ヴァンパイア・パロール 第二章 カルネイジ・ビースト 2
洞窟の向こう側が、別のビルへと繋がっていた事には気付いていた。
暗い通路の中だ。洞窟ではなく、コンクリートの壁と地面に変わっている。
やろうと思えば、ベスティアリーの場所へはすぐに辿り着けるだろう。
只、オレ一人ではベスティアリーを倒せるかどうかが分からなかった。
敵の能力がまるで分からない。
ウォーターやケルベロス達も、彼の能力は知らなかったし、リストにもベスティアリーの能力は記されていなかった。
ウォーター達の戦いが終わるまで待つ。それが結論だった。
オレは能力を使って、カルネイジ中の空間を探る。
カルネイジには、数十名、数百名くらい、動く者が存在していた。
彼らは能力者ではないのだろうか。マルファスいわく、ベスティアリーを除く能力者はマルファス自身を含めて五名しかいないらしい。
しかし、この迷路状のビルの中には、得体の知れない相手が何名も存在しているみたいだった。数メートルの大男もいる……。ひょっとすると、怪物の類かもしれない。
まず、ケルベロスと合流する事を考えた。
ケルベロスはボティスという男に苦戦しているみたいだった。
彼は先ほどの場所で戦闘を繰り広げているみたいだった。
先ほどの蛇が、何があったのか更に巨大化している。ケルベロスは続けて、蛇を切り伏せているみたいだった。
オレはケルベロスの場所へ飛ぶ事を考える。一度では距離が足りない。それから、下手に戦闘の中に突っ込んでいくと邪魔になる。沈静化を待つ事にする。
ふと。
背後に気配を感じた。
小さな気配だ。
それは赤い光を放っていた。すぐに、その光は遠のいていく。
そして。
何者かが此方に近付いてくるのが分かった。
監視カメラか何かに見られたのだろうか。
とにかく、オレの存在は敵に伝わっている。
オレは敵を迎え撃つ事に決めた。
ゆっくりと鼓動が近付いてくる。心臓が脈打つ音だ。
足音。静かに床を移動している。
オレは両手に、剣を召喚した。
暗闇の中から、一人の男が現れる。
青年だった。オレと同じくらいの年齢だろうか。
前髪が目元を覆っている。だぼだぼのセーターを着ており、手には大きなクマのヌイグルミを抱えていた。
「君達の仲間なんだろう? 彼女は。プルソンと交代した。僕の能力がすぐに見抜かれるなんてね。とってもやっかいだったよ」
「お前は? ……」
気のせいか、ヌイグルミが話しかけてきているような感覚。
「僕はブレス・チャイルドのアミィ。この子の名前はオブジュ。君は誰?」
「オレの名は。フェンリル。よろしくアミィ、オブジュ」
アミィは嬉しそうな顔をしていた。
「マロニーが君とお友達になりたいんだって。マロニーとお話しない?」
なんだか、幼い印象が強いが、とてつもなく不気味だった。
腹話術かと思ったが、話しているのはヌイグルミだろうか。そのようにも見える。
「ひょっとして……、ヌイグルミのお前がアミィで。そっちの男がオブジュ……?」
「そうだよ」
ヌイグルミは哂っている。男の口を通して、ヌイグルミが此方に語り掛けているのだ。
「オブジュはとっても内気だからね。僕を通してしか話せないんだ。それよりも、ほら、マロニーが君に話しているよ。マロニーを無視しちゃ可哀相だよ」
「マロニー……?」
オレとアミィ達の距離は3メートル以上、離れている。
何かが動いた形跡は無い。
肩に何かが触れていた。
それは、オレの首に息を吹き掛けている。
オレはそれを、剣で傷付けないように、ゆっくりと叩き落とす。
それは、首の無い人形だった。
掌に収まるくらいの小さな人形が、地面に落ちている。
エプロン姿の少女の身体をしていた。
今までの経験から分かる、この人形はかなりヤバイ。……。
