第101話「覇王、シルヴィア姫と一緒に兵を起こす」
──シルヴィア姫の部屋にて──
「え、ええっ!? 『辺境の王』──いえ、ショーマさま」
あれ? 行くことは伝えておいたはずなんだけど。
なんでシルヴィア姫はびっくりしてるんだろう。
「お邪魔する。シルヴィア姫」
「どうしたんですかシルヴィアさま。そんなに慌てて」
ここは『キトル太守城』にある、シルヴィア姫の寝室。
ベッドは部屋の隅に移動していて、部屋の中央では魔法陣が光ってる。
俺たちはそこから出てきたところだ。
「い、いえ、思っていたより、少し早かったもので……ちらかっておりまして」
シルヴィア姫は部屋の隅で、こっちに背中を向けて震えてる。
着ているのは、いつものドレスだ。
だけど、ベッドの上には、色違いのドレスが何枚も並んでいる。
これは──
「……式の準備か?」
「……はい」
シルヴィアは真っ赤な顔でうつむいた。
『キトル太守』のアルゴス=キトルは、シルヴィアと結婚して、俺にこの『キトル太守領』を引き継ぐように言った。
けど、それをそのまま実行して、うまくいくとも思えない。
俺は辺境に住む亜人の王で、『キトル太守領』は人間の世界だ。
いきなりトップが『辺境の王』になったからって、住民がそれを受け入れるとは思えない。
だから俺たちは強力な同盟関係を結ぶことにした。
そのために、俺とシルヴィア姫は、政略結婚をすることになったんだ。
「太守領の住民を不安にさせないためには、俺は表に出ない方がいいよな」
「戦力を融通しあって、住民の通行も自由ですから、領土を一体化したようなものですけれどね」
「領土を治めるのはレーネス姫。ただし、出張所として、俺たちは城をひとつもらう、と」
「魔法陣のあるこの城がベスト、ということですね」
「そういうことだ」
「その裏付けとして、わたくしが『辺境の王』と婚姻関係となるわけですので……」
「シルヴィアの住所はこの城だけどな」
シルヴィアは領民に人気がある。
その彼女を辺境に連れて行ったら、領民たちが不安になる。
だからシルヴィアにはこのまま『キトル太守領』にいてもらって、俺たちの名代をやってもらうことにしたんだ。
「政略結婚といっても、式は行います。時期は、父とミレイナ姉さまの体調が回復次第ということになると思います」
「では、このドレスは?」
「これはリゼットさま、ハルカさま、ユキノさまの分です」
「そうだったのですか!?」
気づいてなかったのかよ、リゼット。
ベッドの上に並んでいるドレスは、ひとつひとつサイズが違う。
どう見ても数人分だ。
「じゃ、じゃあ。辺境でリゼットたちも式をやるというのは、本当だったのですか?」
「そういう嘘は言わない」
「……ショーマ兄さま」
リゼットは、ぽーっとした顔で、俺を見てる。
シルヴィアとの政略結婚が決まったあと、俺も色々考えたんだ。
リゼットとハルカとユキノは表向き、俺の第1夫人、第1正妻、第1愛妻ということになっている。
シルヴィアとレーネス姫が辺境に来たときに、俺は暴君と覇王と暗君のふりをした。
その中で、『女性にしか興味がない暗君』を演じるために、リゼットたち3人を妻にしていることにしたんだ。
あのころは、『キトル太守家』と、こんなに深い付き合いになるとは思ってなかったからだ。
でもって、俺が3人の妻を持ってることは、『キトル太守家』では、すでに事実として定着してしまっている。
今さら嘘でした、とは言えない。
そんなわけで、対外的にも、リゼットとハルカとユキノを、正式に妻にしておく必要があったんだ。
ちなみに、本人の意志を聞いたら──
「そ、そうですね。兄さまの妻がシルヴィア姫だけでは、辺境の民が不安に思うかもしれません。こ、ここわぁ、リゼットたちは正式に嫁だとしらしめることで、辺境を第一に考えているのだと、皆に教える必要がありまひゅっ」
リゼットは噛み噛みで賛成して、
「え? もともとボクたち家族なんだから、なにも変わらないよね? あ、でも、夫婦なら一緒にお風呂に入れるのかー。楽しみだね。兄上さま!」
ハルカは無邪気に手を挙げて、
