……」
俺は温泉のまわりに、淡く光る魔力の壁をたくさん作ってみた。
数は12枚。
温泉の目隠しにも使えそうだ。
「クリスティア、ひとつ確認だけど」
「はい。なんでしょう」
「この『停滞』の壁というのは、空間を魔力で包み込んで作り出してるわけだよな?」
「おっしゃる通りです」
「ということは、その空間には空気が含まれているわけだよな?」
「……そうなりますね」
「じゃあ、この『停滞』の壁は大気を含んだ壁……つまり『大気の壁』とも言えるわけだ」
「はい。そうですけど。それにどのような意味が……?」
クリスティアは、きょとん、としてる。
リゼットとハルカは、ぽん、と手を叩いてる。
さすが義兄妹。俺の考えてることがわかったようだ。
「発動。『命名属性追加』」
俺は『停滞』の壁に触れて、スキルを発動した。
「鬼竜王翔魔の名において、汝に新たな名前を与える。『汝は魔力で作られし、大気の塀だ」
「大気の塀!?」
「『辺境の王』さま!? なにをされるおつもりですか!?」
クリスティアとカタリアさんがびっくりしてる。
俺はまわりにある魔力の壁に触れて、その中身を感じ取る。
触れているとわかる。『停滞』の壁は大気を含んでいる。
そして、12枚の壁は温泉を取り囲む塀となっている。
『停滞』の壁は間違いなく『大気の塀』でもあるんだ。
「『類似なる言霊を受け入れよ。大気の塀を転じて──『待機の兵』とする! 魔力の兵となって、人々を守り続けろ。『命名属性追加』!!」
『大気の塀』の表面に、光のラインが走った。
『…………エアッ……ヘイッ!』
「よし。うまくいった」
魔力の壁が返事をした。
俺が手を叩くと、金色に光って、はっきりとした姿を見せる。
もう一度手を叩くと、今度は透明になる。便利だ。
これが新たに作り出した辺境の戦力『大気の塀』改め、『待機の兵』だ。
『停滞』による空間の断層を利用しているので、むちゃくちゃ固い。
ただ、与えた言霊は『待機』だから、移動したりはできない。
せいぜい身体を倒したり、傾けたりするくらいだ。
つまり、防御専用だ。
でも『意思の兵』とは違い、その場で作り出すことができるというのは大きい。
今後、俺が訓練すれば、より大きな壁も作れるかもしれない。
『十賢者』との戦いでは、大きなメリットになるはずだ。
「それにしてもすごいな、クリスティアの『停滞』の術って」
「…………」
「ただ障壁を張るだけでもすごいのに、兵力まで増やせるんだから」
「…………」
「この『待機の兵』は、領土の守りとして、大きな力を発揮してくれると思う。練習すれば、もっと大きな障壁を作り出すことができるかもしれないし、それを『待機の兵』にすれば、かなり有利に戦いを進めることが……」
「……『辺境の王』さま」
いきなりだった。
クリスティアが、俺の前にひざまずいた。
「私は、あなたにお仕えしたいです」
「……はい?」
「お願いいたします。あなたさまに忠誠を誓うことをお許しください」
「いや、皇帝はクリスティアの方じゃないのか……?」
「表向きは、それでも構いません」
クリスティアは俺の手を取った。
小さな手で俺の手を捧げ持ち、それから、手の甲に口づけを……って、いきなりなにを?
「私は皇帝としてこの国を治めます。けれど『辺境の王』さまには、私がお仕えする真の主君となって欲しいのです。この国の皇帝には……さらにあがめるべき、真の主君がいるとなれば、私の価値も下がります。『十賢者』のようなものたちが出てきたとしても、私を幽閉する意味もなくなりましょう」
「……言いたいことはわかるけど」
「あなたの名前を、表に出すことはいたしません」
クリスティアは俺に、深々と頭を下げた。
「ただ、私が安心して国を治めるための、心の支えとなって欲しいのです。お願いします。私の真の主君となってくださいませ。『辺境の王』ショーマ=キリュウさま……」