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ヴァンパイア・パロール 第三章 白の怪物

 カルネイジの外までオレは逃走した。

 地面に落下する瞬間、オレは飛んで、体勢を立て直す。

 全身の皮膚や骨が痛かった。オレはもう、闘えないかもしれない。

 カルネイジのビルは相変わらず、巨大だった。

 オレ達が侵入した場所は無残に巨大な破壊の痕が残っている。

 ミューズが外で待機していた。

「おや、フェンリルさん。どうしたんですか?」

「ベスティアリーから逃げてきた。勝ち目が無さそうだったからさ」

「そうですか。よく御無事で。他の皆様は?」

「ルサールカはプルソンと戦闘中。ウォーター・ハウスはマルファスと戦闘中。ケルベロスはボティスと戦闘中。あのビルの一角の破壊痕、あれはケルベロスが戦った後だな」

「そうですね。彼は一番のパワー・タイプですからね」

 ミューズは住民がカルネイジ内の戦闘に気付いてやってきた場合、押し返すのと、もし敵が外に逃走した場合、倒す為に此処で見張りをしている。

 数分くらい経った頃だろうか。

 ビルの中から、一人の男が現れた。

 ウォーター・ハウスだった。

 ズタボロのマルファスを抱えて、ほぼ無傷でやってきた。

 彼はマルファスを此方へ投げ飛ばす。

「ほら、殺さず瀕死のまま連れて帰ったぜ。褒めてくれ」

「ウォーター・ハウスさん、あなた、何度も彼を殺すつもりで攻撃してましたものね」

「こいつの執念には呆れたよ。しかし、よく俺の腹や右手を耐え切ったよな」

 プルソンの種に付けられた傷を彼は弄くる。

 マルファスは顔を何度も殴られ、顎の骨が砕かれて、両瞼が腫れていた。おそらく、両腕はへし折れている。右手の指が全て異様な方向に曲がっていた。足は大腿骨を綺麗に折られているみたいだった。内臓も痛めつけられているだろう、肋骨も何本か砕かれたかもしれない。ウォーターは退屈な戦いだった、としれっとした顔で呟いた。

