祝福のよる【九章番外編】※
二番手はマリウスくんです。
後半、ちょっとだけイオが出ます。
マリウス・レヴェルは、ミュールズ国の次期国王の王宮魔導師だ。――語弊がある。マリウス・レベヴェルは、次期国王となるオーガスト・マレン=ミュールズの王宮魔導師である。
以前ならば、初めに明記した言葉の方が正しいとマリウスは言っていただろう。けれど、今ならばマリウスは王太子オーガストの王宮魔導師と言うだろう。
だからといって、さして特別に何か転機が訪れたわけではない。オーガストに助けられてだとか勇気づけられてだとか尊敬してしまう場面に遭遇したのだとか、そういったものは一切なく――強いていえば、紅茶の好みが似ていて意外な事に歴史好きだし聖ヴィルフ国の伝記に出てくる天使に並々ならぬ情熱を注いでいる所がマリウスとばっちり同じだっただけである。え、たったのそれぐらいで?と思う人も中にはいる事だろう。
だけどマリウスには重要で、むしろ、今まで王太子として見ていたからこそオーガストに対して興味も関心もなかったのだ。それぐらい、誰が次の国王になろうともマリウスはどうでも良かった。
このミュールズ国は、いつの頃からかは不明だが王宮魔導師という国王専属の魔導師が絶対に付いていて、魔導師の素質を持つマリウスが次の国王の王宮魔導師になる事は国が滅ぼされない限り必ず決定付けされている。
それはマリウスがそんな職になど就きたくないと心の底で思っていても――
王宮魔導師はそれだけ重用されているのだ。
ミュールズ国の平和と安泰のために。
そんなわけで、マリウス・レヴェルは物心がつく頃には既に現王宮魔導師のシンシア・ベルジュ・ド・テルマンを師にこの王城で王宮魔導師の教育を受けていた。
おかげで、マリウスは王城で働く人々の知りたくもない裏の顔やどろどろとした裏の世界を知っている。だから、誰が次期国王になろうとどうでもよかった。
そんなマリウスがオーガストの内面を知って、王太子もたった一人の人間なんだと気付いたのはごく最近の事である。正確には、グランヴァル学院に入学した年のことだった。
きっかけは二人が好意を寄せている女子生徒、セラフィナ・フェアフィールドの話題だったように思う。セラフィナと会話をしていたら必ずある人物の名前が出てくるのだ。
それは、アルミネラ・エーヴェリーという女子生徒だ。
彼女はオーガストの婚約者で、マリウスと同じくグランヴァル学院に入学した新入生なのだが、どういうわけかセラフィナはそんなアルミネラが大好きで常に目で追っているようだった。
一体、どうしてアルミネラなのか。
たまたまオーガストの私室に二人きりだった時、そんな疑問を投げつけられてマリウスは答えに詰まった。
――そんなこと言ったら、僕がセラフィナを好きな事も殿下がセラフィナを好きな事も『どうして』っていう話になるんだけど。
淡泊な性分なので感情論は大の苦手だったし、何故か期待されている気がしたマリウスが苦心してひねり出した答えがこれだった。
曰く。
『そういえば、アルミネラ様って聖ヴィルフ国の伝記に登場する天使イリスに似ていらっしゃいますよね』――と。
話題をすり替えたかったわけではない、決して。ただ、前々からエーヴェリー公爵家の双子は女神の御使いと呼ばれる天使イリスに似ていると思っていたのだ。それをどうしてここで口に出してしまったかはマリウス自身も分かっていない。まあ、どうせ鼻で笑われるぐらいだろうと高をくくっていたのだが。
「まさか、お前もそう思っていたのか!?実は俺もあいつが学院に入学してきてから同じ事を思っていたのだ」
あの時は、「えっ、そうなんですか!?」と素で聞き返した事すらマリウスは気が付かなかったぐらいだった。
そこから話に花が咲いたのは言うまでもない。そして、話が盛り上がりに盛り上がりをみせて喉がカラカラになったのでマリウスのとっておきのお茶を出せば、今度はそのお茶の味に感激されたのでまたそこからお茶の話で盛り上がってしまった。
きっかけはそんな些細なことで、ずっと距離を置いていたオーガストと打ち解けたマリウスはいまや、自分はこの方の王宮魔導師だと言えるほどになったのである。
とまあ、それはもうこの辺にして。
緊急事態である。
それも、かなりの。
「……僕に、何が出来るっていうんだ」
重いため息が静かな執務室に浸透していく。部屋の主が不在中の今はマリウスがその者の代理を引き受けていた。
