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ヴァンパイア・パロール 第二章 カルネイジ・ビースト 1

 裏・新宿の次元から、北東の海を約7キロ離れた場所に浮かんだ島。

 そこは、武器貿易組織『ZOO』の中枢部だった。

 此処は、人口2万名程だが、その大半はZOOの構成員か準構成員であると云ってもよかった。

 スラム街はなく、街の住民全体が一つの共同体を形成しており、貿易業によって、生計を成り立たせていた。貿易の内容は、表向きは、この島で収穫される魚介類や香辛料であるが、実態としてはZOOという組織によって、作られた武器が市場によって取引に使われていた。

 ネオ・アサイラムの監獄所長は、此の組織を総べる武器商人であるベスティアリーの拘束に踏み切ったとの事だった。

 賞金は懸けられていたが、巨大組織のボスとしての地位が存在している以上、中々、他のハンター達も討伐に踏み切れない相手だ。マフィアと云っても、大都会においてドラッグの密売や売春組織の結成など、分かりやすい悪を行っているわけではなく、地域の住民と密接に関わりあいながら、住民同士を共犯として、組織を成り立たせている為に、リストに入れられていない住民との対立及び殺害は、そのままハンター自身が賞金首対象として入れられかねないリスクを伴っているからだった。

 裏・新宿にて、多大な影響と権限を持つネオ・アサイラムの所長は、ドーンにも強い影響力を持っている為、多少の市民の殺害を許可して、ベスティアリーと彼の幹部その組織の壊滅に踏み切ったのだった。

 リレイズいわく、所長はそれでも市民の殺害は可能な限り避けるべきだと念を入れて忠告しており、仮に市民を虐殺したとしても刑罰対象にはしないが、あくまで君達の良心の元、殺害と市民への暴力は可能な限り、避け。今回のターゲットに関しても、殺害ではなく拘束をつねに念頭に入れて置いて欲しいとの事だった。

 オレ達は、この島を船で上陸する。

 海岸には、綺麗な砂浜が広がり、子供達がボールなどで遊んでいた。

 夜まで、適当に時間を潰して遊んでいよう、とウォーターが云った。

 オレは海辺の売店で売っているピーチ味のカキ氷を食べた。

 ケルベロスはコーラを飲んで、ウォーターはスナック菓子を食べていた。

 三人共、砂浜の子供達を見ている。

 ケルベロスが呟いた。

「オレ達は彼らの生活を守らなければならない。そうだろう?」

 ウォーターは少し考えて、頷く。

「そうだろうな。戦闘狂でも殺人鬼でも無い。俺達は存在しないかもしれない法の番人なのかもなあ。此処にいる住民。今、目に映っている住民の全員を気分次第で皆殺しにする力を俺達は持っている。……もっとも、彼らも実は能力者かもしれないが。彼らが一般市民に擬態した能力者ではなかったとして、普通の市民だとしてだ。俺達は彼らを好きなように蹂躙する事が出来る。俺は分かっている。俺は人間を殺す事を何とも思っていない事にな。けれども、俺が無闇に人を殺さずに、ドーンという枠に収まっているのは法の力を信じているのと、法の力が怖いからかもしれん」

「そうか。俺は純粋に、人間を信じているんだ。愛を信じている。友情を信じている。平和。善。俺は人間の根底は善だと思っている。おかしいのかもしれない。だから、俺は悪人が赦せないのかもしれなく、アサイラム寄りのハンターをやっているのかもしれない」

「何だ。ケルベロスとフェンリルは似たような考え方の持ち主かもな。フェンリルも俺に言ったぜ。殺人は罪悪だってさ」

 オレは少し考えて云った。

「いや、オレはあの時は皮肉で云ったつもりだ。というよりも自嘲かな。オレは、殺人は肯定されるべきだとも思っている。人が人を殺せる世界は健全なのかもしれない。だからこそ、オレは殺害を拒む。オレは人を殺せない。人を殺せないという十字架を背負って生きるつもりだ。命は価値がある。愛には価値がある。人間には価値があると。でなければ、オレは空虚の中で死んでしまうのだろう。ケルベロスは多分、当たり前のように愛とか善とかを信じているんじゃないのかな? オレは違うよ」