「おお、フェンリル。何でこんな場所にいるんだ? 誰か倒して連れてきたのか?」

「いや、ベスティアリーに会って。一人で勝てそうに無いんで戻ってきた。お前も一緒に来てくれないか?」

「情け無いな? ベスティアリーごとき一人で充分だろう」

「なら、一緒に来てくれないか? 簡単に倒せるんだろ?」

「いや、俺は、今日は止めておく。戦線離脱させて貰う何故なら、」

 彼は全身に巻き直した包帯を、とんとんと叩いた。

「昔の俺が戻りそうになった。殺してしまうかもしれない。今度こそ」


 ビルの一角が大きく裂ける。

 中から、両腕から円月刀のように曲がったT字型の刃物を生やしたケルベロスと、数十メートル程の頭部へと成長した蛇が現れる。

 ケルベロスは腿の辺りと膝からも刃物を生やす、そして蛇の顔面を落下しながら切り裂いていく。ケルベロスが地面に着地した。

 蛇の頭部は見る見るうちに再生して、以前よりも巨大化していく。

「相性が悪いかもな。あの蛇はおそらく、ダメージを受けるたびに巨大化していくんだろう。操っているボティスを叩かないと駄目だな」

「まあ、腐ってもBランクと云った処なのだろうな」

「どうする? 一度、撤退するか? 一応、マルファスは倒したし。アミィも戦闘不能に追い込んだ。ルサールカを連れて戻るか?」

「いや、……」

 ウォーター・ハウスは大蛇の元へと向かった。

 そして、右手の包帯の封印を解く。

 バネのように跳ねると、彼は露になった右手を、大蛇の胴に叩き付けた。

 蛇はしゅうぅぅうと泡を吹き出す。

 そして、地面に倒れ込んで痙攣し始める。

「おい、ケルベロス。俺がボティスを片付けようか?」

 ぼろぼろになったケルベロスは肩と腹の傷付いた箇所を撫でながら答えた。

「ああ、……頼む。俺はベスティアリーを倒しに行く……」

「そうしてくれ。俺はボティスを片付ける。ベスティアリーが相手なら、勢い余って殺してしまうかもしれん。俺は実力も伴わないのにAを名乗る奴には深い恨みがあるからな」

 何となく、ウォーターはやる気が無さそうだった。

 心の底から、この任務が馬鹿馬鹿しいといった態度が滲み出ているみたいだった。

 ウォーターはボティスを探しに行くと言った。

 オレとケルベロスで、ベスティアリーを倒す事になった。

「でも、オレはもう全身が痛い。戦闘不能だよ。ひょっとすると、全身の骨に亀裂が走ってるかもしれない」

 そう言って、オレはベスティアリーの能力を三人に教える。

 ウォーター・ハウスはオレの全身を舐めるように見る。

 そして、肩に手を置く。そして、人差し指をアミィの拳銃で出来た孔に突っ込んだ。

 オレは悲鳴を上げる。

「てぇてめぇ、な、何するんだぁ?」

 オレは思わず、剣をウォーターへと向ける。殺してやろうかと思った。

「まあまあ、見ろよ。肩の傷、治ってやがるぜ?」

 オレは言われて、肩に手を置く。

 血が止まり、傷口が塞がっていた。

「まあ、あと数時間もすれば。傷跡も綺麗に無くなる。他にも傷口があれば言え。全部、治してやるから。それにしても、酷くやられたもんだな。普通は痛みで動けないもんだぜ?」

 ウォーター・ハウスはけらけらと笑う。

「お前は人体の回復も出来るのか?」

「毒と薬は何とやら。俺は人間の人体を修理する事も出来る。神経組織や血管などを弄ってな。骨折もすぐに治せるぜ。特殊な菌を埋め込んで、細胞を修復させるんだ。量を間違えると、肉体が壊死していくけどな。それと流石に、死んだ人間を生き返らせる事は出来ない」

 結局、オレの肉体を次々と修理していった。

 そして、次はケルベロスの肉体に出来た傷を塞いでいく。

「じゃあ行って来い。死体になるまで、俺が面倒見てやる」



 再び、ベスティアリーの部屋へと向かった。

 しかし、彼の姿はいない。酷い破壊の後だけが、ベスティアリーのいた部屋に残されていた。

オレは自身の能力で、空間を探る。しかし、すぐに諦めた。

「ケルベロス。オレの空間把握は集中力がいる。肉体の機能が不全の状態だと、すぐに使えなくなる。先ほど酷いダメージを受けたショックで巧く空間が把握出来ない。……、役に立てなくてすまない」

「いやいい。俺達は、まずはルサールカを探した方がいいかもしれん。何処にいるのか」

「彼女の能力は何なんだ? すぐに出たり現れたりしたように見えたが」

 少し話し合ったが、ルサールカよりも、まずはベスティアリーを倒す事を考えるべきだ、という結論に達した。

「もし、ベスティアリーがいるのだとすれば、おそらくは此処かもしれんな。どの道、此処は向かわなければならない。カルネイジの秘密がある」

 ケルベロスは簡単に書かれた地図を俺に見せた。

「部分部分では違うかもしれないが、此処で働いていた者から吐かせた簡単な地図だ。といっても、この場所へと続く道が書かれているだけだが。此処にいって、カルネイジで行われている研究を手に入れる。それも任務の中に入っている」

 オレ達二人は、その場所を目指した。

 そこが何なのか、すぐに気付いた。

 工場だ。

 妙な動力炉が唸り声を上げている。

「此処で何の研究を行っているのか教えよう。ベスティアリーは対能力者用の兵器を作り出そうと考えている。アンブロシーはそれが欲しいのだろう。アサイラムの研究に必要だと考えている。アサイラムはベスティアリーのような人材が欲しいんだ。だから、彼を屈服させる必要がある」

「聞いていいか?」

「何だ?」

「オレ達のチームは何をさせられているんだ? 渡された賞金首は何らかの繋がりがあるんだろう?」

「いい事を聞いたな。ベスティアリーは、アサイラムにとって重要な存在の者だ。他にも、これから狩る予定にある『アヌビス』と『デス・ウィング』。彼らもアサイラムにとって、重要な存在なんだ。アンブロシーは言う。この世界の秩序を取り戻す為に必要な事だと。俺達は法の番人をさせられている」

「法の番人か……」

 聞いていない。

 いや、聞いたかもしれないが、ウォーター・ハウスがぽんぽんと勧めていったので、正直、やる気なんて出ない。やるつもりなんて無い。

 だが、今はその問題はどうでもいい。

「あと、ケルベロス。此処、先ほどよりも蒸し暑くないか。何だか呼吸をするのもしんどくなってきたんだけど」

 飲み物が欲しい。喉が渇いてきた。それに、身体中が汗だくだ。

「そうだな。一度、出ようか」

 オレ達二人は、動力炉から出る事にした。

 別の部屋に移動する。温度が戻っていない。もう少し、動力炉から離れる必要がある。

「やはり、暑いな。水は無いのか?」

「我慢しろ」

 ケルベロスもキツそうな顔をしていた。

 オレは口の中に唾を溜めながら、壁に寄り掛かる。

 焦って、オレは壁から身体を離した。

 壁を触った手が水脹れをしている。

 火傷だ。

 気付けば、気温はどんどん上昇している。

「ケルベロス……。討伐しようとしている能力者は後、何名だ? 空間圧縮のベスティアリー。見えない幽霊のアミィ。大蛇を使うボティス。植物使いのプルソン。マルファス。それから、もう一人いなかったか?」

「ブエルか……」

「そいつの能力は何だ?」

「知らない。情報が入っていない」

「なあ、このままだとオレ達、焼け死ぬぞ?」

 ヤバイ。

 気のせいか、床も既に熱くなっている。今、気温は何度くらいなのか?

