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ヴァンパイア・パロール 第四章 黙示録 3

 オレとレイアは水月の店の二階を、今日は宿にする事になった。

 水月は何故かオレ達二人が気に入ったらしく、悪意しか感じない品物を売り付けようとしたが、丁重に全て断った。ひょっとしたら、自分を殺しに来た殺し屋に嫌がらせしたいだけかもしれない。

 そんな風にして、オレ達二人がいい加減、彼女の悪ふざけに付き合いきれなくなってきて、帰ろうとすると、今度は泊まっていかないか、と提案された。

 オレは正直、帰りたかったが、レイアが断る理由が無いからと了承した。

 そして、二階へと案内された。

 二階には、畳が敷かれていて、丸テーブルの上に急須が置かれていた。

 そして、古びた80年代頃のTVが置かれている。

「パソコンが欲しいんだが、使い方が分からない。オークションで品物を売りたいんだけどねえ」

「……此処の店って物買いに来る奴っているのか?」

「いるよ。『セフィロト・ロード』のアミュレット・コーティングしたワンピースも入荷する。それはすぐに売れるけどね。それから古書。これもよく売れる。他にも、此処でしか扱っていない、特殊な武器もよく売れる」

「呪いのアイテム系は?」

「それも売れる。この世界には意外と物好きが多いんだ。大抵、この店に来る者は大金叩いてでも、何か買って帰る」

「意外と狂人はそこら辺に転がっているのよね」

 レイアが感慨深そうに言った。

「処が一見、まともに見える者程、狂った品物を買っていく。人間の心は暗黒の海溝だと思うよ。女の生首とかもよく扱うけど、普通の人間が買いに来たりする。あとは好きな相手を虜にする薬かなあ。相手は実際は発狂しちゃって、薬を与えた者以外、人間と認識出来なくなっちゃうわけなんだけど。他の人間は怪物とか植物に見えてしまう薬だ。他には、死んだ人間をゾンビとして甦らせる香水、実際は動く魂の無い肉人形なんだけれども、これは本当によく売れる。普通の人間ほど、そういう品物を欲しがる。嫌いな奴を呪殺する護符とかもね」

 人間の心は限りなく美しいから、私の店が儲かるんだと水月は言った。

「そうか、意外だな。なら、店の中はちゃんと掃除した方がいいんじゃないのか? 埃だらけで客に失礼なんじゃ?」

「埃? 違うぞ。あれは品物の魔力を封印する強力なパウダーだ。他にも、床に幾重にも魔方陣を描いている」

「魔方陣はともかく、パウダーは気付かなかったわ」

 レイアが舌打ちした。

「単なる埃に見えるように調合しているんだよ」

「私ともあろう者がって事よ」

 相変わらず、レイアはプライドが高かった。彼女くらいプライドが高いと生きていく事そのものがストレスになるんじゃないかと心配してしまう上、オレの影の部分に確実にあるかもしれない感性だという事実に驚愕してしまう。