普段はマリウスがうるさいと思うほどこの部屋は賑やかなのに、部屋の主が居ないというだけでこんなにも静かなものだとは思いもしていなかったのだ。
いや、不在が理由なのではない。
現在、この部屋の主であるオーガストは毒を盛られて意識不明の状態に陥っている。王族であるからには幼い頃より毒の耐性をつけていたのだが、今回使用されたものは即効性がある上に特殊なものであるらしく直ぐに毒が体中に回ったらしい。オーガストがあっさり死ぬような人間ではないと分かっていても、やはり不安にかられてしまうのだ。
だから、余計にこの静寂に押しつぶされそうになっているのだろう。
他にも、マリウスの不安を煽る要因がある。
マリウスと同じくオーガストの側近であるテオドール・ヴァレリーの不在はともかく、まだ公にはされていないがオーガストが己の宰相にと決めたとある人物の存在だ。
そう、テオドールは意識不明中のオーガストの護衛をしている事が分かっているので本当にどうでもいいのだが、問題は未来の同僚となる人物で。
その人物――イエリオス・エーヴェリーは今、オーガスト毒殺の容疑をかけられて城の牢に収容されていたはずなのに――――何故か、反体制派の統率者によって連れ去られてしまったのだ。
――あり得ない。
どうしてこうも、あの方は毎回騒動に巻き込まれるのか。
そう思わずにはいられない。
しかもイエリオスは、少し前に起きた事件の後に部分的な記憶喪失に陥っている。なので、以前に反体制派の統率者であるベルナル・フォンタナーと会っていたが、その記憶を失った為に自分の身にかかる危険を未然に防ぐ事が出来なかった。
なんてタイミングの悪い、とすら思う。
物心がつく頃には既に王城で暮らしていたので現宰相に双子がいる事は知っていたが、実際に彼らを目にしたのは五年ほど前の事で、つい最近と言っても良いぐらいだろう。その時はあまり良い印象は抱かなかったが、グランヴァル学院に入学してセラフィナを通じてランチを共にするようになってからは少しずつその印象は変わっていった。
だけど、その頃はまだマリウスの隣りに座っているのは本物のアルミネラ・エーヴェリーだと思っていたし、セラフィナが懐いているのもあって嫉妬して距離を置いていたのだ。――が、とある事件をきっかけに実は双子が入れ替わっているという事を知って以来、そこから一目置くようになった。
自分でもなんて都合が良い性格なんだと思っている。自分が今まで向き合っていたのがアルミネラ・エーヴェリーではなく兄のイエリオス・エーヴェリーだったというだけで嫌悪感がなくなり好感が持てるまでになったのだから。
言い訳をするのなら、ずっとイエリオスを見ていると常に厄介な出来事に巻き込まれている所や苦労が絶えない所が、どことなく自分と似通っている気がしてとても共感する部分が多かったのだ。
ああ、この人は分かってくれそう――そんな気持ちにさせてくれた。
そして、オーガストがイエリオスを己の宰相にすると決めた。
それをオーガストに聞かされた時は、マリウスは顔には出さなかったが内心でどれほど歓喜した事か。もう一人で悩まなくて良いんだ!と女神教の信者ではないが女神に両手を合わせて感謝するぐらい嬉しかった。
――なのに、だ。
なのに、どうしてこういう肝心な時にあの人は敵に捕らわれてしまうのか。
僕は一体、どうすれば――――
広い広い部屋の中、たった一人きりのマリウスは机の上で組んだ両手に額を乗せて、再びため息をはき出した。今回の一件が無事に収束を迎えたら、彼の人物に危機感の認識がどの段階なのか確認してみようと。もちろん、オーガストも含めてだ。
そこへ、数回のノック音がしたあとマリウスが返事をする前に扉が開いた。
「マリウス」
「……お師匠様」
マリウスがここにいる事は師であるシンシアには伝えていない。けれど、彼女は魔女だから躊躇うことなくマリウスを見つけられる事は知っていた。
「当てが外れたかい?」
「からかわないでくださいよ、……もう」
イエリオスを頼りにしていた事をシンシアには既に見抜かれていたようで、マリウスと同じ黒い瞳を猫のように細めて笑う。
「お前も一昨日の集まりの際に聞いていただろう?こうなる事は予測済みだった。予定調和。これも、運命さ」
オーガストが学院を卒業してからというもの、月に一度ある定例会議にはマリウスや最近ではイエリオスも参加していた。だが、それとは別に王宮魔導師の存在を知っている者だけを集めた集会が不定期に開かれており、一昨日行われた集会でイエリオスの父である宰相からこうなる事は既に聞かされたいたのだ。それから、事の終わりまで。