 オレの能力が瞬間移動でよかった。この部屋は本当に拙い。

 オレはケルベロスの肉体を掴む。そして、数階上へと飛んだ。

 この部屋の温度も熱い。先ほどよりもだ。熱気が空中に浮かんでいる。

 何度も移動して、オレは敵の能力の届いていない涼しい部屋を探した。

 何回か移動するうちに、蒸し風呂のような場所から離れる事が出来た。

 そこに来て、落ち着くと。考え直した。

「倒さないといけないんだ。おそらく、一番、熱い場所に敵がいる。そこに向かわないと」

「マグマの中に突っ込むよりはマシか。行くぞ……」

 オレ達は覚悟を決めて、灼熱の中へと入っていった。

 瞬間移動で、より熱いフロアへと向かう。

 暑さで、通路の所々から煙が上がっていた。

 構わず、オレ達は向かう。どんどん呼吸するのも苦しくなる。

 ドアの金属部分は溶け掛かっていた。

「……そろそろ辛い。どうする?」

「いや、このまま行く」

 ケルベロスは上半身の上着を脱いでいた。恥ずかしいのでオレはやらない。

「なあ、ケルベロス。……少しだけ感覚が戻ってきた。空間把握の能力が使える。敵はこの先、三十メートル程向かうといる。一人だ。けれども、その前にやっかいな相手がいる」

「……?」

「近付いてきている。結構、でかい。何メートルだ? 壁を壊しているのか?」

 オレは思わず、しゃがみ込んだ。暑さで感覚がまたシャットダウンする。

 空間把握の能力が使えない。この能力は精神、体調が悪くなるとすぐ使えなくなるのだ。

 しかし、ある意味でもうそれは必要が無かった。音だけで近付いてくるのが分かる。

 機械音だ。先ほど戦った人型のアンドロイドと近しい足音。しかし、今回はかなり巨大だ。

 前方、五メートル程先の壁が抉れた。

 そいつは巨大だった。

 ノコギリ状のタイヤが生えており、頭がトカゲのような形をしていた。

 化物だ。

「何だ? こいつ……?」

 拙い。暑さで動きが鈍っている。ケルベロスはオレの前に盾のように立ちはだかった。

「フェンリル、……来るぞ……」

 トカゲの怪物はどうやら、戦闘メカのようだった。

 背中から、何かが飛び出す。ショットガンのようだ。

 撃たれる前に避けるべき、オレはその場を移動した。

 怪物は、実際の自然界にいるトカゲと同じように、滑らかな動きをしている。

「テュポーン・ドレイクと名付けている。対能力者用に作ったクリーチャー型アンドロイドだ。君達はドーンのバウンティ・ハンターだろう? こいつは、ドーンのハンターに対抗する為に創った奴だよ」

 何処から現れたのか。

 黒いTシャツに、白衣を纏った男が立っていた。

 熱を帯びている筈の壁に寄り掛かり、平気そうな顔で煙草を吹かしている。

「ちなみに僕の能力の名は『ノース・デザート』。空間の気温を自由に操作する事が出来る。そろそろ、気温は80度に達する。人間が生きられる温度じゃない。君達が耐えられるわけが無い。此処で死ぬか、逃げるかだ」

