第5話 俺たちは冒険者ギルドへと足を向ける。
挿絵を描いてみました。
夜が明けた。
眠い、徹夜明けは眠いぃ。
とは云え、少なくても隣でぐーがー云って眠っている女の子が目を覚ますまで眠る訳にはぁふああああ。
ヤベ、クラッとした。相当キてる。
しかし、夜明け間近にエラい天体ショーを見てしまった。
明け方になって空の真ん中にいきなりふたつの月が近寄ったかと思うとひとつに重なったのだ。
月の輝きが陰ったと思ったら月の陰から太陽が顔を出してギラギラと輝きだした。
西から昇った太陽が東へと沈む以上の常識外れな現象だ。
何じゃそれは、地動説は間違っていたのか? でも天動説にしたって動きがヘンだろ? どうなってんの? 説明求む、宛ガリレオ・ガリレイ様。
そんな驚天動地の出来事にここは間違いなくファンタジー世界だと確信を抱いた訳だが、夜が明けてしばらくしてから彼女は目を覚ました。
「むにゃむにゃ、もう食べられないよぅ。雄大のぉ♪」
「こいつ、間違いなくそはらだな」
ツンツンと彼女のホッペタをつついていると、眉をシカメて寝苦しそうに寝返りを打つ。
丈の短い草の密集した草原だが、夜明けという事で草の葉に露が付いていたらしく寝返りを打った頬にちべたい水滴がペトッとくっついていた。
「んにゃ!? あれここドコぉ? 女神様は?」
「君が何を云っているのか分からないよ、そはら」
「え、雄大くん。何でこんな所にいんの? 私は覚悟を決めて女神様のお願いを聞いたのに。何で」
そはらはパチクリと目を瞬かせてそう言うと、俺のほっぺたをぺたぺたと撫で始めた。
何だか俺がここにいるのが不思議な様子なんだが、今何が起こっているのか知っているんだろうか。
俺にはさっぱり分からないのに。
何かヒント的なモノでも欲しいんだが。
そう言えば。
「女神様?」
「うん、漆黒の肌にスゴいアフロヘアーがボンバーな感じのグラマーな美女でこの世界の信者に危機が迫っているから手を貸して欲しいのって夢に出てきたんだけど。雄大クンと離れるのがイヤだって最初は断ったんだけど。毎晩毎晩説得して来るから、仕方なく」
「断りきれずにこの異世界へとやって来たと」
「うん。あ、でも、問題が解決したら戻れるみたいな事も言ってたし。大丈夫かなって」
「解決に何十年も掛かるかも知れないし、下手したらもう戻って来られない確率だってあるだろ。まあ、そういうのが本物だとか、そっちの方が信じられないけど」
「いやぁ、でも話を聞いている内に、何故か私がここに来なくちゃならないんだって使命感が沸き上がってきて」
「そうか。ふぅん、そうなんだ。所で、君はそはら、馬子そはら本人で間違いないんだよな?」
「何いってんの? まさか幼なじみの私の顔を見忘れたとか言っちゃってるわけ」
俺の言葉にそはらはプンプンである。
そこで俺は身だしなみ様に一応持っている、但し使ったことはない小さな手鏡を手渡す。
訝しげに手鏡を受け取ったそはらはそこに自分の顔を映し込むが、うぉっと呻いて真剣に覗き込む。
角度を変えつつシナを作ったり目をパチクリさせたり百面相を披露していたが、急にこっちを向いて質問してきた。
「ねえっ!? 誰この美人!? 私? いやーん金髪碧眼とか外人みたい」
「あー、そはらは自分が日本人だった事がコンプレックスだったのか?」
「いえ、別にそんなんじゃなかったけどね。何かスゴい美人に見えない?」
「俺は、そはらは元のままでも相当美人だったと思うけどな」
「え、えへへへへ。見て見て、少し鼻が高くなって」
「白人は顔面が引っ込んでいて落差が大きいらしいぞ」
「二重瞼で」
「元々だろ」
「瞳が青いの」
「真っ黒の瞳も良かったけどな」
「むぅ、気に入らないの?」
「別に外人コンプレックスはない。けど、イヤって訳でもないけどな」
「そうでしょうとも。一昨日部屋を漁った時にロシアの妖精達って云うイメージ本があったしぃ」
「な、また勝手に」
「小母さんは好きにしていいって言ってたよ」
「くっ」
まったくあの人は、人のプライバシーを何だと考えて。
「それよりもっ! だっ。ここは何処なんだ?! その女神様とやらは何か言ってなかったのか」
「あ~とねぇ。女神様の言うことには、大海洋に浮かぶ大陸で魔王が復活するから力を貸して欲しい。妾の信仰の膝元にある都市へと送るって」
胡散臭い、何なんだその投げっぱなしは。
ゲームやネット小説なら伝説の武器とか、適正スキルとか伝説の血筋とかありそうだけど、期待した相手にそれだけってないだろ。
「あ、そうそう。日本からここに送られる時に女神様に会ったんだけど。冒険者として活躍できるだけのスキルと身体能力に魔力を与えるって」
「魔力!?」
魔法が使えるって、マジですか。
「使えるの? 魔法が、そはらが?」
「え、いや、まだ使った事がないから。でも取り敢えず使ってみる? でも、おなか減っちゃったから町に行こうよ。確かお金もあるし」
「え、あるの?」
そはらはいつも通りの顔でそう言って来た。
こいつには緊張の糸がないのか?
