その1
「王よ、門でのあの態度は一体何なのだ」
幼女は見た目に似合わない古風な口調で俺に問うた。
「何なのだ、って?」
ポンポンと、その手の中のものを弄びながら、アイリスは呆れたように続ける。
「普段も酷いが、あの時のあなたはあまりにも見るに耐えなかったぞ」
「……さいですか」
「うむ、左様だ」
こいつに誰か、取り繕うとかオブラートに包むとかいうことを教えてやって欲しい。
「だってさ、お前が変なこと言いやしないかとヒヤヒヤして」
「変なこと? もしや、我々の関係のことを指しているのではあるまいな? 」
「もしかしなくとも」
「むぅ……しかし私だって流石に信用されないことくらい分かっておる」
「お前がそれを言うか?」
他でもなく、いきなり現れて「王よ!」と飛びついて来たお前が。
「む?」
アイリスはくっと手を握り込んでブンと振った。
首を傾げる様子は、なんともまあ無邪気なものだ。
あざとい。この幼女あざとい。
「だから俺は前世の記憶なんてないし、お前が言ってることも信じてないって。何度言わせるんだよ」
「あなたこそ、私に何度言わせるおつもりだ? 私が従属するは記憶でなく、魂だと」
「魂ね……」
余計に胡散臭い。
アイリスは足を跳ね上げながら、ふっと口を緩める。
「事実、私は前世の強さを引き継いでおろう?」
「……確かにな」
本人の言う通り、半端なく強いことは事実だった。
だってこの幼女は俺と話しながら——
「くぼぁっ!」「ぶばっ!!」
三人を相手に戦ってるのだから。
それも片腕片足だけ、武器も鞘のついたままの短剣で、だ。
一人はまず、短剣を鈍器のようにして首に一撃、そして柄を腹に食い込ませて撃沈。
二人目は顎を、拳で殴られ、足を胸につくほど曲げて蹴り抜かれ。
的確で正確、そして迅速な手慣れた動きは目で追うのがやっとだ。
二人は気を失ったようだし、意識のある三人目も、腰が抜けたのか立ち上がることすらできない。
それを見てとると、アイリスは可愛らしく振り返った。
「そんな私が言うのだから、信用してくだされ。
まぁ残念ながら、王は記憶だけでなく様々な物を何処かに置き忘れてきたようだがな……度胸とか」
「悪かったなぁああ!」
思わず叫んだら、それだけで息が上がった。
おかしいだろ、なんで戦ってるこいつは息切れ一つないのに、俺がぜぇぜぇしてんだよ!?
ああでも、こいつと出会って早一ヶ月……この規格外っぷりに慣れつつある自分が怖い。
「さて」
と、アイリスは残った一人に向き直った。
「こいつをどうしようか」
男がヒィと小さく悲鳴を漏らして後ずさる。
「おい、やりすぎるなよ」
不穏な空気を感じて言えば、その綺麗な眉がが不機嫌に寄った。
見かけに反して、この幼女は異様に好戦的だ。止めなきゃ、それこそ死闘でも始めかねない……と言っても、命の危険があるのは常に相手の方なのだが。
「しかし、こいつらはあなたに牙を向けたのだぞ」
「それでも——」
「いくら人に慣れていないからといって、都市の人混みに躓いて、このような輩に絡まれ」
ぐさっ。
「挙句私に助けられる人でこそあるが」
ぐさぐさっ。
「私の王に対して牙を向けた罪は重いに決まっておろう」
……今まさしく俺はお前の牙に貫かれたんだが!?
けれどその顔は真剣だった。悪気がないのが逆に質が悪い。
「おい、アイリス」
「いやいや王よ、こういう時はアイリスではなく、前世のようにレヴァとそう呼んでいただきたいと申し上げたではないか」
上げられた視線は、何かを期待しているような。はぁとため息が出る。
俺はよく知っていた。
これは、王としての俺を待っている瞳だ。
「……じゃあレヴァ。命令だ」
「はい、何なりと」
優雅に腰を折って、彼女は応える。
「殺すなよ」
「了解した、我が王よ」
男がまた後ずさるのに、狩人のように音もなく迫って、
「——つまり」
幼女は唇をニヤリと釣り上げた。
「半殺しで宜しいか?」
宜しくねぇよ!
——この世界のものなら、誰でも知っている昔話。
かつて大陸統一を成し遂げた一人の王がいた。その名は、ヴァーゼル・シェイン。そしてその伝説に欠かせないのがレヴァノン・ダルクである。千の戦場を指揮し、万の戦場に馳せたと言われる最強の騎士。
そして今。その王と騎士はこの世に再び生を受けた。
これは、まだ誰も知らない——王と騎士の、二度目の物語。
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