「マロニーが君の事、気に入ったみたい。君はとっても綺麗だからだって。髪の毛が綺麗だし、顔も可愛いね。僕は最初、君が本当に女の子だと思ってたんだよ。マロニーもだって」
「なんで人形に頭が無い? こいつは何なんだ? いつから、オレの肩にいた?」
「そうそう、グリックも君の事が気に入ったんだってさ」
足首に異物感。
足元を見ると、腹から綿が出て、顔半分を切り裂かれた小鳥のヌイグルミがオレの左足にもたれ掛かっていた。オレは気持ち悪くなって、それを蹴り飛ばす。
「ブレス・チャイルドか。……意味は祝福された子供? こいつらはいつの間に、オレの傍にいたんだ?」
気付けば、マロニーが何処かに消えていた。
オレのフェンリルでは、彼らの動きが掴み取れなかった。
いつの間にか、人形がいる。やっている事はそれだけだが、気味が悪かった。
オレは、取り敢えず、アミィを切り裂いてみる事にした。
クマのヌイグルミに剣撃を入れる。
ヌイグルミは、頭を裂かれて、青年の手から転げ落ちる。何故だか、人間の肉を抉るような感触を覚えた。
「お前の方も切るぞ? 攻撃を止めろ」
オレは剣の先を、青年へと向ける。
「人も殺せない癖に」
どこからか、声が聞こえた。嘲るように哂っている。
何者かに勢いよく、腹を殴られた。
オレはのめり込む。
そして、顎を強く打たれた。頭が割れるように痛くなる。
そのまま、オレは地面に倒れていた。
青年は無感動のまま、オレを見下ろしている。
人形がオレを殴ったのは間違いない。けれども、攻撃がまるで見えなかった。気付けば、クマのヌイグルミもどこかに消えている。
「此処は僕の力が出し切れない。ベスティアリーの処まで辿り着いたら、また遊ぼう? 彼の部屋の前に、僕の部屋があるからさ」
耳元で何者かに囁かれた。顎のダメージが頭にきているのか、酷くクラクラする。
オレはこの場から逃げる為、飛ぶ事にした。
距離は二階上。通路らしき場所がある。
オレは瞬間移動する。
そして、一息付く事にした。
まだ、攻撃された場所が痛い。腹と顎にダメージが残っている。
静かに、ダメージが回復するのを待つ事にした。
……。
敵に気付かれたみたいだった。
大量の足音が此方に向かっていた。
オレの能力が瞬間移動というのも既にバレているだろう。
オレは覚悟を決めて、全員を切り伏せる事に決めた。
そいつらは、どうやら心臓が動いていない。生きていない人形か、動く死体なのか。
十数秒後、敵は姿を現した。
まず、現れたのは身の丈、3メートル以上の大男だった。
筋肉の付き方が異様だった。腕の太さがオレの両肩よりも太い。その癖、バランスが悪く、足の方は細かった。
オレは試しに、剣をブーメランのように投擲して、大男の腕を切り付けた。
大男は悲鳴を上げる。切った断面図から、血が流れていない。生き物ではないみたいだった。
大男は切られていない、もう片方の腕で殴り掛かってきた。難なく、オレはそいつの頚椎に蹴りを入れる。骨がへし折れる音がした。
大男は地面に倒れる。
他にも、足音は近付いてきた。
また、同じような姿の大男が三名。オレは難なく、そいつらを倒す。
……集まってきている。オレはこのフロアも脱出するかどうか考えた。
ルサールカ辺りと合流するべきだろうか。
そんな事を考えている間にも、敵はやってきた。
今度は、細い極端に痩せた男が二人だった。
オレは剣を振り回す。一人の上半身と下半身を分断した。
もう一人にも切り付ける。
すると、剣を白刃取りされた。
オレはそのまま、蹴りを男の腹に入れる。
男の眼は異様だった。まるで、オレの行動を分析しているような。
オレは、今度は男の頭を狙った。
すると、オレの蹴りを痩せた男は避けた。