それとも空元気なのか。
しかし、随分と俺とは違うな。
女神様とかに会った記憶はないし、でもまぁ、こいつがOKで俺はNGってのはいつもの事か。
そうしてそはらがポケットから出した財布に入っていた現地の通貨で、早朝に並び始めたらしい神殿近くの街角に並んでいた屋台に売っていたケバブっぽい肉料理を食べて腹を満たした。
ちなみに俺の財布は小銭用にがま口財布と出番の少ない札用に長財布を持っていたのだが、中身は日本円のままだった。
朝まで過ごした原っぱは街の外苑にある緑地公園みたいなもので、商人や旅人たちの隊商が泊まっている所であるが街の住民たちの憩いの場でもあった。
そこで色々と情報の突き合わせを行ったのだが、俺が知らない情報をそはらは女神様じきじきに行ったチュートリアルで修得したとの事。
実に親切設計である。
この話を聞いて分かった事を挙げると。
一、俺にもここの人が喋っている言葉が分かったが、日本語ではない事。
つまり自動翻訳の魔法が俺にも掛かっているらしい。
これは実に喜ばしい事実だった、俺の英語の成績は……。
二、そはらは自分と相手のステータスを確認することが出来る。
俺からは確認できないけど、VRMMOトリップ物みたいに空中に画面が浮かんで指か視線で操作出来るみたいだ。
三、そはらの魔法力は4000MP程あるらしく、俺には100MP位あるらしい。
これは街を歩いている一般人と同じくらいだそうだ。
つまり戦闘職には就けないが、街で生活するには問題ないらしい。
四、そはらは戦巫女としての適正を与えられており、近日中に女神を奉る神殿へと修行に行く事になっていると云うこと。
本当は俺と行動を共にしたいのだと云っていたけど、残念ながら俺には戦闘能力はない。
人間と喧嘩したって負けるのにモンスター相手に勝てるものか。
だけど冒険者ギルドには登録しようか、と云う話になった。
何でもギルド会員には手紙のやりとりが出来る事や冒険とは言えない位の雑用があるらしく、そはらが修行している間に俺がどこかに行ってしまわないように金を稼いでこの街で暮らして欲しいと、切実に求められた。
なんだかんだ言ってもそはらだって高校三年生になったばかりなんだし、知り合いが全くいないのは寂しいんだと思う。
俺だって、好き好んでここにいる訳じゃないから、良く分かる。
色々話し合った後、そはらは剣と魔法世界で得た『スキル』と云う物を披露してくれるという。
周りに誰もいない事を確認してから、そはらは両腕を大きく振り回して円環を描くと魔法の呪文を唱える。
『バーンナップ!』
すると、そはらの右側2メートルに火の玉が発生したかと思うと少し離れた窪地に飛び込んで破裂した。
なんで爆発するのか、使ってみたそはら自身も知らないと云っていたが魔法だからで済んでしまうのだろうが。
科学だったらある程度までは理解できるんだけど。
さっきの魔法は見た感じ、熱が空中で固定された塊の様な現象に見えたのだが、調べたら何だか違う感じがする。
科学的な物の見方からすれば、先ほどの封じられた熱の塊が物質と接触することで熱の伝達によって物質を急激に加熱、加熱された物質は熱膨張によって同じ熱量を与えた場合は大体に於いて気体液体固体の順に膨張率が高く、体積を拡大する。
今回の場合は地面の中に含まれている水分が爆発的に膨張したと考えられる。
何故膨張するかと云えば熱を加えられることにより分子の動きが大きく激しくなり分子間の距離が開く事になるからだ。
何故熱を加えると分子の動きが激しくなるかと云えば……なんでだっけ? 熱くなったものの分子が激しく動くのは知っているけど、加熱するとエネルギーを多く含んで、運動量が増える? とにかく詳しくは知らない。
それからすると爆発した場所は熱くなっていておかしくないわけだが。
歩いて近寄って、爆発した場所を手で触ってみたら、意外に熱を持っていなかった。
むしろ冷たいと云ってもおかしくない。
だとするとさっき述べた熱膨張以外の物理現象を利用しているのかむしろ断熱膨張みたいな、それとも物理現象とか関係なく魔法的な法則に従って爆発したのか?
