第8話 告白
この小説を読んで下さった方々ありがとうございます。
心に残る展開を心掛けて行こうと思いますので、これからもお付き合いのほどお願い申し上げます。
そはらが俺の目を見つめてそう言った。
だが、それは出来ない相談だった。
だって俺は……。
「大事な話があります。座って頂戴」
「いや、もう座ってるし」
ねえ?
俺が冷静にそう返すと、そはらは顔を真っ赤にして腕をブンブン振り回し始めた。
突っ込みに激怒したのか? 単に照れているだけだろうか。
「だ~か~ら~、正座して。大事な話があるのよ!」
ベッドの上をバンバン叩きながらそはらはそう言った。
そう言えば、そはらン家って躾が厳しかったなぁ。
それはともかく、そはらがベッドを叩く度にかなりの量の綿埃? ハウスダスト? が舞い上がるので喉に悪い感じがする。
勘弁してつかぁさい。
とりあえず靴を脱いでベッドの上に上がり、そはらの膝に触れるような位置で正座した。
ベッドが狭くてこれ以上離れられないのである。
そはらが重々しい口調で喋り出した内容は、それに劣らず重々しい物だった。
「まず、一昨日。お父さんとお母さんから話がありました。
私とかをるのふたりは……実の子供じゃないんだって。
役所の届け出とか実子になっていたけど、気がついたらいつの間にか子供として育てていたって。
それでね、女神様の話では私たちふたりの生まれ故郷は、こっちの世界らしいの。
こっちに召還されたんじゃなくて、こっちの都合で向こうに送り出されたんだって。
その時に向こうの世界で普通に暮らせるように、見た目の姿を日本人に変える魔法と周囲の人の記憶を書き換える魔法が使われたらしいの。
向こうの人は魔法に抵抗がないから非常に効果があったらしいわ。
本当なら父さん母さんも完全に騙せるほどの精神操作だったらしいんだけど。
お母さんね二十歳の頃に子宮ガンで摘出手術を受けていたんだって、その時にはもうお姉ちゃんが生まれていたんだけど。
だけどもう子供は望めない、流石にそれは忘れられなくって。
だから、お風呂でお腹の傷を見る度に違和感があって、だから私たちが実の子供じゃないんだって気付いたんだって言ってた。
でも、子供が産めない筈の自分たちに天からの授かり物だからっていって、深く考えないようにしていた、ってさ」
小母さんがそんな境遇だったなんて、俺はそんな感じを受けた事はなかった、いつも明るくてハキハキした人だなって思ってたのに。
そはらは涙目で訥々と語り続ける。
こんな顔をした彼女を見るのは小学校の頃以来だ。
俯いていたそはらは不意に顔を上げると、キッとした表情で口を開く。
「私には使命がある!
私は勇者を守り育てて行かなければならない。
だから、明日神殿に入って戦巫女としての資格を得て一年間の修行に入らなければならないの。
だから、明日からは雄大の事を忘れなくちゃならない。
仇で返すようだけどこの世界へ私たちの都合で巻き込まれて来てしまった貴方のことを私は構ってられないの。
私が日本に行ったのは勇者であるかをるを見守るため。
あの子が勇者になる為ならば何だってするって、私は幼い頃に誓った事を思い出したの。
ごめんね、さよなら、わたしは貴方の良い人ではなかった、忘れて頂戴、私のことは」
自分の言葉で覚悟を決めたのだろう。
まなじりを決するとこう言った。
「ごめん、今のは建前だわ。ちゃんと言って置かなくちゃ嘘つきになっちゃうし、後を引かれても困るからハッキリして置くね。
私は戦巫女になるために男の人とエッチな事をしちゃいけなかったから、男の子除けとして幼なじみの貴方に好意のある振りをしていました。
貴方の事は全然好きじゃありませんでした。
貴方に好意のあるような言葉を口にする度に反吐が出るような思いでした。
だって私が好きなのはあの子だもの、この世界で生まれながらの婚約者だったあの子が好きなの。
でも年子の実の姉弟って事になっているのにラブラブなのは変だったし、ブラコンシスコンってのもちょっとね。
だから好意を持っても可笑しくない状況にいる貴方を相手に選んだの。
だって貴方ってすごい平凡でどうやっても本気で惚れてしまうなんてあり得ないじゃない?
私は今まであの子の事を思いながら自分を慰めた事はあっても、貴方でする事なんて想像も出来ない位にあり得ないの。
だから安心して嘘の言葉を囁けたって訳。
あ~、今まで溜め込んでいた事を云えたからスッキリしたわ!
だから、あの子が貴方なんかに本気の好意を持ってしまった事が許せなかった。
小さくて可愛かったあの子が逞しく育って、あの逞しい腕が私を組み伏せて私はあの子のそれを愛を以て受け入れる事を心待ちにしていたのに。
よりにもよって男なんかにっ!!
