第11話「違う種族の3人による『義兄妹の誓い』」
「こんにちはー。ショーマさまはこちらにいらっしゃいますかー」
リゼットが水くみをして家に戻ると、村の女性たちに出会いました。
みなさん、頭に角が生えていらっしゃいます。
ショーマさまが助けた子どもたちの、お母さんたちです。
「ショーマさまは眠っていらっしゃいます」
リゼットは唇に指を当てて、みなさんに言いました。
ショーマさま、疲れていたようです。
さっき、ノックをしても返事がないのでお部屋を覗いたら、ぐっすりでした。無理もないです。
昨日、別の世界からここに来て、魔物と戦って、『竜帝廟』を開くという偉業をなしとげたのですから。まさに、偉業の覇王と言っていいでしょう。
リゼットとしては……食べ物の好き嫌いを聞いておきたかったんですけど。
「ちょうどよかったです、皆さん。あとでお話に行こうと思ってたのです。その、ショーマさまのことについて」
「あ、うん。ショーマさまね」
村の女性たちは、なんだかとても優しい笑顔でうなずいています。
「わかってる。わかってるから、なにも言わなくていいよ」
「子どもたちを助けてくれたんだもんね。村のみんなで歓迎しないとね」
「うん。そのために、みんなここに来たんだよ」
「…………はぁ」
……おかしいですね。
リゼットはまだ、なにも説明していないのに。
皆さんショーマさまのことを、すっかり受け入れてしまっているようですけど……。
「いやー、料理を作り過ぎちゃってね。よかったら食べてもらってよ」
女性のひとりが、肉団子がのったお皿を差し出します。
イノシシのお肉で作ったものです。ショーマさま、お好きでしょうか。
「うちもねー。手製のちまきだけど、うまいよ?」
「ほい。これはお茶ね。一昨日採ってきたものだから、新鮮だよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
さっ、さささっ。
リゼットがお家に招くと、ご近所さんたちはテーブルにお料理を並べてくださいました。
素早いです。お茶の入ったポットまで用意してあります。
「「「では、ショーマさまによろしくー」」」
そしてみなさんは、お辞儀をして去って行きました。
「……王というのは、黙っていても人を動かすものなのですね」
「ごめん。リズ姉」
ご近所さんが立ち去ったあとには、困ったような顔のハルカがいました。
赤い髪を夕方の風になびかせて、ぽりぽりとほっぺたを掻いています。
「子どもたち……ショーマどのの力のこと、みんなしゃべっちゃったんだよ」
「……そんな」
思わず、目の前が真っ暗になりました。
リゼットは、ショーマさまとお約束したのに……そんな……。
「……ショーマさまにお詫びしなければ」
「ボクも一緒に謝るよ。なんだって、ショーマどのは竜帝の後継者かもしれないんだからね」
「……そうですね」
竜帝さまの再来。
リゼットたち亜人と、人とをわけへだてなく守る、真の王様。
みんながショーマさまを歓迎するのは、そういうことなのでしょう。
「でもそれは……リゼットが負わなければいけない責任なのに」
「リズ姉は気負いすぎなんだってば」
ぽんぽん、とハルカがリゼットの背中を叩きます。
「リズ姉は村の一員で、ボクのお姉ちゃんみたいなものだよ。竜の血とか、竜帝の子孫ってこと、そんなに気にしなくていいんだってば」
ハルカはいつも、そう言ってくれます。
リゼットがお母さんとあちこちさまよい、この村に受け入れてもらってから、ずっと。
この村の人も、リゼットに無理強いはしません。みんな、優しい人たちですから。
「でも……外の町の人たちは」
「そりゃ商人さんとかが勝手に言ってるだけだよ」
