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本日はお日柄も良く ※

三章辺りのお話です。


 父の依頼で、リーレンでの使節団の応対に追われる毎日。かといって、休日までは先生方の相手をしなくて済んで、実は内心安堵してる。そりゃあ、色んな国々から来られた先生方のお話は実にためになるし刺激もあって面白いんだけど。

 粗相の無いように、後は宰相の息子という立場上、失敗しないように気をつけるのが何とも気苦労。

 本当は、グランヴァル学院に帰れたら良いんだろうけど、母に無理矢理交代を命じられたアルが大人しくしているはずはない。多分、行けば何らかのお強請りがありそう。ということで、今日ぐらいはこの学校の一生徒としてお休みをいただこうかなと思ってた。

 ――のに。

「頼む!このとおりだ!」

「……えー」

 とてつもなく面倒くさそうな顔をしている僕の目の前で、両手を合わせて拝むのは安定のフェルメール。この人は、常に何かしらトラブルの渦中にいるらしい。

「お一人で行けば良いじゃないですか」

「ばか、一人より二人って言うだろ!」

 うわぁ、それって前世でいうところの小学生男子の言い分ですよ、と。そう言ったところで、相手には通じないので言わないけどさ。

「コーナー家の問題に僕を巻き込まないで下さいよ」

 って、土下座しようとしない!そこまでする!?

 せっかくの貴重な休日、という事でこれからどうしようかな、なんて考えていた僕に朝から声をかけてきたのがフェルメールだった。まあ、手持ち無沙汰そうにはしてただろうけど、ちょっと付き合ってくれねぇか、とか言われて話を聞けば。


「上の兄の見合いを止めるのに付き合ってくれねぇか」


 なんて、僕にとっては大変どうでもいい用件だった。

 初めて会った時からあまり気にした事がなかったけど、聞けばフェルメールは三男で上にお兄さんが二人いるらしい。今日は、その次男の方のお見合いのようで。

「無粋な真似はしない方が良いですよ」

「そういうんじゃねぇんだ。ただ、先方がうちより上で断りきれねぇってんでどうにかしたい」

「八百屋にも上下関係があるんですか?」

「じゃなくて。商店街の関係な」

 ああ、そういう組合的な意味合いか。この世界では、生粋の貴族として生まれたから城下町の暮らしについてはあまりよく知らないけれど、前世で商店街がどういうものかは分かってる。そりゃあ組織の構造までは知らないけどさ。

「大変ですね」

「あっさり済ますな。つう事で、ここはいっちょ一蓮托生で頼まれてくれねぇか」

「いやいや、僕が行った所で何が出来るって言うんです」

 なにが一蓮托生なんだか。

「行く事に意義がある」

「厳かな言葉を使ったところで、内容はお見合いを破談にすることですよね」

 引っかかりませんよ、と呆れて言えば、フェルメールは急に真面目な顔になって俯いた。

「分かった。じゃあ、お前にだけ教えるわ。……実は、好きな奴がいるんだよ」

「……そうなんですか」

 ああ、だからお見合いを破談にしたいのか。僕にだけ教えてくれるって事は、お兄さんの恋は誰にも秘密の恋なんだろう。それなら……まあ、ちょっとは気持ちも分からなくもない、けど。

「一緒に行ってくれるだけで良いんだ、頼む」

 そうして、もう一度両手を合わされ頭を下げられたところで、もう仕方ないかと思えてしまった。

「僕が行ったところで意味がないと思いますけど……それでもいいなら」

 フェルメールにもこういう一面があるんだな、という兄思いの優しい側面を知って心が温まる。まあ、それを本人に言えば直ぐ調子に乗るから言わないけど。

「行ってくれんのか!?」

「何の役にも立ちませんよ?」

「良い!良いんだ、それで充分!」

 何だろう、この食いつきよう。

 そこでもっと不審に思っていたら良かったというのは、その数時間後に気が付いた。


 貴族街とは全く違う雰囲気の町並みが広がる。

 休日ともあって、賑やかな街の中をフェルメールについていきながら歩き続けること早一時間。フェルメールの地元、彼の生家がある商店街は僕の頭の中にある商店街とは全く違った佇まいだった。商店街っていうか、露天に近い。だけど、前世の商店街よりも店主の声は威勢が良くて、どこもかしこも賑やかだ。

