この世界は壊れてる【九章番外編】
四人目はノアさんです。
一人語り。
――この世界は壊れてる。
なあ、知ってるか?この世界は壊れてるんだ。
不思議に思った事はないか?街を歩けば誰もがみんな笑ってるのを。
何が楽しいっていうんだろうな。四六時中、喜悦を顔面に貼り付けてさ。こぞって愛想笑いを振りまきながら、猿芝居を延々に繰り返す。まるで、自分たちは幸せだといわんばかりに。
生きていて、何が楽しいっていうんだろうな?
馬鹿みたいだ、どいつもこいつも。自分たちが生かされてるって思っていない。毎日、奴らは誰かの命とかけられた天秤の上にあぐらをかいて、のうのうと無駄な時間を過ごしてる。そんな現実に気付いてないんだ。狂ってる。人間ってのは、本当ろくな生き物じゃねぇよな。
俺の知っている本当の世界には、こんな生温くて気持ちの悪い人間なんていやしない。
皆、常に空腹で泥水を啜って、誰かから盗んだ金で何とかその日を生きながらえているんだ。ああ、当然、五体満足とはいかないさ。人間と同じように生き物だって必死になって生きてるんだぜ?腕の一本や二本ないヤツなんて当たり前にいる。
その中で、俺は人を殺して生きてきた。
分かるか?いつ死ぬとも限らない世界で、誰かが殺したい相手を殺すことで俺はこの命を長らえてきた。なあ、言っている意味が分かるか?誰かの命を差し出す事で、俺は今まで生きてこられたんだって事だ。
それってすげぇことなんだぜ。
何度も死にそうな目に遭ったが、今じゃ自分で金を稼いで生きていける。目や肌の色が違うというだけで俺を捨てた親に是非教えてやりたいね。あんたらが捨てた子はまだくたばっちゃいませんよって。
あー。まあ、親のことはどうでもいいや。俺は生まれて直ぐに捨てられてたって孤児院にいた時に聞いてたし、俺だって親の顔なんて全く記憶にないからな。
俺がこの世界がどこか変だって思ったのは、一番大事なものを壊した頃だ。
目の色が違う、肌の色が違うってだけで親に捨てられた先の孤児院で人攫いにあって、殺されないよう死なないよう必死で生きていたら、いつの間にか俺は暗殺者になっていた。
その初めての仕事で俺は色んな事を体験したんだ。詳しくは話さないぜ。別に聞きたくねぇだろうからさ。
そこで俺は一人の女と出会った。
そうだな、どんな女かっていうと俺もあいつもまだガキだったから意識していなかったが、金持ちの子供にしては大人しかったってぐらいかな。大抵、あいつらは俺たちを見下すのが当たり前だったから、あいつが俺を見下さなかった事にびっくりしたんだ。
けど、それにはちゃんと理由があるんだ。
あいつは、目が見えなかったんだよ。
俺の初仕事はそいつの遊び相手として屋敷に入って、屋敷の連中が信用した頃に仲間を手引きする役だった。そこまで言えばもう分かるよな。
あいつは俺が殺したんだ。
俺が、あいつの魂を壊した。
今もこの手には、その感触が残ってる。たまに思うんだ。俺の手にはあの女の魂が染みついているんじゃないかって……なんていうのは冗談だ。
なあ、おかしいと思わないか?俺はそうやって今まで必死で生きてきた。
なのに、あいつもお前もどうしてそんな楽しそうに笑えるんだよ。
苦しくないのか?生きていてつらくはないのか?お前たちがそうやって平和面して笑えることが俺には全く理解出来ない。
どうして、お前たちは他人をいとも容易く信用出来るのか。
ああ、でも、お前はあのクソガキがいるから笑えるのかもしれないな。何せ、お前たちは双子だからな。あいつのゆるい空気に当てられ続けていたからお前も馬鹿みたいに笑うのかもな。
初めてクソガキに会った時、俺はあいつをこの世界の象徴だと思ったんだ。
お前に向ける甘ったるい笑顔とか甘い言葉とか。見ているだけで気持ち悪くて、こいつとは一生馴れ合う事はないだろうなって思ったぐらいだ。
だから、お前がクソガキに兄妹以上の感情を持ってるって分かった時は、正直言って最悪だった。
どうして、あいつなんだって思わずにはいられないほどにな。別に家族だろうが血が繋がっていようがそんな事はどうでもいいんだ。要は、この壊れている世界の代表例みたいな男のどこに惚れる要素があるんだって話。俺が一生を捧げる主として選んだお前があんな男に惚れてしまった事が嫌だったんだ。
だから、俺は言った。覚えてるか?ほら、ちょっと前に。そうだ、あのクソガキが王太子の毒殺未遂で城の牢にぶち込まれた時の事だ。
俺についてくるなって言うから大人しく馬車の前で待ってたら青白い顔して戻ってきて、帰りの道すがらあいつに自分の気持ちを晒したことを話しただろう?
