表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/121

第1話「召喚と『王の器(おうのうつわ)』」

 限界が来たので会社に辞表を出して、「次へ行くか!」と歩き出したら森の中だった。


 ……おかしい。

 俺、さっき会社の建物を出たばっかりなんだけど。

 そのままコンビニで、ミネラルウォーターとチョコとおにぎりを買った。それは手元にちゃんとある。それを持って駅に向かって歩いてたら……いつの間にかここにいた。


「……どこからどう見ても森の中だな」


 まわりに建物は見えない。

 あるのは俺の頭上高く高く伸びた、背の高い樹。

 地面は少し湿ってる。辞表出してすぐに逃げられるように、軽めのウォーキングシューズを()いてきたからまだいいけど、革靴だったらかなり歩きにくいだろうな。


 でも……ほんとに、ここはどこなんだ?

 ぜんっぜんわからない。幻覚を見てるわけじゃないよな。草のにおいもするし、地面を掴むと……うん、湿った土がついてくる。まともに土をいじるのなんて久しぶりだから、こんなリアルな幻覚、見られるわけがない。


「どうしよう……」


 仕事辞めた直後に、なんでこんなことになってるんだ?

 逃げた奴は山の中に放置……って裏ルールがあったわけじゃないんだろうし……。


「とりあえず、人のいる方を目指して歩くか……」

「ごめんなさいっ!!」


 不意に、声がした。


「ごめんなさいごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!」


 振り返ると、人がいた。

 というか、目の前に浮かんでた。

 俺に向かって、深々と頭を下げていた。


「適性を持つ、死せる若い魂を転移させるつもりだったのに……あなた、生きてますよね?」

「……はぁ?」


 なんだろう。この人……いや、人じゃないのか?

 俺の目の前に浮かんでるのは、羽根の生えた少女。

 金髪で、きらきら光るローブをまとって、「あちゃー」って感じでうめいてる。


「生きてますよね!? 間違いないですよね!?」

「……誰?」

「お願いです教えてください」

「生きてる……たぶん」


 まじめに聞かれると、なんだか心配になってくる。

 生きてる、と思う。記憶も途切れていないし、怪我もない。


「お名前と年齢は?」

桐生正真(きりゅうしょうま)。28歳。そろそろアラサー……かな」

「……あぁ」


 少女は頭を抱えてのけぞった。


「やっちゃったーっ!!」

「もしかして、あなたが俺をここに呼び出した張本人なんですか?」

「はいっ!」


 そんな勢いよくうなずかれても。


「あなたを召喚(しょうかん)してしまったのは私です。どうも、申し訳ありませんでしたっ」


 ……召喚?


「俺を、この世界に呼び出した、ってこと?」

「はい。わたしはこの世界の調整をやっている女神の一人で、ルキアと申します」


 羽根の生えた少女はもう一度、ぺこり、と頭を下げた。


「どうもごていねいに。桐生正真(きりゅうしょうま)です」


 社会人らしく、俺もお辞儀を返す。


「このたびはわたしのミスでご迷惑をおかけして、ほんとーっに、申し訳ありませんでしたっ!」

「召喚って、まさか、ここは別の世界なんですか?」

「はい。あなたの世界とは少しずれた……少し文明レベルの低い異世界になります」

「……どうして俺を呼んだんですか?」

「いえいえあなたを呼んだわけじゃありません」

「呼ばれてますよね?」

「ですから、ミスです。申し訳ありませんっ!」

「お辞儀はもういいですから、説明してください。あと、できれば元の世界に戻して」


 せっかく辞表を出して、会社を辞めたところだったのに。

 今までの仕事はもう、限界だった。


 残業に次ぐ残業。早めに仕事を終わらせようとして、勝手に作業を効率化すると怒られ、押し通すと早く終わった分だけ次の仕事が飛んでくる。仕事が嫌なんじゃなくて、終わりがないのが嫌だった。だから半年間迷いに迷ったあげく辞表を出した。


 後のことはあんまり考えてなかったけど──


「元の世界に戻す、ですか?」

「はい。お願いします」

「できません」


 女神さまは頭を下げたまま、言った。

 聞き間違いかと思った。


「できないんです。まもなく、絶対神さまが開いた転移の門が閉じるので。また、このままだと

私とあなたも見つかってしまいます。今回のことについての詳しい説明は、あなたの装備と一緒に手紙を置いておきましたので、そちらをご参照ください」


 すぅ、と、少女の姿が、空に登っていく。

 ──って。


「ちょっと待って!」


 俺は少女を呼び止めた。

『ミスで呼び出しました』の他には、なんの説明も受けてないんだけど。


「せめて能力の説明を! こういう召喚って、召喚された者にすごい能力が与えられたりするんじゃないのか!?」


 確か、そんな話を聞いたことがある。

 というか、異世界にそういうの無しで放置ってありえないだろ。


「あなたにあげられるスキルは、なにもありません」


 少女は言った。

 頭の中が、真っ白になった。


「私の能力であなたにあげられるスキルは、なにもないんです」

「冗談だろ……?」


 俺はまわりを見た。

 どこからどう見ても、森だった。

 ここがどんな世界なのかは知らない。異世界なのは、ほぼ確定してる。魔物がいるのかどうかはわからないけど、いなくてもこの状態はかなり危険だ。人里の場所もわからない。食料も水もない。そもそも、この状態で野生動物とでくわしてもアウトだ。