「その通りだけど、どう違うんだ?」

 ケルベロスは純粋に疑問に感じたみたいだった。

「君は人間を信じているから、非殺や平和を願っている。オレは人間を信じていないから、非殺や愛が大切なのだとでっち上げるしか無いと思っている。云っている内容は、表面的には同じかもしれないけれども、実質、オレ達の人生観は違うんだと思うよ」

 ケルベロスは続けた。

「でも、俺も人を殺す。平和の為にな。たとえば、あそこにいる子供達の笑顔を守りたい。それは純粋な俺の感情から出てくるもんだろうな」

 ケルベロスはマルボロと書かれた箱を取り出して、煙草に火を付ける。

「俺が持つ意思。おそらくはそれは、正義感と呼ばれるものかもしれない。笑ってくれ」

 ウォーター・ハウスはくっくっと笑った。

 オレは笑わなかった。

 ただ、考え込んだ。

 結局の処、この世界において公式な機関など存在しない。故に、最大規模を誇る刑務所であるネオ・アサイラムですらも、ドーンと同じように民間組織のようなものだった。

 法治国家をこの世界は作り出す事が出来ていない。それでも市民の安全を守らなければならない、平和、非暴力を望んでいる者の方が大多数を占めている為、監獄や精神病院、警察機関の存在は作り続けられていった。

 もし、表側の地球や日本ならば、人間単体の持つ腕力、力量、生命力、生存力などに露骨なまでの格差が存在していない為、法治国家を作る事に成功しているのだが、人間が進化の上で、歴史の上で、一部の人間のみに『能力』という得体の知れないパワーを手に入れてしまった事によって、その均衡が完全に崩れ去ってしまった。

 能力の事は、魔法、魔術、黒魔術、錬金術、陰陽道、など様々な呼ばれ方をしており、世界、地域によって、その呼び方は異なるが、『能力』とシンプルに名付けられたのが、もっとも定着した。

『能力者』は一般市民から見れば、神、悪魔、魔人、化物、怪物、魔王、そのような呼ばれ方をする事も多い。一般市民からすると、能力者とは人外である外側の存在であり、超人以外の何者でもないからだ。

 オレ達能力者は市民社会とどう関わるかによって、その人生が決定されるとも云われている。市民社会に混ざる者、マフィアや傭兵、暗殺者になる者、大量殺人を行う者、世界の規範を覆そうと組織的なテロリストに回る者、擬似的にでも法治国家を存在させようと警察機関のような組織を結成しようとする者。

 能力者が能力者としての所以は、おそらくは『人を殺せる』という事なのではなかろうか。人を殺す、という行為は普通の人間ならば、怖しく避けたがるものらしい。戦争という極限状態においてすら、やはり人殺しは難しい。戦場帰りに、PTSDを負った兵士の多さ。戦場で人を殺した事により、罪悪感に苦しめられる者。

 能力者はヒューマニズムが欠損している者が多い。他者に対する痛みが欠損している者も多い。罪悪感が根底から喪失している者。

 まるで、彼らにとって一般市民は捕食の対象でしか無いかのような。

 オレは能力者でありながらも、非殺を望んでいる。

 それは、オレがオレ自身に決めたルールのようなものなのだろう。

 オレは人を殺すのが単純に怖い。

 それでも、この世界には殺さなければならない相手がいる。それは分かっている。

 オレは殺人そのものを概念化したかのような存在、ブラッド・フォースと交流した。

 オレが衝撃だったのは、彼はまるで普通の市民社会に何処にでもいるような感性を多く持っていたという事だろうか。勿論、所々に感情の欠損は多い。喜びや悲しみ、怒りが何処か欠損しているのだと、ブラッドは哀しそうに云った。