 付けた黒斑眼鏡がやけに似合う男だ。

「一撃、必殺って程の威力は勿論、無い。けれども、肉体がまるで持たないだろう? 呼吸するのも苦しいんじゃないのか?」

 男は、服の中から何かを取り出す。

 アイスクリームだった。

 彼は、美味しそうにそれを口にする。

「本当に苛立つ奴だ、お前の名は?」

「ブエルだ。よろしく、といっても、君達はあれに殺される予定だけどね」

 装甲を纏った怪物、テュポーン・ドレイクは、此方に近付いてくる。

「お前がブエルか。あれは何だ?」

「だから、対能力者用の兵器なんだ。炎、冷気、電撃、カマイタチ、衝撃、斬撃などに強い耐性がある。並みの戦闘タイプの能力者じゃ勝てないよ。試してみるといい」

 つまり、能力者に対して解答した結果、創り上げた怪物か。

「俺達は、賞金首だけ倒せばいい。お前とベスティアリーと、残りの能力者を拘束させて貰うぞ」

「そうはいかない」

 オレは彼に向かって、蹴りを入れる。

 どうやら、ホログラムか何かだったようで、彼の肉体は透き通り、オレは壁を蹴っていた。靴越しだが、壁が物凄い熱を帯びていた。

「フェンリル、何か来るぞ」

 ケルベロスの目は険しくなる。

 トカゲ型の戦闘マシーンの目から、何かが発射された。

 ケルベロスは、肉体から剣を出して、それを叩き落した。激しい爆発が巻き起こる。

「大丈夫か……?」

「ああ、銃弾よりは遅い。あれなら叩き落せる」

 一瞬の出来事だった。

 ケルベロスの刃が、敵の肉体を斬り付けていた。

 嫌な衝撃音が走る。ケルベロスの腕の刃が砕け散っていた。

「まるで効かない……」

 戦闘マシーンの背中が開いた。何か尖ったものが、光る。

 オレは、それが何かを理解する。

「ケルベロス! 避けろ!」

 オレはケルベロスの背中を蹴った。

 ライフル弾だ。いや、撃たれたら勢いよく人体が弾け飛ぶダムダム弾かもしれない。

 強烈な衝撃音と共に、それは発射されていた。

 何とか、オレ達二人はそれを避ける。

 壁には、大きなクレーターが生まれていた。とても刃や剣で弾き返そうになかった。命中すれば、胴体が吹っ飛ぶだろう。

 オレ達は、切ったり殴ったりして敵を倒すタイプだ。

 このような敵は、それこそ触れただけで消滅させるレッドラム辺りが戦っていればいい。

 対能力者用の兵器というのも、あながち嘘ではないみたいだった。

 確かに、こいつを倒せる能力者は限られてきそうだ。

「俺が戦う。先ほどの蛇よりはよほどやりやすい」

 彼の能力は、自身の肉体から刃を生やす事だ。どうやって勝つつもりなのだろうか。

「俺の能力の本質を教えてやる」

 彼は全身に生えていた刃物を仕舞っていた。

 ケルベロスは、跳躍すると、怪物の装甲に触れた。

 すると、ぐしゃり、といった音がして。怪物の装甲が変形していく。前足がぐしゃぐしゃと変形していき、関節部分が露出し、装甲の隙間から刃物が生えてくる。

「俺の能力『アケローン』は、骨格のある物の骨格を刃状に変形させる能力だ。肉体から、刃を生やすのはその派生に過ぎない。装甲がどんなに硬かろうが、俺の能力から逃れる事は出来ない」

 ぐしゃぐしゃと、大トカゲの全身が捻じ曲がっていく。

 しかし。

 ケルベロスの手が焼け爛れていく。彼は咄嗟に距離を離す。

 怪物の全身が熱を帯びている。所々から火花が噴出していた。

 怪物は口を開いた。何かが飛んでくる。

 オレはケルベロスに身体に触れると、怪物の背後へと回った。

 怪物の口から放たれたものは、どうやらグレネード弾だったらしく、オレ達がいた場所は爆破炎上した。熱風で更に温度が上昇していく。

 まるで埒が明かない。

「ケルベロス。オレが指示する場所まで向かえるか?」

 オレはケルベロスの身体に触れる。

 そして、オレはケルベロスを連れて、瞬間移動した。

 敵はオレ達を追ってきている。カルネイジ中を這っている蜘蛛型の機械が、オレ達の位置を把握しているみたいだった。

 オレの能力は、レーダーのように敵の居場所を察知する事が出来る。

 空間を手に取るように、構造を分析する。

 頭の中で、形が浮かび上がってきた。

 そこは、大量のカプセルが設置されていた。中には、様々な形をしたアンドロイドが入れられている。

 中央のコンピューター・ルームに、ブエルとベスティアリーが佇んでいた。

 オレとケルベロスは、瞬間移動で、二人の元へと向かう。

「先ほどは遅れを取ったけれど、再び、お前を始末しに来たぜ」

 ベスティアリーは面倒臭そうな顔をしていた。

 首の骨を、ぽきりぽきりと鳴らす。

「ふうむ」

 振動音が響く。

 部屋の中に、オレ達を追ってきたのか、先ほどの大トカゲが侵入してきた。

 そして、無尽蔵にレーザーを地面へと照射し始めていた。肉体が変形して、動力炉が壊れているのだろう。見境が無く、設置されているカプセルが破壊されて、中に入っていたアンドロイドが次々に残骸になっていく。

