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Perfect of Planetarium 2.

小話ながら、閲覧、ブクマそれから評価をありがとうございます。

前回の続きです。

※主人公は出てきません。


 ――それなら、僕が本物にしてみせよう。



 彼が、その噂話を聞いたのは本当に偶然だった。

 何だかんだあって、騒がしい男と共に『友人枠』に入れられた三人組の一人が彼も知っていると思い込んで口を滑らしたのだ。

 曰く、「とうとう、嫁に愛想尽かされちまったなァ」と。

そこで、イルフレッドは少し瞠目して首を捻った。

「……嫁?」

 公爵家の跡取りながら、珍しくまだ婚約者もいないというのに彼は一体何を言い出すのか、と。相手の正気を疑ってしまう。

 クロードの狙い通りとはいえ、出会いからさすがに一年以上も共にいれば三人組もイルフレッドの機微が分かるようになったので、直ぐにいやいや!と手を振って訂正を入れる。

「ばか、言い方だよ」

「ほら、お前をずっと追いかけまわしてる美人!えーっと、名前は確か……エルメイア・クレイス嬢!」

 そこで、ようやく得心がいってイルフレッドは、そういえば、と思い返した。

 エルメイア・クレイスは、侯爵家のご令嬢なのだがクレイス侯爵の宝石と言われるほど、生まれた頃より美しい事で有名だった。それはもう、一度見れば忘れられないぐらいの美貌で、男たちはこぞって彼女への愛を囁き、女でも見惚れてしまうほどである。

 また、王族にも知られるほど有名で、年齢が見合う者がいない事を酷く惜しまれたぐらいだった。

 そんな侯爵の自慢の宝であるエルメイアに見初められたのが、どういうわけかイルフレッドで。このグランヴァル学院に入学する以前より、何かと追いかけられる日々を過ごしていたのだ。

 それは、一つ年下の彼女が遅れて入学してきてからも。

 毎日、飽きもせず休憩に入ればイルフレッドの元を訪れるほど、彼女の一方的な愛情は周りの者から見ても凄まじいぐらいだったが、ここ一週間ほど彼女が姿を現すことがなかったのだ。

 つまりは、それを指摘されたという訳だが、イルフレッドには通じていなかったという事である。

「そういえば見てないな」

 今、気が付いたという表情を浮かべたイルフレッドに、三人組は一斉にはあ、と重たい息を吐き出した。

「あんだけ騒がしいのがなかったら、普通気付くだろうが!」

「お前はまた」

「まあ、分かるけどよ。お前は忙しい身の上だし」

 入学して直ぐの頃は、イルフレッドが度々王宮に出向いているという事もあって、王族から寵愛を受けていると遠巻きにしていた彼らも、一年以上を経て彼が学業と兼任で次期国王の宰相候補として日々働いているという事実を知らされていた。別に、イルフレッドは隠している訳ではないのだが。

 そこで、彼はもう一つ思い出した。

「そういえば、あいつも見てないな」

 どうりで、ここ最近勉強が捗るわけだ、と納得していると、三人組が大げさすぎるほどに今度は大きなため息をはき出した。

「おーまーえーは」

「ったくよ。だから、さっき言ったじゃねぇか!クレイス嬢は、お前に愛想が尽きてあの野郎と最近ずっと一緒に行動してるって!」

「おい、ばかっ!しっ!」

 イルフレッドのあまりのマイペースぶりに呆れた一人が再び口を滑らせたのを、別の一人が慌てて止めに入ったのだが既に遅く。

「へぇ」

 そうだったのか、とイルフレッドはようやく状況を理解した。

 そして、あの自分に対してだけ騒がしい二人は気も合いそうだしな、と思うイルフレッドに対して、三人組が、落ち込むなよとか、まあそのあれだ頑張れだの、女は一人じゃないぞという下手な慰めの言葉を告げながら居たたまれなくなってしまったのか蜘蛛の子を散らすように去っていった。

「……?」

 イルフレッドにしてみれば、エルメイアに好意を抱かれているのは理解しているが、特に何も思ってなどいない。そもそも、最近はまもなく王子に子が生まれるともあって、国王になる日も近いのではないかと噂があるため、日増しに宰相としての仕事が増えてきていて忙しいのだ。

 恋愛にかまけている時間などありはしない。

 エルメイアとて、イルフレッドには猪突猛進なところはあるが常識をわきまえているので、そこはきちんと理解している。あれは、見た目以上に狡猾な娘であるという事をイルフレッドは重々承知していた。

 だからこそ、厄介なのだ。

「どうせ、何か企んでいるんだろう」

 ――あの二人の事だから。

 第一王子が国王になれば、イルフレッドも同時に宰相となる。そうなれば、当然、彼は学生の身分を捨てて、四六時中王宮に勤めなくてはならないだろう。

 そんな期限付きの学生生活を、どれだけ穏やかに過ごせるかが毎日の課題なのに。

 あの三人組ほどではないにしても、思わず小さなため息を零すと、後ろからポンと誰かに肩を叩かれた。

「やあ、知ってるかい?ため息をはき出せば、世界中の不幸が集まってくるんだって」

 相変わらずのえげつなさ、とくればイルフレッドの知っている者の中には一人しかおらず。

「君がこんな時間まで学校にいるなんて珍しいね」

 振り向けば、やや仰ぎ見なければならない高さにあるクロードの顔に笑みが浮かぶ。

 イルフレッドとしては、出会った頃からクロードと結構な身長差があったのだが、これでもこの約一年で狭めていっているつもりである。なのに、まだ仰ぎ見なければならないという事実を、イルフレッドは密かに不満を抱えていた。