「……『亜人の村に竜帝の血を引いてるって自称してる者がいる。でも、なんにもしてくれない。竜帝の血の中にも』──」
続きの言葉は──リゼットも知っています。
『竜帝の血の中にも、役立たずはいる』──です。
ここからはるかに離れたところ。中央にいる『捧竜帝』さま。
その人や、皇帝陛下を囲む『賢者たち』への不満が、こうして出ているのでしょう。
「だいたい、そんなこと言ったら、ボクだって役立たずの村長だよ? この村を拓いたご先祖さまの直系ってだけの『みならい村長』だからね」
「ほんとにもう、ハルカは」
くったくなく笑うハルカを見ていると、悩むのがばからしくなってきます。
リゼットとハルカは、生まれた時から一緒で、姉妹みたいにして育ってきました。
家族のいないリゼットにとっては、大事な妹で、守りたい家族のようなものです。本当の家族は、この村に流れ着いてすぐに、亡くなってしまいましたから。
「いいことを思いついたよ!」
いきなりでした。
ハルカはリゼットの目の前で、ぱん、と手を叩きます。
「ボクとリズ姉と、ショーマどのが、兄妹になればいいんだよ!」
「……はい?」
意味が、よくわかりませんでした。
ときどきハルカは、リゼットの想像を超えたことを思いつきます。
「義兄妹の誓い、だよ!」
「……義兄弟の?」
「うん。リズ姉もボクも、ショーマどのもこの世界に、血の繋がった家族はいないよね? だったら、3人で義兄妹の誓いをすればいいんだよ。そうすれば、ボク達はショーマどのに義妹として、ずっとお仕えできるよね? 子どもたちが秘密を漏らしたことのお詫びもできるし、この村の中では絶対の味方として、ショーマさまを支えていくことができるでしょ?」
ハルカはいつもの、にひひ、って顔で笑ってます。
「それに、家族になればショーマどのはずーっとボクたちと一緒にいてくれるし、リズ姉だって、同じ『竜の血』を引く人の家族になれるでしょ?」
「ハルカ……あなたって子は」
リゼットは思わず手を伸ばして、ハルカの髪をくしゃくしゃにしていました。
実はリゼットも、ショーマさまが村になじめるように、家族になることを考えていました。
でも、その方法が思いつかなかったんです。
「さすが、この村の村長さんですね。すごいです。ハルカ」
ハルカは「やめてよー」って言いながら、笑ってます。
ちょっとウェーブのかかったハルカの髪は、やわらかくて、触り心地がいいです。小さい頃と変わりません。そうです。リゼットとハルカには、こういう思い出があります。でもショーマさまには、この世界の人との思い出がないです。
だったら、リゼットとハルカが家族になって、ショーマさまにこの世界の思い出を作ってあげればいいんです。
「ほんっとに、ハルカは時々、すごいことを思いつきますね」
「普段はなにも考えてないけどねっ!」
ハルカは大きな胸を揺らして、えっへん、といばってます。
普段はリゼットの方が『もうちょっと考えてから動きましょうね?』って言ってるんですけどね。
「みなさんが料理を持ってきてくれたことですし、宴席を設けましょう」
「義兄妹の記念に、だね。本当は来月くらいになれば、トウカの花がいっぱいに咲いて、宴席にはちょうどいいんだけどね」
ハルカは家の庭を指さしました。
トウカの樹は、リゼットのお母さんが植えたものです。
皇帝陛下の宮殿にも同じものがあるはず、って言ってました。
でも、リゼットは来月なんて待てません。
リゼットは昔から──ずっとずっと、優しい家族が欲しかったんですから。
「……ショーマさまが同意してくれなければ、どうにもならないですけどね」
「後ろ向きだなぁ。リズ姉は」
「あなたが前向きすぎるんですよ。ハルカ」
