A Hard Day's Night※
ウェブ拍手用のSSでした。
僕は妹に甘いらしい。
それは自分でも理解している。前世では無口で無愛想な弟しかいなかったから、多少アグレッシブでも僕を慕って懐いてくれる妹はとても可愛かった。だから、妹の頼みとあれば、何だって叶えてやりたいと思ってる。
でもね、でも。
「いくらなんでも、夜会にまで女装ってどうなの」
しかも、アルの身代わりではなくて普通に変装しての女装。
腰まで真っ直ぐに伸びた長い髪はチョコレートのような色合いだから、確かに一目でエーヴェリー家の者だとは気付かれにくいだろうけど。それでも、だよ?それでも、もしも知り合いがいたらバレてしまうんじゃないかなって。
そう反論したら、あろう事かうちの可愛い妹はこう言った。
『仮面舞踏会だから、大丈夫だって』
いや、何が大丈夫なのかお兄ちゃんさっぱり分からないんだけど?その後、必死で説得を試みてみたけど駄目だった。僕が思いつく限りの妹の好きそうな事を代わりにするから、と。
そんな兄の切なる願いを、僕の可愛いお姫様は違う趣旨へと切り替えてしまったのだ。
つまり、
『そうだ、ゲームをしよう!夜会の間、イオが私を探すこと!見つけられなかったら、今言ったこと全部やってもらうからね!』
いつの間にか、賞品へ。
いやいや、ちょっと待って!という間もなく、妹はそそくさとドレスを選びに去っていった。思わずうずくまってしまった僕を放置して。
恐ろしく行動力がある子に育ったのは嬉しいけど、話は最後まで聞いてほしい。……いや、育てたのは両親か。もうちょっと落ち着きを持たせるのが今後の課題だな、と頭痛を抱えてこうして夜会に訪れた訳だけど。
「えっと」
アルを探すのに、とりあえず会場内を見て回ろうと思ったのが間違いだった。仮面舞踏会というだけあって、誰もが色や形の違う仮面を被った男女が仲睦まじく談笑している中、背中から声を掛けられて振り返ればいきなりダンスを申し込まれてしまった。
まあ、別にダンスが駄目だとは言ってない。現に、数人の男女が踊っているしね。
けれど、僕がうろうろとしていたのは明らかに分かっていただろうに、それでも呼び止めてまで誘うものなのかとちょっとした疑問が湧くといいますか。ね?なんて、今更だけど。
こうなったら仕方ない、お断りしてさっさと移動しよう、と長い髪を耳に掛けて顔を上げると。
「申し訳ないが、そちらの女性は私との約束が先なんだ」
見覚えのある銀髪の青年が、僕を庇うように目の前に現れた。
僕より頭二つ分ほど高い背丈に、抑揚の少ない話し方。何より、シャンデリアの明かりを受けて銀色に輝く整った髪だけで、彼がとある人物だと一目で分かる。こんな特殊な夜会にも出席するんだなぁ、と不思議な思いで見ていれば、いつの間にかダンスに誘ってきた相手はいなくなっていた。
「あ、あの、助かりました。ありがとうございます」
お互い、仮面で素性は隠されているけどもお礼は重要。でも、僕だと分からないようになるべく素っ気なく頭を下げてみたけれど。
「俺もさっきの男と同じく、お前に引き寄せられた身の上だ。変な遊びは止めてくれ」
心臓が持たん、と言いながら目を逸らされた。
女性嫌いのこの人に期待させてしまったかな……申し訳ない事しちゃった。
「お前が理想的過ぎてつらい」
……えーっと。
「……忘れてください」
っていうか、無かった事にしましょう。お互いに。うん。それが良い。お互いに。大事な事なので二回言った。
それじゃあ急いでいるので、と頭を下げてアシュトン・ルドーの元を去る。
このまま居たらいけないような気がしたし。
という事で。会場にいるのが駄目だったんだ、という経験を活かして廊下に飛び出してみた訳ですが。
「私、人を探しているんです」
まさか、今度は数人のグループに声を掛けられるなど誰が思った事でしょう。なんてナレーションしている場合じゃなかった。
今度は明らかにちょっと素行が悪そうな人たちに話掛けられてしまって、下手に身動きが取れないでいる。学院でもたまにこういう感じの不良グループに会うけど、丁重にお断りすれば大抵は身を引いてくれるんだけど……うーん、どうしよう。なんて、頭を悩ませていると。
「おい、嫌がっているじゃないか」
彼らの後ろから声がして。
