第9話 お神籤ぱにっく
さて、イヤなことがあった時には命の洗濯だな、風呂入ってこよ。
っと、その前に賽銭箱ってどれだ?
皆さんの流れを見ると、ああ、正三角形のマークの前に原色の激しいカラフルな箱があるな。
ひざまずいて手を組んで祈りを捧げているから間違いない筈。
では昨日のお釣りが財布に入っていたから、銅貨一枚で良いか。
懐事情が不安だから仕方がないよな。
周りの人たちを見てもほとんど銅貨だし、鉄貨や銀貨はほとんど無い。
手前に落としてと、えー、これからお世話になります、よろしく、では。
OK、OK。
それで、お神籤を引く訳か。
おお、何列かに分かれているな。
全部の窓口に貫頭衣を着た巫女さんがひとり付いていて、お神籤の筒を振って出てきた番号の札を渡している。
でも何で列にムラがあるのかな?
均等に並んだ方が早く終わりそうなんだけど、わざわざ混んでいる方に並ぶ人が多いし。
訊いてみるのが早いか。
取り敢えず近くを歩いていたオジさんに声を掛けてみた。
「こんにちは、ちょっと訊きたいんですが」
「あ、どったの?」
「いえ、田舎から出てきて勝手が分からないんですけど、どうしてこんなに列にムラがあるんです?」
「そりゃあお前、当たりが出やすい所でお神籤引いた方が良いじゃないの。それに好みの巫女さんの所で当たりが出た方が嬉しいじゃないか」
「当たりですか? 好みの巫女さん?」
俺が不思議そうな顔をしたのが驚きだったようで、目をパチクリさせてから答えてくれた。
「そうよ。神遊びだよ、神遊び。分かるだろ? お天道様と月神様の夫婦和合になぞらえて、巫女さんと助平な事が出来るんだよ、しかもタダで」
「ああ、だから好みの!」
何とも驚きの話だったが、そう云う理屈があるなら納得出来ない事もないな。
ふむふむ、つまり性モラル的にエッチな事をするのは宗教行事的な意味を持つ神聖な行為であり、後ろめたい物ではないと。
なるほどなるほど。
地球だったら淫祠邪教の新興宗教(カルト教)として弾圧間違いなしだな。
「しかも、当たり籤の数は巫女さんの任意で決められるから、エッチが好きで美人で当たりの出やすい巫女さんは窓口に立つと直ぐに行列が延びちまうのさ。おっと、お目当てのクレアちゃんのお出ましですよ! じゃあな坊主」
「ありがとうなおっちゃん」
「おっちゃん云うな!」
おっちゃんは急ぎ足で向こう側に並び始めた列の後ろへと歩いて行った。
いそいそと急ぎ足になるお相手だが、ここから見ると受付に立つクレアと云うらしい巫女さんは金髪巨乳の美人さんである。実に分かり易い。
ふむぅ、なるほど、健全な男子としては神遊びに対して物凄く興味がある、が、精神的に色々疲れたし公衆浴場に行って宿屋で眠ろうかね。
お神籤が外れても悔しくないし、空いている列に並ぼうかな。
空いている列は何列もあるが、高度な紳士向けの未十路の幼女趣味、三十路や四十路、五十路は間違って当たってしまうと怖いので、無難に同世代くらいの巫女さんのいる列へと並んでみた。
だって俺の年齢からしたらマイナス2歳から20歳台が許容範囲じゃん。
うむ、この列を受け持っている巫女さんは美人ではないが不細工でもない、普通の女の子っぽい感じです。
でもここにいる時点でそう言う経験が豊富な人だと云う事は確かなわけで。怖い怖い。
さて、5人程待ち、直ぐに順番は回ってきた。
長さ50センチ位の正六角形の木製の柱に穴が開いていて、番号が書かれた木の棒が出て来る様になっていた。
日本の神社にあるのとほとんど変わらないな。
ガシャガシャと振り、穴を下にして棒が出るまで振り続ける。
すいっと出てきた棒を番号も確認せずに巫女さんに渡した。
するとマジマジと棒の番号を確認していた巫女さんが顔を赤くして俺を見つめてきた。
えっ!? まさか当たりとか? 俺この娘とやっちゃうの?