『私がイオを好きになったのはさ、女神から祝福を受けたときで。……ううん、本当はずっと好きだったんだろうけど、男の子と女の子の身体の違いに気付かされてようやく自覚したんだよ』
あの時、俺はへぇ、だか、ふーん、だか言った気がするが覚えてないんだ。内心じゃ、頭を抱え込んじまってたからな。なのに、お前は話を続けてさ。
『好きで好きすぎて、もうどうしたらいいのか分かんなくなっちゃうぐらい好きで……自分が今までどう接していたのか分からないぐらいだったんだよ』
笑えることに、俺はこの時クソガキに殺意が湧いちまった。
『だって、リーレンからグランヴァルに会いに行くたびにイオってば格好良くなってるんだもの。そりゃあ、昔からあいつよりもきらきらして王子様みたいだったけど、会いに行くたびに笑顔で迎えてくれるんだよ?ドキドキして変に密着出来ないじゃん』
そう言いながら笑ったのを覚えてるか?今にも泣きそうな面をしてるのに、お前は笑ったんだ。
『ふふっ。イオはいつだって私の味方なんだよ。私がどれだけいたずらしても怒らないし、私がどれだけわがままを言っても一生懸命叶えようとしてくれる。私だけの王子様なの』
「だからこそ、つらいし苦しい。そうだろう?」
本当は、この時点でもうさっさと諦めてしまえと言うべきだったかもしれない。遠回しの言い方をした俺が悪かった。
『……そうだよ。イオの隣りはエルしかいない。私がとなりに並べるはずなんてない』
「だから、騎士になろうとしたのか?」
お前がどれほどあのクソガキに重たい感情を持っているのか、この時の俺はまだ全く分かってなかったんだ。
お前の言う、“あいつのとなりに並ぶ”という本当の意味が。
『えっ?あー……そっか、騎士になったらイオを堂々と守れる立場になるわけだから、……ふふっ、むしろイオの前に立つ事になっちゃうのかも』
「あいつがそうはさせないだろうが」
『だろうね。それに、イオの騎士はもうすでにいるからさ』
お前がどれだけ悩んで苦しんでいるのか、気付いてやるべきだった。
「フェルメール・コーナーか」
『イオがフェルを騎士にするって言った時、何故かすごくショックだった。でも、その理由がやっと分かったな』
――俺が。
「お前にしか出来ない立ち位置というものがあるのを忘れている」
『妹ってこと?』
……俺が。
「ああ」
『……私、変だよね。血の繋がってる人を好きになるなんて』
お前をこっぴどく拒絶したクソガキじゃなく、俺がお前の大事に育ててきた感情を壊したんだ。
「おかしいだろうな」―――と。
『あはは、……だよね』
契約違反を犯してまでお前を選んだというのに。
「だが、俺には関係はない。お前を戒めたり諭したりする権利など俺にはないからな」
今も俺の心を縛り付ける唯一の存在を殺したことばかりを気に掛けていた所為で、俺は選択を見誤ったんだ。
『ありがとう、もうここまででいいよ』
グランヴァル学院に着いて、お前の様子がおかしい事に気付いた時にはもう遅かった。
『私、ここで死ぬ事にしたから』
死を決意した人間の顔を何度も目にした事のある俺には、その言葉が本気だというのは嫌というほど分かってしまった。
「何だと?」
それでも信じたくなかったんだ……お前の最期を見届けたかったはずなのに。お前がどういう最期を迎えるのか、それを知る為だけにお前の傍にいる事を決めたというのに。
『成り行きだったけど、イオに言ったんだ。異性としてイオが好きだって。でも、フラれちゃった』
「そうか」
お前があまりにもあっけなく死のうとするから。
『消えていなくなれって、……また言われて』
「前にも同じことを?」
『昔ね、小さかった頃に同じことを言われて、川に飛び込んだことがあるんだ』
「死んでやろうと思ったのか」
お前たちの過去は今と同じように明るいものだと思っていた。だからこそ意外で。
ずっと、不思議に思っていたんだ。
どこからどう見ても貴族の子にしか見えない綺麗な面で壊れた世界に住むお前を初めて見た時、どうしてあのクソガキのように気持ち悪いと思わなかったんだろうな、と。