「複数で取り囲むとは、とうてい紳士的とは思えませんね」
無骨な声と、穏やかでありながらもどこか他人に圧力を与える声。そのどちらも聞き覚えがあり、素行の悪い彼らの間から見えたのは、仮面を付けていても分かってしまう有名な名門貴族の双子の兄弟が立っていた。一人でも存在感があるけど、二人だと騎士然としたオーラが凄い。
「仮面をしていても、あなた方の特徴は覚えましたよ」
「俺たちが何者か分かるなら、さっさと去れ」
前者は、にっこり柔らかな笑顔で。後者は、さすがは主席を務めただけあるなという威厳に満ちた厳しい号令。そのどちらも彼らを蹴散らすには充分だったようで、まるで蜘蛛の子を散らすように一瞬にして彼らは逃げていってしまった。……わぁ。
「――あ。ありがとうございました」
「どこの令嬢か分からないが、こんな物騒な夜会に一人で出るのは危険だぞ」
……う。やっぱり。ディートリッヒ先輩にはそう言われると思ってた。
「はい」
でも、僕だって気付いてない!良かったぁ、と安堵したのも束の間。
「どうして、このような場所に居るのか分かりませんが、そんな恰好で出歩きたいのであれば……次はないと思ってくださいね」
リーンハルト先輩に即座に谷へ突き落とされた。
……あ、あれ?何故か、『ただじゃすまないよ』という脅しに聞こえるのは僕だけかな?にこやかな笑顔なのに、明らかに怒ってる気が。……やっぱり、リーンハルト先輩は恐い。
「……もうしません」
こういう時は逃げるに尽きる。うん。そういうわけで、もう一度お礼を伝えてからその場を辞する。
会場内、廊下、それが駄目なら今度は食いしん坊の妹の事だから軽食場!そう思うよね?僕は、疑いようもなく信じてました。安易だと思うなかれ。
だって、ね?だってさぁ、まさかここにきて食事に誘われるなんて誰も想像出来ないじゃない?
……くう。今度こそゆっくり出来ると思ったのに。せっかくの社交場なんだから、食べるより話しておいでよ。僕以外の誰かと。ここ、重要。これは面倒な事になったな、と見知らぬ男性の話を聞き流しながら途方に暮れる。
その時、不意に後ろから腕を引かれた。
「もーう!やーっと、見つけましたよ!一体、どこをほっつき歩いてたんですか!」
「探しましたのよ。……あら?どちら様でしょうか?何かご用でも?」
振り返れば、そこに立っていたのは薄紅色のレースがグラデーションになっている可愛いドレス姿のセラフィナさんと水色でマーメイドラインの上品な仕上がりとなっているドレスを身に纏ったエルフローラだった。
僕の腕にしがみついたセラフィナさんが、食事を誘ってきた男性に対してあからさまに訝しげな眼差しを送る。そこにエルがにこにこと笑顔で壁を作るものだから、見るからにたじたじとなっているのが分かる。僕も男だから分かるよ、その気持ち。女の子って集団になると恐い。
案の定、ご友人がいたとは、とか何とか言いながら去っていったのでようやく息を吐き出せた。
「ごめん、助かった」
髪色を変えて変装しても助けに入ってくれたぐらいだから、どうせ彼女たちには気付かれている。その前提の元、お礼を伝えればやっぱり分かっていたようで苦笑いを浮かべられてしまった。
「アルからおねだりされたのでしょう?」
「う、……うん」
さすがはエル。仕方ありませんわね、とでも言うかのような笑顔に、僕の方が申し訳ない気持ちになる。
「相変わらずの無茶ぶりですね」
「ほんとにね」
そこへ、セラフィナさんがわざとため息をついて首を振るものだから笑ってしまった。
「ありがとう、二人とも」
どうして二人がここに居るのか疑問に思わなくもないけど、今はただ感謝したい。
「いいえ、当然のことをしたまでですわ」
「アル様を探しに行かれるんですか?」
「うん、行ってくる」
こういう予想というか僕の行動が読めるのは、イエリオス教のセラフィナさんならではだと思いたい。エルはもう言わずもがな全て分かってくれているのだろうから。
何気なく口にしてしまった言葉に対して、エルが「いってらっしゃいませ」と返してくれたものだから少し心が浮ついてしまって、恥ずかしさを感じながら彼女たちの傍を離れた。
めぼしいと思われる所は一通り探した方が良い。という法則に則って、中庭に出てきたものの。
うん。どうして、僕を放っておいてくれないのかな?
