第100話「十賢者の計画と、覇王による勢力拡大」
──大陸中央の都で──
ここは、『アリシア王国』の都。その宮廷。
王国最高位の『十賢者』に与えられた居室で、2人の男性が話をしていた。
「ケルガ将軍は捕縛。魔術師カクタス=デニンは行方不明……いや、死亡したとみるべきだろうな。トニア=グルトラはすべての権利を剥奪された上で幽閉され、キャロル=グルトラからは正式に、同盟破棄の連絡が来た」
『十賢者』第4位、賢者ザッカスはためいきをついた。
細身の男性だった。
彼はローブの裾を握りしめ、目の前にいる少年をにらみつける。
「以上の件について、なにか言うことはあるか。リーダル=ダルグス」
「……こんなはずではなかったのです」
リーダルと呼ばれた少年は椅子に座ったまま、横目で賢者ザッカスを見た。
胸元のペンダントをもてあそびながら、羽根のついた扇で風を送る。
その態度が気に触ったのか、賢者ザッカスは床を、だん、と踏みならす。
「女神の使者などと名乗るから、任せてみればこのザマだ!! 軍師リーダルよ。すべての計画はお前が立てたものだろう!?」
「ええ、女神ネメシスの指示通り」
「我ら『十賢者』の権力を使い、抵抗する勢力をすべて滅ぼす。そのためにお前らは力を尽くす……そうであろう」
「終わったことを悔やんでも仕方ありませんよ、ザッカスさま」
リーダルと呼ばれた少年は立ち上がり、一礼した。
彼の左右には、人形のような兵士が立っている。身体には甲冑をまとい、兜の下に顔はない。
武器は持っていないが、その手が人を殺せるほどの力を持っていることを、賢者ザッカスはよく知っている。
その力を借りて、ザッカス本人は『十賢者』の上位へとのしあがったのだから。
「おそらくは、情報不足だったのでしょう」
軍師リーダルは言った。
「ゲームのルールが明確でなければ、我ら『ネメシスの眷属』とて、満足には戦えません。北の地には召喚された者がいないというから攻めたのですがね……ルールを間違えていたようです」
「それで済むか、馬鹿者!」
「大声を出さないでくださいよ。ザッカスさま」
「落ち着いていられるか。『キトル太守領』と『グルトラ太守領』が、ひとつにまとまってしまったのだぞ。大陸の北に、一大勢力が生まれたのだ」
ザッカスは唇をかみしめた。
本来であれば、『キトル太守領』と『グルトラ太守領』を争わせ、弱ったところを攻めるつもりだった。
だが、作戦はすべて裏目に出た。
ふたつの勢力は同盟を結んでしまった。それも、ふたつの領主家がひとつになるほど強いものだという報告を受けている。
その同盟をとりまとめたのが、『辺境の王』を名乗る者だとも。
『辺境の王』の正体は、よくわかっていない。
兵士たちの証言もバラバラだ。
「炎を吐く」「岩を砕く」「空を飛ぶ」「魔物を呼び出す」
「同時に2箇所に出現する」「城を動かす」「騎兵をひっくり返す」
「食べ物を増やす」「交易所を作る」「ヘイッ!」
──とても、一人の人間の仕業とは思えないほどに。
「おそらくは『辺境の王』という称号を持つ者が、複数存在するのだろう。その者たちが、2勢力をまとめてしまった。これが『十賢者』の分析だ」
「ネメシスさまとは別の女神に呼ばれた者が、北の町に集まった、ということでしょうね」
「いずれにせよ、攻め込むのはもう無理だ」
『十賢者』ザッカスは、震える声で告げた。
「いや、逆に我々が、北からの侵攻を受ける可能性もある。『キトル太守領』『グルトラ太守領』はひとつの大勢力にまとまってしまったのだからな」
「策はありますよ。ザッカスさま」
「……策だと?」
「シンプルな策です。北への通り道である『遠国関』を閉ざせばよろしい」
涼しい顔で、軍師リーダルは言った。
「流通を止めるのです。民には北の地との取引を禁じます。特に、武器になりそうなものや、魔物退治に必要なもの。それと、戦士や魔法使いが北に向かうことを禁止します」
「補給を断つということか?」
「北方には強力な魔物が出現すると聞いています。魔物と戦えば、武器も消耗するでしょう。薬草や傷薬も必要となります。それらの補給を断つことで疲弊させるのです。さらに、こちらから北の地に魔物を追い立てるようにすれば、ダメ押しとなるでしょう」
