第106話「王都周辺の偵察計画と、王都での陰謀(その2)」
──数日後、辺境にて──
リゼットとの結婚式が終わり、ユキノとの挙式待ち (ハルカはドレスをぐちゃぐちゃにした罰で後回し)になったあと──
俺はハーピーたちに偵察を頼んで、王都方面の情報を集めていた。
「このごろ『遠国関』から、兵士がよく出てくるのですー」
「『キトル太守領』や『グルトラ太守領』の近くを偵察している兵士がいるのですー」
「盗賊退治の農民兵とは違って、単独なのですよー?」
「明け方とか夜中とかに、こっそりなのです」
ハーピーのルロイとロロイは、そんなことを教えてくれた。
単独で偵察に出ている兵士か……。
気になるな。王都の方で、またなにか企んでるんだろうか。
「そいつは、『グルトラ太守領』に入り込んでる『盗賊追討 (自称)』の兵士たちの関係者か?」
「ちがうと思うですー」
「鎧の色や形が違うのですー。あっちの兵士たちよりも、高級そうな感じなのですー」
俺の質問に、ルロイとロロイは答えた。
「『グルトラ太守領』に攻め込んでる兵士の方は、パターンをつかんだのですー」
「あいつらは『遠国関』とは別の、出城から出てくるのですよー」
「やる気がなくてよろよろなので、遠目でもわかるのですー」
「軍師のプリムに伝えて、『意志の兵』を再配置させてるのですよー」
「……してるのです。我が王よ」
ルロイとロロイがうきうきと報告する後ろで、軍師のプリムが、ぽつり、とつぶやいた。
プリムは部屋のすみっこで、膝を抱えてる。
そういえばプリムは、ハーピーのルロイとロロイが苦手なんだっけ。
ずっと家出してた引け目から、頭が上がらないらしい。
プリムは俺の軍師で、ハーピーを指揮する立場なんだけど。
「そんなところにいないで、隣に座って話そうよ。プリム」
「……で、では、失礼いたします」
プリムはおずおず、と、隣の椅子に座った。
「『グルトラ太守領』に侵入した兵士について報告してくれ。事情聴取に立ち会ったんだろ?」
「はい。キャロル姫のご厚意で、同席させていただきました」
プリムはお茶で喉を湿らせてから、いい声で、
「彼らの証言から、敵兵が侵入するコースを割り出しました。ルロイとロロイが偵察によって、確認した通りですね」
「『敵兵ホイホイ』の設置場所も、ほぼ決まりか」
「はい。9割の確率で敵を封じ込められると思います。逃した敵は、遊撃部隊で捕らえます」
「これで『グルトラ太守領』の防御は問題ないな」
「はい。キャロル姫さまも、そろそろ『竜帝廟観光ツアー』にいらっしゃるそうです」
「わかった。リゼットとハルカに言って、歓迎の準備をしておこう」
「よろしいのですか? 我が王はお忙しいようですが」
「キャロル姫は自称『初代竜帝の巫女』だからな。一度、彼女を『竜帝廟』に触れさせてみたいんだ」
もちろん、キャロル姫がただの『竜帝マニア』って可能性もあるんだが。
でも万が一、彼女にだけ見えてるものがあるとしたら、確かめておきたい。
なにもなくても、『グルトラ太守領』との友好を深めることはできるからな。
「『竜帝廟観光ツアー』が終わったら、次の作戦の準備をしよう」
俺はテーブルに地図を広げた。
シルヴィアからもらったもので、『キトル太守領』と辺境周辺について書かれている。
あちこちにある丸印は、魔法陣のある場所を表している。
こっちは『牙の城』を訪ねた時に書き写したものだ。
「これから重要になるのは、『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の南にある魔法陣だ」
「各領主の領土と、王都に通じる『遠国関』の間にあるものですね」
「ああ。それを再起動すれば、兵が『キトル太守領』と『グルトラ太守領』に入る前に対処できるようになるからな」
魔法陣の場所は3か所。
1か所でも魔法陣を再起動すれば、『遠国関』と各領土の間の境界地域が結界に包まれる。
そこに塀を伏せておけば、敵兵が領土に進行してくる前に食い止められる。
『遠国関』と『キトル太守領』の間は、領主のいない空白地帯になっている。
制度上は『遠国関』の領主が治めることになっているけれど、国が乱れたせいで放置されてる。盗賊退治や魔物退治はされず、税だけを取られてる状態だそうだ。
「領土を拡張したいわけじゃないけど、『十賢者』が本格的に攻めてきたときのための対策はしておいた方がいいだろう」
俺が言うと、隣でプリムがうなずいた。
「卓見だと思います。我が王」
「とりあえず魔法陣を確保して、いざというときに起動できるようにしておきたい。そうすれば『キトル太守領』の外でも、俺たちのスキルが使い放題になる。『意志の兵』も動かせるだろ」
「敵兵が進行してきたときに、補給路を断つこともできますね」