あの、いい加減、腹が立ってきたんだけど。他にも女性はたくさん居るでしょ!って、今の僕がされているように、強引に暗闇に連れ込もうとするような男は出入り禁止にすべきだけど。
「……っ、や、めてくださっ!」
爪が痛い!じゃなかった。ど、どうしよう!急に腕を掴まれるなんて思わなかったから、本気で油断してた。
「……っ」
今度こそ、ピンチかも。という後悔が押し寄せる。――その時。
「貴様、そこで何をしている!その女性に何をするつもりだ!」
「!」
……え、ええええ?まさか、オーガスト様までいらっしゃるなんて。助かったけど!助けてもらえてありがたいけど、何もこんな場面で遭遇しなくたって!
「っ、あ!」
さすがに王家特有の緋色の髪に怖じ気づいたのか、僕を押しのけて男は文字通り逃げるように去っていった。ただ、去り際に舌打ちしたのは忘れないからね。王家に対する背信だと見なしますよ?リーンハルト先輩じゃないけど、特徴は記憶しました。ええ。なんて心に刻んでいたら、横から声を掛けられた。
「美しいお嬢さん、お怪我はありませんか?」
……って、ぁあああああ!テオドール様!?
「あの、これ、良かったら使ってください……薬草です」
マ、マ、ママママリウスくんまで!?
嘘でしょ、どうして二人までここに来てるの!?い、いや、いくら仮面で素性を隠していてもオーガスト様を一人にはさせられないから居て当然か。そ、そうだよね。……あーもう。
三人だと余計に変な真似出来ないよ。ここは声を出さない方が無難だろうな。という事で、マリウスくんから小さなケースを受け取って、三人に向かって無言で頭を下げてみる。
仮面を付けているとはいえ、顔を見られないように俯きがちだから反応はどうか分からない。まあ、分かってくれるはず!え?開き直りじゃないよ?でも、多分もう会わないだろうからいいかなっていうのもある。
よし。もう一度、頭を下げてから出来るだけ足早に離れるとする。
「……あのような品のある娘が我が国に居たとは。まるで、天使のようだった」
「仮面越しでも美しさが滲み出ておりましたね」
「早く怪我が治ると良いのですが」
……あの、聞こえてるからね?せめて、もう少し離れてから雑談に入って欲しかったなーって。あと、オーガスト様は天使に夢を見すぎでは。
でもって、ここは何処ですか?と。
オーガスト様たちと少しでも早く離れたくて、闇雲に歩いてきてしまったけれど……うーん。今回の舞踏会の主催者は貴族街でも随一の広大な邸宅持ちだと知られている。屋敷も充分に広いけど、庭もあって中庭もあってため池まであるのだから豪邸と呼べるよね。とまあ、つまりは迷子になってしまった僕の言い訳に過ぎないか。どうしようかな、と悩んでいた所に、前方から来る二人組の男に声を掛けられた。
「こんばんは。どうされたのかな?迷子だろうか?」
また新手の誘いかと思ったけど。今度は、エアハルト様とレインだなんて……って、立って寝てる。なんて器用な……じゃなくて。君は何しにきたのかな?いや、そもそもどうしてこの組み合わせなのかも気になる所だけど、それを聞いちゃいけないんですよね。はい。分かってますよ。
何なの、今日は。厄日なの?
「あ、あの、私、妹を探しているだけなので」
ここは無難に通り抜けていくしかない。まあ、アルを探しているのは前提として合ってるし。
「そうだったのか。あまりこのような場所を、君のように美しいご令嬢が彷徨くのは危険だぞ。この辺りに女性は見かけなかった、もっと人気のある場所を探すと良い」
だよね。ノアが付き添っていそうな気はするけど、こんな辺鄙な場所に居るわけないか。
「ご親切にありがとうございます」
「……ぐう」
「ええい!起きろ、レイドレイン!あいつを探しにいくぞ!」
あいつ。
……うん、見なかった事にしよう。
ここは一つ、原点に戻るしかない。
それに、色んな人に会いすぎて驚きの連続で喉も乾いてしまったし。と思っていたら、ちょうど良いタイミングで近くにいたボーイから飲み物を貰えた。
後は何処を探すべきか。歩き回るだけで、かなり時間が掛かってる。というか、行く場所行く場所で知り合いに会ってしまうので疲れてる。
まるっきり僕だと気付いていない人は別にいいんだけど、何故か一部の人にはこの姿でもバレてしまっているというのが度し難い。そんなに僕って分かりやすいかなぁ。まあ、もう良いけど。
今は、アルが何処にいそうか考えるしか。
「おっと。いけないよ、お嬢さん。それはワインだから、マドモアゼルにはまだ早い」
――っ。
「急に立ち止まるからびっくりしたじゃないですか。あ……っと、その、連れが急に申し訳ありません」
さっきの、エアハルト様とレインの組み合わせにも驚いたけど、ライアンとミアくんの組み合わせの方がインパクト強いかも。どうして、二人もこの夜会に?