 それでも、オレが耳に聞いていたブラッド・フォース像とはまるで違っており、まるで機械のように人を殺す事のみによって、存在し続けているのだという印象を持っていたし、実際、ブラッドをそのように思っている人間は他にも数多い。

 ブラッドは云う。自分はおそらく、相当、弱い人間ではなかろうかと。

 ブラッドの持つ矛盾。人を何とも思えない程、簡単に殺せる。それも大量に。圧倒的に。こちらが一切、傷付く事無く。

 それが、酷く悲しいのだと。

 ブラッドは能力者が云う意味での強さなんて求めていない。

 彼が望んでいるのは、おそらくは当たり前のような友人との交流。

 オレはそのように感じた。

 けれども、感情の欠損したブラッドは、殺人行為を何とも思っていない。人を殺す事はただ、彼にとっては呼吸する事。食事する事。そのようなものなのだろう。それと同時に、まるで自身の欠損を埋めるかのような。



 ウォーター・ハウス、ケルベロスの二人と一緒にオレは行動する事になった。

 オレ達は、ベスティアリーの館であるカルネイジへの侵入を試みる事になった。

 夜襲だ。この島の住民達は、皆、寝床に付いている。

 ミューズは待機していた。もし、リストに入っている賞金首及びベスティアリーを連れて来る事が出来れば、彼が封じ込める事が出来るらしい。

 それに、万一、島の外部に標的が逃げた場合、ミューズが捕獲するとの事だった。

ルサールカは、カルネイジの別ルートから侵入するらしい。

 カルネイジは六、七つの建造物が融合したような形をしていた。建物の所々に橋があり、建物の所々がくっ付いている。

 情報によれば、内部は迷宮になっていると聞く。

 カルネイジは何らかの研究施設なのだが、その実態はまだ分かっていない。その調査も兼ねての侵入だった。ランキングされた標的を拘束する他、ベスティアリーの研究を潰す。それがオレ達の目的だった。

 オレ達が試みた侵入ルートは空からだった。

 船に積んでいた、黒い塗料を塗られたヘリから、オレ達三名はカルネイジの最上階へと飛び降りた。

 屋上だ。

 おそらくは、此処のビルの何処かにベスティアリーがいる。

 彼を拘束出来ればそれでいいのだが、他にも仲間がいるだろう。ベスティアリーの配下が大きな障害になるかもしれない。

 オレ達が降りた屋上から、屋上のドアを、抉じ開いて中へと侵入した。

 二人にはまだオレの能力は明かしていない為、無駄に手間を掛けて中へと侵入する事にする。

 ちなみに、オレは未だにウォーター・ハウスとケルベロスの能力を聞いていない。彼らも聞かれないと答えないのか、あるいは聞いても答えてくれないかもしれない。

 ドアを開けた先は、まるで建設途中のように鉄骨を組んだだけの螺旋階段になっていた。

 オレ達三名は慎重にそれを降りていった。

 階段は途中から、岐路に分かれていた。

 階段が途中で、二つに分かれている。

 オレ達三名は右の方へと向かった。

 しばらく降りていくと、オレは舌打ちする。

 階段が途中で、途切れており、下一面に暗闇が広がっているのが見えたからだ。

 左だったのだろうか。戻ろうとする。

 ケルベロスは云った。

「下調べによると、カルネイジは迷宮で、部外者を閉じ込めて処刑する事が目的らしい。ビル六つ半はある要塞だが、実質上、使われているのはビル一つ分くらいだそうだ。後は全てフェイクらしいな」