「楽しいことを考えようよ。例えば、ショーマどのに名前をもらうとか」
「ああ、そうでしたね。『竜帝さま』にはそういう力があるのでした」
「ショーマどのが起きたら相談しようよ」
「そうですね」
リゼットとハルカは手を取って、家に戻ります。
そうしてショーマさまが目覚めるのを、わくわくしながら待つことにしたのでした。
──ショーマ視点──
目を覚まして部屋を出ると──隣の部屋に料理が並んでた。
テーブルについてるのは、リゼットとハルカ。
「村の皆さんが料理を持って来てくださいました」
「せっかくだから、ショーマどのの歓迎会をすることにしたんだよ」
そう言って2人は手招きした。
俺は言われるままに、リゼットとハルカの正面に座る。
「でも、もう少し眠っていてもいいですよ? ショーマさま」
「ううん。これ以上寝ると、夜眠れなくなるからね。それに、せっかく用意してくれたんだから」
「はい」
リゼットは笑って、カップにお茶を淹れてくれる。
それから彼女はハルカと視線を交わして、うなずいて──
「「まずはお詫びさせてください」」
ふたりそろって、テーブルに頭がつくくらい深々と頭を下げた。
それからふたりは話し出した。
子どもたちが俺の『竜の力』について、家族に話してしまったこと。そのせいで村中あげての大歓迎になってしまって、子どもたちの母親はお礼を兼ねて料理を持って来てくれたこと、などなど。
「リゼットからきつく言っておきます。本当に、申し訳ありませんでした」
「別にいいよ、それは」
元々、絶対の秘密ってわけじゃなかった。
『竜帝』っぽい力を持ってるよそものがいきなり現れたら、村中パニックになっちゃうかな、と思ったから、秘密にしたかっただけだ。
「そんなに必死な顔しなくてもいいって。うん。おかげで村の人たちは歓迎してくれたわけだし、うん。別に気にしてないから」
「……よかったぁ」
リゼットは、へたへた、って感じで椅子に崩れ落ちた。
ほんっと、真面目だな。リゼットは。
ハルカは隣で、「ほーらね」って感じで笑ってるのに。それくらい気楽でもいいんじゃないかな。世話になってるのは、俺の方なんだから。
「村の人たちに、料理のお礼に行った方がいいのかな」
「それは宴席のあとでいいと思います」
「宴席?」
「はい。リゼットとハルカは、この席を、ショーマさまを歓迎する宴席としたいんです」
そう言ってリゼットとハルカは、改めて頭を下げた。
「ハザマ村にようこそです。ショーマさま」
「改めてよろしくね、ショーマどの」
「……う、うん」
なんだろう。
どうしてふたりとも、目を輝かせてこっちを見てるんだろう……?
「まずは改めて自己紹介といたしましょう」
「……そうだね」
確かに、それは必要かもしれない。
どたばたしてて、お互いのことをちゃんと話す機会はなかったから。
「いいよ。じゃあ、リゼットからで」
「わかりました。こほん」
リゼットはまっすぐに俺を見て、言った。
「私はリゼット=リュージュ。15歳です。『竜帝』さまの遠縁の子孫にして、この村の防衛のお仕事をしています。剣さばきには自信があります」
「ボクはハルカ=カルミリア。同じく15歳。ハザマ村の村長見習いだよ。お仕事は子守と、リズ姉と同じく村の防衛。リズ姉とは幼なじみで、姉妹みたいに育ってきたんだ。よろしくね。ショーマさま」
続いて、ハルカが自己紹介してくれた。
次は俺か、えっと──
「俺は桐生正真──この世界風に言うと、ショーマ=キリュウかな。ショーマでいいです。異世界人で、元の世界ではコンピュータ──というか、まぁ、書類をいじるお仕事をしてた。年齢は28歳。住む場所が決まるまで、少しの間、お世話になります」
「「え?」」
あれ?