 ベスティアリーとブエルは、不快そうな顔をしていた。

 テュポーン・ドレイクの装甲が縮んでいく。

 ぐしゃりっと、小さなボールへと形を変えていく。

「駄目だな。ブエル。新作の戦闘兵器は失敗だ。私のイモータル・ホワイトの能力で、簡単に破壊出来てしまう」

「ですね。まだまだ改良の余地がある。しかし、ボスのような世界の法則自体を捻じ曲げる能力者にレスポンス出来る科学なんてありません、それに、元々はあの筋肉質の男の能力で、コンピュータ回路を破壊された為に、暴走してしまった。対能力者には、まだまだ私達の科学は通じそうにない」

「そうか、やはり能力者は神に近しい存在なのかもな」

「かもしれませんね……」

 培養液の音がする。

 沢山、人工的に機械生命体が作られていた。

 先ほど、戦った人型の奴らも、培養液の中に入っている。

「二対一か。さっきのトカゲよりは遥かにやりやすい」

 ケルベロスは、ベスティアリーとブエルの前へと向かった。

「援護しようか?」

「いや、一人でいい」

 ケルベロスは、両方から生やしているL字型の刃物をベスティアリーへと向ける。

 そして。

 ケルベロスは、瞬時に切り付けるフリをして、ベスティアリーの鳩尾を蹴り上げる。

 ベスティアリーの肉体が、吹き飛んだかと思うと、どうやら彼は自身の存在している空間を圧縮して、攻撃を避けたみたいだった。

 なおも、ケルベロスが連撃を続ける。ケルベロスの腕から、足から、ナイフが生え出て、ベスティアリーに猛攻を繰り広げていた。

 オレの前には、ノース・デザートのブエルが立っていた。

 気温が高くなっていく。先ほどよりもそれは早い。

 オレは両手にツイン・ソードを召喚する。

「まず、貴方の周辺の気温を上げますか」

 オレは鼻で笑った。

「お前の能力じゃ、近距離の敵には勝てないぜ?」

 オレはブエルに剣の一本を突き付ける。

「これはこれは。何かを勘違いしていらっしゃるようで。僕の能力を舐め過ぎだ」

 立ち眩みがしてきた。早めに倒す事に決める。四十度、五十度、いや、大気が蜃気楼で歪んでいる。早めに倒してしまった方がいい。

 オレはツイン・ソードを振るった。

 ブエルの胸元に命中する。

 しかし。

 攻撃が当たっていない。

 オレは地面に膝を付いていた。酷い眩暈に襲われている。気分が悪い。

 そういえば、視力の方も何だか覚束ない。目の前が霞がかっている。

「脳が誤作動を起こしているんですよ。このまま温度を上げていけば、貴方は焼け死にますが。その前に、脳が正常な判断力を失う。まず、暑さで視力がおかしくなる。聴力も。立っているだけで気分が悪いでしょう? 眩暈もしてくる」

 オレは地面に手を置いた。熱さで、掌が焼ける。

 オレは、ブエルの顔面に蹴りを入れた。

 足に衝撃が走る。電流のようなものだ。

 見ると、ブエルの手にはスタンガンが握られていた。

 オレはそのまま昏倒して、地面に倒れて、熱で思わず小さな悲鳴を上げる。

「僕の能力。弱いと思われますよ。確かにそうだ。だから、敵は油断する。でも、仲間の補助には向いているし。それに。……」

 オレはブエルの手から、スタンガンを弾き落としていた。

 そして、もう一度、彼の胸元に飛び蹴りを入れる。

 足に鋭い痛みが走った。

 彼は白衣を広げて、胸元を見せる。

 彼の胸、腹には、刃物の付いた防弾チョッキが仕込まれていた。

「攻撃してこればいいんですよ。頭でも首でも、やってみればわかりますよ」

 オレは彼の顔に、剣を振るった。

 金属音がして、剣が弾け飛ぶ。

 彼の皮膚が切れて、中から鉄の皮膚が現れた。

「顔にマスクを被っています。防御はしっかり考えてますよ。僕は能力は補助だと考えています」

 彼は拳銃を握っていた。大型のマグナムだ。弾丸を浴びれば、脚がまるごと吹き飛ぶかもしれない。

 全身が酷く重い。酷暑の余り、肉体がどうにかなってしまいそうだ。

 オレは何も無い場所に回し蹴りを入れた。

 そのエネルギーを瞬間移動させて、ブエルの肉体へと命中させようと試みる。

 ブエルは、一瞬、よろめいたが、気を取り直して、銃口を此方へと向け直す。

 駄目だ。攻撃のエネルギーの瞬間移動では威力が足りない。加えて、彼は装甲を身に付けている。それに、正確に命中しなかったのだろう。

「撃てるものなら、撃ってみろよ……」

 オレはそれだけ告げた。

 オレは彼に見えないように、あるものを握り締める。

「では、遠慮なく」

 オレは握り締めたスタンガンを、ブエルの持つ拳銃の銃口へと瞬間移動させた。

 スパーク。

 拳銃が弾き飛んで、ブエルは手首を押さえた。

 オレは彼の脳天へと、勢いよく蹴りを入れる。

 彼は昏倒しながら、もう一本、拳銃を取り出して、オレの額に向ける。オレは額を押し当てた。発射音。既に、中に詰まった火薬と弾丸は消し飛ばしていた。オレは彼の顔面に肘鉄を入れる。ブエルは殴られながらも、もう一本、拳銃を取り出す、オレは彼の手から拳銃を瞬間移動させた。もう一撃、頭に入れる。