今のところ俺には分からない、魔法はまだ理解出来ない現象だ。
むぅ。
「魔法かぁ、凄いなぁ」
「自分で撃ってみてあれだけど、凄いねぇ。銃刀法違反レベルで」
「火薬類取り扱いかもよ」
「あぁそっちもあるかもね。雄大は何か女神様にスキルは貰わなかったの?」
「だから、俺はその女神様ってのに会った覚えは……あれ?」
そう言えば、ここに来る前に夢を見たような気がした様な、確か明晰夢なのに~とかなんとか、お前もついでに云々(うんぬん)。
あっ。
「あ、もしかしてアレか? 俺、すんごく残念な事を云ってしまったような。うわぁ何てこったい」
「なになに、どうしたのよ。そんなムンクの叫びみたいな顔をして」
「俺はやっちまったかも知れない。スキルは持ってるかも知れないけど、めっちゃ残念スキルなんじゃ」
ガチョ~ンだぜ。ちょっと取り返しのつかないレベルでやっちまった感がハンパないんですけど。
えへへへへ、と薄ら笑いを浮かべてしまった俺を心配したのか、そはらは毅然とした態度で俺に要求を突きつけて来た。
「頭抱えてないで、言ってみて」
「莫迦にしたり笑ったりするなよ」
「しないしない。よっぽどの事がない限りしないって、ね、信じてよね」
「あ~と、どうやるんだ。魔法の呪文とか分からんけど、粗瓶・土瓶・萩茶瓶、出てこいってばよっと」
俺は右手を前に突き出して、手の平を上に向けた。
手の平の上にそれを想像しながら、血液を集める要領で筋肉の力を抜いて集中する。
すると一気に力が抜ける感覚と共に手の平の上に白い巻紙が出現した。
そう、トイレットペーパーである。
俺は何故、あんな事を口走ってしまったのだろうか、寝ぼけていたと云え後悔先に立たずとはこの事だな。
「あっははははははははははははっ!!! ふははははははははははっ! ひぃあぁっははははははぁ」
「笑い過ぎだろう! 泣くぞ、コラァッ!!」
「トイレット、ペーパーってうはははははっなにそれぇ、ありえなぁい。えはははははは」
そはらは俺の手の平の上にあるトイレットペーパーのロールを指さしながら馬鹿笑いを続けている。
どうやら壺にはまってしまったようだ。
まあ、箸が転がっても笑ってしまうと形容される年頃だし、良いんだけどさ。
しかし、こいつはひとつ思い違いをしている。
「そうか、そはらはダブルエンボス加工のしっとりさわやかなコレは必要ないんだな。じゃあ、ここで使われている木の葉や荒縄や海綿やメガネを心行くまで堪能してくれ」
「へっ? 木の葉? メガネって?」
「随分とガサガサしてそうだよね。大丈夫っ! そんなトイレ環境でも住めば都だよ、慣れれば気にならないし、もしかしたら印度式に水で流すタイプかも知れんし。俺はこれを使うけどさ」
そう云って俺は勝利のトロフィーのようにトイレットペーパーを頭上にかざした。
ばばーんっ。
「えっへっへっへっへ。まあ雄大クンたら、今日はなんとなくハンサムさんよね。私、細かいことに拘らない雄大クンてステキだと思うの」
媚び媚びである。
ここまで明瞭に媚びを売ってくるそはらというのも珍しいんだが、まぁ気にしない気にしない。
「まあいいけど。それで俺のMPってどれぐらい減ったのかな」
「え、えーとね。99MPだから1MP減っているわね。トイレットペーパー一個で1MPか。効率悪くない?」
「どの位MPを消費するのか基準が分からないし。それを言ったらエネルギー保存の法則はどうなってるって話だよ?」
「おお、それはそうね。ゲームとかじゃもっと色々出来そうな気がしたからさ。あはは」
こう見えて、そはらは意外とゲーマーだったりする。
スタンドアローンのRPGとかMMOのRPGとか結構しているらしい。
俺はほとんどゲームとかやらないんで分からないんだが、二次創作とかファンタジー物の小説は良く読んでいるので似ている様で異なる知識を持っている訳だ。
そこら辺の認識の齟齬が、今後出てこないと良いけれど。