 がちゃりと。

 玄関の扉が開く音がする。

「ああ、また客人が来たようだ。待っていてくれ、接待する」

 水月は階段の下の辺りでオレ達を呼び付けた。

「友人だよ。君達も一緒に顔を合わせないか?」

 オレ達は一階へと赴く。

 玄関の前では、二人の人間が立っていた。

 一人は十代半ばくらいの少年で、もう一人は二十代半ばくらいの青年だった。それぞれ、何処のものとも知れない民族衣装を身に纏っている。

「やっほー、水月」

「会いに来たわよ」

 水月は嬉しそうだった。

「へえ、貴方達は見ない顔ねえ。始めてみるわ、あたしはナーギャ。この子はエイジス。二人共、水月の店の常連よ」

 ナーギャと名乗った短髪の青年は女言葉だった。

「あたし達は近くのサーカスで、ダンサーをしているわ。ドラァグ・クイーンのダンサーなの。よかったら見に来ない? 沼の中で蜃気楼のように漂うサーカスよ」

「そうかい。気が向いたら行くよ」

 ドアがまた開く。

「今日、五人目の客か。珍しいな」

 水月は言った。

 黒い影の塊のような大男だった。眼だけが異様に光っている。

 大男は棚から幾つか商品を取ると、水月の元へ向かって、精算を済ませた。

 そして、何事も無かったかのように店を出て行った。

「ふう、そろそろ。店仕舞いするか。今日は色々、あの客人に買って貰ったし。君達四人とも、二階に上がらないか? お茶は用意している。茶菓子は無いが」

「ケーキだったら買ってきたよ」

 エイジスは袋を水月に見せた。

「おお、気が利くな。では、行こう」

 オレ達四名は水月と一緒に、階段を上がった。

「そういえば、先ほどの黒い男は何者だ?」

「客の素性に私は関知しない事にしている。素性を語りたがる客も多いけどね。でもまあ、買っていった品物はと言うと。人間を数百人単位で呪殺する為のマジカル・オイルと、魔力増幅用のアサメイ。それから幻惑剤と筋弛緩剤。撃った相手を確実に腐らせて殺す傷が治癒しない弾丸に詰める火薬と、人口式神が何体か。蠱毒で生き残った仮死状態の百足と蜘蛛とゴキブリ。結界用の針。……呪術師か何かだろう。人でも呪い殺すんじゃないかね」

「そういう客ばっかりなのね」

 レイアは言う。

「ああ、そうだね。今回は比較的安い物ばかり買っていったよ。粗悪品も多かったから、副作用で返りの風って言う、呪術の際に自身や周囲にも災厄が振り抱えるタイプの物ばかりだったなあ。もっと高い品物買っていけばいいのに」