リゼットとハルカは、不思議そうに首をかしげてる。
「ショーマさまは、ずっとここに住むんじゃないんですか?」
「ずっと、ここ?」
「リゼットんちです」
ちょっと照れたような顔で、リゼットは言った。
「いや、それはまずいんじゃないかな。できれば、空き家でも貸してもらえればいいんだけど」
「ここは小さな村ですから、空き家というのはないんです。ショーマが気兼ねなく住めるとしたら、この家しか」
そう言ってリゼットは、お茶を一口飲んで、
「それに、ショーマさまのことは他人とは思えないんです。なにか、同じ血を引く同胞のような。そんな気持ちになったのは初めてなんです。だから、ショーマさまなら、いいです」
「それはたぶん……」
リゼットの前で、『竜種覚醒』を使ったせいだろうな。
あのスキルを発動すると、俺は一時的に竜の力を使うことができる。
リゼットの感覚はそれに反応して、俺を身内だって思ってしまったんだろう。
「……今は?」
「今も、です」
──今は『竜種覚醒』してないんだけど。
「ショーマさまと一緒にいると、安心するんです。だから、一緒にいてくれたら……うれしい、です」
耐えられなくなったのか、リゼットは顔を真っ赤にして、うつむいた。
「あきらめた方がいいと思うよ。ショーマどの」
ハルカはお茶のカップを手に、笑った。
「リズ姉がこれほどの信頼を見せたのは、ハルカの知る限り初めてだもん。そしてリゼットは『義』を重んじる方だからね」
「義?」
「わかりやすく言うと、受けた恩は忘れない、ということかな。その上ショーマどのが困っているなら、リズ姉が手を貸すのは当然のことだよ」
「……うーん」
正直、リゼットの提案はありがたい。
俺はまだ、この世界のことをほとんど知らない。
『鬼竜王翔魔』の力を使えば、戦うことはできるけど、それ意外はさっぱりだ。
どこで食べるものを手に入れて、どの水を飲めばいいのか、洗濯はどこでしてるのか、どんなものを食べればいいのか。着替えは? どの場所が安全で、どの場所が危険なのか──そういうことを、全然知らない。
だからリゼットが一緒に暮らしてくれれば教えてもらえるし、願ってもないことなんだけど。
「この世界で、見知らぬアラサーと美少女が一緒に暮らすってのはありなのかな……?」
「……美少女!? リゼットが……美少女……」
「それでリゼットが何か言われるのも嫌だし、村の感情が悪くなって、追い出されたりしたら申し訳ないからね」
「……ショーマさまには……そう見えるのでしょうか……リゼットは、できそこないの竜の血脈なのに……」
「こらこら、リズ姉。ぽーっとしてないで」
ハルカに肩を叩かれて、リゼットがはっ、と顔を上げる。
それから、なにかを振り払うように頭を振って、
「そこで、リゼットたちから提案があります」
指を一本立てて、リゼットは言った。
「リゼットとハルカ、それにショーマさまが『義兄妹の誓い』をするというのはどうでしょう?」
「あ、ずるい。それを思いついたのはボクなんだからね!」
リゼットの言葉に、ハルカはうなずいた。
「この世界での『義兄妹の誓い』は、血を分けた家族のようになることを意味します。ショーマさまがリゼットとハルカの兄妹ということになれば、一緒に住んでも問題はありません。村の人たちも、ショーマさまを大事にしてくれるはずです」
「……義兄妹か」
元の世界では物語の中でしか見たことがないのだけど。
でも、この世界では、そういうものが実際に機能してる、ってことかな。
それで、義兄妹の誓いをしたものが、まわりからも実際の家族として扱われるなら──
「正直……助かるよな」
義兄妹なら、俺とリゼットが同居してても、問題はないのかもしれない。
俺とリゼットとハルカが実際の兄妹になれば、村の人も俺を受け入れやすくなる。
そして俺も、気兼ねなくスキルを力を村の防衛に使える。
ギブアンドテイクとしてはちょうどいい。
「でも、本当にいいのかな?兄妹にしては、年齢差がありすぎるような……」
「リゼットは、家族ができるのはうれしいです」
「ボクも、家族が増えるのは大歓迎だよ」
全会一致だった。
「もしかしてショーマさまは、リゼットの兄妹になるのはお嫌ですか?」
「それはないです」