「なるほど、その状態では、向こうからは攻め込めまい」
「魔物を田畑に追い込めば完璧です。いかに強い兵士といえど、食べなければ戦えません」
「わかった、どこから狙う?」
「『グルトラ太守領』がよろしいかと。領主も変わって混乱しているでしょうから」
軍師リーダルは扇で北東──『グルトラ太守領』の方角を指し示した。
「ほどよく向こうが弱体化したところで攻め込めば、勝利は確実かと」
「さすがは異世界から来た軍師。見事なものだな」
さきほどの怒りを忘れたように、賢者ザッカスは笑った。
「魔物を使って敵国を制す。まさに妙案だ」
「いえいえ、これくらいは常識ですよ」
軍師リーダルと呼ばれた少年は、満足そうに扇を揺らした。
「我々は女神ネメシスに遣わされた者。役目は果たします。それより、約束をお忘れなく」
「……わかっている」
「『十賢者』の直轄地が増えたら、我々がその一部をもらう。『女神に呼ばれた者』の自治区を作る。そこでは我々が絶対の権力者として力を振るう……その約束です」
「ああ、『グルトラ太守領』を落としたらくれてやる」
「女神に呼ばれた身ではありますが、楽しみくらいはなければ、やってられないですからね。いわば、思い出作りです」
軍師リーダルは笑う。
「代わりに、私は自分の能力と、知る限りの知識を駆使してザッカスさまをお助けします。まずは北の領主たちを痩せ細らせる作戦、どうぞ、ごらんあれ──」
──ショーマ視点──
「リゼット=リュージュを新たな拠点の城主に任命する。目覚めよ! 『竜脈』!!」
俺がスキルを発動すると、魔法陣が輝いた。
リゼットの身体を、やわらかな光が包み込む。
「……この感触にも、だいぶ……慣れて来ました」
「リゼットが城主になるのは5か所目だからな」
俺とリゼットは外に出た。
ここは、『グルトラ太守領』にある古い砦。
まわりは人気のない森だ。今は、空気中に魔力の光が舞ってる。
『グルトラ太守領』での戦いは終わった。
シルヴィア姫の父、アルゴス=キトルは『キトル太守領』の城で療養してる。
姉のミレイナ姫も一緒だ。
長い幽閉生活で、身体をこわしてしまったらしい。
犯人のトニア=グルトラは『グルトラ太守領』の城へと連れていかれた。
キャロル姫にとっては弟だけど、許すという選択肢はなかった。
トニア=グルトラは、城の地下牢に幽閉。
たぶん、一生出てくることはないと思う。
ケルガ将軍と配下の兵士も牢屋の中だ。
キャロル姫は今回の事件についてと、将軍たちの扱いについて、『十賢者』に問い合わせを出してる。けれど、書状は届いていないらしい。
『グルトラ太守領』の使者は『遠国関』に入れない状態だそうだ。
これは『キトル太守領』のものたちも同じらしい。
『十賢者』は、完全にこちらを敵認定しているようだ。
「まぁ、でも、キャロル姫が領主になってくれてよかったよ」
「『牙の城』にある、竜帝さまの壁画と、地図を見せてもらえるようになりましたからね」
おかげで、魔法陣の位置がわかるようになった。
だから俺はキャロル姫の許可を得て、『グルトラ太守領』の魔法陣を復活させまくってる。
辺境と『キトル太守領』『グルトラ太守領』を合わせて、魔法陣の数は20を越えた。
土地も肥えて、作物もたくさん取れるようになったから、みんな喜んでる。
「そういえば、ご存じですか、兄さま」
「なにかな、リゼット」
「最近、南から魔物が来ることが多くなったそうですよ?」
「『キトル太守領』と『グルトラ太守領』に?」
「はい。でも、『結界』の壁にぶつかって、帰っていくそうです」
「だろうな」
「強力な魔物が入ってくることもありますが……結界の中では動きが止まるので、みんなあっさり倒されているようです」
「素材が取れるな」
「そうですね。シルヴィア姫とキャロル姫からは、感謝状が来てます」
「いいことだ」
「シルヴィア姫さまの方は、兄さまのご要望についても、準備ができたと言っていました」
「そうか。じゃあ、訪ねてみるか」
「そうですね」
俺とリゼットは砦に戻った。
魔法陣の上に立って、『結界転移』を起動する。
行き先はもちろん、シルヴィア姫の部屋だ。