「当たり、 し、しかも大当たりですっ!! おめでとうございます」
彼女は興奮に上気した顔で取り出した太鼓をドンドンと叩く。
それに釣られて周りに並んでいた順番待ちの参拝客が珍しい物をみたとばかりに寄ってきた。
そんなに当たりが少ないのか?
困惑していると野次馬がしゃべった言葉が耳に幾つか入ってきた。
『大当たりなんて久しぶりだなや』
『俺は初めて見た。二次審査がどうなるかだなぁ。勝てばいいけど負けたら筋肉祭りだろ? 話には聞いた事があるけど、精神的に廃人になるか、目覚めてしまうって云う、あの』
『ああ、恐ろしいなぁ。前に見たときは筋肉祭りでよぉ、ムキムキの兄貴が集団で……』
何やら恐ろしい事を言っていたような気がしたが、きっと気の所為だな、うん。
俺が現実逃避していると、奥の扉が開かれて直径3メートルの円盤状のボードが引っ張られてきた。
牽いているのは戦闘訓練を終えたのか、素肌から汗が吹き出している筋骨隆々男子である。
戦慄を覚えた、精神コマンドではない。
さっきまで窓口に並んでいた巫女さん連中全員がずらりと並んでボードを手で指し示す。
「ぱんぱかぱーん! それでは二次審査です。このダーツ3本を回転するボードに投げてください。ダーツがボードに描かれたエリアに刺されば当たりでーす。ではどうぞっ!」
先ほどの巫女さんがダーツゲームに使う物よりも大きめの、実戦用のダーツを三つ手渡してくれた。
忍者の苦無と同じくらいの大きさだろうか、後ろに羽根が付いているので投げた時のバランスが取られているみたいだ。
まあ、触った事がないので何処に飛ぶのかサッパリ分からない訳だが。
皆の注目が集まって緊張感がヤバいくらいに高まってしまった。
汗ダラでダーツを握る手が滑りそうで怖い。
先ほどの筋骨隆々男子がふんぬっと力を込めてボードを回転させる。
回ってから気付いたのだが、止まっていた時に内容を確認しておけばよかった。
大体の見当は付いただろうによ、まあ、いつもみたいにぶっつけ本番で行きましょうか。
届かないとイヤだし、刺さらないと恥ずかしいので思いっきり力を込めて3本のダーツをいっぺんに投げつけた。
目標は決めていない、成るように成れ。
ガカカッ! と音を立ててボードに無事に刺さったようだ。
弾かれずに刺さったままのダーツは回転が落ちてきたボードの上を一緒になって回っている。
なので何処に刺さったのか、もう少しゆっくりにならないと確認できないみたいだ。
目を凝らして見つめていると、三つのダーツは離れた所に刺さっているが、なにやら同じ色に刺さってるように見える。
止まった、むむ、やたらと狭い線の上に全部刺さっているな、何等賞なんだろうか。期待して良いのか?
ドキドキして溜まらないので早く発表して貰いたい、そう思い巫女さんの方を目をやると彼女はあんぐりと口を開けたまま絶句している。
さっきの顔よりも酷い事になっているけど、女の子のして良い顔じゃないですよ?