「いいえ」


 そんな俺の心を読み取ったように、女神ルキアは首を横に振った。

 場所はもう、空の上。

 ほとんど小さな人形にしか見えなかったけれど。


「あなたなら、この世界でも生きていけるでしょう。だって──あなたは──」

「無茶言うな!? どうすればそんなことが……?」


 (こた)えは返って来なかった。

 女神の姿は高く高く登っていって、そして、見えなくなった。


 森の中に、俺一人だけを残して。





「……夢か幻覚だったら…………良かったのにな…………」


 俺は木の根元に、がっくりと腰を下ろした。

 どうしよう。

 こっちの世界でもいらないもの扱いされてしまった……。


 元いた世界では、勤めてた会社の派閥がすごくて、俺は終わりなき仕事をさせられてたから。

 俺は年度途中の採用だったせいで、味方になってくれる仲間も上司もいなくて、一段低い扱いだった。いつか対等に扱ってもらえるかと思ってがんばってきたけど……もう、限界だったんだ。


「こっちの世界でもいらないもの扱いって……」


 なんなんだろう。

 俺の宿命なのかな。そんな宿命、いらないんだけどなぁ。


「食料と水は、一応あるな」


 コンビニ袋には、さっき買ったミネラルウォーターとチョコレート、おにぎりが入ってる。

 その隣に、見慣れない物が置いてあった。剣だった。

 そういえば女神さんは『装備をくれる』って言ってた。これがそうなのかな。剣なんか使ったことないんだけど……でも、鈍器(どんき)くらいにはなるか。

 剣と一緒に手紙が置いてある。

 読んでみると……えっと──




『今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』



 まったくだ。



『本来、今回の召喚は「死せる若者の魂」を呼び寄せるはずでした。

 この世界は現在、魔物がはびこり、竜の血を引く皇帝も力を失い、天下は(あさ)のごとく乱れている状態です。

 それを治めるため、才能を持つ魂を呼び集め、スキルを与えようというのが、絶対神さまの計画でした。


 私もひとりの女神として、それに参加しました。

 そうしたら……なぜかあなたが引っかかってしまったのです。


 本当に申し訳ありません。

 心から、お詫びいたします。

 お詫びの印に、あなたの精神力と体力を全盛期のものに戻しておきました。人間で言う、十代前半くらいのものになっています。生きていくのに役立つはずです。


 それと、正式な召喚者で功績を上げた者には、能力を持ったまま元の世界に戻すという特典を与えられることになっています。

 なので、乱世が治まり、特典を与えるときがチャンスです。

 そのとき、あなたが生きていたら、私が責任を持って元の世界に戻して差し上げます。


 ただ、絶対神に見つかると(ばっ)せられるので、そうならない範囲で。

 また、この手紙には仕掛けがしてあります。


 下のスペースに質問を書けば、私はあなたの質問に、一度だけお答えすることができます。ただし、あなたに関することだけです。他の召喚者の情報や、他国の情報については教えられませんので、あしからず。


 これは、あなたにスキルをあげられない私からのお詫びです。

 どうか、生き残ってくださいね。





 キリュウオウ ショウマさま。


 女神ルキアより』





 ……無茶を言う女神さまだった。

 しかも、俺の名前を間違えてた。

 さっきも名乗ったのに。桐生正真(きりゅうしょうま)だって。


「……説明不足にもほどがあるよな」


 この世界のことだってそうだ。魔物がいて、竜の血を引く皇帝がいることくらいしかわからない。

 手紙の最後には人里の方向が書いてある。太陽の位置から割り出すようになってるらしい。

 深い森の中だけど、日光がどっちから差してるかくらいはわかる。

 村があるのは日が沈む方向だから……あっちかな。


 よく見ると地面には、細い道がある。人が通ったあとだ。

 女神さまの解説によると、これをたどっていけばいいらしい。

 道があるんだから、人里はそんなに遠くない。遠くないといいな……。


「体力……本当に十代レベルになってるんだよな。でないと遭難(そうなん)するぞ」


 ここ最近、仕事が忙しくてまともに歩いてないから。

 地面は柔らかくて歩きにくい。足下、気をつけないと。足首をひねったら終わりだ。


「……ほんっとに……ここで生きていかなきゃいけないのか……?」


 俺は地面に置かれた剣を持ち上げた。

 意外と重い。長さは、1メートル弱。いわゆる長剣、ロングソードってやつだ。

 持ちにくいけど、これがないと野生動物──あるいは魔物にであったときに詰む。

 いや、持ってても詰むかもしれないけど、あるとないとでは大違いだ。


「先のことは考えない。今は、村に着くことだけを考えよう」


 でないと絶望しそうだ。

 女神さま、スキルとか伝説の武器とか、そういうの一切くれなかったから。

 ……いや、本当にくれなかったのかな。

 普通はこういう時、とんでもなく強いスキルをくれるものだよね。


「試してみるか」


 ……イメージする。

 自分の中にあったなにかを引き出すように。

 深呼吸して……。


「……あった」


 当たり前のように見つけた。違和感なんてまったく感じないくらい、あっさりと。

 これが、俺の中にある能力(スキル)だ。




(おう)(うつわ)