推測は推測でしかないと大抵の人ならば誰もが思うのは当然のことだ。けれど、宰相が語った予想はいつも外れたことなど一度もない。それは宰相が有能という事もあるだろうが、シンシアが異論を口に出さないからだ。
シンシア・ベルジュ・ド・テルマンは魔女である。
そして、この国の王宮魔導師でもあるのだ。
つまり、シンシアが否定をしないという事は、宰相の語る未来とシンシアに見えている未来が同じだという事に他ならない。
「ですが、分かっていても不安になってしまうんです。……僕は未熟ですから」
マリウスはまだ自分の能力をコントロールする事が出来ていない。
それは王宮魔導師にとってかなり致命的だった。今までマリウスが無事に成功させた例といえば、エーヴェリーを重んじろという言葉に従って成立したオーガストとアルミネラの婚約と、イエリオスへのご神託ぐらいだ。それらはどちらも、決して自らが望んだ神託ではなかった。
だというのに、マリウスは誰よりも先に未来の地位が確立してしまっている。
マリウスにはそれが耐えられないのだ。未熟な自分よりも先にオーガストが必要としている人物は他にいるのに。
だからこそ、オーガストと自分が最も信頼しているイエリオスに居て欲しかった。
「お前達が今後どのような関係を築くのかはお前達次第だがね、あの子は単にお前よりも長く生きているに過ぎないという事だけ教えておくよ」
そんな弟子の心情をわかりきっている師は、当然の如く弟子を甘やかすような真似はしない。けれども、必ずヒントは与えてくれる。
「……え?それって一体」
「いつか、そうさね、いつか時が来たらあの子から話してくれるだろうよ」
キョトンと小首を傾げるマリウスに、シンシアは目を細めて微笑んだ。
「……あの方にはまだ秘密があったんですね」
「今のお前には知る権利がないだけさ」
――ばっさりですか。
幼い頃より常に傍にいるのでシンシアの性格をよく知っていても、こう一刀両断にされるとつらい。
「……」
ただでさえ不安に飲まれて頭を抱え込んでいた最中だというのに、師によって精神的大ダメージを与えられるとは思わなかった。
「お前に良いものをくれてやろう」
「良いもの?」
この人、何しにきたんだろうかとか本気で思い始めていたのだが、どうやらシンシアが差し出してきたものが本題だったらしい。
「これだ。何でもこれは悪魔除けや願掛けに作られた護符のようなものらしい」
そう言われマリウスがシンシアの手を覗きこむと、そこには長方形のかたちをした変わった布袋がちょこんと乗っていた。
「護符、ですか?」
お前にやろう、と今度はマリウスの手に乗せられて、思わずまじまじと見てしまう。マリウスが知っている護符といえば紙で作るものやまじないの際に使用する短剣ばかりなので布袋の護符は初めて目にする。それに紐が取り付けられているところをみると、どうやら携帯出来るようだ。それでも首飾りや腕輪とは違って紐がやや短い気がする。
一体、どう携帯するのか。
「詳しくはエーヴェリーの子に聞くと良い。あの子がよく知っている」
「!……それって」
つまり、先程の話も実はここに通じていたといえる。
反射的に師の顔を仰ぐマリウスをシンシアは少し柔らかな笑みで見下ろした。
「叔母として、お前の不安が解消される事を願っている。マリウス、お前は一人じゃない」
オーガストが毒に冒されテオドールはその護衛につきっきりで、最も頼りたい相手は敵に捕まり、今はたった一人きりでここを乗りきるしかない。
不安にもなるだろう。
そこで師は不肖な弟子に不思議な護符を与えてくれたのだ。その護符がどういうものかは、今一番危険な場所にいる人物が知っているという。
師は言った――彼に聞くと良い、と。
それはつまり――――
彼は必ず戻ってくるという意味だ。
なにせ、シンシア・ベルジュ・ド・テルマンは魔女なのだから。それなのにわざと遠回しに伝えてくる所が実に師匠らしい。
「っ、……ありがとう、ございます。僕、頑張ります」
まだ不安は残っているし簡単に解消される事はない。けれど、ほんの少しだけ心が軽くなったのは嘘じゃない。
だから、今は僕がここで皆の帰還を待つんだ。
そう誓って、マリウスは不思議な形の護符を握りしめた。
「マリウスくん、どうしたの?」