「ねえ、私も何か買おうかしら?」

「置いてあるものなら何でも売るよ」

 レイアはにっこりと満面の笑みを浮かべて、此方を見た。

「ねえ、甘名。貴方の貯金って今、幾らくらいあるの?」

 オレは唇を引き攣らせる。

「レイア、お前……。ドーンに登録してこい。そして上位ランクの相手を狩りまくればいい。その賞金で買ってくれ」

「そう、それもいいわね。でも、いざとなったらお金、貸してくれない?」

「どうせ返さないつもりなんだろ? ……オレの生活及び、服の購入、武器防具の購入に支障の無い程度だったら、やるよ。どうせ金なんて幾らあっても使い道が無い」

 オレはレイアに自分の預金の大体の額を言った。

 そして、水月に店に置かれている上位の品物の金額を訊ねた。

 とてもオレの今の貯金では買えない事だけは分かった。

 レイアは残念そうに、地道にドーンに登録して、賞金首を狩り続ける決意をした。

「そういえば、この店に来る途中、沼の大木の陰に人が隠れているわ。この店を監視しているみたい。此処から見える大木よ」

 ナーギャがふと、それを口にする。

 ルサールカだろう。正確に言えば、彼女の分身か。

 水月は窓を開ける。そして沼の辺りを見た。

「確かにいるな。しかし、害は無いようだ」

「始末しておいた方がいいんじゃない? 後々、面倒な事になるかもしれないわよ?」

 レイアは冷ややかな眼で言った。

 それもそうだな、と水月は指先をくるりと回した。

 途端、沼の辺りから悲鳴が上がる。ルサールカの悲鳴だ。

「何をやったの?」

「ああ、ちょっと私の能力を使った。心臓の辺りが抉れているだろうね」

 そう、とレイアは出されたお茶を啜った。

 エイジスは茶菓子の袋を開いた。

 お茶会は楽しく続いた。



 ナーギャとエイジスの誘いでサーカス小屋へと向かった。

 臓物の草原にあるサーカス小屋だ。

 一面に暗い光一つ無い草原が広がっている。遠くには山々が見えた。

 地面にはバラバラになった人間の肉片が散らばっている。肉食動物が徘徊しているのだという。此処の草原は、徘徊する獣除けの臭いを放つ香水を身に纏って、歩くらしい。

 水月は言った。此処は自殺者の草原でもあるのだと。

 自分自身の人生において、価値を見出せなかったと思い込む者が此処にやってきて、肉食獣の餌に為りたがるのだという。

 そして、この草原は微生物が極端に少なく物が腐る速度が異常に低いという。

 だから、腐敗臭が一面に漂っていた。

 エイジスは冥府への案内人のようにオレ達を誘導する。

 その隣に、ナーギャと水月が楽しそうに歩いていた。

 オレとレイアは神妙な顔をしながら彼らに付いていく。

 大体、水月の店から3キロほど歩いた場所だろうか。

 それはサーカス小屋だった。

 大きなサーカス小屋だ。幾つかのテントが並んでいる。

 テントの隣では、象やライオンの檻があった。

 それから、よく分からない得体の知れない生き物も沢山、檻の中に入っていた。

 ナーギャとエイジスは舞台に上がるからと言って、オレ達と別れた。

 サーカスへの入場料は千五十円だった。10ドル紙幣などでも支払えるようだった。ドリンク付きだ。安いのか高いのか分からない。浮浪者風の男達が値段を見て、残念そうな顔で帰る客もいた。オレは彼らに二、三千円程、配ると彼らは飛びついて喜んだ。

 レイアが怪訝な顔をする。

 ドリンクは、オレは紅茶、レイアと水月はコーラを選んだ。ホットドッグとポップコーンも付いてきた。日本円の感覚で言うならば、かなり得だ。

 レイアと水月は食べ物をそれぞれオレに渡す。いらないらしい。

 オレは太ってしまうので、半分は持ち帰る事にした。

 十数分して、サーカスが始まる。

 舞台上には妖しげな色の霧が流れ込む。

 まずは、ピエロとピエロッタの玉乗りだった。

 小さな玉に乗りながら、幾つものボールを投げる。やがてボールは松明とナイフに替わる。玉に乗った一人のピエロの頭の上で別のピエロが玉投げを始まる。更にその上にもう一人。

 続いて、象が現れた。象の上を、何頭もの馬が飛び越える。

 それから、一時間ほどサーカスは続く。

 知り合いの顔を目にした。

 ナーギャを見つけた。

 彼は沢山の踊り子に混ざって、女装した姿で一緒に踊りを踊っていた。

 幾人もの女の中で、ナーギャはまるで違和感なく溶け込んでいた。

 踊りはエロスとタナトスをモチーフにしたものとの事らしく。女性の肉体美と死に化粧をした暗黒舞踏家達の共演といったようなダンスだった。肉体が艶やかに輝き、不気味な異様さと、生の持つ荒々しさが同時に存在している。

 ナーギャの後に、人体切断の手品があり、その後、空中ブランコが行われた。

 エイジスは美少女の姿をしていた。

 彼は美少女を演じながら、空中ブランコに乗っていた。エイジスはブランコに乗って、何度も空中で回転する。エイジスの肉体はしなやかだった。

 会場にスポットライトが当たる。ライトは、虹色に輝いた。

 客の歓声が溢れる。

 ふと、オレは観客の中に二名ほど知った顔を見つける。

 知った顔といっても、リストの中だ。オレは暇さえあれば、何度もドーンの賞金首の顔写真を見続けた。

 一人は西側のよく見える席。特等席みたいだ。

 Bランク賞金首、『フリーク・リーチ』だ。

ワニと深海魚を合成させたような顔をしている。

 もう一人は、東側のオレ達の近くにいるマントを深く被った異様な体格の男。

 顔見れば分かる。亀の怪物である同じくBランクの『タラスク』だ。

 オレはレイアに向けて、囁く。

 それは水月にも聞こえていたみたいだった。

「ああ。あの二人なら、いつもサーカスに来る。常連だよ。タラスクの方は、私の店にも来るから勘弁して貰えないかな? よく甲羅の改造に来る。甲羅にミサイルを設置したいと」