 王の度量(どりょう)を示すスキル。

 いろいろなものを受け入れることができる。

 また「王は民の言葉を聞く必要がある」ことから、言葉を翻訳(ほんやく)する能力もあわせ持つ。




「……なんだ、収納スキルと翻訳(ほんやく)スキルか」


 身を守るのには使えなさそうだ。それでも助かるけど。

 とりあえずコンビニ袋と剣をしまって、っと。


 これ、生き物は入れられないのか……。

 自分が入って夜を明かして、朝になったら登場……というのは、無理みたいだ。それだと楽なんだけどな。メリットは、手ぶらで移動できるくらいか。


 でも、女神さま。ちゃんとスキルを用意してくれたんだな。

 絶対神とかにばれないように隠しておいたんだね、きっと。

 ……いい人なのかもしれない。俺を召喚に巻き込んじゃってるけど。


「……怒れなくなっちゃったな」


 この世界での当てはないけど……よく考えたら、元の世界でも同じだ。

 仕事を()めたあとの当てがあったわけじゃない。

 限界が来たから辞表を出しただけ。結局、再就職先を探す以外にすることないもんな。


「……こっちの世界では……体力と精神力が10代になってる。謎スキルもある。よし」


 むりやり前向きになってみた。

 考えてもしょうがない。とにかくスキルを活かして、生き残るしかない。

 ……それと『仲間』が見つかったらいいな。


 女神さんはこの世界に『死せる若い魂』を転生させたと言ってた。

 だったら、その人に協力するって手もある。召喚とかの事情を知っている俺なら、うまくサポートできるかもしれない。正式に召喚された人なら、すごい能力を持ってるだろうから。仲間になれば、生き残る可能性も高くなる。

 ただし、相手がどんな人間かわからないから、慎重にことを進めないと──


「……って、先のことを考えすぎだな」


 俺が今いるのは、森の中。

 とにかく先へ進もう。道をたどっていけば、人里に出られるはずだ。

 そこで事情を話して、この世界の情報を仕入れよう。


 ……めんどくさいな。

 できれば不死のスキルとかもらって、のんびりぐだぐだしていたかったよ……。


 俺は獣道(けものみち)を歩き始めた。





 しばらく歩くと──



「……魔物!?」



 森の隙間(すきま)に変な影を見つけて、立ち止まる。

 思わず木々の間に隠れてるけど──相手は、動かない。

 近づいても反応なし。触っても動かない。これって──


「……なんだ…………石の像か」


 びっくりした。

 おどかすのやめてほしい。この状態でこんな魔物と出会ったら詰む。速攻(そっこう)で詰む……。


「でも、こんな森の中に、竜の彫像(ちょうぞう)って」


 木々の向こうにあったのは、石でできた竜の像だった。

 大きさは1メートルくらい。翼を持った竜──いわゆるドラゴンで、大きく口をあけて、獣道のこっちがわをにらんでる。魔除けみたいなものだろうか。


「そっか……この世界には竜がいるのか」


 魔物がいるって言ってたもんな。

 ふと、空を見上げると──なにかの生き物が翼を広げて飛んでるのが見えた。鳥じゃない。遠すぎて、なんなのかはわからない。でもあの大きさは鳥じゃないよな。両脚伸ばして飛んでるし。


 ああいうのがいるんだから、竜もいるんだろうな。


「先を急がないと。こんなもんと森で出会ったら即死するからな……」


 とにかく、この世界には竜がいる……と。

 それとも竜みたいなものがあがめられてる世界、ってことなのかな。


『この世界には竜がいる』──っと、メモっておいて『王の器』の中に手帳をしまっておこう。

 不思議と()かれる像だけど。かっこいいけど……しばらく見ていたいような気がするけど……。

 今は構ってる場合じゃないな。うん。

 人工物があるということは人里は近いってことだ。あと少し。もうちょっと。


「……あとちょっとだといいな」


 こんなところで野宿なんかしたくない。たき火を起こす火種もないし、身を隠す場所もない。

 こんな状態で魔物に出会ったら詰む……。




『……ナニモノダ。ギザマ』





 声がした。

 続いて、がさり、と、音がした。

 森の中から、黒い皮膚を持つ魔物が現れた。


 詰んだ。


新作、はじまりました。

今日は1日2回更新します。第2話は午後7時ころに更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カドカワBOOKSより第1巻が発売中です!

「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ 〜異世界で竜帝の力拾いました〜」
(下の画像をクリックすると公式ページへ飛びます)

i395930
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