そして。
オレの動きを真似て、痩せた男はオレに蹴りを入れてきた。
オレは紙一重でそれをかわす。
そして、痩せた男の足を踏み折った。
男の両足がへし折れて、皮膚からコードのような物が飛び散る。
確かに、今、オレの動きは真似られた。
オレは剣で、男の首と胴体を切り離す。
何かが不自然だった。
気付けば、敵に囲まれていた。
大男が二人。痩せた男が一人。
彼らの眼は、オレをじっくりと観察しているようだった。
オレは彼らと戦わない事を選ぶ。
すぐに理解した。
彼らはオレの動きを読み取っている。おそらく、仲間にオレの攻撃の情報を伝える事が出来るのだろう。
彼らから、離れる事、数百メートル。
逃げられない事だけはすぐに分かった。何処もオレは監視されている。
何者かが此方に近付いていた。
オレは戦闘態勢に入り、そいつを迎え撃つ事にした。
暗闇の中、ゆっくりと新たな敵は近付いてくる。
オレは二本の剣を構えた。
見ると。
ルサールカだった。
血に濡れた右腕を押さえながら、壁伝いに歩いてくる。
「ルサールカ……?」
「やっぱり、フェンリルか。ケルベロスは苦戦して、ウォーターはあの技を出したら、しばらく動く事を止める。私は私でこのザマ。一度、みんな合流した方がいいかもしれないわね」
よく見ると、ルサールカは太腿も鋭く切り裂かれていた。他にも外傷があるかもしれない。
「フェンリル。貴方が戦っていたのは、この施設で作られている強化人間よ。貴方のデータを観察していき、戦うたびに別の個体が強くなっていく」
「成る程、道理で」
「此処は対能力者研究の施設でもあるのよ」
彼女は意味ありげな事を言った。
「確か、プルソンと戦ってたんじゃ?」
「樹木使いなら、バラバラにしても死なないわ。切断面から、新たな身体が生えてきた。此処にいる能力者は、みんなBランク以上なのよね。このメンバーなら戦えると思ったのだけども。ウォーター・ハウスもマルファスを殺せなかったみたいよ」
「みんなの戦況が分かるのか?」
「ええ。私の『ギヨティーヌ』なら。貴方の場所も、能力で見つけた。それにしても、貴方達、馬鹿じゃないの? 三人共、心の中で互いに張り合って。三人がまとまっていれば、敵に勝てたんじゃないの?」
しっかりと、見抜かれていた。
「仲間に能力を教えない。仲間の強さを監察し合っていたからな。そんな事まで、見抜いていたのか?」
「アサイラムにいた時も、貴方とウォーター・ハウスときたら。お互いを牽制しあって。ケルベロスが一番、マシね」
「男同士の悪い癖なんだよ。相手に負けるようで、癪だからな」
と言いながら、ふと疑問に思った事を口にする。
「心が読めるのは、能力か?」
「違うわよ。そんなの、貴方達の態度を見れば分かるじゃない」
本当にじれったそうで、うんざりしたような顔をしていた。
「じゃあ、位置を知る事が出来るのは能力なんだな? お前のギヨティーヌは、どんな力を持っているんだ?」
「それは、……」
十数名に囲まれている。
先ほどの男達だ。大男と痩せた男。その中にオレの足までくらいしかない小男も混ざっていた。ルサールカはオレにウインクする。
彼女の身体が二つに分かれた。
彼女は二人いた。
「フェンリル。私は私のドッペル・ゲンガーを作り出す事出来る!」
ルサールカの半身は、オレの能力で存在を認識する事が出来ないみたいだった。そこに存在している筈なのに、存在していない。
彼女は自身の幽霊を作り出す能力なのかもしれない。
彼女の分身は男達に纏わりつく。男達は殴打や蹴りを入れるが、全てそれらは彼女の分身をすり抜けていった。
「ふふっ、私のドッペるゲンガーは、一撃でショック死させかねない攻撃を与えないと、消滅しないわ」