あの子が貴方と一緒じゃなきゃこの世界には戻らないなんて言うから仕方なく儀式の一部を変更して貴方を引きずり込んだけど、この世界には貴方の居場所は用意されていないわ。
何もしないで死んだら困るから冒険者ギルドまでは案内したんだから感謝してよね。
でもこれからは貴方の生死がどうなろうと構わないし知ったことではないわ。
この国には基本的人権なんて云う概念はないし、外敵による民間人の死傷は日常茶飯事。
あの世界でこの私を恋人みたいに慕っていたんだから、それだけでも果報者でしょ?
本当にアンタなんか」
そはらの告白を聞いて俺の頭は真っ白になった。
俺がこの世界に拉致られて来た理由も許し難いが、彼女の俺への好意には、好意と思っていたものが、そんな理由だったなんて。
俺は思わずそはらに手を伸ばしたが、彼女は素早く手を払いのけると俺の鳩尾に正拳突きを叩き込んできた。
背中に激しい衝撃を受ける。
どうやら吹き飛ばされて背中から壁に激突したらしく、頭も腹も痛すぎて意識が遠のく。
さっきは精神的に真っ白になってしまったが、今度は物理的に意識が遠のき始めた。
「平民が貴族に気安く触るな、下郎が」
グウの音も出ない俺を冷たい目で一瞥して彼女はドアから出て行くが、何かを思いついたのか戻ってきてこう告げた。
「トイレットペーパー1グロスはちゃんと用意しておくのよ? 貴方はそれを持って私に突き従って神殿へと行くの。ちゃんと駄賃は払ってあげるわ。アハハ、私って約束は守るし優しいわね。感謝するように、なんてね」
そんな事を笑顔で告げる彼女の顔を見ながら俺の意識は遠のいて行き、何も感じなくなった。
完。
とか書いたらこの一人称の手記を書いたのは誰だって話になってしまうので、この話はキチンと続きます。
後から考えるとやっぱり理不尽でしかないな。
この時の俺は不意打ちで腹を殴られたショックと精神的なショックに打ちのめされてしまい、意識は朦朧としていた。
だからだろうか、俺はそはらが最後に指示した言葉に従って行動していた。
何でわざわざ自分を裏切った相手に利する様な事をしているのか、とかそう云う事は浮かばなかった。
ただ呆然として身体を動かしていたのだ。
後から理屈付けしようとすれば、前金で貰っているから仕方がないとかあるんだけど、この時は何にも分からなかったのだ。
のろのろとベッドの上で手をかざして力を込める。
脱力しているのでいい感じに力が抜けていた。
「出よトイレットペーパー、えーと、12個1ダースセットで」
ぽんっ! と音を立ててビニールに包まれたトイレットペーパー再生紙100%使用が現れた。
何やら表に『お得セット、12個入りでお値段は10個分』とか書かれている。
トイレットペーパー1個で1MPが消費されるとすると俺のMPは100だったから、本来ならば8ダースと4個で魔力切れを起こす筈。
12個で10個分のMPならあと9個は呼べる筈、そう思い俺は9ダース呼び出そうと力を込めた。
ひゅっと身体の中から力が抜けて行き、目の前に合計10ダースのトイレットペーパーが山積みになったところで意識が遠くなっていった。
「ああ、10ダース呼んだらちょうど100MPじゃん。バカか俺は」
MPがゼロになったら気絶するのか死ぬのか、もうどーでもいいやー。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
生きてました。
ベッドの上で崩れるみたいに横になっていた俺はボーッとする頭のまま、部屋の中を見回した。
一晩寝たら回復するのか、MP?らしき力が溜まっていたので残り2ダースを呼んでみた。
12ダースで144個、風呂敷に包んで部屋でのんびりしていると扉がノックされた。
昨日のそはらの宣言からすると、今日はからかうのはまずい。
彼女の選民思想がこっちに来てからの物なのか、今まで鬱屈したまま民主主義の元で我慢してきたのか分からないが待たせたりしたら色々とまずそうなのは分かる。
抵抗は、しない。
この国の常識が分からないのに無駄に逆らってヤバい事にはしたくない。
ドアを手早く開けるとそはらが立っていた。
どことなくツンとした態度はあっちでの気を張る態度と違って拒絶するみたいな感じがするが、気の所為かも知れない。
服はこちらの人間が着ているような民族調のデザインだった。
ただ、より複雑で精緻な刺繍がなされているので高級感が漂っている。
生地はメイドインジャパンだろうか、機械織りだし。