 少しずつ、温度が常温へと戻っていく。彼はどうやら失神したみたいだった。顔のマスクが取れて、元の顔が露になっている。

「やっぱり、大した能力じゃなかったな……」

 気付くと、服を脱いでしまいたいくらい、汗だくだった。

 いや、それよりも、水を供給しなければ、熱射病で倒れてしまいそうだ。眩暈がする。立っているだけで気持ちが悪い。

 見ると、ケルベロスはベスティアリー相手に善戦していた。

 オレはツイン・ソードを収納している『ある場所』から、コーラのペットボトルを瞬間移動させて手に取ると、それを口に入れた。生き返る。

 いや、そのまま、その場所へ瞬間移動してもいい。

 しかし、それは逃げる事だ。

 実を言うと、オレは誰にも認識されていないならば、誰にも干渉されない、『ある場所』へと瞬間移動する事が出来た。そこからは、いつも双剣や食べ物などを、両手に移動させたりしている。

 見ると。

 ケルベロスは、やはり苦戦しているみたいだった。

 ベスティアリーの空間圧縮によって、部屋中の至る所が押し潰れていく。

「どんな能力も私の不死の白の前では無力化される。炎は縮み、ナイフや銃弾は届かず落下していく。既に、君達に勝てる可能性など無い」

 ケルベロスの肉体が裂け始めた。彼は慌てて、ベスティアリーから距離を取る。そして、再び、腕のナイフで切りかかる。ケルベロスの動きは早かった、ベスティアリーの背中から、血液が勢いよく噴出した。

 設置されていたカプセルが次々と割れて、中のアンドロイドが丸く縮小していく。

 二人の強者は一歩も譲らなかった。

 ケルベロスのアケローンが部屋中を駆け巡る。

 部屋中から、刃の樹林が生えていた。

 そのどれもが、ベスティアリーにダメージを与える事が出来ないみたいだった。

 圧縮された場所は、メチャクチャにクレーターのような孔が開いている。

 気付いたが、ベスティアリーの能力は、ある一部分の空間にしか作用出来ないみたいだった。オレが始めてベスティアリーと対峙した部屋の中。それくらいのスペース。

 オレは少し試してみる事にした。

 オレの瞬間移動の能力は、ベスティアリーの空間圧縮が行われている部分を、瞬間移動させる事が出来るのだろうか?