『ううん、イオのお願いを叶えてあげたいって思ったの。あの子はずっと病がちで、物心つく頃から何かに魘されて苦しんでいたようだった。お父様ともお母様とも距離を置いて、私なんて顔を見るだけで怯えられてた』
どうして俺はお前に惹かれたんだろうか、って。
『まるで、この世界に生まれた事に絶望してるようだった。だから、珍しい花を見つけたからイオに持っていったんだ。……あの時の私は、そんなイオに世界を見せてあげたかったんだよ。私が知っている世界をイオも知ったら、もしかしたら笑ってくれるかもって思ってさ。それが全くの逆効果で、ふふっ……嫌がらせか!って怒ってお前なんか消えてしまえばいい!って言われたの』
この時、やっと理解したんだ。
『で、私はこう思ったわけ。私さえ消えたらこの子はもう怯えなくて済む、ここで安心して暮らせるんだって』
「それで、川に?」
『そ。――結果、その頃の記憶を全て消し去ったイオは、妹をべたべたに可愛がって甘やかすとびっきり優しいお兄ちゃんに生まれ変わったという訳』
お前は俺たちと同じ人間だったんだ。
作りものみたいに綺麗な顔をしている癖に、お前は俺の知る本当の世界で生きている人間だった。この時の笑顔は最高に綺麗だったよ。一瞬だけ、あいつを殺した時の記憶が飛んじまうぐらいには。惚れた女の顔を忘れるなんてよっぽどだろ。しかも、死人なのに生きてるお前が勝るなんてすげぇ事だろ。
「……そうか」
『今のイオは全く別物だけど、あの頃と少し似てる。何かに追い詰められて苦しんで、誰も信じようとしなかったあの頃と』
「お前が死んだ所であいつが元に戻ると信じているのか?同じ事をすれば目が覚めると?正気か、お前は?たったちっぽけなお前の自己犠牲で戻るのなら、あいつにとってはありがたい話だよな」
今にも死にそうな顔なのはお前の方だっていうのに、お前はどんな時もクソガキの事ばかり。
お前の恋なんて終わっちまえばいいのに、って思ってた。
『イオに私は必要ないもん』
早くケリをつけてもらえよ、なんて内心で思ってたんだ。
けど、それだけじゃなかったから。
「本人に聞いたのか?」
『だって、消えていなくなれって』
「それがあいつの本心か?」
お前たちが双子であるということを俺はようやく理解したんだ。
『そ、そんなの分かんないよ』
双子だからこそ、互いの言葉を無条件に信じる。好意は好意として。そして、その逆も。
それは初めから破綻を意味する。
「……お前たちは、ずっとそうやって」
――生きていくのか。
『……ノア?』
まさに狂気の沙汰といえるほどに。
――なら。
「いいぜ、それなら俺もとことんお前に付き合ってやるよ。お前が望む最期を迎えるまで、俺はずっとお前から離れてやるものか」
『鬱陶しいんだけど』
「ははっ、上等だ。俺は生粋の殺し屋だからな。あいにく、標的が死ぬまでが仕事なんでね」
『あっそ』
そう言ったのを覚えているか?俺は何があったってお前の傍から離れないって、ちゃんとそう言ったよな?お前は呆れた顔をしてたけど、俺はお前に誓った約束を違えるようなことはしない。
――だからさ。
だから。
なあ、そろそろ部屋に帰らないか?
何も、こんな風変わりしてる珍しい木の下を死に場所に選ばなくて良いだろう?とりあえず、部屋に戻ってベッドに入れよ。死にたいなら、どこか違う場所を探そうぜ。
なんなら、死に場所を探して旅をするのも良いだろう。俺がずっとついていてやるから。
もしもお前をおかしいと言う人間がいたら、俺が全員殺してやるよ。俺たちはどこも変じゃないしおかしくない。
知ってるか?俺たちじゃなく、この世界の方が壊れてるって。
だけどな――
お前がいるべきなのは、このくだらない世界なんだ。
……分かってるよ。あのクソガキがここに来るって信じてるんだろう?腹が立つが、俺もそう思ってるんだ。あのクソガキがいつか来るって。来たら、一発ぐらい殴ってもかわないよな?……あー。いや、お前に嫌われたくねぇからやっぱり止めとく。
けど、そろそろ俺も限界が近いんだ。ここまで俺が我慢してるなんて珍しいことなんだぜ。
ただ、もう二度と失くしたくないって思っちまって。
なあ、頼むから起きてくれよ。
――――なあ。