「だそうだ、それにフリーク・リーチの方が遥かに賞金は上だ。レイアどうする?」

「わかったわ」

 そう言うと、レイアの姿は消えていた。

 水月は最後までサーカスを見ると言った。

 オレはレイアを探しに会場を出る。

 売店の方だった。既に、レイアとフリーク・リーチの戦いは始まる寸前だった。

 オレは物陰に隠れて、観戦する事にした。

「お嬢さん。あんたは俺が何なのか分かっているのかなあ?」

「さあ? 貴方を倒せば、ドーンっていう組織は貴方の賞金を私にくれるのでしょう?」

 フリーク・リーチは鼻で笑った。

「……お嬢ちゃん。あんたは相当、強い事だけは分かる……。そして残念だが、俺もこんなグロテスクな見た目だが、強いのよ」

「そう、雑魚に見えるわ。イメチェンしたらどう?」

「考えているが、どうもそういう気分にはなれない。人体改造でもしたいとこだが、俺は俺でこの姿を気に入っているのさ。女の子にはモテないがね」

 フリーク・リーチの姿は異様だった。

 ワニと深海魚の中間のような顔。太鼓のように大きな腹、四本の手。カバやサイのような胴体に四本の足。両手の爪は異様に伸びている。口からサメのようならんぐいの歯を覗かせている。そして、四つの眼。腹にも二つの眼があるので六つの眼か。

 纏っているオーラが異様だ。

 ベスティアリーと対峙した時のような。自身の強さに揺るぎ無い眼をしている。

 まるで隙が見当たらない。一撃目が命中する気がしない。

 オレならば、戦いを挑まない。

「お嬢ちゃん、あんたの能力の名は? 俺の能力の名は『ダブル・フェイス』だ。効果は秘密だが、あんたが言うならば言う」

「そう。私の能力の名は『エタン・ローズ』。貴方の能力がどういうものなのかなんて、どうでもいいわ。貴方は私に殺される事は決定しているもの。どうせ、貴方が私に届く事なんて無いのだから」

「そうかい」

 フリーク・リーチは哂っている。

「自信過剰な能力者と女の能力者は嫌いじゃない」

 二人は動かない。

 フリーク・リーチは既に、攻撃に移っているようだった。

 レイアは構えもしなかった。

「俺を相手にする前に彼らを相手にしてくれないかな? どうやら、お嬢ちゃんを好きになってしまったみたいだ」

 オレは気付いた。……何かが変だ。

 サーカス小屋にいた筈なのに、建物の形が気付けば変わっている。

 足元を見ると、歪んだ紫と黒のチェック・トートのタイルへと変わっている。

 フリーク・リーチの前にあるタイルから、細長い男達が出現する。

 全員、ぐしゃぐしゃの肉体をしている。ゾンビだ。それぞれ、槍や剣、斧や弓を持っている。ゾンビの兵隊は次々と現れる。

「彼らはピット・マンと言う。まあ、仲良くしてやってくれ。それから、天井のミラー・ボールは見ないほうがいい。万が一、見てしまったらお嬢ちゃんの負けだ」

 ミラー・ボール。オレは天井を見ていた。

 大きな眼球だ。眼球が浮いている。

 途端、オレの指先は少しずつ石になっていく。足の靴もだ。

 レイアは天井を見ない。淡々とピット・マンを見て、無言のままだ。

 ピット・マンはレイアの元へと向かっている。

 しかし、レイアの元へと届かないみたいだった。

 どれ程、歩いてもレイアへと届かない。彼らはぐるぐるとレイアを探し続ける。あるいは、レイアの元へと一直線に歩いていこうとする者もいるが、見えない何百メートルもの距離が開いているのか、一向にゾンビの兵隊は辿り着けずにいるみたいだった。

