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第一章 ヴァンパイア・パロール 3

 あれから、一日経過した。

 既に、此処は新宿ではない。新宿の歌舞伎町にある次元と次元の裂け目を抜けた地帯にある異世界の中だった。此処には、様々な魔人達が訪れるらしい。

 歌舞伎町よりも華やかな場所で、夜闇の中に光り輝くビルが並んでいる。

 オレとウォーター・ハウスは高級ホテルにいた。

 ホテルのラウンジで、食事をしていた。

 彼は今から、もう一人、仲間を呼び出すとの事だった。

「あのレッドラムに勝てるとは。やはり気に入った。ドーンのハンターをやるらしいというが、誰か狩りたい相手でもいるのかい?」

「Dクラスの。フレイム・タンって奴」

「Dクラス? 仇討ちか何かかもしれないが、Aクラスを狙おうぜ。お前ならやれる。お前ならドーン最強の戦士になれる」

「そうかも……。でも、オレは賞金稼ぎが目的じゃない。フレイム・タンに会って、どうしたいかも考えていない。ただ、会話がしたいだけかも」

 オレは挽肉のパイを口に入れる。

 ワインではなく、オレンジ・ジュースを頼んだ。

「勿体無いな。最強の能力者を目指してる奴だっているのに。ドーンってのは何だかんだで、強さの張り合いでな。協定が無ければ、互いに殺し合っていてもおかしくない関係だ。みんな、自分よりも上がいる事が許せないんだろう。俺にだってそういう部分はあるさ、しかし、あのレッドラムをコケにしてやったのは最高だった。何が青い悪魔と対等だ? 自惚れるのもいい加減にして欲しいものだな」

 オレはブロック・チーズに生ハムを巻いて食べる。

「オレは何も望んではいない。強さだとか。賞金だとか。名誉だとか。下らないって思っている。最強。無敵。馬鹿馬鹿しい」

「ほう? じゃあ、お前の生きている意味って何だ?」

「オレは自分自身のエゴイズムの為に生きている。それはこの世界に屈しない事、それだけだろうな。誰かと競っているわけじゃないんだよ」

 ウォーター・ハウスはますますオレに興味を持ったみたいだった。

「ドーンは非個性的だよ、あれで。退屈な張り合いばかりだ。けれども、俺だってその張り合いが面白くて仕方が無い。その張り合いの頂点に立ちたい。Aクラスを狩り尽くせば、みな、俺達に一目置くだろうなあ」

 話にならない、と思った。

 少しだけ、この男は自分自身に酔っている。

「ウォーター・ハウス。オレは人を殺した事が無い」

 それを聞いて、彼は眼を丸くした。

 本当に驚いているような顔をしていた。

「殺した事が無い……? また、冗談を……。お前程の能力者ならば、人を支配したいとすら思った事がある筈だ。あらゆる人間を自身の支配化に置きたい。俺達は犯罪者とスレスレなんだ。犯罪者を狩る事によって、俺達は欲望を昇華している。

 心底、呆れてしまった。

 ドーンの価値観は少しズレている。あるいはこの男の頭が酷く御目出度いだけなのかもしれない。

「いいか、ウォーター・ハウス」

 オレはハンカチで口元を拭う。

「殺人は罪悪だ。殺人は無しか生み出さない。人は人を殺すべきじゃない。汝、殺すなかれ。という箴言をオレは信じている。殺された者の友人や家族、恋人の事を考えるべきだ。犯罪者や殺人者だって、殺されるべきじゃない。命以上の価値なんて無い。愛を持って、答えるべきだ。分かり合えないかもしれない。傷が深まるだけかもしれない。けれども、仇討ちや復讐、報復からは何も生み出さない。人は神を信じるべきだ。存在しないかもしれないが神とか愛を信じるべきだ。それこそが、人間が正しく生きる事なんだ」

 ウォーター・ハウスは噴出して、腹を抱えて笑い転げた。

 狂った世界観を持つ相手に対しては、正常な事を云っているこちらの方が狂っているらしい。つまり、彼にとってオレはニヒリストなんだろう。

 オレはチョコレート・ケーキを注文した。

「オレは悪人だから、人を殺さない。だから、復讐も否定する。オレは弱いから、人を殺せない。オレは人間には愛や平和が必要なんだと思っている。思いやりとか。だからこそ、オレは狂人でいい。ドーンだとか、この世界だとか。人を殺さなければ成り立たない世界なのは分かっている。殺さないとより被害者が増える相手が存在する事も。けれども、オレは人を殺さない。相手が大量殺人鬼でも無差別テロリストでも。オレは殺さないし、殺せない。この世界は戦争によって成り立っている。オレは非暴力を訴える。おそらくオレは間違っている」