「ふふっ。『真の主』さまとの縁が、またひとつレベルアップね。これであたしもショーマさんと共に『第8天の女神』に立ち向かうことができるでしょう……え? こっち向いて話をしよう? そ、それは……今はできない相談ね……」
ユキノは首筋まで真っ赤にして、壁の方を向いていた。
とにかく3人とも、話を受け入れてくれた。
俺とリゼットとハルカ、ユキノは、すでに家族になっちゃってる。
そのかたちが少し変わったからってどうってことはないはずなんだけど……やっぱり照れくさい。
なんだろうな。この、一線を越えてしまったような感覚って。
「すごいです……人間の世界には、こんな色とりどりのドレスがあるのですね」
リゼットは色とりどりのドレスを眺めて、ため息をついてる。
それを見たシルヴィアは微笑みながら、
「よろしければ辺境へお持ちください」
「いいんですか? シルヴィアさま」
「さま、は不要ですよ。わたくしとリゼットさまは、ショーマさまを間に挟んで、家族になるのですから」
「……家族」
リゼットは目をうるませて、俺とシルヴィアを見てる。
「すごいです……ショーマ兄さまと一緒にいると、リゼットの家族が増えていきます。両親が死んでから……ずっと、家族と呼べるのはハルカだけだったのに……うれしいです」
「わたくしも、ショーマさまに救われております」
シルヴィアは、涙ぐむリゼットを抱き寄せた。
「『辺境の王』──ショーマさまと出会うまでは、『キトル太守領』の三姉妹はそれぞれの派閥に推され、勢力争いを続けておりました。わたくしはレーネス姉さまが差し出すお茶さえ……毒殺を恐れて飲めなかったのです」
「……そうだったのですか?」
「はい。ですが、リゼットさまとレーネス姉さまが『模擬戦』をしてからは、わたくしと姉さまはすっかり仲良くなってしまいました。自分たちがどうがんばっても敵わない相手がいる……それを知ることで、姉妹の争いをやめることができたのでしょう……」
「やっぱりショーマ兄さまは、人と人を繋ぐ力をお持ちなのですね」
「大地の魔力をつなぎ合わせるお方でもありますからね」
「「さすがは『異形の覇王 鬼竜王翔魔』さまです」」
……正面きってほめられると、むちゃくちゃ照れくさいんだけど。
あと、俺の異名を使って話をまとめるのはやめてね。
「それはさておき、シルヴィア。今日ここに来たのは、式の話をするためじゃないんだ」
「はい。承知しております」
シルヴィアはドレスの裾をつまんで、俺に一礼した。
「ショーマさまが支配する魔法陣が20を超え、新たな力を身につけられた……そうですね」
「ああ。『命名属性追加』の追加機能『範囲強化』だ」
「すでに準備はできております。こちらへどうぞ」
シルヴィアは俺とリゼットを連れて、部屋を出た。
廊下ではレーネス姫と、数人の武官が待っていた。
彼らは俺とリゼットに頭を下げて、歩き出す。
「お久しぶりです。『辺境の王』」
「ごぶさたしている。レーネス姫」
「あなたの希望通り、手配はすでに済んでいる。この城はすでにシルヴィアのもの。つまり、夫となるあなたのものでもあるのだ。その範囲内にあるものは、あなたの所有物と考えていい」
「ありがとう。助かる」
「住民にはすでに話は通してある。これが上手くいけば、『キトル太守領』はすさまじい力を手に入れることになるのだが……」
レーネス姫は、ふと、立ち止まった。
窓の方を向いて、がっくりとうなだれる。
「……私の精神、本当に保つのかなぁ」
「がんばってください。レーネス姉さま」
「……シルヴィア」
「いつ『十賢者』が、この『キトル太守領』を狙ってくるかわかりません。領土を守るためです。わたくしがついていますよ。姉さま!」
「いや、お前はもう『辺境の王』のものだろう?」
「そ、そうですけど……『キトル太守家』の三女であることに変わりはありません」
「……わかった。私も覚悟を決めよう」
レーネス姫は、俺の方を見た。
「『辺境の王』よ。我が『キトル太守領』を強化してくれ」
「承知しました。レーネス姫」
「あと、シルヴィアを大切にするように」
「それはもちろん」