じーっと待つ。
しばらくして再起動したのか、巫女さんは口をパクパクさせてから声を出した。
「う、あう。とと特別賞ですっ! は、初めて見たぁ。筋肉祭り以外が出るなんて」
なにか物凄く脱力した感じでそう言った、後半は聞かなかった事によう。
「特別賞ですか?」
「はい、3本のダーツが全部同じ色に止まりましたので、特別ルールです。えーと、この場合どうするんだっけ? 班長~っ! HELP!」
彼女が奥に応援を求めると、怜悧な雰囲気を持った、少し高級な巫女服を着た女性が歩み出てきた。
クールビューティーと云う言葉が良く似合うその女性は巫女さんの側に立つと小声で囁いていた。
零れ聞こえた言葉からすると、滅多にないことでもちゃんと覚えておかないからこう云う事になるのよ、だろうか。
ふみ~ん、と涙目になった巫女さんはそれでもホッとした顔になって胸を撫で下ろしていた。
「では、ここからは私が案内致します。私はこの時間の時間帯責任者をしておりますイアマト・ピンクと申します。以後よろしゅう」
「あ、竹中雄大です、こちらこそよろしく」
「その名前は~、もしかしてタケナカが家名でユーダイが名前ですの?」
「はい」
ふむ、と呟いて彼女は思考に集中しているようだった。
「ニホンから召還された異世界の方々と同じ語感の名前、もしかして勇者なのですか?」
彼女の発言に周囲の喧噪は大きくなったが、俺の言葉で一気に沈静化した。
「いえ、全然。勇者は俺の友達で、俺はその召還に巻き込まれただけの一般人ですよ。とても勇者には見えないでしょ?」
「ええ、まったく。カリスマも魔力もフィジカルもメンタルも、ただの人ですね」
彼女の言葉に同意したのか、周囲の野次馬も一緒になって大きく肯いている。
俺は大きく傷ついたぜ。
涙がちょちょぎれらぁ。
そうか、外国じゃあ謙遜とか云う概念は存在しないんだったな。
じゃあ仕方がない。
「俺は異世界人と云うだけ人間で、特筆する様な優れた技能は有していません」
「能力はありませんか?」
「ああ、あります。ショボいですが」
「見せて貰えます?」
「だ、はい分かりました」
だが断る、とか言ってみようとしたが元ネタを知らないとタダの痛い人だよね。
素直に能力を発動させた。
ポン、と一個のトイレットペーパーが出現した。
この時は良く知らなかったのだが、能力と云う物の大半は身体や精神、魔法の発動に作用する物が多く、物質として顕現する物は稀少なのだとか。
しかも大概の能力で顕現した物体は魔力が維持出来なくなると消失するらしく、食べ物や水分の形で身体に入れると下手をしたら即死する場合もあるとかで非常に怖れられている。
だが、トイレットペーパーならばただ単に拭いて捨てるだけなので、むしろ消失してしまった方が後腐れが無くて便利なのだ。
意外な効能であった、だがこの時の俺はそんなことは知らないのでこう言ってしまうのも無理からぬ事なのだ。
「はい、トイレットペーパーです。極薄の紙でご不浄で後始末に使うものです。ショボいですね、えへへ」
「へぇ、これは中々。触ってみても?」
「宜しければ差し上げます。ダブルエンボス加工の二枚重ね、デリケートな部分に優しい特殊素材を使用した特製品ですよ」
俺が糊付けされていて目立たない切っ掛けを引っ張って50センチばかり伸ばすとイアマト嬢に手渡した。
彼女は『おぉう』と感嘆の声を上げて1メートルばかり伸ばすとクルクル巻いてホッペタに当てたり感触を確認していた。
「なるほど、これは大変に素晴らしい能力ですね。薄い紙と云う事は燃えやすいのでは?」
「ええ、揮発燃料に比べたらそうでもないですが、枯れ草よりも燃えやすいかと」
「ふむふむ、これは大変に恐ろしい能力ですね。分かりました、これならば能力を活かせば自活も問題ないでしょう。おめでとうございます」
「はぁ、ありがとうございます? です」
どう云う事だろうか、トイレットペーパーを呼び出すなんてショボい能力だよね。