俺にとってリゼットは、この世界で初めて出会った人だ。
いろいろ教えてもらったし、彼女が『竜の血』を引くことで悩んでることも知ってる。
助けてあげたいと思うし、彼女のことは信用してる。
ハルカのことはまだよく知らないけど、素直な子なのはわかる。歓迎してくれるのも。
この2人以上に、この世界のガイドとしてふさわしい人はいない。
というか……俺がこの2人にふさわしいかってことの方が問題かな。
「ありがとう。リゼット。ハルカ」
俺は言った。
テーブルにつくくらい、深々と頭を下げて。
「その言葉に甘えさせてもらいます」
「「はい。よろこんでーっ!」」
ぱーん、と、リゼットとハルカは手を打ち合わせた。
「で、具体的にはどうすればいいのかな?」
「儀式はまず、同じ器からお茶を飲むところからはじまります。それから互いの指を少しだけ傷つけて、血を混ぜて、誓いの言葉を言っておしまいです」
「わかりました。リゼット義姉さん」
「まだ儀式はしていませんよ?」
にらまれた。
「それに、どうしてリゼットが『義姉さん』なんですか? どう考えてもショーマさまの方が年上でしょう?」
「兄と呼ばれるには、俺はこの世界のことを知らなすぎるからです」
それに、仮にリゼットがこの世界を変えたり、偉くなったりしたとき、俺が彼女より上の立場だったりしたら、面倒なことになる。
リゼットの配下だってことを表すために、俺は『義弟』としておいた方がいいと思うんだ。
「この世界で『義兄妹』が実際の兄妹と同じように扱われるならなおさらだよ。やっぱり年長者の方が偉いとか、そういうこともあるんじゃないかな」
「あります……けど」
むー、と、リゼットは頬をふくらませた。
「納得いきません。リゼットは、ずっとずーっと、素敵なお兄さんが欲しかったのに」
「素敵なお兄さんはいないと思うよ」
「むー」
「別にいいんじゃない? リズ姉」
なぜかほわほわした笑顔で、ハルカがこっちを見てた。
「あまえんぼのお姉さん、ってのもいいと思うよ」
「それです!」
それじゃない。
「あと、リズ姉がショーマどのの姉になるってことは、年長者あつかいされるってことだよね? つまり、ショーマどのはリズ姉に逆らえない。だから甘えたり、色々お願いできるってことじゃないのかな?」
「ごめん、やっぱり俺が長兄でお願いします」
俺は慌てて付け加えた。
考えてみれば、リゼットが姉ってのは、いろいろ説明が難しいからね。
「前言撤回だよ。悪いけど、年齢順で。それで、いいかな?」
「はい! 承知です」
「ボクも異存はないよ」
リゼットとハルカがうなずく。
やっぱり素直な2人だった。
「それでは、儀式をはじめます」
リゼットは深呼吸してから、改めてお茶をいれはじめた。
さっきとは違う。大きめの木の器にお茶を注いで、そこに桜色の葉っぱを浮かべてる。
これは清めにも使われる薬草の葉っぱだそうだ。誓いの儀式をするときに使うらしい。
お茶を淹れ終えたリゼットは、それをひとくちすすってから、器を俺の方に差し出した。これを飲めばいいんだな。っと。俺は器の反対側に口をつけて、お茶を一口飲む。
すっきりした味わいで美味しい。
元の世界ではペットボトルのお茶ばっかりだったからね。
淹れ立てのお茶を飲むのは久しぶりだ。
次にハルカも同じようにする。
それからリゼットはそのお茶の上に指をかざして、そこに小刀を当てた。
「……んっ」
ぽたり、と、小さな血のしずくが、お茶の中に落ちた。
赤い血。
俺と同じだ。世界は違っても、リゼットたちも血の色は同じだし、同じようなものを飲んで、食べている。
亜人だからって、たいした違いなんかないんだよな。
「ショーマさまも、どうぞ」
リゼットは小刀を、別の器の水で洗ってから、俺の方に差し出した。
刃物は慣れてないんだけど……っと。
「……はい」
俺は手加減して手加減して……指先に小刀を刺して、血のしずくをお茶の中に落とした。ふぅ。
「えいっ」
最後にハルカが指先に小刀を──
ぽたぽたぽたぽたっ
「だ、大丈夫!?」
「んー。舐めとけば治るよー」
ハルカは気にしたようすもなく、指先を口に含んだ。
しばらくして指を口から出すと、血はしみだすくらいになってる。鬼族は傷の治りが早いらしい。でも、おおざっぱすぎるだろ。心配になってきたよ。義妹。