ドッペル・ゲンガーは、男達の肉体に触れる。
すると、男達の身体は動きが停止して、そのまま地面に倒れていく。
「……強いな……」
オレは素直に感嘆した。
「ええ。まあ、プルソン相手は相性が悪かったから逃げてきたけどね」
あっという間に、全ての奇妙な男達は倒れた。
「どうする、これから?」
「どうせなら、ベスティアリーを拘束しに行きましょう。ベスティアリーを先に倒せば、他の面子に逃げられるかもしれないけど。Aランクを優先したいわ。それに、外にはミューズも待機しているし」
「そうだな。ベスティアリーが何処にいるか分かるか?」
「分かるわよ。先に私の分身で、カルネイジ中を把握している。だから、そこまで、連れていってくれない?」
オレはルサールカの肩に触れる。
「分かった。位置を教えてくれ」
†
ベスティアリーのいる階は、普通のホテルの中のようになっていた。
空き部屋ばかりだが、中にはベッドとシャワールームが設置されている。
階の奥に、ベスティアリーがいるのは分かっていた。
そして、もう一人、動いている人間がいる。
アミィだ。
ベスティアリーがいるだろう寝室の隣の部屋。
アミィらしき人間が確かにいた。
「……やっかいだな」
「……ええ」
ベスティアリーはオレ達を待ち受けている。
どんな攻撃を仕掛けてくるか分からないが、間違いなく罠に嵌めようと考えている。
オレが瞬間移動して、着地した瞬間は無防備だ。
だから、何か重い一撃を与えてくるかもしれない。
オレ達は覚悟を決めて、歩いて進む事に決めた。
ベスティアリーの部屋の前まで来る。
ドアノブに手をやる。
何かがおかしい。
ドアノブが動かない。いや、何か強い力で左手を握られている。
人間の気配が確かにあった。
「ブレス・チャイルドのアミィ。おそらく彼の能力は……」
ルサールカは呟く。
隣の部屋の扉が静かに開いていく。
強い勢いで、オレは隣の部屋の中へと引きずり込まれていく。
ルサールカも見えない何かによって、弾き飛ばされていた。
だぼだぼのセーターの青年がソファーに座って、オレを見つめている。
この部屋は気味が悪かった。大量のヌイグルミや人形が飾られている。
……おそらく部屋中にいる。
オレはいつでもアミィを戦闘不能に出来るように身構えた。
「君達じゃベスティアリーに勝てないよ。蛇使い君も人形作り君も君達よりもずっと強いからね」
相変わらず、青年は腹話術を使ってヌイグルミに喋らせていた。
「知らんけど。ウォーターはマルファスを追い掛けているみたいだな。ケルベロスは何だあれは……? ビルが半分瓦礫している。いつの間に? ……お前達は相手が悪過ぎる。観念する事だな」
クスクス、とアミィの哄笑は響く。
「それでも、ベスティアリーには勝てない。彼の力は強大だ」
絶対的な自信。盲目すら灯るような瞳。
「ベスティアリーに勝てるかどうかは分からないが、お前には勝つつもりでいるぜ」
オレもまた、自分自身の力に対する自信を持って答えた。
アミィはクスクスと余りにもおかしそうな顔をしていた。
彼はヌイグルミの中に詰まれていた絵本を取り出す。
そして、それを開いた。
「三匹の山羊のがらがらどんっていう本なんだけど。この本は僕の子供の頃からのお気に入りでね。怪物トロルを山羊がばらばらにしちゃうんだ。僕はこの大きな山羊が大好きで」
彼はぶつぶつを呟く。
「フェンリル、攻撃される! こいつは幽霊を操れるのよ! それも無生物の幽霊を!」
「遅いよ……」
目の前を何かが横切ったような気がした。
オレの両手に何か重みを感じる。オレはそれを凝視する。
視覚出来ない。けれども確かな質量を伴って存在している、触った形で分かる。