「よくそんな手の込んだ事をやるよなあ」

 ウォーターはぼやく。

「何でも、建造物を自由に変形させる事が出来る能力者がいるらしい」

 さて、どうするか、と三人で首を傾げたところ。

「普通に、飛び降りないか?」

 オレは提案する。

 二人はそれもそうだな、と云った顔をした。どうせ、この面子なら多少の高さなら無傷だ。

 三名とも、階段から暗闇へと向かって跳躍した。

 十数メートル程、落下した頃だろうか。

 地面へと着地した。

 足場を確認すると、絨毯のようにふかふかな足場に当たった。

 しばらく歩く、すると明かりが見えてきた。

 そこは回廊になっていた。

 道が十字路に着き、三つに分かれている。

 少しだけ、地面が傾いているのか正面の先が見えない。

「三人ずつ、別の道を行くか?」

 オレは訊ねた。

「いや、三人固まって行こう」

 ケルベロスは云った。

 そのまま真っ直ぐ行く。すると、行き止まり、左右の通路に別れていた。

 地図のようなものがあればな、とウォーターがぼやいた。

 オレはしばらく考えていた。オレの能力を使えば、簡単に迷宮なんて潜り抜ける事が出来る。今、彼らに自分の能力を明かすべきか否か。

 オレ達は左側の通路に行った。すると、また十字路に突き当たった。

「どうする? ケルベロス。もしかしたら、この通路自体がトラップの可能性があるぜ」

「かもしれん。侵入者を永久に迷わせる場所になっているのかもな」

「壁でも壊すか?」

「そうだな。壊す壁を選ぶか」

 ケルベロスは壁に触れていった。

「……床を壊して、下の階へ向かった方がいいかもしれん」

「そうだな。頼む」

 ケルベロスは床をこつりこつりと叩いた。

「なるほど。空洞になっている。確かに下にも階がある。ぶち抜くか?」

「そうしてくれ」

 ケルベロスの筋肉が肥大化する。

 彼は勢いよく地面を殴り付けた。

 穿ったコンクリートと鉄骨。

 地面の下にも、同じような通路が続いていた。

 歩いても、歩いても十字路ばかりが続いている。

 オレは溜め息を吐いた。

「二人共、聞いてくれ。本当はチームを組んでいるから、真っ先に協力するべきだったんだけど。オレはお前らがまだ能力を出していない事が嫌でさ。黙っていたんだけれども、このビルはオレの能力で突破する事が出来るぞ」

 二人はオレの方を見て苦笑する。

「なら、早く云えよ」

「すまない。俺達の能力も後で見せる」

 オレは人差し指を立てて、くるくると回す。

「まず、オレは視界に映らない空間が把握出来る。どれくらいの空間を把握出来るかは秘密だが、とにかく把握出来る。此処は地上、250メートルくらいで。この階は縦に130メートルと横に220メートル。上に3メートル45センチの空間だ。ちなみに、この階に下へと続く階段らしき場所は無い。エレベーターらしき場所も無い。つまり、此処はトラップだな。先ほど螺旋階段から落下してきた場所、そこは何故か、今、天井が作られて塞がっている。何者かが既にオレ達の行動を把握しており、オレ達をこのビルの中で倒そうと考えているようだ」

 二人はそれを聞いて考える。

「敵は何名だ? 今、何処にいるか分かるか?」

「勿論。敵は二人。一人はこの空間を作っている能力者だろう。もう一人もおそらく、能力者、オレ達以外にこのビルの中にいる人間は二人しかいない。現在進行形で、このビル自体が変形していっている。その能力者を倒さなければ、永久に迷わされると思う」