 ケルベロスは、しつこく、ベスティアリーに攻撃を命中させるべく、刃物の刃を向ける。そして、それはまた圧縮されていく。

 オレは能力を発動させた。

 地面から突き出した刃。

 それは、ベスティアリーの肩先を鋭く抉り取っていた。

 彼は、一体、何が起こったのか、分からないように呆けている。

 攻撃を放ったケルベロスの方もだ。

 オレは叫ぶ。

「ケルベロス。攻撃を続けろ。オレが奴の『イモータル・ホワイト』の空間圧縮の防御を瞬間移動させる。今みたいに、タイミングを巧く合わせられれば、攻撃が届くぞ!」

 ベスティアリーはオレを睨み付ける。

「瞬間移動の能力者! お前、いい加減にしやがれ。先ほども始末するつもりだったのに。まず、お前から死ぬ必要があるみてぇだな?」

 言葉が荒っぽくなっている、余裕が無い証拠だ。

「お前の攻撃は攻略済みなんだよ」

 全身が軋む。此方に攻撃が向いている。

 オレは即座に、今いる場所から飛んだ。

「この部屋は広過ぎる。お前の攻撃はオレに届く事なんて無い」

 ツイン・ソードを振るう。

 攻撃のエネルギーを、彼の両腕の辺りへと飛ばした。

 ベスティアリーの両腕から、勢いよく血液が流れる。

「どうした? 空間圧縮で防御しないのか? 攻撃手段があるのは、ケルベロスだけじゃないぞ」

「てめぇええ!!!」

 ケルベロスが、勢いよく彼の胸元を右腕のT字型の刃物で切り裂いていた。

 続いて、オレは空中を勢いよく蹴り上げる。

 そのエネルギーを瞬間移動させて、ベスティアリーの背中へと直撃させた。

「空間圧縮は一度にしか行えないみたいだな。まあ、幾らそのフィールドを作っても、オレが消し飛ばすけれども」

 ベスティアリーは、切り付けられた胸の傷口を押さえる。

 そして、オレ達二人を憎しみに満ちた目で睨んでいた。

 そして。

 ベスティアリーは笑っていた。

 狂ったような笑い。

 ケルベロスは、鉄柱を刃物化させて、ベスティアリーの顔へと叩き付ける。

 彼は、地面に倒れ込んだ。

 そして、気絶してしまったのか、起き上がる事は無い。

 一息。

「後は、ルサールカがプルソンを倒して。ウォーター・ハウスがボティスを倒して終わりだな」

「ああ」

 ケルベロスは全身の傷を確認しているみたいだった。

 その時。

 ベスティアリーの手が伸びて、ケルベロスの胸を握り締める。

「油断だらけだ、馬鹿が! 入った! 心臓を圧縮されて生きていられるのか?」

 初老の男は勝ち誇ったような顔をしていた。

 だが。

 ケルベロスは、溜め息を吐き出す。

 彼の胸元は、大きく抉れていた。

「ああ。別に俺達は油断していたわけじゃないさ」

 ケルベロスは、右手を掲げていた。

 彼の右手は、ナイフ状になった肋骨に囲まれた心臓が、脈打って動いていた。

 彼は、自身の肉体の骨格を変形させて、心臓を右手に持ってきたみたいだった。

 床から、長いナイフが突き出て、ベスティアリーの右腕と、左足を切断する。

 ベスティアリーは、崩れ落ち、今度こそ、気絶してしまった。

「さてと。こいつの出血を止めなければ。生きたまま拘束しないといけないんだよな。傷はウォーター・ハウスが治してやれるだろう」

「ああ。一端、戻るか?」

「そうしよう」

 ごうっと、冷風が吹き抜ける。

「この、研究機関は僕が開発したものの結晶だった。しかし、君達にはまるで通じない。ベスティアリーにもだ。能力者は一体、何処まで行くのか。……神に近付く存在なのかもしれない。僕はその先が知りたい」

 部屋中の温度が急速に冷凍されている。

 まるで、吹雪の雪山にでもいるかのように、異様に寒い。

 ケルベロスの身体から流れている血が凍り付いている、液体が固体となっている。

 こいつの能力は、温度を上昇させるだけじゃない。……。

「ベスティアリーはあくまで、ZOOという組織のマフィアのボスだが。この研究施設の主は僕だ。ドーンの奴らには触れられたくなかった。こうなれば、この施設ごと、君達を始末するしか他にはない」

 ブエルは部屋を出て行き、何処かへと向かっていった。

 おそらくは、この施設全体を破壊する起爆装置でもあるのかもしれない。

 ドアに近付く。氷で固まっており、開きそうにない。いや、それ以前に素手で触れれば、手の皮膚が剥がれてしまうだろう。

「もし、オレが相手でなければもっと、凶悪な能力だったんだろうな……」

 オレは瞬間移動能力者だ。

オレの能力は、能力者の中でも異質だと言われている。

 機械音が酷い。戦慄いているように耳をつんざく。

 ブエルの持っていた切り札が一体、何なのか。

 空間把握を行うと、建物全体が早い速度で変形しているのを理解した。

 おそらく。

 この建物自体を、怪物へと変形させているのだろう。

 ブエルの能力のせいで、気温が徐々に下がってきている。霜柱に覆われて、地面が凍っている。今、零下何度くらいなのだろうか?