「あの、……大丈夫ですか?」
「あっ、え、ええ。知らなかったとはいえ、止めていただきまして助かりました。感謝致します」
もう、訳が分かんない。一日でここまで大勢の人に出会うなんて、誰かの企みにしか思えないよ。
ちょっと涼みに行こうかな。
「……奥ゆかしい」
「美人ではありましたね。でも、そんな事はどうでもいいので、アシュトン様を探しにいきましょう」
うーん。さすがはミアくん、全くブレない……じゃなくて。だから、聞こえてるんだってば。
何となくだけど、やっぱりアルは動き回るのが大好きだから外に居そうな気がするんだよね。中庭が危ないというなら、庭園だって危ないんでしょ。知ってる。だからといって、諦める訳にはいかないんだよ、僕としては。
何せ、あの時アルの気を引こうと提案したあらゆる事の中には、恥ずかしくて容易に出来ない事も含まれているんだから。ああ、どうしてあんな事言っちゃったんだろうな。ううっ。
相変わらず、季節感の全くない花に違和感しかないけど綺麗なものは綺麗だと思う。
「……っと」
慣れないヒールで歩き回っていたからか、何もない所で転けそうになっちゃった。うわぁ、恥ずかしい。誰も見ていないよね、と念のため確認しようと顔を上げ、
「お前、そんなとこで何してんだ?」
一番、見られたくない人に見られてた。……ちょっと、勘弁してください。
「え……っと、人違いです」
どうして、よりにもよってフェルメールがここに居るの!?しかも、転けそうになってたのばっちり見てるよね?この人、絶対!
「人違い?」
……うー。仮面越しにしか見えないから、もう何となく感覚で判断するけど目を細めないでよ。だって、そうでも言わなくちゃ面白がりそうなんだもの。
「え、ええ」
「……」
「……」
ち ん も く や め て !
絶対、心の中で何か変な事考えてるでしょ?僕だって、フェルメールの考えてる事はだいたい分かるんだから。
「……へぇ、人違いね」
ほら、やっぱり!その証拠に、声が低くなった。
「お前がそのつもりなら――――お嬢様」
「っ!」
急に紳士ぶるの、断固反対。
「このような場所に、お一人で出歩かれては危険です」
近付いてくるの、禁止。
「今宵は、仮面舞踏会です。」
そんな甘い笑顔を見せるのは、……止めて。
「普段は、気の許せるような間柄であったとしても、仮面で素性を隠せば本性を露にする輩がおるやもしれません」
でも、この人は真っ白で丸い月を背負う姿が、とてもよく似合う。
普段の騎士の制服姿ではないからか、ちょっと格好いいかな……なんて。
「私のように」
「……っ、うわぁ!」
結局、僕は転けてしまう運命なのかも。あーもう、情けない。
「ふはっ。……なぁにやってんだ、お前は。ほら、手」
でも、そのおかげでフェルメールがいつも通りに戻ってくれたから、これで良かったのかも。
「すみません。あと、誤魔化そうとしてごめんなさい」
よっ、と片手で軽々と僕を立ち上がらせて、フェルメールが僕のチョコレート色のウィッグの髪を一束摘まんで落とす。その仕草が、妙にいやらしく思えたのは僕だけだろうか。
「どうせ、お嬢のいつものアレだろ?」
「……はい」
似合うとも似合わないとも言われてないけど、楽しそうではある。いつもの事だけど。
「だろうと思ったよ。ほら、行けよ」
「あ、あたまっ、止めて下さい!っ、もう。ありがとうございました!」
最終的には撫で回してぼさぼさにするんだから、ほんとこの人は何を考えているのか分からない。……全く、もう。
ヒールで痛めた足を休める為に、ため池に面した四阿のベンチに腰掛ける。
確か、ここは今回の夜会の主催主が一番のお気に入りの場所だと言っていた気がするし、その気持ちが分からなくもない。色々と動き回って疲れた体を休めるには丁度良いんだよ、ここ。