 二人は眉を顰める。

 ウォーター・ハウスが聞いた。

「どうすれば出られる?」

「……敵の方から、どうやらオレ達を始末しに来たらしい」

 オレは振り返った。

 後方の壁だった。

 ずずっ、と何かを引き摺る音が聞こえてきた。

 ウォーターとケルベロスは振り返る。

 十字路の一つから、長い影が伸びている。

 壁の向こうには敵がいるのだろう。

「どうする?」

 オレは二人に訊ねる。

 なら、俺がやろうか? とウォーターが云った。

 彼の言葉が終わる前に、十字路から人が現れた。

 大男だった。身長2メートル前後くらいだろうか。禿頭の頭に髭を生やしている。

 ワインレッドのスーツを着ていた。肉体はおそらく筋肉質だろう。

「わしの名はボティス。まとめて相手になってやろう」

 よく通る声で、男は云った。

 ウォーターは面倒臭そうにお前にやるよ、とケルベロスの肩を叩いた。

 ケルベロスが高いんでな、と云ってコートを脱いだ。

 よく鍛え上げられた筋肉質の身体だった。鋼の刃でも通りそうにない。

 ケルベロスは地面を蹴る。

 大男に拳の一撃を向けていた。

 大男は、数歩後ろへと下がる。

 一瞬にして。

 大男が現れた十字路の陰から、巨大な蛇が現れて、ケルベロスを丸呑みしてしまった。

 蛇はオレ達に目を向ける。

「…………。あっけなかったな」

 オレは呟いた。

 ウォーターは腹を抱えて笑う。

「次は誰が来るかね?」

 大男は不敵に笑った。

「蛇風情が、この俺を倒せると思っているのかよ?」

 ウォーターはげらげらと笑い転げる。

 蛇はオレ達の元へとゆっくりと近付いてくる。

 ぴきり、と蛇の額が割れる。

 次の瞬間、蛇の顔面が破裂した。

 中から、両指から爪を生やしたケルベロスが現れる。

「お笑いだったぞ」とウォーターは云う。

「不意を付かれた」とケルベロスは返した。

 ボティスはぽかん、としたような顔をしている。

 ケルベロスはボティスへと爪の伸びた拳を向ける。

「次はお前がやるか?」

 ケルベロスは大男に歩み寄る。

 ボティスは気を取り直して、哄笑した。

「その蛇はわしの能力だ。名前は『ディープ・ドゥーム』。貴公は闘いの最中に余所見し過ぎだぞ?」

 舌だ。

 顔を破壊された蛇の口から、巨大な舌が現れてケルベロスを締め付けた。

 嫌な音が響く。

 蛇の舌がバラバラに切断された。

 ケルベロスの全身から刃物が生えている。

 肩や、腕、胸や腿から、大鎌のような刃物が生えていた。

「ケルベロスは分かりやすい武闘派だ。殴り合いや刺し合い、斬り合いの勝負で右に出る者はいない。レッドラムなど、一部の人間を除いてだけどな」

 ウォーターは楽しそうに眺めている。

 大男は慌てたのか、走って逃げる。

 ケルベロスは追い掛ける。

 大男は、十字路の横へ曲がった。ケルベロスもそこへ向かっていく。

 そして、すぐに彼は此方側へ戻ってきた。

「行き止まりだ。ボティスも消えていた」

 オレとウォーターは顔を見合わせる。

「フェンリル、ボティスが今、何処にいるか分かるか?」

「壁の向こうを殴れよ。まだ此方を伺っているぞ」

「そうか、それは……」

 ケルベロスは生えた刃物を更に伸ばしていく。

 蛇の死骸が動いた。粉砕された頭部で、ケルベロスを床に叩き付ける。

 その際に、刃物が刺さり、盛大に血液が吹き上がっていた。

 蛇の傷口が見る見るうちに再生していく。

 蛇はケルベロスを押し潰したまま、此方を眺めていた。

 また、蛇の頭部が吹っ飛ばされる。ケルベロスが起き上がった。

 そして、瞬く間に蛇は再生して、鈍器のようにケルベロスを床に叩き付けた。