「何か、発動させたみたいね? ……私も同じなのだけども……」

 レイアはエタン・ローズを使っている。使っているから、ゾンビの兵隊、ピット・マン達はレイアの元へと辿り着けない。レイアは只、同じ場所に立っているだけだ。

 いつの間にか。

 レイアの脚が、フリーク・リーチを蹴り飛ばしていた。

 フリーク・リーチは勢いよく、壁に叩き付けられる。

 そして、彼は起き上がった。

 彼は両手から、何かを飛ばす。レイアはそれを難なく避けた。

「つまらないわ……。このまま、倒してしまいそうで怖い」

 フリーク・リーチが飛ばした何かは、壁に命中して、どろどろに溶解していく。

「そうかい、ダブル・フェイスのフリーク・リーチを前にした者は、大抵、俺を最後まで追い詰める。けれども、やられるんだよ。どれかにね」

 オレの石化は解けない。今や、足首まで石へと変わっている。

「これなら、どうだい?」

 レイアは立っていた場所を、即座に移動したみたいだった。

 彼女が立っていた地面が、角砂糖みたいな細切れのブロックへと変質する。

「困ったわね。……貴方、私が能力による攻撃を仕掛けてきたら、弾き返すシールドを張っているわね?」

「よく見抜いたね。『シールド・ハート』と言う。ちなみに、今のお嬢ちゃんへの攻撃は、『タワー・クライム・メルトダウン』と『パラレル・グラス』だ。みんな強い能力者だった。次の技はかわせるかな?」

「なるほどね」

 レイアは容赦無く、フリーク・リーチに廻し蹴りを入れる。そして、止めた。

「困ったわね……」

 レイアのブーツが切り裂かれていた。

 フリーク・リーチの頬から、何本もの刃物が生えたのだった。

「『マーダー・チェンソー・ブラスター』。この使い手も強かった。シールドを張れる能力者を倒す前だったから、肉体を切り刻まれて酷い目にあった。でも何とか倒せた、お嬢さんの能力、今度、使わせてもらうよ」

 フリーク・リーチは右の二つの腕を振るった。

 レイアはそれを難なく避ける。

 しかし、地面に足が触れた瞬間に、勢いよくレイアの両足が裂けた。地面から回転するチェンソーの刃が生え出ていたのだった。

 思い出した。フリーク・リーチの能力。

『ダブル・フェイス』。彼が食べた能力者の能力をコピーとして自分の中に取り込む事が出来る。そして、幾つもの能力を使う事が出来る。今や三十近い能力を有している筈だ。その中に、ドーンのハンターも少なからず存在しており、強いハンターも食べられている。

