第103話「ショーマとユキノ、敵兵にトラップをしかける」
──大陸中央の都で──
ここは『アリシア国』の宮廷。
その奥にある居室で、『十賢者』ザッカスと軍師リーダルは、再び話をしていた。
「どういうことだ。軍師リーダルよ!!」
ザッカスは叫んだ。
「多数の兵を使って、魔物を『キトル太守領』と『グルトラ太守領』に送り込んでいるというのに、まったく成果が出ておらぬではないか!! 偵察兵の報告では、それぞれの領土のものたちはあっさりと魔物を倒し、素材を溜め込んでいるらしいぞ」
「……それは予想外でした。ですが」
「ですがではない!! わざわざ兵糧まで使って領土の境界に、多数の兵士を駐屯させたのだぞ!! 苦労して魔物を探して……敵の領土に追い込んで……まったく効果がないでは話にならんではないか!!」
「……ふふ」
気色ばむザッカスに向かって、薄笑いを浮かべる軍師リーダル。
不敵に笑う少年に、ザッカスの怒鳴り声が止まる。
「……なにを笑う。軍師リーダルよ」
「これが笑わずにいられましょうか」
軍師リーダルは羽根のついた扇を揺らしながら、横目でザッカスを見た。
「我々は女神ネメシスの命により、国家百年の計を行っていると思っていたのですがね。違いますか?」
「ち、違わぬ。だが……」
「ザッカスさまの目的は『十賢者』の名のもとにアリシア王国を支配すること。我々の目的は、あなたがたの権力を利用して天下を平穏にすること。そのための、国家百年の計を行っているのです。百年のうち、たったひとつの策が上手くいかなかったからといって慌てるとは、なんとも情けないことですな……ふふ」
「笑うか。リーダル」
「冷静さを失わないでください、と申し上げているのです」
「……ならば、どうするというのだ」
「魔物ではなく、人を使います」
軍師リーダルは指に茶をつけて、机に線を引いた。
そのまわりに、数個の水滴を散らしていく。
「この線を領土の境界とします。この点を、兵士としましょう。これまでは向こうの領土へと魔物を追い込むだけでした。が、今後は領土へと侵入します」
「攻撃するのか? だが、口実はどうする」
『十賢者』ザッカスは苦い顔になる。
「兵を侵入させる口実がなければ、向こうが騒ぎ立てるだろう。表立って非難されれば……他の『十賢者』が、わしを罷免するかもしれぬ」
「口実は……『グルトラ太守領』に逃げ込んだ盗賊を追いかけていた、ではどうでしょうか?」
「仕事熱心さゆえに、他領主の土地まで兵が入ってしまったと?」
「『陸覚教団』は滅んだばかりです。盗賊や無法者の怖さは、皆の知るところ。その対策であれば、多少の越権行為も許されるでしょうよ」
「……なるほど」
「兵士は盗賊を探すため、『グルトラ太守領』の南端の村々を回ります。食料などももらい受けるといいでしょうね」
「し、しかし、竜帝陛下直属の兵士に、そんなことをさせるわけには……」
「庶民あがりの兵士を使えばいい。『陸覚教団』に村を焼かれて、都に来て兵士になったものもいるはず。その者たちを使いましょう」
「問題になったら、切り捨てろと?」
「責任を取るための兵士を混ぜるべき、と申し上げているのです」
「恐ろしい男だな。お前は」
『十賢者』ザッカスの額に、汗が伝った。
軍師リーダルの策は、確かに有効だ。
『グルトラ太守領』は太守が変わったばかり。新たな太守であるキャロル姫に、心服していないものもいるだろう。
そこにつけ込むのだ。
充分に揺さぶったところで攻め込めば、楽に領土を切り取れるかもしれない。
「だが、『グルトラ太守領』の兵から反撃を受けたらどうする? こちらの兵が捕らえられる可能性もあるであろう?」
「その場合は逃げます」
「あっさりだな」
「申し上げたでしょう? これは百年の計である、と」
軍師リーダルは、扇で天を指し示した。
「我らはもっとも有効で、最もリスクの少ない手を打てばいいのです。真綿で首を絞めるように敵を弱め、そうして最後に勝利する。それこそ『十賢者』による、天下百年の計と言えましょう。違いますか? ザッカスさま」
──数日後、『グルトラ太守領』にて──
「領土の南側の町に、兵士たちが侵入してきているのか……」
「その通りです。『辺境の王』よ」
結婚式の準備を始めてから、しばらく後。
俺はキャロル姫から書状を受けとり、『牙の城』までやってきていた。
『結界転移』を使ったから一瞬だ。今日はユキノに、護衛についてもらっている。
「『竜帝廟観光ツアー』になかなか来ないから、心配していたのだが」
キャロル姫には、結婚式にも出席してもらう予定だった。
彼女がくれば、辺境と『グルトラ太守領』が仲間になったことを示せるからな。
だから直接呼びにきたんだけど……。
「そういう事情なら、キャロル姫が動けないのも仕方ないか」
「はい。あたくしはすぐ、そちらにうかがうつもりだったのですが……」
キャロル姫は応接室の椅子に座り、ため息をついた。
