その2
「なんと言うか、あれだ、最近の若者は根性がないというのはどうも本当らしいな」
「根性の問題じゃない気がする……」
そして幼女おまえにゃあ言われたくないと思う。
そう言えば、見た目の問題ではあるまい、中身の問題だとアイリスは頬を膨らませた。
……そういうところが子供らしいんだというのは言わないでおこう。
先ほどの三人目とは結局、戦闘にはならなかった。すぐに降伏して有り金を全部差し出してきたのだ。
どうもこの戦闘狂は少し不満だったようだが、その金額を見て一気に機嫌を良くした。
まさしく、“現金な奴”だ。
「しかし、いい儲けになったな。この稼いだ金で何を買おうか」
金の詰まった布袋を抱えて嬉しそうなアイリスに思わず苦笑する。
「さぁ、どうするかな……でもひとつ訂正するなら、“稼いだ”じゃなくて“巻き上げた”だろ」
「まぁまぁ。どうせこれだって、あやつらが誰かから巻き上げた金だ」
「そうかもしれないけどさ」
アイリスはピンと指を立ててくるくる回した。
「ほらよく言うだろう、金は天下の回り物、と」
「回ってねぇよ。むしろ連鎖だよ、食物ならぬ金銭連鎖。弱肉強食的な」
「おおう、なかなかにうまいことをおっしゃる」
「そういうのやめい」
なんか俺が狙ったみたいじゃねぇかよ。
「……違うのか?」
「違うわ!」
俺を見上げていた表情がキュッと笑みに変わる。
「くく、そうムキになられるな、冗談だ」
……こいつの冗談は本気で質が悪い。そしてそんな冗談を言うこいつも性格が悪い。
しばらく黙って俺の後をついて来ていたアイリスだが、思い出したのかふと呟いた。
「それにしてもあの門番は失礼であったな」
「ん?」
「私を後衛扱いしおって」
自分の強さに誇りのある者としては、許せない扱いだったらしい。
「気にしてんのか?」
「うむ」
案外、根に持つタイプのようだ。半ば八つ当たりされたあの三人組が哀れに思えんでもない。
街を出る時があの門番の担当時間じゃないことを祈る。あの人の身の安全のために。
「まぁだって実際強いにしろ、お前見た目は幼女ロリだからなぁ」
仕方ない仕方ない、とその頭をポンポン叩く。しかしな、とアイリスは不満げだ。
「だからと言って、こんなひょろひょろ背が高いだけの、姿勢も悪ければ顔色も悪く、筋肉も大して付いていないような男より弱いと思われるのは、流石に心外なのだが」
「……お前、本当は俺を敬う気ないだろ」
「何のことだ」
故意わざとだ、実は絶対故意わざとだ。ため息が出た。
「別にいいけどさ。それより宿だ、宿探さないとな」
「少し早くはないか? まだもう暫し市場を見ていたって……」
アイリスの視線が周りのもの(ほぼ食べ物ばかり)に向けられる。その頭をゴツリとチョップした。
「痛っ!」
「そういうのは明日。もうすぐ祭りなんだ、すぐ宿が埋まって雑魚寝部屋にしか泊まれなくなるぞ」
「私はそれでも構わな……くっ! に、二度は喰らわんぞ」
「ちっ」
再びチョップしようとしたら、今度は受け止められてしまった。まぁ一撃入れられただけ、俺にしてはいい方だけど。
「何度も打つなど、私を殺す気か!?」
「まさか。ただお前、自分の容姿を自覚しろよ。雑魚寝部屋なんかにいたら人攫いにでも攫われて売り飛ばされるわ」
ふん、とアイリスは鼻を鳴らした。
「そんなことになったなら、縄でも鎖でも、引きちぎって逃亡して、騎士団による一斉検挙に貢献してやる……!」
ククク、と意地悪く笑う様子は騎士どころか悪役だ。
「鎖引きちぎるってなぁ……お前の冗談は分かりづらい」
「む? 冗談ではないぞ?」
「……マジか」
こいつの冗談と冗談じゃないのの差が分からん。アイリスはその小柄な胸を張る。
「まじもまじよ。本気と書いてマジと読む。真剣と書いてガチと読む、だ」
「どこで覚えたんだ、それ」
「王の荷物の中にあった“らのべぇ”とかいう本だ」
「伸ばすな、ラノベだラノベ」
そして勝手に読むな。
そう言ったが、
「……最近の若者言葉やら流行り物やらはよく分からんな」
と肩を落とすだけだった。超若者ロリが何言ってんだ。
「あ、流行り物で思い出した。アイリス、お前スマホ欲しくないか?」
「す、まほ……?」
ほらと俺の持つ少し古い型のスマホを見せれば、アイリスの目が輝いた。
「水晶魔法具の略だ。スイショウマホウ、スイマホウ、スイマホ……で、スマホ」
「何でもかんでも略しおって!」
分かりづらいことこの上ないぞ、と言いながらも嬉しそうだ。
「買いに行くのは明日だからな明日!」
「分かっておるとも我が王よ……しかし“まい・すまほ”というやつか。ふふん、良いな良いな!」
こいつに使いこなせるのかちょっと不安だが、まぁこれだけ喜んでくれたならいいか。
問題は——、
「なぁなぁ、お嬢ちゃん」
「俺らと遊ばね?」
「……何だ、おぬしら」
この上機嫌をもふいにする、空気の読めない奴らだ。
この幼女趣味ロリコンめ、とぼんやり眺めていると、最初に声をかけてきた奴が愉快そうに笑う。
「いやぁお嬢ちゃん、強がっちゃって、可愛いね!」
あ、こいつらあれだ、ただの馬鹿だ。
アイリスが鋭すぎる眼光で睨んでるのにも、額に青筋浮いてるのにも、まるで気づいちゃいない。
そして奴らは、アイリスにとっての禁句を口にした。
「そんな冴えない貧弱男放ってさ、俺らと行こうよ」
「——今、何と言った?」
あららと俺は思わず顔を覆った。
「だからさ、そんな冴えない貧弱男放って、」
「冴えない貧弱男、だと?」
怖い怖い。そして貧弱言うな。
しかしこの後に及んでヘラヘラしているこいつらは、本当に救いようがない。
「貴様ら、我が王を侮辱したな」
呼び方がお前から貴様に変わったらもうアウトだ。
自分の方がボロクソ言ってんだろというツッコミも入れられない。何て理不尽!
「その罪、相応の扱いをしてやるから覚悟しろ」
瞳を凶悪な光に煌めかせて、獲物ウサギを前にした捕食者オオカミは、べろりと舌で唇を潤した。
男たちが気づいた時にはもう遅い。
俺は頭の中で流れる二組目の犠牲者決定のお知らせを聞きながら、無言で手を合わした。
……御愁傷様です。