寝ても、冷めても
もう何の記念日だったか覚えてません。
久しぶりの前世不良組。
日に日に寒さが増していく夜の空を見上げていると、美味しそうな丸みを帯びた月にぽっかりと真っ白な輪っかが被さった。
いつの間にかそんな芸まで出来るようになってしまって、と思ったのは漆原さんが事故で死んで煙草を吸わなくなった時期があった所為で。それから一年後に、亡くなった漆原さんが異世界転生を果たしてたまたまこちらに迷い込んだとかで遭遇して暫くしてまた煙草を吸い出したからだ。
この人にとって漆原さんは永遠のライバルで、会う度に喧嘩をふっかけてはボロ負けするまでが挨拶だったらしい。俺にはいまだ先輩のマイルールがよく分からないが。
とにもかくにも、今の先輩はあの時のようにまた元気を取り戻している。たったそれだけの事が俺には最高に嬉しい。
だが、そんな俺でもここ最近の悩みが一つだけある。それは――
「あの子はどこにいっちまったのかな」
たった一度だけの邂逅だったのに、転生した事など露ほども気付いていない先輩が漆原さんとの再会を望んでいるのだ。あれは多分、本能だと思う。いや、マジで。
「会ってどうするつもりなんスか」
本気でね、そう思わずにはいられないんだよ。
実は、あれから何度か漆原さんの弟さんと遭遇して、今ではたまに会うぐらいの仲になってしまった身としてはさ。やっぱり、弟さんには心配をかけたくないだろう?なにせ、今の漆原さんはこの世の者とは思えないぐらい綺麗だし、あれで少年だったとか言うんだからヤバすぎる。これ、弟さんから聞いたからマジ情報なんだよね。誰がどう見ても美少女にしか見えないってのに。
そんな話をこの人にしてみろよ。男だったら喧嘩出来るって喜ぶに決まってんだから。
「正直な所、分からねぇ。けど、あの時の……まるで茄子を見た時のような鋭い目付きが今も忘れられねぇんだ。野性の茄子か、俺は?」
いや、それはあんたが茄子を嫌いなだけだからでしょうよ。しかも、野性って何だよ。分からない。俺にはこの人の考えている事がちっとも分からない。
「ま、まあ、茄子も残さず食べましょうって話じゃないっスかね」
とにかく、いきなり襲う事がなければもういっかな。漆原さんもあんな見た目でも一応男だし。
「けど、そこまで気にするって事は、案外、実は初恋っだったりして」
なぁーんてな、と心の中で笑ってみる。いやぁ、そりゃあないっしょ。うん。
「……」
……だよな?え?軽い冗談のつもりだったんだけど?
「……」
いやいや、反応してくださいよ!ええ?マジで?
「せ、せんぱ」
「……思い出した!そういえば昔、中華屋で会った時に間違って麻婆茄子を頼んじまってよ、俺が茄子を避けて食ってたのを見て、あいつ鼻で笑いやがったんだ!っ、くっそ!すっかり忘れてた!」
え、これ、どういう反応するのが正解なわけ?
「え、っと……そりゃあツイてなかったっスね」
今度、漆原さんに会った時にキュウリを食わせてみるとか、という言葉が脳裏に浮かんだが必死で堪えた。弟くん情報によると漆原さんはキュウリとバナナが苦手だとかで。けど、それを言ってしまえばどうして俺がそんな事を知っているのか話さなくちゃいけなくなる。
ぶっちゃけ、面倒くさい。いや、かなり面倒。
って事で、いつか漆原さんに会えたらこの貸しを返してもらおう。