「せっかく、侍女のケイトが『竜帝さまにすべてを捧げる者の服』を作ってくれたというのに……」
「それは人前で着られる服なんだよな?」
「問題ありません。初代竜帝さまのために祈るときは忘我の心地となり、意識から世界のすべてが消えてしまいますから」
意外とやばい人だった。
「だからこそ、今、辺境で流行している歌にも興味があるのです。ぜひともうかがって、聞いてみたかったのです」
「真の主──いえ、『異形の覇王』を讃える歌ですね」
待ってユキノ。今はそれに触れないでくれないかな。
こっちの領土でも流行したらどうする。
「あなたは……辺境の王さまの『魔将軍』さまですね」
「は、はい。第一愛妻でもあります」
「ならば、辺境で流行している『異形の覇王』をたたえる歌についでもご存じでしょう。教えていただけませんか?」
「……王に許された範囲なら」
「それで構いません」
「わかりました。では……」
ユキノは俺の方を見て、うなずく。
それから、深呼吸して。
「『ああ。偉大なる【以下 検閲削除済み】辺境に降り立った王よ』……」
「…………?」
「……おしまいです」
「ずいぶん、あっさりした歌なのですね」
「あたしとプリムさんが考えた部分が、すべてカットされてしまいまして……」
当たり前だ。
あんな左腕がうずく歌を広められてたまるか。
しかも夜遅くの眠たい時間に聞かせるのはずるいだろ。
寝ぼけてたせいで、『魔種覚醒』しかけたじゃないか。
「それより、キャロル姫。領土に侵入している兵についてだが」
俺は強引に話を変えた。
「奴らが住民を集めて『盗賊を見ていないか』と尋問した上、食料を巻き上げているというのは……本当なのか?」
「はい。確かです」
「姫の方で対策は?」
「兵を巡回させています。ですが、相手は領土の境界付近をうろうろしているもので、なかなか所在がつかめないのです。どうやら、守りが手薄な村を狙っているようなのですが……」
「実害は食料と、住民不安か」
「そうですね……あたくしの力不足でもありますが……」
キャロル姫は不安そうにうつむいた。
「『グルトラ太守領』は、弟トニアのことがあってから、なかなか兵が増えなくて……境界地域の護りも、うまくいっていないのです。あたくしがもっとしっかりしていれば、住民を不安にさせることもなかったのですが……」
兵力が足りないのは、キャロル姫のせいじゃない。
彼女の弟のトニア=グルトラは黒魔法を使って、兵士たちを操っていた。
その黒魔法のせいで、体調を崩した兵士が大量に出たんだ。トニア=グルトラは相当、無理なことをさせていたらしい。黒魔法は結界で消したけど、多くの兵士はいまだに療養中だ。
だから、護りの兵が足りなくなってる、ってことらしい。
「キャロル姫に提案があるのだが」
俺は覇王口調で言った。
「領土の境界の守りに、俺の兵を使っても構わないだろうか?」
「願ってもないことですが。よろしいのですか? 『辺境の王』」
「それくらいは構わない。ただ、この城の塀を動かすことになるが」
「構いません。あたくしも『辺境の王』の兵が動くところを見ておりますもの」
キャロル姫はキラキラした目で、俺を見てる。
レーネス姫とは反対に、彼女は『意志の兵』が気に入ってしまったようだ。
まぁ、本人の許可がもらえたのならいいか。
この『牙の城』の塀を『範囲強化』して、領土の境界付近に『結界転移』させればいいな。
あともうひとつ……敵を誘い込む策があればいいんだが。
「侵入してくる兵は、防御が手薄な村を狙ってくるんだよな?」
「はい。見張りの兵が少ない村や、人の少ない村を、ですね」
「なるほど……じゃあ、罠を仕掛けてみるか」
よくあるよな。『空城の計』って。
今回はそれを使ってみよう。
「ショーマさん。ちょっといいですか?」
「どうしたユキノ」
「あたしもアイディアがあるんですけど、聞いてもらえませんか?」
そう言ってユキノは、俺の耳元にささやいた。
「なるほど。敵兵を安全に捕らえるための作戦か」
「はい。名付けて『永久に尽きぬ村落』です」
「わかった。やってみよう」
「うまくいくといいですね」
「うまくいったら、こっちの領土にも常駐させよう。『敵兵ホイホイ』として。そうすれば手間はかからないし、同じことがあっても対応できるからな」
それに、敵兵に『グルトラ太守領を攻めるのはやばい』と思わせることができる。
抑止力としては充分なはずだ。
「と、いうことで、ご了承いただけるだろうか。キャロル姫」
俺はキャロル姫の方を見た。
「は、はい」
キャロル姫は、少し驚いたようだったけれど──
「あたくしは『グルトラ太守領』を救っていただいた『辺境の王』を信じます」
「ありがとう。キャロル姫」
「不思議ですね。あなたを見ていると、初代竜帝陛下の壁画が思い浮かんでしまいます」
「多分それは気のせいだ」
そういうことにしといて欲しい。