俗にパイナップル型と呼ばれるそれ。
ピンの外れた手榴弾だった。それも大量に両手に絡まっている。
それはどうやら、オレの頭にも引っ付いているみたいだった。
手榴弾は炸裂する。
アミィがせせら笑っている。
空間移動すれば、手榴弾ごと引っ付いてくる。避けられないタイミング。
手榴弾は爆発していた。部屋中に破壊音が鳴り響く。
何故か、部屋にあるものにダメージは無かった。当然、爆発の射程範囲にいたアミィにもダメージは無い。
「へえ、やるじゃない」
オレもまた、ダメージを食らってなかった。
そのつもりだったが、両手の骨の何本かは亀裂くらいは入ったかもしれない。指から血が滴り落ちている。
オレは無傷の顔で、アミィと対峙していた。
「何をしたの?」
「お前も何をした?」
「君が言うなら、僕も言うよ? それでいいかな?」
「いいだろう」
オレは他にダメージが無いか調べる。ルサールカが気付けば居ない。
「オレは爆発のエネルギーを瞬間移動させた。ついでに破片もな」
「へえ、そういう事も出来るんだ。中々、強いじゃない。君の能力も」
「お前の能力、ブレス・チャイルドを教えろ」
「うん。僕の祝福された子供達、ブレス・チャイルドは。無機物の幽霊を作り出す事が出来る。君に今、手榴弾の幽霊をプレゼントした。幽霊だから、何度でも爆発させる事が出来る。僕と部屋へのダメージは煉瓦と鉄板の幽霊を出現させて防いだ。爆弾も防御壁も幽霊だから、何度でも出現させて君を攻撃出来るよ?」
「やってみろ。もう一度、同じ事をすれば。今度は爆発のエネルギーをお前の元へと瞬間移動させてやる」
がしゃがしゃと、彼は何も無い空間から何かを取り出して、口の中へと放り込んでいた。スナック菓子を噛み砕く音のようだ。
「なるほど。じゃあ、これはどうかな?」
アミィはパントマイムのように、存在していない筈のコップを掴んで、存在していない筈の飲み物を口に入れる。喉が脈動している。
オレの肩が勢いよく抉られる。
この衝撃は銃弾だ。
次は足だった。足の腿の辺りを射抜かれた。
「さて、君のフェンリルは銃弾に反応出来るかな?」
ぽりぽりと、なおも彼は見えないスナック菓子を食べ続ける。ドリンクも持っているようで、何かを飲んでいる仕草を見せ、喉が動いている。
オレは有無を言わせず、アミィの隣へと瞬間移動した。
オレが先ほど、立っていた場所を挟んだ壁に、幾つもの弾丸の痕が現れた。
「危ない、マシンガンの幽霊か」
オレはアミィの頭部へ勢いよく、踵落としを入れた。
硬い物に命中して、悲鳴を上げたのはオレの方だった。
「鉄骨の幽霊」
アミィは余裕の表情を浮かべている。
……こいつは強い……。攻撃がまるで通らない。
「流石、Bランクって処だな?」
「そう? それはありがとう。でも、君も凄いね。普通は最初の一撃で死んじゃうんだけ
どなあ」
アミィは余裕の表情を浮かべている。
彼はペンギンのヌイグルミと梟のヌイグルミを抱き締めて、それらを撫でていた。
完全に勝利を確信している顔だ。
オレの足に何かが触れた音がする。スイッチ音だ。
「地雷の幽霊」
このままではオレの足が吹っ飛ばされる。
けども。
「爆発物は見切った。……お前の負けだ」
アミィの元へ、爆発のエネルギーを瞬間移動させる。
地雷による爆発は、三分の二くらいがアミィの処へと向かっていた。
彼は焦った顔をしながらも、ノーダメージだった。また何かの幽霊で防御したのだろう。
オレ自身も既に瞬間移動していた。ノーダメージのまま、壁を蹴り上げる。そして、そのエネルギーを飛ばした。
それをアミィの顔へと叩き込む。
「無駄だよ。遅い」
また、彼は何かで防御していた。
瞬間。
アミィの顔面で何かが炸裂する。彼は絶叫した。