「そういうことだ。辺境でのんびり生活するための、いわば保険だな」
「いざとなったら、『遠国関』を攻め取ることもできますからね」
「そこまではしないよ。ただ……潜入はしやすくなるな」
「ですねぇ」
俺たちは2度、王都に行こうとして中断してるからな。
『遠国関』が結界の内側になれば、魔力に任せて突破することもできるだろ。
一度くらいは王都に行って、今の竜帝陛下や、『十賢者』の顔くらいは見ておきたい。
俺もリゼットたちと一緒に、この世界で生きていくことにしたんだから。
「ということだ。地図にあるポイントの近くを偵察してきてくれるか? ルロイ、ロロイ」
「「しょうちですー」」
「魔法陣のある場所がどんな状態なのか確認するだけでいい。人目につかないように」
俺が言うと、ルロイとロロイは翼を挙げてうなずいた。
「それではルロイさん、ロロイさん。しっかり偵察してきてください!」
「……プリム、いばってます」「……でも、しょうがないですねー」
「「王さまのために、がんばります!!」」
「よろしく頼むよ。ルロイ、ロロイ」
俺はいつものように『翔種覚醒』して、ふたりの羽根をなでた。
ふたりは気持ち良さそうに目を閉じて、それから、外へ飛び出していった。
「さてと、じゃあユキノとの結婚式と、キャロル姫の『竜帝廟観光ツアー』の準備をしないとな」
「それについてですが、ひとつ、ご報告があります」
「報告?」
「辺境の交易所についてです」
「あれか……そういえば、王都方面との流通が止められてるんだよな」
「はい。『遠国関』に商品を売りに行くのも、向こうから商人が来るのも禁じられているようです」
「困ってる?」
「いえ、旅商人たちが協力してくださっていますから」
「さすらいの旅商人、メネス=ナイリスさんたちか」
「そうですね。旅商人グループは、交易所に居場所をもらったことで、王に感謝していますから。彼らの独自ルートを使って、商売は普通に行えています」
「ありがたい話だな」
「旅商人は国中に、蜘蛛の巣のように販路を広げていますからね。『十賢者』が流通を制限したことで、逆に旅商人が大事にされるようになったそうです」
プリムは目の前の羊皮紙に視線を落として、
「メネスさんによると……今は申し上げられませんが、『辺境の王』に貴重な情報を献上できるかもしれません、と言っていました」
「気をつかわなくていいから、無理するな、と伝えておいてくれ」
「承知しました」
プリムは口元を押さえて笑った。
「でも、そのような優しいお言葉をかけたら、メネスさんたちは一層がんばってしまうと思いますよ?」
「そうなのか?」
「王は交易所に旅商人の席を設けて、その商売を保証しました。リゼットさまとの結婚式のときも、旅商人を招待しました。居場所のなかった旅商人さんたちが王に忠誠を誓うには、充分すぎると思います」
「……いつの間にそんなことに」
「だからこそあの方たちは『辺境の王』をたたえる言葉を、旅商人同士の合い言葉にしているのでしょう」
「ちょっと待った。それ聞いてない!」
「王はハーピー用の『異形の覇王ソング』を検閲されましたので、わたくしが旅商人さんたちに無修正バージョンを……ちょ、我が王!? どうしてわたくしのおでこを指でぺちぺちされるのですか!? 痛いです。我が王──っ!!」
──大陸中央の都で──
「『グルトラ太守領』へ送り込んだ兵が帰ってこないだと……? どうなっているのだ、軍師リーダル」
ここは『アリシア国』の宮廷。
その奥にある居室で、ふたたび『十賢者』ザッカスは叫んだ。
「侵攻したのは5回だぞ! なのに『グルトラ太守領』に送り込んだ兵士たちは、1人も帰ってこない! 貴様の失敗はあきらかだ。リーダル!!」
「……ザッカスさまには失望いたしました」
リーダルと呼ばれた少年は、ほほえみながら答える。
彼は窓際に置いた椅子に腰掛け、優雅に羽根扇を揺らしながら、
「国を動かす策とは、常に十手先を読んで行うもの。最初の一手でつまづいたとしても、最終目的さえ達成できればそれでよいのです。まだ二手目だというのに、こう慌てふためくようでは……天下を動かすことをあきらめたとしか思えませんな!」
「……ぐぬっ」
「そもそも今回の作戦は『グルトラ太守領』を疲弊させるのが目的。送り込んだすべての兵を捕らえたというなら、向こうもそれなりの犠牲を払っているはず。この王都にいる兵士の数と、辺境に近い『グルトラ太守領』の兵──どちらが多いか、考えなくてもわかるでしょう?」
「向こうに消耗戦を強制していると、そう言いたいのか」
「さようです」
軍師リーダルはザッカスから視線を逸らした。
「最大の財と、人材をほこるからこそ、ここは王都と呼ばれるのです。それを用いて敵の兵力を削れば、最終的に勝つのはこちらです。そんなこと、決まっているではありませんか」