見たことのない幼なじみの姿に思わず観察してしまったが、そはらは俺の様子に構わず口を開いた。
「今から神殿へ向かいます。付いてきなさい」
「神殿に?」
「神殿へと入内するのに付き人の一人もいないなんて格好が付かないでしょ? あなたなら現地の平民よりも背は高いから見栄えはするし、最後の別れでも惜しみなさい」
「最後?」
「ええ。私はこれから神殿で戦巫女の修行に入ります。その後は勇者となったかをるの従者となるので、あなたとは今後一切関わりのない人生を送る事になるでしょう。ですから、最後なのですよ?」
「そうか、寂しいな」
「ハッ、私は清々しますけどね。過去の汚点そのものですもの。神殿に入ったら一切口を開かないように、下賤な下々が高貴な身分の者に口を開くのは無礼と云うものですから」
ビフォー・アフターとでも云うのだろうか、本性を現したそはらは俺の知るそはらではなくなっていた。
こんな感情を隠して俺に接していたのかと思うと感心するやら失望するやら、物凄い数の猫を被っていたって訳だ。
やいや、頭が痛いよ。
取り敢えず身なりを整えて必要な荷物だけ風呂敷に包んで、残りの荷物は戸棚に置いておいた。
宿屋のカウンターに行くと昨日の美人とは別の女性が座っていた。
彼女はそはらの格好を見て目を見開いていたが、やはり貴族的な服装なんだろうか。
そはらからルームキーを受け取り、やたら深々と頭を下げて挨拶を送る女性店員。
俺は連泊なので、その旨を女性店員に告げてからそはらの後を追った。
そはらは胸を張り、堂々とした態度で道の真ん中を歩いてゆく。
すると一見して庶民階級の人々は腫れ物に触るようにそはらの進路から身を退かせた。
俺はと云えば丁稚か小間使いの様に背を丸めて後ろをついて行くだけだった。
実に小市民的にセセコマシい限りである。
そんな状態でしばらく歩くと神殿が見えてきた。
目に入った神殿とそこへと続く道であるが昨日とは若干様子が異なっていた。
今日は昨日よりも神殿が賑やかなのである。
露店が並び、大道芸人が街角に立ち、ジメッとした壁際には乞食然とした貧民が座り込んで自らの窮状を訴えていた。
貧民の訴えかけるその内容も、お涙頂戴の悲劇的人生から好敵手によって卑劣な罠にハマり怒りの怒声をあげる者、ただ単に座って小銭を食を乞うている者など様々である。
それらの間を潜り抜けながら道を進む。
今日は縁日と云う訳でもなさそうだったが、歩いている間に耳に入って来た会話を聞いている内に『勇者』『光臨』と云う単語が浮かび上がってきた。
そはらの話からすると勇者とはかをるの事なんだが、召還の儀式の時に見たのは可憐な女の子、すっぽんぽんの、だった筈。
あの娘は華奢な体格をしていたし、少なくともかをるの様な筋骨隆々とした大男ではない事は確かだったのだよな?
性転換の魔法か? だが、中学生時代の可憐な頃のかをるとは似ていない系統の美人さんだった。
つまりここで話題になっている勇者はかをるではない、と。
うむ、どうなっているのかさっぱり分からない。
考えても仕方がないので周りに注意を配る。
いつの間にか石の柱が林立する神殿の入り口に差し掛かっていた。
入り口の上には古代文字(読めない)と共に正三角形のシンボルが掲げられている。
石造りの屋内には飾り布が張り巡らされており、殺風景になりがちな風景に変化を与えている。
正面に祭壇があるが、意外な事に偶像崇拝的な神像は飾られていない。
神道やイスラームみたいに象徴を置き、神体を直接描写しないことで神聖さを演出しているようだ。
まあ、聖書みたいに、見たら塩の柱になって死ぬ、的に強力な存在を形にするのは難しいのだろうが。
屋内に数十人いる参拝者達はその三角形のシンボルに跪き、額の前で手を組んでいる。
柏手とお辞儀や手を合わせたり十字を切るやり方ではないので要注意だな。
俺は室内の様子をキョロキョロして見ていたが、そはらはまるで気にする様子もなく祭壇の脇に控えている神官へと歩み寄っていった。
何か交渉していたが、そはらが懐から取り出した何かを見せると神官さんは驚愕の表情でそれを確認して扉の奥へと走っていった。
俺はてくてくと歩いてそはらの後ろに近寄って立ちんぼだ。
下手にツツくと何をされるか分からない、見た目は変わるし態度も変わり、本当に目の前にいる女の子は俺の知るそはらなんだろうか。
その豹変具合からとても信じたくない気持ちで一杯だが、細かい仕草や言葉遣いで本人だと分かってしまうのが悲しい。