「それよりも、今日はどうする? 今から神殿に行くのか?」
「うーん、いえ、今日は冒険者ギルドに登録してから宿に泊まりましょう。こう言うときの定番、言わばクエストみたいなものだし」
「ゲームじゃないんだけど?」
「大丈夫、こういうシチュエーションは何度もこなしているから」
「ゲームでね」
「シミュレーションと言って貰いましょうか」
そう言うとそはらは自信満々に原っぱを後にした。
街の中心に鎮座している神殿は分かり易いのだが、冒険者ギルドは見つかり辛かった。
少しばかり彷徨いたのだが、三時のおやつを買うついでに店の親父さんに聞いてみると、街の外れの方にあるらしい。
まあ、冒険者が活躍するのは街の外なのだから、利便性を考えても街の外側にあるのは当然か。
ちょうど鎮守の森を挟んで街の反対側だというので、神殿の近くを通りながら冒険者ギルドに向かったのだが。
どうにも神殿の周辺が色町になっているようで、その手の店が軒を連ねていた。
これはアレだろうか、百年以上前の神道みたいにアガペーとエロスが分離していないみたいな、神遊びと称して売春行為が行われているみたいな。
ふむ、総額幾ら位だろうか。
ぅえへんっ!
そんな所にそはらは出向くと云う。
そはらは潔癖性な所があるので大丈夫だとは思うが。
「全くもう、神聖な神殿にこんな破廉恥な施設が隣接しているなんて、私が高級神官になったら直ぐに区画整理して廃止してしまおうかしら。女神様の加護があるから強権は効くわよね、うん」
おぅ、非常に立腹してらっしゃる。
中学の時に従軍慰安婦の事を歴史の先生が雑談で喋ったら、今にもクラスの全員を引き連れて在日朝鮮人街に謝罪に行きそうになったもんな。
無駄に正義感が有り余っているのは、もしかしてそはらが勇者として呼ばれたんじゃ……。
それはともかく、それが政治的プロパガンダだって言っても聞く耳持たねえし。
でもまあ、こんな性格なら大丈夫か?
神聖な雰囲気を湛える鎮守の森の脇を抜けて、冒険者ギルドのあると云う区画へとやって来た。
冒険者ギルドの外観は、ここだけ周りと違った建築様式で、西部劇の酒場みたいに左右に開く開き戸になっている。
ここでそはらを先に行かせれば、本来の意味での『レィディーファースト』になるんだが、そうも行かない、俺が先に入る事にした。
ギィッと木の軋む音と共に扉を押し開いて暗い室内に入る。
タバコの臭いはしないが煙が咽せる。
因みに描写していなかったが、俺の着ている服は迷彩柄の耐寒耐水のケープにオリーブドライのズボンとシャツで、ミリタリー風に見えない事もないレベルである。
そはらは前述の通り高校の制服でミニスカのブレザーであった。
日本では、少しオタクっぽい程度だがこちらでの反応が気になる所なのだが、周りを見てみる。
ギルド内は正面にカウンターがあり、大きく内部の雰囲気は右と左では違っていた。
書かれている文字は現地の文字、大陸共通語だが翻訳の魔法によって意味が分かるので確認してみると、右側は傭兵側、左側は冒険者側となっている。
カウンターの中央は総合窓口となっていて、建物の両サイドに軽食と喫茶と酒類のとれるカウンターが設えられていた。
傭兵ギルドと冒険者ギルドの共同施設か、もともと分けられていないのか不明なのだが、それは質問して訊いてみる事にする。
それよりも、傭兵側のカウンターに座っていた対人戦闘用の鎧に身を包んだ戦闘職の人間が一瞬俺を見て怪訝な顔をした後に失笑して何やら呟いていた。
多分『帝国軍の兵隊が来たのかと思っちまったよ』かな?
迷彩柄が兵隊の制服に採用されているって事は近代的な軍事組織があるって云う事なのだろうか。
見た感じ、思いっきりファンタジーって感じで、近代兵器の欠片も見当たらないんだが。
帝国軍、それがキーワードの様だ。
その単語を心に留めて置いて、俺は中央のカウンターへと足を運んだ。