 蛇は大口を開ける。

「ウォーター。加勢しないのか?」

「仲間の間抜けさを堪能して何が悪い」

「ゴブリンの時といい……お前って……」

 蛇の大口から、何かが放たれる。

 オレとウォーターはそれをかわした。

 オレ達がいた場所には、大穴が開いていた。

 どうやら、胃酸か何かを飛ばしたみたいだった。

「あのな、ウォーター」

 オレは云う。

 ケルベロスが起き上がり、蛇の頭をナマス切りにした。数秒で、蛇の頭部は復活し、ケルベロスの肉体から生えた刃の一部を咥えると、遠方へと放り投げる。

 蛇は再び、此方に向いて大口を開ける。

 どろっとした、胃酸が滲み出てきた。

「オレ達は敵を舐め過ぎだ!」

 胃酸が洪水のように、此方に押し寄せてきた。

 オレはウォーターの首に触れると、二階分、上の階へと飛ぶ。

 ウォーターはぽかん、とした顔をして頭を掻いた。

 数メートル先の床を見ると、ぽつりぽつりと焼け焦げて、孔が開いている。

 おそらくは、数階分は溶かし尽くしたのだろう。結構な威力だった。

「フェンリル。お前の能力は」

「そう。瞬間移動だ」

 なるほどなあ、とウォーターは頷く。

「意外といないんだよな。空間を飛び越える力を持つ能力者って。超スピードの類は結構、いるけどな。それよりも、なあ、フェンリル。腕は大丈夫か?」

「腕?」

「俺の首を掴んだだろ? 先ほどは助かったが、次からは止めてくれ。お前の命に関わる」

 こきこき、と彼は自分の首の関節を鳴らす。

「お前の包帯の下に秘密がありそうだな。でも、オレがいなければ、お前は死んでいたぜ」

 ふん、と彼は喉を鳴らす。

「まあ、今の攻撃ごときじゃ、俺は死なないだろうが。俺はな、お前が能力を出すのを待っていたんだ。ずっと気になっていたからな、教えてくれないし」

 拗ねたように彼は云う。

「まあ、ボティスはケルベロスに任せて。この迷宮を作っている奴を俺達は倒そう。何処にいるか知っているか?」

「ああ。このビルの地下一階にいる。そこまで飛ぶか?」

「やってくれるか?」

「瞬間移動って云っても。一気に飛び越えられるわけじゃない、数歩地面を歩くみたいに。何回か、着地する必要がある。敵までは四回ってとこかな」

「頼む。ああ、オレの額に触れてくれ。額は無害だ」

 オレは彼の額に指先を当てる。

 そして、空間を飛び越えて、敵の元へと向かった。

 そこは、暗い湿った洞窟のような場所だった。鍾乳石が幾つも生えている。

 そこには、全身、黒いローブを纏った小男が立っていた。

 彼は後ろを向いている、オレは不意打ちを打つ事にした。

 もう隠す必要も無いので、オレは剣を転移させて男の背中に振り翳した。

 オレの攻撃に気付いたようで、裂かれたのはローブだけだった。

 数歩離れて、よれよれのシャツとズボンを着た老人が現れる。

「ボティスに殺されなかったのか。いつの間に、此処に? どうやって?」

 老人は云う。

「なあ、ウォーター・ハウス。オレも見せた。お前も見せてくれないか? お前の力を」

「嫌だね」

 ウォーター・ハウスは舌を出して、笑った。

「俺が能力を使ったら、お前も死んじまう」

 何がチームだ、とオレは悪態を付いた。

「どういう能力だよ?」

「皆殺し系だ。俺以外の人間がどかーんって、爆発して死んじまう。もうメチャクチャに強いんだぜ?」

「お前が一人で此処に出向けばよかったんじゃないか。お前みたいなふざけた奴は、過去に何人か見た事がある。たとえば、オレの友人とかだ。だから、オレから先に能力を見せるのが嫌だったんだ。お前の能力を見るまで、見せてやりたくなかったのに」