俺の前で、怪しい踊りを踊られてもこまるから。
そんなわけで、俺はキャロル姫の許可を得て、『牙の城』で『意志の兵』を作り出した。
その後ユキノと一緒に、いくつかの『敵兵ホイホイ』を仕掛けたのだった。
──『グルトラ太守領』南方より侵入した兵たち──
「……あちらにも村があるな」
「壁に囲まれた村か。見張り台は……なし。こちらに気づいた様子もない」
「立派な壁に囲まれているな。家も新しい。さては移住したての村か……」
「ならば、警備が手薄なのもうなずける。行動開始だ!」
兵士たちは一斉に走り出した。
彼らは『十賢者』に雇われた兵士たちだ。
その数、数十名。
『グルトラ太守領』に侵入した盗賊団を探しだし、捕らえるようにとの命令を受けている。
だから彼らは『グルトラ太守領』の南方にある村に行き、村人を集め、盗賊団の情報を聞いて回っていた。
重要な使命だ。村人が仕事中だろうと、全員集めて話を聞かなければいけない。
食料は村人から調達することになっている。
盗賊団が襲って来たら、村人も被害を受ける。これは仕方のないことなのだ。
「よいか。国境近くの村、すべてを回るのだ。協力しないものは武器でおどしても構わない。これは『十賢者』ザッカスさまからの命令なのだからな」
ひとりだけ馬に乗っている隊長は、これが嘘だということを知っている。
兵士たちの目的は、『グルトラ太守領』を不安定にさせること。
ぶっちゃけ、嫌がらせだ。
「では、村に突入する。ついてこい!!」
「「「……はい」」」
兵士たちは一斉に、目の前にある村へと飛び込んでいった。
だが──
「なんだ。誰もおらぬではないか」
兵士の隊長はまわりを見回した。
人が住んでいた形跡はない。
地面にも雑草が生えているし、井戸もない。作物を作っている様子もない。
だが、村にある家々は立派なものだ。
まるで建てたばかりのようにしっかりしている。壁もきれいだ。
「誰か隠れているかもしれぬ。分散して家捜しをしろ!!」
「「はい!」」
「私も行く。人がいないなら逆に、ここを野営地にしてもよいのだからな」
隊長は馬を下りて、兵士たちと一緒に家に入った。
「……誰もおらぬではないか」
中は、からっぽだった。
文字通り、なにもない。寝台も寝藁も、かまどもない。
人が住んでいるような気配さえなかった。
「なんなのだ。ここは?」
「建設途中なのではないでしょうか。ここを開拓し、村にするための」
「それを我々にうばわれるわけか。こっけいだな」
隊長は喉を鳴らして笑った。
「キャロル=グルトラは領主になったばかり。住民にいい顔をしたかったのであろうよ。それにしても軍師さまのお知恵は見事だ。『グルトラ太守』が作った村を、我らの居場所にできるのだからな」
「『グルトラ太守領』を奪うのも、時間の問題かもしれません」
「まったくだ。では、外に出るぞ。皆を集めるのだ。ここを拠点として──」
「「「────えええええええええっ!?」」」
迷路だった。
わずか数分の間に、村が姿を変えていた。
隊長たちがいるのは、ひと一人が歩く幅しかない通路。
壁の向こうに味方がいるのだろうが。その姿は見えない。
右を見ても壁。左を見ても壁。
ただ、わずかに細い通路が続いている。
「ど、どうなっているのだ!? これは!!」
「なにかの魔法でしょうか? 怪しい陣形に引っかかってしまったとか!?」
「ええい。とにかく脱出だ!」
「脱出ってどちらに!?」
「南側に光が見える。全員、そちらに進め!!」
隊長は村にいるはずの兵士たちに向かって、声を張り上げた。
「聞こえているな、皆の者! こんな迷路は恐れるに足りぬ! 壁に手をついて歩き続ければ、いつかは出口にたどりつける。ただ、どんな罠があるかわからぬから、慎重に進むのだ」
「はい」「了解しました」「わかりました!」
そうして、兵士たちは通路の先に向かって歩き始めたのだったが──
──数時間後──
「……出口……出口はどっちだ…………」
「もう、村の外に出てもいいはずなのに…………」
「助けてくれ……どうすれば出られるんだ……」
「壁を乗り越えて……だめだ……振り落とされる……動いてる、この壁」
「なにが起きてるんだ……俺たちは、別の世界に迷い込んでしまったのか…………ああああああああっ!」
兵士たちは亡霊のように、ただ、足を動かし続ける。
助けを呼んでも、誰も来ない。
人の気配さえもしない。
聞こえるのは自分たちの足音と、カシーン、カシーンという、石を打ち合わせるような音。
それと──
『ヘイッ』『ヘイヘイ』『ヘイー』
──村いっぱいに響き渡る、奇妙なほど景気のいいかけ声だけだった。
「め、めいろに……はてが……ない」
「……もう、いやだ。たすけてくれ…………」
「…………た、たのむ……ここから……だして」
力尽きた兵士たちが『グルトラ太守領』の兵に救助されるのは、数時間後のことになるのだった。