建物からは少し離れているけど、頻繁に目の前の渡り廊下を侍従が忙しなく動いているのが見えるし、等間隔に立っている柱の隙間から会場が見えるから充分に楽しめる。初めて来た場所だけど、昼間も居心地が良いかもしれない。
今度、お願いしてみようかなぁと軽く背伸びをしていると、物音も立てずにスッと隣りにこの家の主に座られた。
「どうしたの?」
見上げれば、そこにはキラキラした輝きを背に、この国の幼子からご婦人方まで虜にする鮮やかな微笑。王家特有の緋色の髪をさらりと流して首を傾げたコルネリオ様は、まるで一つの精巧なアンティーク人形のようだった。
「あ、……えっと」
急に現れると、心の準備が出来てないから素直に戸惑う。
「またアルに、無茶な要求でもされちゃった?」
「まあ」
曖昧に返事をしてから、そういえば演技するの忘れてたと気が付いた。けど、バレてるみたいだから今更か。
「ずっと見ていたよ。アルを探している間、何度も声を掛けられていたよね。大変だったね、お疲れさま」
……見られてたなんて。
今すぐ頭を抱えたいけどグッと耐える。一人でずっとテンパってるのなんて、恥以外の何者でもないじゃないか。道化師じゃないんだから。
――けれど。
「その度に、色んな方に助けていただけたので感謝し尽くせないです」
ほんと、これ。僕一人だったら、今頃知らない人とダンスや食事やお話をして疲れただろうなって思う。夜会とはそういうものだから、仕方ないのかもしれないけどね。
「そう」
……ふむ。
「コルネリオ様にも」
「私かい?」
僕の返しに意外性があったのか、僅かに目を瞠ったのが分かった。
「アルが何処にいるのか、ご存知ですよね?」
僕がそう言うやいなや、コルネリオ様が美しい顔にくしゃりと困った笑いを貼り付ける。
「やっぱり。見抜かれてしまっていたか」
「こんな『面白そうな事』に無関心でいられるはずありませんよね」
「よく分かってるね」
そう言って、楽しげに笑っているけれど。
こうして僕が訊ねる事は、コルネリオ様には既に分かっていたに違いない。ここで出会う事も、きっと。
その上で、それなら敢えて僕は言わせてもらうことにした。
「たまには、お返ししませんと」
「ふふっ。イオは面白いなぁ」
手のひらで踊らされているのは百も承知。だって。
「これでも、あなたとのお付き合いは長いので」
生まれる前からだよ?赤ちゃんの時だって、物心がついた歳だって、コルネリオ様は既に僕たち双子を見てたんだから。
そんな人に敵うわけないじゃない。そんな思いで返事をすれば、コルネリオ様は満足そうに、そうだね、と笑いながら頷いた。
「それで、アルは何処に居るんですか?」
珍しく、僕の味方になってくれるというのだから、ここは盛大に甘えさせてもらうとする。
立ち上がってコルネリオ様に尋ねると、国宝級の麗人はクスッと楽しげに小さく笑った。
「アルはね――――」
「アル!」
思わぬ所に落とし穴、というか始めから僕の後をこそこそ付いて来ていたなんて思わなかった。どうりで探しても見つからないわけだよ。
コルネリオ様に教えられた通り、四阿から少し離れた庭でようやく妹に会えた。
「あーあ、見つかっちゃった」
そう言うわりには、あまり不満そうじゃない。コルネリオ様に会った時点でアルも薄々分かっていたのかもしれない。
「気絶させてきてやろうか?」
なのに、この男ときたら。
「イオに酷い事はしないでよね。どうせいつかバレるって分かってたんだし、もういいの」
アルは別に気にしてないと言うのに、ノアの方が不服な顔してるってどういう事だよ。
「何気に物騒なこと言うの止めてくれない?」
いい加減、腹を立てても良いよね。これ、もう。
「クソガキにはそれぐらいしたって大丈夫だろ」
うん、僕の事をなんだと思ってるのかな?
