「可愛いばかりと思うなよ」 ※
ウェブ拍手用SS。
五章の後の小話。アシュトン視線です。
一時はどうなるかと思っていた学院内での彼女、もとい彼への悪い噂も、最近になってようやく耳にしなくなってきた――と、思っていたのに。
どうやら、まだ燃え残りはあったらしい。
たまたま、生徒会の仕事で廊下の窓から中庭を見下ろした際、片隅で男子生徒に絡まれている彼を見つけた。
「あっ」
それと同時に、後ろからそんな呟きが聞こえて振り返る、と。
「な、何でもないです」
慌てて取り繕った笑顔を見せるものの、ミア・フォッカーの視線は天井の方へと彷徨い惑う。
「何でもない事はないだろう?」
そう言って目を細めて笑いかけると、途端に彼は俯いた。
別に、妹の代わりを演じる彼の噂の根源を、今更断罪しているつもりもないのだが。
すると、同じく後ろから付いてきていたライアン・アンダーソンが鼻で笑ったので視線を向ければ。
「おいおい、言い方というものがあるだろう?たとえ、彼が己のしでかした事の後日談を目にして、つい耐えきれず嘘をついたとしてもね」
「そちらの方があからさまだと思うが?」
この男は、いつもこうだ。
いや、俺も以前までは言えた義理もなかったが。
だが、俺が敢えて言わなかった事を、と嘆息するとミア・フォッカーが嫌そうな顔で片手を振った。
「あの、喧嘩なら僕抜きでしてもらえます?……嘘をついた事については謝りますけど」
「いや、軽い戯れだ。それと、先に生徒会室へ戻っておいてくれ」
何にせよ、今はここで立ち話に興じている暇はない。
窓越しに見ているだけでも、素行の悪そうな生徒のにやけた表情に不快感が増していく。まだまだこういった輩がいるから、ぐれぐれも一人きりで行動はするなとあれほど注意したというのに。
――全く。
妹君の髪で作られたというウィッグと、由緒正しき学院の女生徒の制服を身に纏っているだけで、あんなにも可憐で、今にも儚く消えてしまいそうなか弱い雰囲気の美姫になるのかつくづく不思議だ。
いや、そもそも彼ら双子の母親同様、常にその美しさは貴族の間では有名であったらしいが。
始まりがどうであれ、今や虜となった身の上で何を語る事もあるまい。
彼女を『彼』と認識してからは、呆れるどころかますます危うい存在として大切にしたいと思う。
いっその事、閉じ込めようか、なんて。
「おや、もしや彼女を助けるつもりかい?」
ああ、ついぼうっとしてしまった。
思考に没頭していたのを悟られないよう、作り物の眼鏡を整えながらアンダーソンへと向き直る。
「……ああ、そうだが?」
「あはは、そんなに睨まないでくれたまえ。私は彼女の事などこれっぽっちも関心は無いのだから。……ただねぇ、貴殿はもう少しエーヴェリー嬢について知るべきだと思うよ」
当代の生徒会長らしく、アンダーソンが見た目とは違って中身がしっかりしている男であるという事は理解している。それに、彼の意中の相手がエルフローラ・ミルウッド嬢である事は、生徒会に所属している者であるなら周知の事実だ。
ただ、今の言葉の意図する所が分からない。
もしや、この男も彼が妹の身代わりをしているという事を知っているのか?
「……?」
だからこそ、わざと分かりやすく首を捻れば。
「ぼっ、僕もそのように思います!アシュトン様は、あのおん、エーヴェリー様を甘く見過ぎでは?」
「何が言いたい」
だが、まさか彼を仇のように見ているミア・フォッカーにまで言われるとは思わなかった。
それに、俺が彼を甘く見るだと?
そのおかげで、如何に自分が矮小であったのか気付かされたというのに。
「……っ、」
「まあまあ、年下をそう苛めてあげなくともだね。ああ、うーん。それじゃあ、このままここから見ておくと良いよ」
正直、その神経を疑わずにはいられない。
「……分かった」
もし、彼が襲われるような事でもあれば、いつでも助けにいけるようにだけは心がけておこう。と心に誓って、他の二人と同じくして窓際から階下を見下ろす。
「さて、今日はどう出るのかな?」
まさか、こんな場面を今まで何度も見てきたのか?そう詰りそうになったが、彼に絡んでいた生徒が動きを見せた事でそれどころではなくなった。
一歩、また一歩と、彼はどんどん壁の方へと追い込まれていく。
ああ、馬鹿。どうして、逃げない?
ここから叫んでやりたいのに、俺以外の二人が黙ったままなので口を噤む。
手は出されないものの、何か嫌な事でも聞かされているのか、彼は眉間に皺を寄せながらも真摯に男子生徒の顔を見ていた――と思ったら。
「……!」
それは、破裂音が聞こえなくとも、どれだけ鮮やかに繰り出されたかのか想像出来るほどの平手打ちだった。
多分、俺もあの学生と同じく愕然とした表情を浮かべている事だろう。
なにせ、彼はあの悪い噂が流れていた際、ずっと黙ったままその悪意を全て受け入れていたのだから。どれだけ己が傷付こうとも。
だから、まさか反撃するとは思わなかった。
「彼女の事だ。もしかしたら、自分以外の誰かの悪口でも言われたのかもしれないね」
「ああ、けど。ほら、頭を下げて謝ってますよ。あの人は、どうしていつも」
「悪口を言われたとはいえ、手を出してしまったからね。律儀というか真面目というか」
傍らの会話に耳を傾けているものの、参加しようとは思えない。
ただ。
明らかに、彼らが俺よりもこういった一面を知っているという内容が気にくわない。
「可愛いばかりと思わない事だよ、彼女の隠した爪はまだあんなものではないからね。せいぜい騙されないよう気をつけたまえ」
その言い様は、なんだか――
「やられた事があるような言いぐさだな?」
もしかして、とミア・フォッカーにも視線を向けると直ぐに逸らされた。
「甘く見過ぎとはよく言ったものだな」
せめてものお返しで嫌味が自然と声に出た。
呆れた顔でそう言いながら窓の外を見下ろせば、彼はもう既にいなかった。
ライアン氏は本編で転がされていたり、ミアくんは別のSSでイオが不良をやっつけているのを見ていたりしているので、早く現実を見て!とアシュトンに気付いて欲しいに違いない。という小話でした。