「いいから、闘え。俺は観戦しておく」

 オレは剣をウォーター・ハウスへと向けた。

 正直、本気でこいつには苛々し始めていた。

「今、此処でチーム決裂するか? 今からお前が標的だ」

「人の一人も殺せない癖に。やれるもんなら、やってみろ」

 完全に本来の敵を無視して、オレ達は一触即発の状態になった。

 敵の方はというと、付き合いきれないといったような顔をしていた。

「ルサールカと云ったな、あの女……」

 ぽつり、と敵が呟いた。

 オレ達はすぐに敵の方へ向く。

 老人は苛立たしげに、此方を見ていた。

「今、『ブレス・チャイルド』のアミィが戦闘中だ。私の名はマルファス、覚えが無いかな?」

 老人は胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、火を付ける。

「マルファス? 『マリオネイター』か」

「マリオネイター?」

「ランクB。死体損壊者の殺人鬼だな。死体がこう、吊り下がっているんだ。糸も無いのに。全身の関節がぐるぐる捻じ曲がっていて、口から吐き出した腸でぶら下がっているんだよ、天井から」

 マルファスはかっかっと笑った。

「建物も人間も構造は似たようなもんじゃな。骨組みがあって、部分、部分にスペースがある。どちらも操り人形のように、回転させる事が出来るんじゃよ」

 オレは先ほど、切り裂いたローブを見た。

「ウォーター・ハウス。オレは動いている存在を把握して、この建物内の敵の数を把握した……。だから、最初、二人いた。けれども、間違いだった」

 マルファスが纏っていた、ローブの中に確かに何かが蠢いていた。

 ウォーターはマルファスを睨んでいた。

「ベスティアリー以外で、カルネイジの中に能力者は何名いるんだ? お前とボティスと、ルサールカと戦っているアミィって奴だけか?」

「私はサービス精神が旺盛じゃなあ。教えてやろう。私とボティスとアミィ。それにブエルとプルソンの五名じゃな」

「成る程。予め調べていた調査と同じか。元々、みんなベスティアリーの部下だったのか?」

「私は雇われた。他の者はどうなのか。アミィも有名な殺し屋だった筈じゃったかな」

「アミィ、『ブレス・チャイルド』か。また厄介な相手を」

 そう云いながらも、ウォーターは笑っていた。

 どうやら、有名な賞金首らしい。オレもリストを一通り見たのだがよく覚えていない。

 それよりも、オレは不安げに、剣をローブの方へと投擲する事にした。

 オレの手から剣が消えて。ローブの上に瞬間移動し、そのままローブへと突き刺さる。

 ウォーターはオレのその行為を訝しげに見た。

「何かいるのか?」

「いる。何か妙な物に刺さった。オレは何か知らないが、アレを触りたくない」

「そうか、なら俺がやろう」

 オレはマルファスの方を見据える。

 ウォーターがローブを捲る。

 彼は顔を苦痛に歪ませた。

 ローブの中からは、植物の蔓が生え出て、ウォーターの手首に根を張っていた。

「ああ、プルソンが種を仕込んでいたんじゃよ」

 マルファスがしてやったり、といった顔をする。

 オレは剣をマルファスの胸元へと飛ばした。

 マルファスはオレの攻撃をあっさりと避ける。

 ウォーターは手首に張った根を引き千切り、投げ捨てる。

 ウォーターは呻き声を上げた。どうやら、根がもう片方の手にも根付いてしまったらしい。地面へと投げ捨てた根っこは、土を掘り進んで見る見るうちに巨大化していく。それは、樹木へと成長していった。