オレは床に転げ落ちる。
彼の顔面はぐしゃぐしゃだった。
地雷が爆発して、0・5秒以内の行動だった。
オレは地雷のエネルギーの三分の二をアミィの元へと移動させた後、残り三分の一を部屋の外へと移動させた。その後、再び三分の一のエネルギー、衝撃波となっているエネルギーをアミィの元へと送り付けたのだった。
「……フェンリルの瞬間移動能力の限界だな。……爆弾だったら見切れた。銃弾の乱射だったらキツかったけれども。お前の負けだ。……処で生きていて欲しいんだけど。オレを人殺しにするんじゃないぞ?」
オレは部屋から出る事にする。
部屋の中は、綺麗だった。奥でアミィがうつ伏せに倒れて、顔からは黒煙が噴出している。彼の手からナイフが現れる。
ナイフは近くにあった、ヌイグルミを幾つか切り付けていった。
ヌイグルミの幾つかが首を切られて、腹を裂かれる。
ヌイグルミの死骸。ヌイグルミの死体。
「まさか……」
腹だった。
腹を何者かに切り裂かれる。
早い。剃刀のような攻撃で、銃弾のように向かってきた。
オレは再びアミィの元へと飛んだ。今度は首筋を何かが切り裂いてきた。
オレはアミィの背中へと、止めの打撃を入れる。
空中で見えない何かにガードされる。足が折れそうな程、痛い、鉄骨の幽霊だ。
オレは再び、距離を置く。今度は腕を切り裂かれた。
ヌイグルミの中から、一際、大きいクマのヌイグルミを見つける。
先ほど初見で会った時に、抱き抱えていたヌイグルミだ。
オレはそいつに向かって、勢いよく蹴りを命中させる。
クマのヌイグルミは、綿をいっぱい出して、弾け飛んだ。
「あ、あ、あああああああ、あああああああああっつ、か、彼がいなければ、僕は、ぼ、僕は僕は! あああっ」
ブレス・チャイルドのアミィは顔を上げる、顔面は重症だった。
そして、彼は再び顔を地面に付けて、それ以来、起き上がらなくなった。
それから、オレへの見えない攻撃も収まった。
オレは今度こそ、部屋を出る。
ダメージは、肩と足に受けた銃の攻撃が酷い、腕、首、腹に裂傷。両手も酷く痛く、剣を握れそうにない。正直、足と手のダメージだけでもう帰りたい。
ルサールカを探す。
壁に文字が書かれていた。即興で書いたのだろう。
-プルソンに見つけられた。戦ってくる。-
オレはベスティアリーの元へと向かう事にした。
ルサールカは何処かへと消えた。そういえば、先ほどもいきなり現れたような気がしたが。
オレはベスティアリーのいる扉に手を掛ける。
何かがおかしい。右手の指が巧く動かない。
……いや。
手に何かが巻き付いている。それが視認出来ない。
ぷつり。と、腕から血が噴き出していく。
気付くと、背後に壁にもたれながらアミィが立っていた。
顔面はぐちゃぐちゃだ、鼻と口の裂傷が酷い。すぐにでも病院に連れていかなければならない状態だ。それでもなお、アミィは精神力だけでオレに攻撃を与え続けている。
彼は何かを手にしていた。何かを握って、オレに向けているのだが、オレは彼が右手を前に突き出しているだけにしか見えない。彼の手の中には何かがある。
おそらく、拳銃。見えない拳銃を彼は握り締めている。
アミィとオレまでの距離は、数メートル。オレの攻撃は通常届かない。オレの右手は固定されている。
一瞬だった。
オレは思い切り、蹴りを空中に入れる。彼の脇腹に向けて、蹴りのエネルギーを瞬間移動させた。ドアに銃弾の跡が刻まれる。アミィはそのまま仰け反る。攻撃の瞬間移動のエネルギーは見えない為に、見切れずに、何かの幽霊でガードする事が出来なかったみたいだった。あるいは、防御用の幽霊を作り出す精神力は、もう尽きていたのかもしれない。
追撃として、オレは即座に彼の顔面に蹴りのエネルギーを撃ち込んだ。盛大な悲鳴を上げて、彼は地面に倒れ込む。