「は?」
「ああ?やるか?」
上等だ、受けてやる。という勢いでウィッグを外そうとしたら、アルに後ろから抱き締められた。これがいわゆる物理的防御。いや、違うか。
「もう!止めてよ、二人とも!鬱陶しい!」
なのに、放たれた言葉は辛辣で。
「うっとう」
「しい……って、僕も?」
ノアだけ叱られるに決まってる、なんて余裕げにしてたら、なんと兄まで含まれてたとか。嘘でしょという目で見れば、アルは当然とでもいうかのようにコクリと頷いた。……うそでしょ。
「だって、いつもいつも喧嘩ばっかりするんだもの。いい加減、飽きてきちゃった。たまには仲良く出来ないの?」
飽きちゃったかぁ……うちの妹が素直過ぎる。いや、いつもの事だけど。
「お、お前がそう言うなら」
「僕だって、大事な妹の為ならそりゃあ努力は惜しまないよ」
まあ、確かに最近顔を合わせれば喧嘩越しかなっていうのは認める。だから、アルには申し訳ないと思ってるよ。アルには、ね。
「今度喧嘩したら、二人とも一週間しゃべらないから!」
……可愛い。ね、聞いた?うちの子、しゃべってくれないんだって、一週間。可愛いと思わない?
「そ、それは頼むから止めてくれ」
ふふーん!ノアは必死だけど、僕の場合、そもそも毎日会えないからあまり効果はないんだよねぇ。アルもやっと気付いたのか、あ、しまった、みたいな顔してるけど、お兄ちゃん的には大歓迎です。
「ま、まあ、頑張ってよね。って事で、ノアはちょっと何処かに行っててくれない?」
「……っ、分かった」
しょーーーーり!見た?今の。悔しげな顔だったの。別にノアに恨みはないけど、ちょっといやすごく優越感が、あーごほんごほん。あまり調子に乗ってると、今度は僕が痛い目に遭いそう。
えーっと、気を取り直して。
「約束は守ってくれるよね。あと、こっそり持ってきてた僕の服も返してくれると嬉しいんだけど」
……はい。実は、女装に自信がなくて、こっそり僕の服も持ってきておりまして。間抜けにも、アルに見つけられて奪われてたんだよ。
「服?ああ、服なら馬車の中に置いてきたよ?」
「ええええっ?」
何だって!
「だって、邪魔じゃん」
確かにそうだけどさぁ。てっきり、僕が着替えないように持っているのだとばかり……あーうー。
「そんなぁ」
「でも、楽しめたでしょ?」
楽しめた?ううん。
「楽しむ余裕なんてなかったよ」
いつ女装しているのがバレやしないかヒヤヒヤしたし、知り合いに会う度に変な汗ばかりかいちゃうし。いっとくけど、アルの変装なら慣れてきたから何とかあるかなって思ってるけど、こんなただの女装は落ち着かないだけなんだからね?不安で仕方ないんだから。
「まあ、ナンパされまくってたもんね」
「ナン、え?声を掛けられたけど、ナンパは全くされてないよ」
ダンスや食事、それにちょっとした会話ぐらいでナンパって。襲われそうになったのは、暴行未遂に当たるだろうけど。
大袈裟だなぁ、と言った途端、アルに両肩をがっしり持たれた。そして、――盛大なため息を一つ。
「……はあ。変わってない。変わってないよ、お兄ちゃんは!子供の頃に誘拐されそうになった時と何一つ変わってない」
「えっ?えっ?」
もしかして、呆れてる?誘拐事件というのがいつの話なのか分からないけど、妹にそこまで心配させるような事を言ってしまったんだろうか。……僕、何かおかしいのかな。
「あーもういいや。イオは、私が守るから!だから、そのままでいても良いよ」
「いや、妹に守られる兄っておかしいでしょ。僕だってアルを守るよ」
僕の大事な妹だもの。
コツンと額をぶつけ合えば、自然と愛おしさがこみ上げてくる。
「そうだね、私たちは二人で一人なんだから」
そうして笑い合えば、この世界で一番強くなった気がする。
「そうだよ。だから、アル。これからもよろしくね」
「イオも。ずっと、ずっと大好きだよ、お兄ちゃん」
僕は妹に甘いらしい。
だけど、それは自分でも充分理解しているのだ。
「所でさ、イオに色目を使った騎士はどこにいるかな?」
「色目?よく分からないけど、ディートリッ」
「元監督生」
「ああ。フェルメールさんなら、確か西側の庭で休んでるって」
「分かった。それじゃあ、すこーし待ってて。どうしても、話し合わないといけない深刻な問題があるんだよ」
「ふうん?」
深刻な問題ってなんだろう?
意外と長文だったんだなと。
タイトルは分かる方には分かるビートルズの名曲です。