「最後に、誓いの言葉を述べます。リゼットと同じように繰り返してください」
「わかりました」
「いーよー」
リゼットが俺の右に、ハルカが左隣にやってくる。
互いの椅子をくっつけて、並べて、それから3人で手を繋ぐ。
そして俺たちは、同じ言葉を唱和していく──
「我ら、生まれた世界は違えども」
「ここに兄妹の契りを結ばん」
「魂の兄妹となり、助け合い」
「この乱世を生き抜いて。できれば世界を救ったり」
「すごく仲良く」
「死ぬときは寿命で、だいたい同じくらいの時期に」
「『人生一緒にいられてよかったなぁ』と思えるような」
俺とリゼットとハルカは、なんとなく顔を見合わせた。
「「「そんな義兄妹でいることを、ここに誓います」」」
ぱんぱん。
俺とリゼットとハルカは、それぞれ手を合わせた。
重ねた手が、ふわり、って感じで光って──光が消えて。
「……こ、これでリゼットとショーマさまとハルカは、家族です」
「義兄妹だね」
「家族だよー」
そう言って、リゼットとハルカは、なぜか自分の手のひらを見た。
「……すごく……びりっと来ました」
「ショーマ兄上さまの魔力、すごいね」
「え? 俺のせい?」
聞くと、ふたりとも、こくこくこくっ、ってうなずく。
俺には光が見えただけなんだけどな……。
「あの……ですね。ショーマ兄さま」
リゼットは少しほっぺたを赤くして、俺を見た。
「あ、いえ……その、いいですよね? 兄妹になったんですから『兄さま』って呼んでも。失礼じゃないですよね? 竜帝さまの後継者である兄さま……ああ、また言っちゃいました……」
「いいですよ。兄さま、で」
「……は、はいっ」
リゼットは銀色の髪を振って、深呼吸して──
「伝説の竜帝さまは、家族や臣下に、新しい名前をつけたという記録が残ってるんです。魔力を介した儀式によって、それをなしとげた、って」
「名前を?」
そういえば『竜帝廟』で手に入れたスキルに『命名属性追加』ってのがあったな。
これが文字通り『命名』するスキルなら、竜帝はこれを使ってたのかもしれない。
「もしかしたらショーマ兄さまは、義兄妹になったリゼットたちに、同じことができるのかもしれませんね」
「びりっときたのは、そういうことができるように、兄さまと繋がった証ってこと?」
「そうですね、ハルカ。リゼットはそう思います」
「なるほどー。さすが兄上さまだね」
いや、そんなこと言われても。
そもそも『命名属性追加』の使い方は、まだわかってない。これはリゼットに返すスキルだと思ってるから、必要がない限り使いたくないからね。
「いけない、お料理が冷めちゃいます」
そう言ってリゼットは、ぱん、と、手のひらを打ち合わせた。
「難しいお話は後にしましょう。兄妹はじめての、一緒のごはんです。いただきましょう」
「「いただきます!」」
俺とハルカは顔を見合わせてから、一緒に手を合わせた。
なんだか、すごく照れくさい。家族と一緒に食事をするなんて、ここ数年なかったから。
それから俺とリゼット、ハルカは、お互いの身の上話なんかをしながら、食事して。そのうちにリゼット主導で、やっぱりこの世界の『乱世』の話になり──
めんどくさい話に飽きたハルカの意見で、あとで村のみんなに料理のお礼に行くって決めて──
俺はこの世界で最初のまともな料理に感動したから──2人にはないしょで……「料理代の分くらいはちゃんと働こう」って決意した。
でも、俺はまだ疲れてたから……食事が半分終わったところで、休ませてもらうことにした。
「おやすみなさい、ショーマ兄さま」
「ゆっくり休んでね、兄上さま!」
「おやすみ。リゼット、ハルカ」
俺はふたりに手を振って、部屋を出た。
本当の家族みたいに扱われるのが……本当に照れくさくて、くすぐったくて──
アラサーの元会社員としては、限界だったのだった。
……これからゆっくり慣れていくことにしよう……。
そんなわけで、異形の覇王に2人の義妹ができました。
次回、第12話は明日の同じくらいの時間に更新する予定です。
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