ああ、まったく、異世界転移だけでも手一杯なのに、何でこんな苦労をしなくちゃならないんだ。
しばらくするとさっきの神官が武装した護衛を連れている偉そうな格好をした壮年の男性 高位神官と共に扉から出てきた。
その高位神官はジーッとそはらの顔を観察していたが、急に破顔するとそはらを抱きしめた。
俺は反射的に手が伸びそうになってしまったが、護衛の神官がメンチを切ってきたので手に力が入っただけで動けなかった。
眼力だけで恐怖を覚えた、日本のヤンキーなんかとは違うガチの実力行使が出来る護衛職なんだろう。
多分、下手に動いていたら躊躇いもなく持っている棍棒でぶん殴っていたに違いない。
俺にはそれをよけたり耐えたりするフィジカルもテクニックもないのだ。
一方で、抱きしめられたそはらも嬉しそうに笑い顔を浮かべてその壮年の男性を抱き返していた。
「おひさしゅうございますわ、伯父様、いえ、大神官様」
「そなたこそ、ながの任務ご苦労であった。見知らぬ異世界で苦労したであろう? もう心配はいらぬ、苦労に似合った報償は授けられようぞ」
「はい、向こうの世界では純潔を守り、クヮヲルが勇者たる資格を得るために力強く、そして優しい者に育つよう導きました。少し計算外がありましたが」
「ふむ。些か心が女性的に過ぎるようじゃがな」
「はい、義母がそちら方面へと理解があり過ぎまして、確かに15歳くらいまでは可憐な乙女と云った見かけでしたが。女の子の様に育てる事を止める事が出来ませんでした」
「ふむ。男女の違いも勘案せずに育てるとは、異世界人の見識の無さには迷惑ばかりが掛かるの。歴代の勇者達しかりじゃ」
「左様でございますね」
それは無いんじゃないか? かをるに影響を大きく与えたのが小母さんだったのは確かだけど、君もノリノリだったじゃないか」
あ、後半の方から声に出してしまっていたみたいだ。
大神官と呼ばれた男は怪訝そうな顔をして俺を見た。
「コレは?」
彼は? じゃなくてコレは? ですか。
なんだか凄くカースト制が厳しそうな感じですよ?
「私が育った市民の家の近隣に住んでいた異世界人です。今回は奇縁があって召還に巻き込まれました」
「ほう? 勇者としての素質は、まるで無いな。歴代の勇者をピンとすればコレはキリだ。何故にこんなしょうもない者が召還されたのやら。ふむ、荷物持ち位にしか役には立ちそうもない訳か。分かった、もう良いぞ、どこぞとなりと立ち去れぃ」
大神官はそう言うと犬でも追い払うように『シッシッ』と手を払った。
めっちゃムカつくんですけど!
ああ、そうですか。
俺もこんな所に用なんか無いね、ふざけんなバカが。
ギリギリと歯軋りしながらプイと背を向けて俺は出口に向かう。
「雄大っ!」
そんな俺の背中にそはらが声を掛けてきた。
流石に悪いと思ったのか? そう思って俺は振り向いた。
「荷物は置いて行きなさいな。本当に気が利かないのだから、仕様がないわね」
「ああそうですか、気が利かなくて済みませんね。じゃあ、これで」
平然として荷物を置くように言ってきたそはらに怒りすら沸くが、ここで騒ぐと色々終わりそうなので無理にでも平静を装った。
しゃがんだ状態で取り出したトイレットペーパーを床に置き、風呂敷を畳むと立ち上がろうとしたが、頭の上に何か堅い物が当たった。
じゃらっと云う音がしたのだが?
「それから、異世界では世話になったわ。だからと云って馴れ馴れしくする義理はない、二度と会う気はないから、今後一切、金輪際、私の前に姿を現さない事。良いわね」
「ヘイヘイ」
「ハイでしょ、ハイ。それから一回だけ」
「はい。そはら様」
「っ! そうよ。それで良いの、これは手切れ金だから、無駄遣いしないように。
冒険者の装備にはお金が掛かるんだから。
それから、ここに来たら喜捨してから籤を引いて行きなさい。そう云う慣習になっているんだからね」
「喜捨?」
「お賽銭よ。銅貨でも銀貨でも構わないわ。多く払ったからと云って見返りがあるとは思わないように。じゃ、サヨウナラ」
そはらはそう言い放ち、さっさと扉の奥へと消えていった。
彼女に連れ立ち大神官も退出する。
ふぅ、イヤな奴らが居なくなってセイセイだぜ。
てやんでぃ。
さて、これから俺はどうすべきだろうか。
今日の予定もだが、人生設計的に、こんなに身分差別が大きいとちょっとイヤ過ぎだ。
あー、でも、待ちに待ったファンタジー世界だしなぁ。
どうせ主役はかをるなんだから、異世界転移物の脇役としてそれなりに活躍してみたいし、死なない程度に頑張ろう。