「『グルトラ太守領』に捕らわれた兵が、向こうの戦力になるとは考えぬのか?」
「派遣したのが農民兵であることをお忘れですか?」
「そんなことはわかっている! だが……」
「彼らは、戦乱で土地をなくした農民に、粗悪な武器を持たせただけの兵士です。捕えたところで戦力にはなりません。せいぜい、土地を開いて畑を耕すくらいしかできないでしょう」
「『グルトラ太守領』が豊かになるではないか!」
「もうすぐこちらの手に入る領地でしょう?」
ザッカスをたしなめるように、軍師リーダルは告げる。
「ですが、ザッカスさまのお考えもわかります。第三の手を打つといたしましょう」
「……第三の手、だと?」
「女神ネメシスに召喚された者は4人。トウキ=ホウセ、カクタス=デニン、私リーダル=スレプト……それと、もうひとりおります。その者に兵をお与えください」
「使い魔の使役を得意とする奴か」
「奴は兵士と共にあってこそ真の力を発揮します。ぜひとも」
「わかった。だが、失敗は許さぬぞ」
「承知しております」
軍師リーダルは振り返り、十賢者ザッカスに顔を見せた。
それから立ち上がり、深々と頭を下げる。
「それでは、作戦を実行いたします」
「……いや、待て。出兵について、奥の院より報償があるのを忘れておった」
「捧竜帝さまがいらっしゃる奥の院、ですか?」
「うむ。捧竜帝さまが慈悲深くも、盗賊退治に向かう農民兵たちのため、兵糧と酒を贈られるとのことなのだ。どこで出兵の話を聞きつけたのかは、わからぬがな」
「それはなんとも……お優しいことで」
軍師リーダルはゆがんだ笑みを浮かべた。
「『グルトラ太守領』への出兵は盗賊退治ということになっておりますからね。民のため、ということですか」
「捧竜帝さまは民の苦労に、心を痛めておられるのだろうよ」
「しかし、解せませぬな。捧竜帝さまがいらっしゃる奥の院に、商人が出入りしているとは聞いておりませぬが」
「宮女がひそかに旅商人を呼び寄せたのだそうだ」
「……旅商人? 大陸中をさすらっているという、あの?」
「宮廷御用達の商人はこちらで押さえているからな。宮女がつてをたどって、旅商人に接触したのだろう。まぁ、それも今回限りだ」
『十賢者』ザッカスは肩をすくめた。
「いずれにせよ、陛下が金を出されるなら反対する理由はなかろう」
「わかりました。兵たちにもそのように伝えましょう」
「いやいや、兵にはわしが資金を出したことにしておけ。捧竜帝さまからとなれば、荷物の輸送にも気を遣わねばならぬからな」
「心得ました」
「旅商人がしばらく近くをうろつくかもしれぬが、気にするな。あやつらは誰にも仕えぬものたちだ。商売が終われば、どこかに行ってしまうだろうよ」
そう言って十賢者ザッカスは手を振った。
軍師リーダルは一礼して、部屋を出て行く。
「失礼いたします。軍師リーダルさま」
王宮の廊下で、軍師リーダルを呼び止める者がいた。
横を見ると、年若い宮女が立っていた。
「私は捧竜帝さまにお仕えしている者で、名をカタリアと申します。リーダルさまが派遣される兵に酒と食料をお届けする件について、お伝えしたいことがございます」
「その件についてはザッカスさまからうかがっている」
リーダルはうっとうしそうに手を振った。
「陛下の慈悲には、兵たちも感謝することだろう」
「つきましては、荷物の運搬に私と、数人の仲間を同行させていただきたいのです」
「お前たちをか?」
「治安が悪化している現在、荷物が無事に届くかどうか、陛下も心配されております。ちゃんと私の目で確かめて、安心させて差し上げたいのです」
「……なるほど」
「もちろん、兵士に変装いたします。兵たちの前では、陛下のことは秘密にいたします」
「…………ならば、よかろう」
軍師リーダルは羽根扇を振って、うなずいた。
「同行を許す。捧竜帝さまには、リーダルが感謝していたと伝えるがいい」
「ありがとうございます」
「兵糧運搬の手はずが整い次第、連絡しろ」
「はっ!」
宮女カタリアはそう言って、廊下の床に平伏した。
軍師リーダルは、足音高く歩き去って行く。
だから彼は、宮女がどんな表情で自分を見送っていたのか──知ることはなかったのだった。
あけましておめでとうございます。
今年も「ゆるゆる領主ライフ」を、どうかよろしくお願いします!
いつも「ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
書籍版2巻の発売日が決定しました! 2月10日です。今巻からユキノも本格参入です。
孟達さまの美麗イラストに加えて、新規エピソードも追加してますので、ぜひ、読んでみてください!