 そんな彼の劣等感を知ってか知らずか、クロードは寮まで一緒に帰ろうか、と嬉しげにいざなった。

 これだから、この男といると調子が狂う、と思いながらもイルフレッドは頷いて、一番星が輝く夕闇の中を歩き出す。

 こんな風に、誰かと共に長い時間を共有する事は今までない。

 たまに、春の嵐のようにエルメイアが絡んでくるが、それでも彼は一人だった。

 限られた学生生活。こんな広大な場所にいても、彼は鳥かごの中にいるのだ。――様々な枷に縛られて。

そういった事を深くは考えないようにしていたはずが、最近では何故かたびたび浮上する。

 それもこれも、原因はとなりで口笛を吹きながら歩く男が発端かもしれないな、と思いながら視線を向ければ楽しげな笑みを返された。

 そして――


「ところで、僕は次の生徒会長になろうと思う」


「……は?」

 それは、あまりにも不意打ち過ぎた。

 クロードにしてみれば、いつもの日常会話と同じなのかもしれないが、イルフレッドからすればあまりにも非日常的過ぎる発言だった。

 まず、どこからその『ところで』というような接続助詞がきたのかも分からないし、内容にも突拍子がない。なさすぎた。

 なので、あまりにも驚きすぎて呆気にとられた声を出して、思わず立ち止まった彼は決して悪くないだろう。

「イルを驚かす事にようやく成功!っと。ああ、驚かせたくて嘘をついた訳じゃないよ。僕は本気で、次の生徒会長になるつもりさ」

 クスクスと笑いながらも、その水色の瞳は嘘をついてはおらず。

 だが、イルフレッドの脳裏で直ぐにそれは否定される。

「三年では生徒会長になれないはずだ」

 ここへ入学する際に一度読んで覚えてしまった校則には、そのように書いてあった。生徒会長は、最高学年である五年生しかなれない――と。例え、前任者のつまり今の生徒会長の推薦があっても、教師たちや生徒からの人気があっても、そこを打破しなければなれないはずだ。


「うん。だからさ、僕は『特例』になろうと思う」


 そんな彼の疑問をあっさりと飛び越え、クロードは己に不可能はないとでもいうかのように泰然たる態度で笑った。いつもなら、それをこなしているのはイルフレッドの方であるのに。

「言っている意味が分からない」

 普段から、想像も付かないことをやってのけるクロードに散々付き合わされているけれど、今回ばかりはあまりにも常識を突き抜けていた。言うなれば、常軌を逸してるとしか言い様がない。

 眉間に皺を寄せて首を傾げたイルフレッドをチラリと見てから、クロードが朗らかに笑う。

「簡単な事さ。僕は僕の欲望を叶えるために動いているだけ」

「……?」

 この男に、そもそも欲望などあったのか、なんて。イルフレッドは、それ以前にこの男を全く知らない。いや、今まで知ろうともしてなかったといっていい。

 彼の毎日は、第一王子と出会う前までは何の代わり映えもない無色透明な日々だった。だが、この二年ほどでどんどん変化していき、王宮では鮮やかさが増すばかり。

 それは、クロードと出会った事によって学院でも彩り始めて――

「常に楽しくあれ、というのが僕の信条。だから、学院でも出来るだけ楽しくありたい」

 イルフレッドに新しい風をもたらす。


 知らないなら教えてあげる、というクロードの先導によって。


「そこには、僕の大好きなものが揃っているのが絶対の条件なんだよ」

 と、彼はいたずらが成功した悪ガキのような笑みを浮かべる。

「そう、ここに君がいなくちゃ楽しくない。楽しめない。だから、僕は生徒会長になろうと思う。僕のために」

「……」

「君が宰相としてここを去る前に」

 まさか、そんな事を考えていたとは思ってもいなかった。けれども、最近顔を見なかった事はこのためだったのかを理解出来て、イルフレッドは珍しく何と答えれば良いのか躊躇った。

「ここが君を閉じ込める鳥かごならば、僕はこの学院を宇宙に変えたい。それが偽物だと言われようと、僕は本物だと言ってのけるよ。僕のためにね」

 頭上に拡がるのは無数の星が輝く夜空。そんな真っ黒な闇に手を広げ、彼はその目を宝石のように輝かす。

「……」

 ああ、この男には何を言っても無駄なのだろうな、と彼は出会った当初から分かっていた事実を思い出した。そして、この男が彼に嘘をつかないという事も。

「楽しみにしている」

 いつもならば、ここでイルフレッドは呆れるのだが、今日だけはそれを受け入れてみるのも良いと思った。

 小さく呟いた声は、クロードには届いていない。現に、彼はもう違う話をし始め出していた。

 けれど、きっとそれでいいのだ。

己のやりたい事をやり遂げるクロードにとって、イルフレッドの肯定など大した効力もないのだから。


 その後、学院中を巻き込んで果ては王宮までも巻き込んだクロードの大きな望みは、一年を経て叶えられる事となる。



タイトルの『完璧なプラネタリウム』というのは、狭い空間でも本物と等しく、宇宙は広く見えるんだよという意味合いで付けました。

イオたちとは違う青春時代を謳歌していた彼らの話もいつか書けたらと思います。


ちなみに、五章本編と合わせて「ため息」についての言い伝えというか人から聞いた言葉を3つ、登場人物に言わせております。さて、一体どれが本当の事なのやら。

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