 レイアは更に、傷だらけの足でジャンプした。そして壁に飛ぶ。壁も既に、刃ばかりだった。レイアの背中が切り裂かれる。

 レイアは背中を切り裂かれながらも、拳で思いっきりフリーク・リーチを殴った。フリーク・リーチの歯が何本か砕ける。同時にレイアの拳も砕けた。

「おかしいなあ。よく撃ってこれるね。凄い精神力だ」

「残念ね……。貴方は私の能力を理解する事など出来はしない」

「そう、残念だ。もう終わりかい。お嬢ちゃんの能力なんて、食った後に理解するよ」

 フリーク・リーチは手から、何かを撃ち込んだ。今度は先ほどよりも大きな弾丸だ。レイアの顔が砕け散る。

「貴方は理解していない、貴方は私に傷一つ与えていない事に」

 レイアの背中は無傷だ。拳も傷が出来ていない。それに、フリーク・リーチは気付く。

「全部、あれは私の存在の影。貴方は私に辿り着く事なんて永遠に無いわ」

 レイアの拳から、漆黒の炎が生まれる。

『修羅蓮華』と名付けている彼女の必殺技だ。腕に纏った燃え盛る蓮。闇の中に咲く蓮だ。あれは、レイアの何者をも貫く矛だ。

 そして、その拳でフリーク・リーチの頬をこそぎ取った。

 敵は、一体、何をされたのか理解していないみたいだった。

 レイアはそのまま、拳で右腕を捥ぎ取る。

 敵は絶叫する。

 彼の目の前には、無傷のレイアが立っていた。

「何で? シールドを張った。確かに傷を与えた。……幻覚か? 分身?」

「さあ、何ででしょう? でも、貴方に勝ち目なんてまるでない」

 フリーク・リーチはもう片方の手で、頬と無くなった右腕の傷口に光の弾を撃つ。見る見るうちに傷口は修復されて、失った手は復活していった。

「どのような能力でも私に届く事なんて無い。私に触れられない。私と他者には永遠の距離が開いている。他者は私を掴めない。そうやって死んでいけばいい。私を見れない、私に触れられない。私に届く前に死ぬ」

「強いよ。お嬢ちゃん。俺が戦った相手の中で最強だ。どういう攻撃なんだ? 幻覚ではないようだけど。分身かい?」

「分身が近い。でも、本体なんていない。それが私の能力。他人は、私を視認したと思い込んで、私でない私を追い続ける。貴方は永遠に私を殺す事なんて出来ない」

 フリーク・リーチが攻撃を仕掛けた。

 レイアの全身が、キュービック・ループのようにバラバラの角砂糖になる。

 レイアは笑いながら、別のレイアがフリーク・リーチの肉体を天井にぶち当たるまで蹴り飛ばした。

 フリーク・リーチは地面に落下する瞬間、停止する。

「畜生。間違いなくお嬢さんが最強だ。俺はAランクを倒したと自負する相手も屠ってきた。けども、お嬢さん程、強くなかった。ドーンの奴はとんでもない者を抱え込んだものだな?」

「ドーンねえ。所属なんてしてないわ。ただ、友人が所属しているだけ。私はドーンには興味ない。そして、賞金首にも。ただ、強い相手を倒す。それだけの為にこの世界にいる」

 フリーク・リーチの全身が赤く発光する。

 部屋中が火の海になった。床や柱がぼろぼろに焼け崩れていく。ただし、何故かカーテンに火が点火していない。

 フリーク・リーチの胴体が、上半身と下半身に分断された。

 レイアが拳で分断したのだった。

 そして、そのまま首も叩き折る。そこに、何の容赦も無かった。

 気付くと、オレの石化は解けていた。

 そのまま、数秒すると、元のサーカス小屋の中へと戻っていた。

 後には、無傷のレイアとフリーク・リーチの死体が転がっていた。

 ……エタン・ローズ。反則的な効果を持つレイアの能力。

「ねえ、甘名いるんでしょう? 私は“最強”よね」

「……。君が最強だ。誰も君に到達出来る能力者なんていない」

「そう、私が一番、強い筈よ。誰も私に触れる事さえ出来ない」

 レイアは言う。彼女は絶対者になりたい、その願い故に彼女自身を強くしている。

 レイアは自分自身に陶然としていた。そこには何処か果敢無さすら覚える、胸を刺すように痛い。気付くと、オレは涙が零れそうになった。美しいと思った。そう、どうしようもなく歪な美しさがそこにはあった。ドス黒い闇に似寄るかのような美だ。