どうやら、あの時の事を思いだしてしまっていたらしい。急にマリウスの視界に真っ白な手が飛び込んできて、はっと我に返った。
「いえ。あの時は本当につらかったなと思いまして」
マリウスが気重にため息をはき出すと、向かいに座っていた少年が慌てて両手を合わせて頭を下げる。
「その節は本当に申し訳ありませんでした!っていうか、本当にごめんね。大変だったよね?」
美しい人に泣きそうな顔で謝られると自分の方が申し訳なくなってくる。でも、この感覚が懐かしく思えてマリウスは自然と笑みが零れてしまった。
グランヴァル学院で反体制派とのいざこざが終わった後、彼の記憶が戻ったと聞いて安心してしまった自分がいた。別に、記憶を失っていた時の彼と話すのが嫌だったわけではない。むしろ、いつもより律儀で礼儀正しかったから好感が持てたほどだ。
だけど、マリウスの知っているイエリオス・エーヴェリーではなかったのだ。
律儀で礼儀正しいのに、どこか親しみを込めて何故か気さくにマリウスに話し掛けてくるイエリオスとは――――
「僕は特にする事はありませんでしたけどね」
イエリオスがあまりにも罪悪感を顔に貼り付けているので、そろそろ懲らしめるのは終わりにしておく。
「それでも、不安にさせてしまったよね」
なのに、どうしてこうもこの人はお人好しなのか。
考えても無駄だという事は既に知り得ているのでマリウスは嘆息しつつ、あれからずっと肌身離さず持っていたあの時の不思議な護符を取り出してみせた。
「ええ、まあ。……でも、これがあったので」
「へぇ、……って。えっ?いや、ちょっと待って。ど、どうして、マリウスくんがそれを」
すごい驚きようである。
というか、目を丸くして思いきりソファーに体を預けたかと思えば、直ぐに姿勢を正して顔を近づけて護符を舐め回すように見つめてきたので、その食いつきように逆にマリウスが驚いてしまったほどだ。
「やっぱり、あなたはご存知でしたか。あの大変な時に、師が僕にくれたんです。詳細はあなたに訊ねるようにと」
「うーわー!丸投げとかぁー!そりゃあ、いつかは話さないとって思ってたけど、……今って」
「人の事を言えた義理ではありませんが、もう隠し事をされるのはこりごりです」
誰にだって秘密はある。それはマリウスとて同じことだ。しかも、マリウスの場合、極一部の人間にしか知られていない職業なのだから烏滸がましいにも程がある。それでも、これから共にオーガストを支えていく以上、もう隠し事をされるのは嫌だった。
「そうだよね。ああ、だけど、この件は僕だけじゃなくセラフィナさんも関わってくる話だから、今すぐってわけにはいかないかなぁ」
「セラフィナが?」
「おい!今、フィーナの話をしていなかったか!?二人で何をこそこそ話してるんだ!唐突に山ほどきた急ぎの書類にサインを書かねばならなくなった俺を置いて勝手に盛り上がるとは何事だ!」
まさかここでマリウスの想い人の名が出てくるとは思わなかったので聞き返したのだが、どうやらオーガストに聞こえてしまったらしい。
あの一件から数週間が経ち、ようやく外出許可が出たイエリオスを招き入れて約一時間前まではゆったりと三人で紅茶を楽しんでいたはずなのに、オーガストだけ急に回ってきた仕事を片付けなければならなくなって二人でずっと雑談をしていたのだ。
「……あー」
「……ふふっ」
耳ざといというべきか、寂しがり屋というべきか、オーガストの嘆きに自然と向かいに座る美しい少年と顔を見合わせる。
「また日を改めて必ず話すよ」
どうやら呆れている様子のイエリオスが苦笑いをすれば。
「ええ、よろしくお願いします」
マリウスも肩を竦めて笑みを浮かべた。
「さっき、祝杯をあげた仲だろうが!」
その少し離れた場所ではオーガストが眉間に皺を寄せてのたまう。
祝杯といっても、別段これといって祝うべきことはなかったのだが。
ただ、未来を。
「全く、オーガスト様は」
「仕方ありませんね、殿下は」
この先の未来に繋がる一歩を踏み出した日である事には違いない。
そんなありふれた、けれども尊ぶべき日と呼べるのだろう。
「最後までお付き合い致しますよ。今日という日の夜はまだ始まったばかりなのですから」
九章の終幕辺り、三人でお茶で乾杯した後のお話でした。
テオドール氏がいつもいない理由は主に護衛に徹しているからだったりします。
お守りがもう一つある理由はいつかSSで書けたら良いなと思っています。




