年末歳末大団円 ※
小話ながら、閲覧、ブクマそれから評価をありがとうございます。
本編が終わったので、溜めてたものをちょこちょこと追加しますよー。
このお話は、タイトルのまんまです(年末に書いたお話)
真冬の澄んだ冷たい空気に、雪のような真っ白な色をつけて口から吐き出す。
この世界でも、冬は寒い。というか、どちらかというと前世よりも寒いかもしれない。刺す空気は痛いぐらいだし、せっかくの防寒具も何というかこれじゃあただのファッションに過ぎない。というのは言い過ぎたかな。うん。ただ単に、僕が寒さに弱いだけです。ごめんなさい。
さすがは貴族ばかりが通うお金持ち学校とでもいうべきか、一目見て上等な毛糸で編まれたマフラーは首元を暖めてくれるだけでなく、乾燥した空気からも僕の鼻や口を守ってくれるのだからあまり文句を言うべきではない。まあ、簡単にいえば、首を縮こめれば済む話なんだけど。
こんな寒い時でも、ふわりと揺れるスカートの裾を恨めしく思いながら、ピュウっと凍えた風が白金色の長い髪を捕まえてなびかせたので、僕はもう一度マフラーをまき直した。
「こんな年末まで授業があるなんて」
前世じゃ到底考えられない事実に、今日は朝から何度憤慨したことか。
そもそも、この学院には長期休暇が一年に一度しかない。なので、冬休みはあるにはあるけどそれは一月一日からの二日間のみ。それって、冬休みって言わないでしょ。なんて言いたくなるのは致し方ない事だと僕は思う。せめて、年末年始合わせて一週間は欲しいところ。今すぐ改善を求めたい。
しかも、今日なんて――
「三十一日だよ、大晦日」
去年の今頃は領内にある屋敷でアルと二人、暖炉にあたっておしゃべりしてたなぁ。ああ、懐かしい。そういえば、あの時アルが熊の生き血を飲むと長生きするんだよとか言い出して今にも家から飛び出そうとしたから必死で説得したんだっけ。……全く、どこでそんな根も葉もない話を聞いたんだか。
思い起こせば、去年は去年で大変だったな。と、思わず遠い目になる。
それでも、今年はアルと一緒に年越しが出来ないのが残念で仕方ない。毎年、そう本当に毎年色々と突飛な事をしでかすけれど、それが僕たちの当たり前で、愛おしい日常だった。
だからこそ、どうしても比較してしまうのだ。
ここには、アルがいないとどうやって暖を取れば良いんだよ。
前世でも冬は苦手で根性でどうにかやり過ごしていたけども、今生ではアルがカイロ代わりだったからなぁ。いずれは離ればなれになるって分かっていたけど、やっぱりつらい。
はあ、ともう一度白い息を吐き出して、寮へと続く並木道を一人歩く。
いつもなら、傍らにエルがいるけど今日は生徒会の手伝いがあるらしく。僕を一人で帰す事でエルのあからさまな私心配ですオーラと、まるで保護者のような不安げな視線によって見送られた。もし、ここにGPS的な物とか発明されたら絶対に渡されそう。いや、それとも知らないうちに取り付けられる?いやいや、それはないでしょ。
「……」
……これ以上、深く考えるのよそう。けど、どれだけ信頼されてないの、僕は。そりゃあ、色々経験したけど。経験したけども!ある程度の危機管理能力だとか学習能力だってちゃんとあるよ?
エルもだけど、オーガスト殿下の方が最近じゃどんどん過保護になってきてる気がして止まない。見かけたら直ぐに声をかけてくるしまつだし。一応、二十年間多く生きてるはずなんだけど。
うーん……と思い悩みながらトボトボと歩いていると、後ろから「待って下さい!」という声が聞こえたので振り返る。
「うん?あれ、セラフィナさん?」
「はぁ、はぁ。よ、良かったぁ!間に合った。イ、アルミネラ様、よっ、ごほっごほっ!よっ、良かったら一緒に帰りませんか!?」
そんな息切れするぐらい全力疾走してこなくても。
「そうだね。セラフィナさんも帰るところだったの?」
まあ、それは言わないけども。
「はい!教室の窓からアルミネラ様のお姿が見えたので、私もご一緒したいなと思いまして」
一年の教室は最上階だよね?とか言わないよ。言わないからね!