 それと同時に、ウォーターは膝を付く。

 見ると、彼の肉体中に根が浸食していっているらしい。

「ふざけやがって、赦せん」

 ウォーターの目付きが変わる。

 先ほどまで、へらへらと人を小馬鹿にするような雰囲気から、殺意剥き出しの人殺しのような眼へと変わる。

 彼の全身に張った根は、いつの間にか消えていた。

「今すぐ殺してやる。てめぇら、生かして返さない。ベスティアリー諸共、もう殺してくれって哀願するまで弄んで殺してやる」

 完璧に元々の目的を忘れてウォーター・ハウスは怒り狂っていた。

「今のは痛かったぞ。虫ケラが」

 完全なまでに漫画の悪人のような台詞を放って、ウォーター・ハウスはマルファスの前へと向かっていく。

「いいのか? 私よりもよっぽど、強敵が近くにいるぞ?」

 樹木が更に巨大化していた。樹の幹の所々が顔の形になり、枝が刃状に変わっていく。

 ウォーター・ハウスは右手の包帯を解いていった。

 毒々しいまでの、甲殻が現れる。彼の包帯で隠された部分は人間の皮膚をしていなかった。

「マルファス……。プルソンやアミィにも伝えておけ。俺の名はウォーター・ハウス。そう、暴君ウォーター・ハウスだ。能力の名は『エリクサー』。本来ならアサイラムの地獄に封印されている筈の犯罪者だ」

 プルソンの樹木がウォーターを襲った。彼はそれを難なく避けて、樹木に掴み掛かる。

 触れられた樹木は、枯れ始めて、そのまま崩れていった。

「マルファス。てめえは只で殺さない」

 マリオネイター、マルファスはいつの間にか両手にナイフを持っていた。彼はウォーターへと突進していく。

 ウォーターは左手の包帯も解いた。彼の左腕は右腕とは別の甲殻をしていた。

 彼はマルファスの首に、左手で触れる。

 そして、ナイフを避けて、マルファスから離れた。

「なんじゃ? 私を撫でただけじゃないか?」

 そういった瞬間。

 マルファスは口から、嘔吐して地面に膝を付く。

 顔色が酷かった。全身が痙攣しながら、口から胃液を吐き出している。

「お前は……」

 ウォーターは老人の腹の部分を勢いよく蹴り飛ばした。

「俺はなあ。お前らよりも犯罪者の先輩なんだよ。マルファス。てめえの賞金よりも、俺に掛けられた値の方が上だったんだよ。俺はハーデスのカスにやられる前は、てめえらなんざ足元にも及ばない魔人でなあぁ。配下だって何人もいた。Aになれなかったのが今でも不満なんだよ。当時のドーンの奴らもコケにしやがって。ブラッド・フォースが全盛期だった頃のドーン……、俺をそれなりの悪人にしやがって。俺はベスティアリーが気に入らない。奴は俺に比べれば、只の屑だ。マルファス、てめえは何人殺した? 百名か? 千名か? 俺は国家を叩き潰した事がある。てめえらなんざとハナっから、ランクが違うんだよ。屑が」

 ウォーターは喋りながら、何度も彼を蹴り続けた。彼の眼には深い憎悪が宿っていた。

 気が済んだのか、ウォーターは右手の指を鳴らす。

「すぐには殺さん。取り敢えず、他の連中の居所やら能力やらを吐いて貰おうか」

 殺さずに拘束するのが目的だぞ、とオレは云おうとしたが、彼はオレの言葉に耳を貸してくれそうになかった。

 マルファスの指がウォーターの足元に触れる。

 ウォーターの全身が、異様な形に捻じ曲がった。

 彼は悲鳴を上げて、マルファスの元から離れる。

「ぐぐっ、……この痛みは……。全身の骨が折れているのか? 胸元が灼熱している。腕と足も巧く動かない……てめえ、……」

 ウォーターは捻じ曲がった腕と足を、異様な音を立てて戻す。

 マルファスは立ち上がって、懐から沢山の種を取り出した。

 そして、それを地面に放り投げていく。

 種から根が出て、それは見る見るうちに怪物へと変わっていく。

「フェンリル。お前、どっかに飛べ。俺なら平気だ。自己再生能力がある。それよりも、今から“腹”を解放する。さっき云っていた虐殺タイプの技だ。これで国を滅ぼした。俺の能力は“毒”だ。右手は壊死。左手は嘔吐、眩暈、頭痛を引き起こす。腹はガスを出す。包帯には封印のアミュレット・コーティングが施されている。俺にだって自分自身の能力のコントロールは出来ない。此処にいる俺以外の全員が死ぬ」

 そういいながら、彼は腹の包帯に手をやった。

 オレはすぐに、空間を移動した。




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