 花弁が舞っていた。レイアのエタン・ローズが作り出す存在しない筈の花々だ。

 レイアは強さを願い続ける。彼女自身の弱さを殺す為。

 レイアは美を願い続ける。この世界の寒気がするような嫌悪故に。

 ふと、彼女は笑っているように見えた。オレは彼女の笑い顔を見た記憶が無い。あっても思い出せない。

「……青い悪魔、ブラッド・フォースとまた会おう。そして戦うといい。きっと君なら」

 彼を彼の篭の中から出して上げられるかもしれない。

「分かってるわ。流石、甘名ね」

 レイアは凛然とした表情をする。泣いているようにも笑っているようにも思えた。

 そして、次の瞬間、嫣然とした冷酷で残虐そうな顔になる。

 少女性の残酷さだ。無邪気なまでに虫けらを潰すような顔。

 まるで確実にオレの中に存在する自分自身を見ているような錯覚。

 そう、オレも狂人なのだと。その時、ふと思い出した。

「次はタラスクを殺しに行くわ」

 淡々と彼女は告げた。

「ああ、戦うのか?」

「そうね」

 レイアはそう言って、タラスクの元へと向かっていた、オレも一緒に付いて行く。

 そして、亀の怪物であるタラスクの前へと立った。

「先ほど、フリーク・リーチっていう奴を倒したわ。次は貴方を殺していいかしら?」

 亀の怪物は蒼褪めた顔をする。

「……旦那を倒したのか? オイラは知らない。オイラに関わらないでくれ」

 亀の怪物は半泣きの顔をする。

 レイアの目を見る。完全に獲物を狩る肉食動物の目だ。あるいは処刑人の目。彼女の冷酷さが膨れ上がっている。こうなると、オレはもう止めようとは思わない。

 タラスクは背中の甲羅を開く。

 それは発射口になっており、そこから棒状のミサイルが飛び出してきた。

 それは、レイアに向っていくが、彼女は避けようともしない。

 弾丸は、レイアを擦り抜けるようにまるで命中せず、彼女の背後の壁を爆破炎上させた。

 タラスクは恐怖の余り、口をあんぐりと引き攣らせて開いている。

「もういいかしら?」

 再び、小型ミサイルの発射。

 今度こそ、レイアの額に命中する。

 しかし、命中した筈が、やはり彼女の背後の壁を破壊する。

 まるで、攻撃が当たらない。

 レイアは薄ら笑いを浮かべている。

 そして、右腕から、消滅の黒い蓮を生み出す。

『修羅蓮華』だ、殴った物質を破壊していく蓮型の黒い光。

 その瞬間。

「待ってくれないかな?」

 聞き覚えのある声だった。

 そういえば、もうサーカスが終了しており、観客達が次々に帰路へと向かっている。

 その中から、響いた声だった。

 デス・ウィング、水月。

 彼女がタラスクとオレ達を挟んで、立ちはだかった。

「『裏・原宿』の治安は一応、私が守っているんだ。戦意の無い相手を殺すのは止めてくれないかな? たとえドーンでリストに入れられていたとしても」

「正義の味方面? 貴方ってそういう人間だったのね、見損なったわ」

 レイアは明らかにおかしい事を平気で言った。

 なので、訂正する。

「正義の味方はオレ達だろう。一応、オレ達はこいつデス・ウィングを倒さないといけないだ。こいつは、Aランクの悪党だからな」

「そうだったわね、丁度、今、まとめて倒そうかしら」

 オレは一応、ドーンの立場としてタラスクを倒す必然性を説いてみた。

 水月は露骨に嫌そうな顔をする。

「甘名、……お前って本当は性格、相当に悪いだろう? そこのお嬢ちゃんの暴走を止めている者だとばかり思っていたけれど……とにかく、此処にいる者達は私が守る。だから、今回は諦めてくれないか?」

「ええ、そこの亀は諦めるわ。だから、貴方戦ってくれない?」

 レイアの眼の色が変わった。

 レイアはいつの間にか、右手から黒い炎を放っていた。

「私の前では、貴方が何者だろうが死ぬ」

「いいよ。けど、ここじゃ駄目だ。沼地へ行こう。そこでやろう。此処だと犠牲者が多くでる」

「そう、処で水月。私はこの戦いで貴方を“超える”つもりで行くわ」

 彼女が何気なく口にした言葉で、彼女の能力が発動した。

 水月の眼の中に映ったレイアの姿が、何か凶悪な姿へと変貌する。




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