「こっちだ」

「っ、」

 そう言って、いきなり手を握られて少しだけ歩く速度も速くなる。

 建物の間に入られたらもうどこがどこだか分からない。これは大人しくついていくしかないな、と諦めてフェルメールの隣りに並んで進んでいく。

 思わぬ休日になってしまったけれど、こういうのも悪くないかもしれない。今まで知り合った人たちにも必ず生まれた場所があり、そこにお邪魔させていただけるのはとても貴重な体験だろう。

 いつか、色んな場所に行けたら良いな。

 こんな事を考えられるのも、こうしてフェルメールに誘われたのがきっかけだろうな。最初は渋ったけど、こんな事なら強情を張らずに了承すれば良かったかも。

 そんな事を思って歩いていれば、とある建物の前でフェルメールが立ち止まる。

 てっきり実家の八百屋にでも行くのかと思えば、そこは組合の寄り合い場なのか、一階建ての簡素な建造物だった。

「……」

 いつになくフェルメールの顔付きが堅い。

 ああ、ずっとこんな感じならかっこいいのに、と思えてしまう。同性相手に何をドキッとしてしまうんだ、と思い直して声を掛けようとして。

「フェルメ」

「行くぞ!」

「えっ、あっ」

 握られていた手を、まるで僕の存在を再確認するかのように握り直され、返事もままならない状態なのに彼は勢いよく扉を開いた。


「わりぃが、見合いは中止にしてくれ!」


 そこは大きな広間となっていて、扉が急に開いた事に驚いたのか中にいた人たちが一斉にこちらを振り向く。

 その中にいた若い女の子に寄り添っているのは、きっと相手方に違いない。

「はあ!?てめぇ、来て早々なに言ってんだ!」

 そして、対面側にいた青年がフェルメールのご家族なのか、いきなりキレた。見た感じ、この人がフェルメールのお父さんなのかな?ヘーゼルブラウンの髪色に遺伝を感じる。

「すまん、だがどうしても無理なんだ」

 さすがは親子なのか、フェルメールは僕をの手を放さずにズンズンと中へと進みながらも頑なに首を振った。

「馬鹿な事を抜かすんじゃねぇ!もう、あちらさんとは話が出来てんだぞ!」

「そうよ、フェル。せっかくの良縁に無理もへったくりもないでしょうが」

 うーん、さすがはフェルメールのお母さん。さすが男の子を三人育てたとあってパワフルそう。

「いい歳した男がグチグチ言うな」

 あはは。まあ、そうだよね。お兄さんも、断るなら自分でどうにかしてほしかったなぁ、って……あれ?

「言うに決まってんだろ!」

 ちょっと待って。ここに、もう一人足りなくない?――と、気付いた時には遅かった。

 不意に、フェルメールに背中を押され訳の分からないまま、彼の家族の前へと立たされる。


「俺には、心に決めた相手がいんだよ!!」


 この時の、ご両親の唖然とした顔はしばらく忘れる事はないと思う。

「……その、同性だけどよ、俺にはこいつ以外無理なんだ。頼むから、分かってくれよ」

 あたかも恋人のように頭を撫でられたけど、脳の処理が追いつかない。

 ……えーっと?つまり、こういうこと?兄のお見合いというのは嘘で、実はフェルメール自身のお見合いだった。それで、断るために僕を恋人役に仕立てたかった、と。

「あ、あああああ、あんた!ど、どう、すすするの!?」

「お、おおおおおお、男が好きだって?い、いや、けど、これだけ綺麗ならそれも、ってぇ!殴んじゃねぇよ!」

「うちの男共は揃いもそろって美人には弱いんだから!」

「うっせぇ!お前だって見惚れただろうが!」

「そ、そりゃあ、こんなにも綺麗な子なら、同性でもありかしらって」

「ほらな!」

 何がほらな、なのかお訊きしたい。とりあえず、さすがはフェルメールのご両親だという事はよく分かった。

 分かったけれど。

「……あの、フェルメールさん」

「ん?」

「後でお話がありますので」

 だから今は、このよく分からない口喧嘩をどうにかしてください、と目線で訴えて僕はしばらく現実逃避することにした。

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