普段は、直接、蹴ったり斬ったりするのは、自身の攻撃のエネルギーを瞬間移動させると、エネルギーが何割か転移中に消滅してしまうのか、威力が格段に落ちるからだ。しかし、まあ、重症のアミィを倒すには充分な威力だったようだ。
オレの右手から、何かが外れて、そのままドアノブが開いた。
オレはベスティアリーの部屋へと入る。
部屋の中は明るかった。
夜景が見える。床には獣の皮を剥いだ絨毯が敷き詰められていた。
窓の近くにある椅子に腰を下ろして、その男は立っていた。
写真に写っていた顔と同じだ。
ベスティアリー。
高そうなブランドのシャツにネクタイ。スーツ。離れていても匂ってくるキツい香水。
ヘアクリームで撫で付けた頭。年齢は五十代前半といった処だろうか。白髭を生やしている。
男は缶ビールをグラスに注いで、部屋に入ってきたオレに興味を示そうともしない。
「……ベスティアリーだな。……? もう分かっていると思うが、オレはお前の城に侵入して、お前を捕獲しにきた。抵抗しないなら、暴行しないと誓う」
ベスティアリーはグラスに注いだビールに口を付ける。
よく見れば、高そうなビールだった。
部屋の中にはクラシックが流れている。ワーグナーだ。余りオレは好きじゃない。
彼に攻撃を与えていいのだろうか? そう考える事が拙いのか?
ベスティアリーはオレを無視して、まるでシャワーを浴びてきて、寛いでいるかのように自然な体勢をしている。
「オレは見えていないのか? ……無視はオレに対する敵意と受け取る。従って、攻撃させて貰う。何、ちょっと手足の骨をへし折るくらいだ。死にはしない」
オレは空中に向かって、蹴りを入れる。そして、そのエネルギーをそのまま彼へ向けて飛ばした。
ベスティアリーは何事も無かったかのように、二本目の缶ビールを開ける。
何かがおかしい。オレはもう一度、蹴りを入れようとする。しかし、身体が重い。蹴りを入れようと、右足を高く伸ばす。すとん、と地面に尻餅を付いた。
オレは動転しながら、肉体に起こっている異常を確認する。
全身が異様な程に重い。何かを背負っているみたいだ。
「『イモータル・ホワイト』と名付けている。私は自身の力の名を」
ベスティアリーは二本目のビールを注いだグラスに口を付けながら言う。
「重力だな? 全身が重い。お前の能力は重力を操るのか?」
全身の骨や筋肉が痛み出してきた。どんどん重くなっていく。
「……まあ、そのようなものかな。重力なのかどうかは私にもよく分からないが」
オレは瞬間移動して、ベスティアリーの隣へと向かう。
此方も重い。それも先ほどよりもだ。このままだと肉体が潰れていく。
「気付かないのか? 部屋中の空間を圧縮している。私以外のね。だから、君が私を倒そうとするだけ無駄なんだよ」
見ると、部屋が縮んでいっている。窓ガラスにヒビが入り、絨毯が捲れて萎縮していく。クラシックを流していた蓄音機が音を立てて小さく圧縮されている。
「私のイモータル・ホワイトは物質がゼロになるまで圧縮し、縮小する。幾らでも小さくなるぞ。君もそのまま縮んでいくといい」
部屋がどんどん狭くなっていく。ベスティアリーだけが平然とビールを喉に流し込んで寛いでいた。
オレは窓枠へと向かう。
そして、瞬間移動した。移動速度がいつもより明らかに縮んでいる。オレのエネルギーまで萎んでいる。
窓枠に手を掛けた。ついに、皮膚が裂け始めた。骨も異様な音を立て始めている。
窓枠まで来れればいい。
オレはそのまま、外へと飛ぶ。
何も無い空だった。
オレはそのまま、数十メートル上空から地上へと落下していく。
ベスティアリーの能力が届かない処まで。