「他に3人の妻がいるとはいえ、寵愛は公平にな。他の3人と寝所をともにしたあとは、シルヴィアの元を訪ねるのを忘れないように。小さいころは私もシルヴィアと一緒にお風呂に入っていた。ホクロの位置は知っている。あとで確認するからな。脚の付け根にあるホクロの配置を──って、どうしてシルヴィアよ、私の肩を掴むのだ?」
「えい」
背後からレーネス姫の両肩を掴んだシルヴィアは、そのまま彼女の身体を、壁の方に向けた。
「へい!? 壁……壁があるよぅ! 塀が向かって来るよ……こわいよー!!」
「さぁ、参りましょう、ショーマさま」
壁を見ながら震えてるレーネス姫を置いて、シルヴィアが歩き出す。
いいのかそれで。
俺たちが向かったのは、城のバルコニーだった。
ここからは『キトル太守領』の城下町がよく見える。
住民たちは、すでに話を聞いているのだろう。
通りに集まって、興味深そうにこっちを見ている。
「では、始めるぞ。リゼット、シルヴィア」
「はい。兄さま」
「拝見させていただきます。ショーマさま」
「──『命名属性追加』──『範囲強化』を起動」
俺はバルコニーから地上を見た。
城下町には、たくさんの家が並んでいる。
そのすべてを視界に入れるように、見回す。
基本的には見えなくてもいい。城下町にあるものは、すべて範囲に入るはずだ。
「『鬼竜王翔魔』の名において、汝等に新たな属性を授ける」
ふわり、と、空中に光の粒子が浮かび上がった。
『結界』を起動したときと同じだ。
大地を流れる魔力が、範囲型の『命名属性追加』のために、あふれだしている。
「『この地にいるすべての「石の塀」に告げる。類似なる言霊を受け入れよ。汝らに与える属性は──」
光の粒子が、町へと降っていく。
正確には、町の建物すべてに。
「『石の塀』転じて『意志の兵』とする。王の命名を受け入れよ!!」
城下町の建物が、光を放った。
建物を囲む塀たちが、震えはじめる。
地響きが起きた。
そりゃそうだ。『ハザマ村』と、この城下町は住民の数が違う。
20倍か、あるいは50倍か。
当然、建物を囲む塀の数も桁違いに多いはずだ。
ずんっ。
地面が揺れた。
ずんっ。ずんっ。
無数の『意志の兵』たちが、大通りに集まってくる。
あらかじめ『味方だ』って聞いてる住民たちも、びっくりしてる。
でも、恐れてはいないようだ。
じぶんちの塀を見つけて、手を振ってる人もいる。
これが『範囲強化』だ。
『魔法陣』を20個復活させたことで、一定の範囲内にあるものを強化できるようになったんだ。
今まではひとつひとつ触れる必要があったから、時間がかかっていた。
でも、これなら一瞬だ。
武器もヘイも、百個単位で一気に『強化』できる。
「よくぞ動き出した。我が精塀たちよ」
俺は地上のヘイたちに向かって、宣言した。
「汝等は、この『キトル太守領』を守るために生まれた者だ。シルヴィア姫を主として、その命令に従い、外敵から領土を守ってくれ。いいな」
「「「「「「「「ヘイッ!!!」」」」」」」」
大地をうめつくすヘイたちが、声をあげた。
「す、すごいです。兄さま」
「これだけの兵力があれば『十賢者』が来ても安心です」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ああっ、レーネス姫さま。お気を確かに!」
「味方ですっ。あれらはすべて、味方ですからっ!」
住民たちも歓声を上げてる。
後ろで響いた悲鳴は……聞こえなかったことにしよう。
「ヘイたちはシルヴィア姫の命令を聞くようにしてある。姫が不在の場合は、自動で領土を守ってくれるはずだ」
「承知いたしました。ショーマさま」
「それじゃ、俺は辺境に戻るよ」
「は、はい……その……」
リゼットは恥ずかしそうに、俺の手を握った。
「……結婚式の、準備ですね」
「……そうだね」
「わたくしもご一緒いたします。ドレスの着付けなどもございますので」
そうして、俺とリゼットとシルヴィアは、寝室へと戻った。
用意してもらったドレスは、収納スキル『王の器』にしまって、と。
じゃあ、辺境に戻ろう。