「不思議そうな顔をしてますわね」
「はぁ、たかが尻拭きを呼び出すなんて、他人に知られたら笑われるだけだと思ってますから」
「なるほと、確かに。
ですが、ここでは事情が異なります。
私たちの神殿では愛の女神様への信仰と神託に基づいた宗教典範を有しそれを実施しています。
男女の交合による神遊びはその典型と云うものです。
なのでその技術を高める為に様々なやり方があるのですが、結果としてお尻を痛める神官が多いのです。
癒しの魔法で治療するのも手ではあるのですが、頻繁に出来るものでもありませんし、悪化するまでは治療もしないのが普通ですね。
治療待ちの間はお尻を拭くにも荒縄や木の葉では刺激が強すぎ、布ではコストが掛かりすぎます。
購入金額次第ではこれは我々の救世主と成り得るものなのですよっ!!」
物凄い事を真顔で堂々と云われると二の句が継げないな。
だがなるほど、そう言う事なら理解は出来る。
しかし、トイレットペーパーを呼び出すのに1MP掛かるが、俺の魔力は一般人並のMP100でしかない。
量産は出来ないかも知れないのだが、その所を訊いてみた。
「この能力は1MPほど使うのですが、俺のMPは100しかないのです。一日に作れる量は限られてしまいますが」
「この神殿だけならば一日に100個も使わないと思いますが、出来れば全国の神殿にも配備させたい所ですね。分かりました、神殿がバックアップして貴方を養殖しましょう」
「養殖? ゲームみたいに止めだけ刺して経験値を稼ぐって云う、アレですか?」
「ソレです。机(table)会話(talk)役割(role)競技(playing)ゲームでは邪道とされていますが、MPを増大させるには最適ですので。他にやりたい事がありMPが必要であるというのなら補助の人員を斡旋したりしてもよろしいですが、自分で出来るのが一番よろしいかと」
「なるほどです。でも出来れば人手を借りたりもしたい事が出てくるかも知れませんが」
「その時は言って貰えれば対処します」
「あ、そうですか、ありがたいですね」
「いえいえ、こちらの利益にも適っていますので」
「では後日落ち着いたらまた伺わせて貰いますね、ではでは」
「はい、良い商談が出来てこちらこそ、じゃなくてお神籤の大当たりですよっ! はい、この箱から一~三枚引いて下さい」
彼女は後ろに控えていた巫女さんから箱を受け取ると、懐から取り出した紙に何か書き付けて箱の中に入れた。
「この箱の中にはこの神殿に使えている巫女の名前が書かれた籤が入っています。一枚から三枚引いて下さい」
「えと、当たったら」
「全部当たり籤ですのでご心配なく」
「引いた籤に書かれた巫女さんと、その一晩付き合えるって事ですか?」
「いえ、専属として一緒に暮らして貰います、おはようからお休みまで全部お世話しますわ。生活的な意味もですが、特に性的な意味で」
「性的な意味。えと、辞退するのは。なにぶんまだ無職ですし。DTですし」
「トイレットペーパーの取引で数名の妻を養えるだけの資産は手に入るかと思います」
「そんなに?! でもうちの国では安売りしている雑貨ですよ?」
「この国ではどこに行っても手に入らない貴重な品ですので。消耗品ですからそれほど値段は付けられませんけど、お嫁さんの三名くらいまでなら大丈夫ですよ」
「いやいや、一人で充分でしょ!?」
「ならば一枚お引き下さい。お神籤は簡易ながらも神託です。辞退は女神様の顔を潰す行為として神敵として認定せざるを得ませんが?」
「引かせて頂きます」
おかしいな、神社のお神籤を引くのと同じくらい軽い気持ちでお神籤を引いたのに、人生が掛かる選択をくじ引きでしなくちゃだよ?
せめて自分の好みの女の子をぉ~。
「私の名前が書かれた札も入っていますので、その際はよろしくお願いしますね♪ 足りなかったら追加して貰っても構いません、婿不足が深刻なんですよね。ふぅ」
凄くプレッシャーを感じるんですけど。