「そうなんだ。上から声をかけてくれてたら待ってたのに」
「そ、そんなっ!お、恐れ多いっ!!」
「……」
えーっと。……いい加減、セラフィナさんの認識も改めなくちゃいけない気がする。って、頭抱えそうになってる場合じゃないや。表面上は、笑うしかないんだけど。
「……あ。とうとう、降ってきましたね」
そう言われて、ふと上を見上げれば、静謐な空から白い粒がフワフワと舞い降りてくるのが見えた。
「雪、か」
「えへへ。嬉しいな」
隣りを見れば、グランヴァル学院一の美少女、春鳥の姫と謳われる少女が、その名にふさわしく真っ白な世界で見惚れるぐらいの笑顔を浮かべる。白い世界に、彼女の髪は鮮やかに映えて、綺麗だと思う。
「前世じゃ、こんな幸せな時間を過ごせるなんて思いもしてませんでしたから」
「ああ。アナウンサーって、大晦日も忙しそうだもんね」
「ですね。大晦日も元旦も分からなくなるぐらいでした。それに、そんな詰め込まれたスケジュールの合間にあるのは、面白くもない忘年会と新年会」
大げさに見えるぐらいのため息をはき出すセラフィナさんに、あははと笑う。僕より年上だっただろう彼女は、当然大人の付き合いも多かったに違いない。しかも、彼女は前世でも良家のお嬢様だったというのだから、年始年末は特に忙しかった事だろう。
「それは大変でしたね」
「如何に早く帰宅出来るか。もうね、イオ様に癒される事しか考えていませんでしたから」
何だか妙に目が輝いているけど、つっこまない。それ以上聞けば、僕の身が保たない気がする。
「セラフィナさんは、お酒は強い方だった?」
だから、敢えてちょっと話を変えてみた。よしよし。
「そうですね、酔いつぶれたら何をされるか分からないというのもありましたし。日頃からお酒は呑んで鍛えてました」
え?そういうのって鍛えられるものなの?
「かく言う伊織くんは――……ご、ごめんなさい」
ああ、僕が二十歳の誕生日に亡くなった事を思い出したのか。
「いえ、気にしないで下さい。んー、そういえば大学に入った年の瀬に、部活の先輩方と忘年会をした事があるんですけど。僕、先輩のカクテルを間違って飲んでしまった事があるんですよね」
あの賑やかさが、今ではとても懐かしい。
もう二度と戻れない、僕の居場所の一つだった。
「あらー。見た目は炭酸の入ったジュースに見えますしね。それで、どうでしたか?」
郷愁の念は未だに心をくすぶって。
だけど、どこか遠い存在として認識している。
「そこから全く覚えてないんです」
だけど、楽しかった思い出は、今も強烈に僕の記憶に刻み込まれてる。
「え?」
「僕、アルコールに弱いみたいで。たった一口だけだったんですけど、そこから自分がどうしたのか記憶にないんですよね」
「……お酒に弱いイオ様萌え、じゃなくて。それじゃあ、そのまま倒れちゃったんですか?」
驚いて首を傾げるセラフィナさんに、その後の展開を思い出して今更後悔。あーうー!この話、振らなきゃ良かった。
「その……、先輩に後から聞いた話なんですけど」
……ああ、どうしよう。今更、誤魔化すとか出来ないよね。
そう思って、チラリと見ればキョトンとした顔で待たれているのが分かってつらい。
いや、でも。これは、あくまで前世の話であって今の僕ではないんだし。うん、いいや。
「急に、熱いとか言い出して上半身だけ脱いでいった、……みたいで。ま、まあ、前世の話ですしね!前世での、僕がね!」
あはは、なんてもはや自暴自棄になりながら前世という単語を強調してみる。そりゃあ、今は中身が同じ人間だけどさ、でもほらその時はまだ漆原伊織本人だったし。
どうか、分かって欲しいけど……
「って、セラフィナさん!?急に、地べたに座って大丈夫!?」
言ってるそばからこれかー!!
「イ、イオ様が……脱っ」
「お、落ち着いて!ここで鼻血はよくない!よくないよ!ぼ、僕じゃなくて、いや、僕だけど。や、でも、お酒に弱いのは前世での僕であって」
うわぁぁぁああああ、もう!なに言ってるか、自分でも分からなくなってきたーーー!!
「わ、わらし、は、はひってかえりまふっ」
「えっ?セラフィ」
「ごめんなはーーーーーーーーひっ!!」
……なんだか、すごく申し訳ない事をしてしまったかも。
そう思いながら、僕はただ彼女の背中を見送るしか出来なかった。
そして、このあと彼女は隣国の姫への手紙を普段より倍近くしたためた(後日談)
意外とこの二人を絡ませるのが好きだったりします。