 だんだん、身体の動きが鈍くなっている。熱い、寒いという攻撃は、想像以上に肉体にダメージを与えるみたいだ。

 奇妙なエリアに入った。

 零下の中で、植物が生まれるのだろうか。

 シダ植物に覆われた世界だった。

 地面には湿気も無いのに、キノコ類が生えている。

「此処は?」

「プルソンの『クラーケン』の世界よ」

 全身にシダ植物が絡み付いて、瀕死のルサールカが横たわっていた。

 腹や首の辺りから、植物が生えている。

「それは本体?」

「ええ……ドッペル・ゲンガーじゃない……。それよりも近くにプルソンがいる」

 しゅぅるるる、と音がする。

 シダ植物の陰から、動く者がいた。

 下半身が植物に巻き取られた、短髪で漆黒の黒目の男が姿を現す。

 そいつは、ナイフ状の葉っぱを此方へと向けてきた。

 オレはそれを難なく避けると、空中を蹴って、その攻撃をプルソンの腹に瞬間移動させる。短髪の男は仰け反った。

 この男がプルソンだろう。

「フェンリル、この植物使いは俺が倒す。お前はブエルを追いかけろ」

 ケルベロスは叫ぶ。

 オレは彼の案を飲んで、ブエルの向かった方角へと向かう。

 彼の動きはオレの能力で手に取るように分かった。

 空間把握の能力で、ブエルの元へと瞬間移動する。

 オレがいつの間にか、目の前にいて、彼は拍子抜けしたように驚いているようだった。

 ブエルは追い詰められながらも、嘲笑っていた。

「実は、この迷宮自体が一つの巨大兵器なんだが、君の瞬間移動の能力さえなければ、君達を閉じ込める事も出来たのにな……残念だ」

「ああ、そうかよ」

 オレは彼の腹に蹴りのエネルギーを叩き込む。

 彼は再び、失神した。

 温度は、常温へと戻っていく。

 念の為、オレは彼が爆弾か何かを隠し持っていないかを確認する。

 そして、城の外へと彼を連れて飛んだ。



 ウォーター・ハウスは、既にボティスを鎮圧して背中に手錠を嵌めて拘束していた。

 マルファス同様、全身の骨をへし折られたようで、抵抗する素振りすら見せなかった。

 それから、十数分後、ケルベロスが瀕死のベスティアリーとアミィを右肩に、左肩にプルソンを背負って出て、ルサールカと一緒に出てきた。

 敵、六人全員を、オレ達は生かしたまま、拘束する事が出来たのだった。

 ウォーター・ハウスは、まずルサールカの首と腹の傷を治して、その後、重症のベスティアリーとアミィの傷を、抵抗されない程度に治していく。

「皆様、お疲れ様。さて、任務完了ですね」

 ミューズは満面の笑顔をオレ達に向けた。

 確か、彼はハーデスの側近だと聞く。

 万一、標的が外部に逃げ出した時に、始末する事を請け負っていた優男。

 後ろで、叫び声が上がった。

 ベスティアリーだった。

 彼は傷を治されて、即座にウォーター・ハウスの首根っこを掴んだ。

「貴様ら、舐めくさりやがって。全員、纏めて挽肉にしてやる……」

 ウォーター・ハウスは平然としている。

「面倒臭い。こいつ、今なら俺が殺してしまいそうだ。ミューズ、頼む。お前も、一度くらいは仕事しろ」

「ええ、いいですよ」

 優男のミューズは、指をくるりと回転させる。

 すると、一瞬にして、ベスティアリーは突如現れた、丸い形の鳥篭に閉じ込められる。

 鳥篭の中は、入っている住民に向けて、幾つものトゲが向いていた。

「なっ……!?」

 ベスティアリーは叫ぶ。

 そして、無理やり鳥篭を引き千切ろうとする。

 すると、鳥篭は縮まって、内部のトゲが、ベスティアリーの皮膚や肉を次々と刺し貫いていく。彼は数分くらい、抵抗し続けるが、全身にトゲが深く刺さっていき、徐々に暴れる事を止めていく。

マフィアのボスは、今度こそ、抵抗する事を諦めたみたいだった。

「すごいな」

「もっとも、フェンリルさんには無力でしょうけどね。敵で無くてよかった」

「ああ」

 オレは相槌を打つ。

 拷問器具へと閉じ込める能力と言うべきか。

 ひょっとすると、彼はこの中で、一番強い能力者なのかもしれない。

「僕の『エンペドクレス』はどのような怪物も静まります」

 優男は、笑顔をオレ達に向けた。

「……ベスティアリーは駄目だったか。じゃあ、次は僕が」

 ぼそり、と近くで、ブエルが呟いた。

 ミューズは、彼も鳥篭の中へと閉じ込める。

 鳥篭の出現は、一瞬だった。たった一瞬で敵を鳥篭の内部に閉じ込める。

「無駄だよ。戦うのは僕じゃない」

 ブエルは嘲笑う。

 カルネイジが揺れる。

 大きな人型の怪物へと変形していく。

 それは、さながら神話の巨人のような姿をしていた。

 一体、全長何百メートルあるのだろうか。

 怪物は、オレ達に向かって歩き出す。

 ミューズは、一瞬だけ、サディスティックな笑みを見せた。

 エンペドクレス……。

 ミューズは、怪物も巨大な鳥篭の中へと閉じ込めた。

 鳥篭は怪物が幾ら中で抵抗しても、引き千切られる事はなく、縮小していって、怪物の全身を貫いていく。

 それを見て、ブエルは諦めたように、溜め息を吐き出した。

「アサイラムか。……僕の研究はまだまだ未完成だというのに……」

 酷く悔しそうに、ブエルは此方を睨んでいた。

 ……。

 カルネイジに突入して、三時間弱が経過していた。

 オレ達五人は夜明けと共に、アサイラムへと戻る事になった。


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