 そしてまくし立てた後、水を口にする。

「本気で云っているのか……?」

「本気だ。ずっとそう自分に言い聞かせてきた」

「そうか、本気なのか。だとすると傑作だ」

 彼は何故か、喝采を浴びせ、両手を叩く。

「これから、俺の友人が来る予定なんだが。会ってくれるか?」

 俺の言葉を結局、どう受け取ったのか分からないが、ウォーターは無感動に、口の中にシャンパンを流し込んだ。

「折角、此処まで来てやったんだ。会うさ」

「それに、いい誘いがある。ビジネスの誘いだ」

 こいつは本当に人の話を聞いていない。

 オレがドーンに入る目的は只、一つ。フレイム・タンを探す為だ。

 会う理由は分からない。けれども、とにかく会わなければならないと思った。

 それから、十数分くらいした経過した。

 ラウンジへと、一人の男が入ってきた。

 その男は、身長185センチくらいだろうか。オレよりも頭一つくらい大きかった。見るからに、引き締まった肉体をしており、細身の筋肉質と云った処だった。

 縦縞の黒いコートを付けていた。髪の毛は茶髪で、整髪料でよく整えた、ウルフカットをしていた。

 首にはトゲ付きのチョーカーを巻いている。

 眼も、獰猛な獣を思わせた。

「彼の名はケルベロスと云う」

「君の名は?」

「フェンリルと呼んでくれ」

 ウォーター・ハウスは苦笑した。

 オレは先ほどまで、頑固にブラック・スペルを名乗り続けていたからだ。

「ケルベロスにフェンリルか。それは傑作だな。ギリシア神話の冥府の番人をしている三つ首の魔犬に、ゲルマン神話の最終戦争で主神オーディンを喰い殺す神殺しの狼か」

 何が楽しいのか、ウォーターはげらげらと笑い続ける。

「なあ、ミスター・ウォーター」

「ウォーター・ハウス」

 オレとケルベロスは同時に喋っていた。

「彼はかなり強いな」

「こいつ、かなり強いよな」

 その言葉は自然と出てきたものだった。



 オレはビルの前に止まっていたヘリに乗せられた。

 数時間程、海の上を飛んでいた。

 聞く処によると、新宿から入れる次元の裂け目の場所は島状になっており、他は延々と海が続いているらしい。

「ミスター・レッドラムを倒したんだってな」

 ケルベロスは関心したような顔をしていた。

「何でも、最強の殺人鬼と比肩していたんだってさ。オレはブラッドと会った事があるんだけど。あんな奴、まるで比較にならなかったぜ」

「おい、会ったのか? よく殺されなかったな? どういう機会で会ったんだ?」

「一応、友人というか何と言うか。知り合いくらいの関係かもしれないけど」

「素晴らしい」

 ケルベロスは素直に笑った。小さく両手で喝采を贈っている。

 ウォーター・ハウスは訝しげな顔をしていた。

「俺の同僚は何人も殺されてる。話がまるで通じない相手だと聞いてるんだ。フェンリル、お前にしてはあんまり面白くない冗談だぜ?」

「オレはお前に対して冗談を喋った事は無いんだが」

 ウォーター・ハウスは、話にならない、といった風に、別の話題に切り替える。

「これから、もう一人くらい誘ってパーティーを組む。今回の賞金首は一人で倒すには不意を付かれて負けそうで。二人でも心許無い。だから、四人くらいでやる。フェンリル。ドーンにおけるパーティーの組み方ってのは聞いた事は?」

「さあ? 賞金の山分けで揉めそうだな。くらいしか」

「教えよう。バックアップに頼るんだよ」



 ヘリで数時間くらい寝ていただろうか。

 一面の海上の中に、割れ目があった。

 それは巨大な穴として、滝壺のように水が下へと流れていた。

 まるで、中世の頃に、人間がイメージした地球の端のような光景。

 ヘリはゆっくりとその滝壺の中へと降下していった。

 それから、更に一時間程、経過した頃だろうか。

 オレが連れてこられた場所は、島だった。

 空を見れば、燦々と太陽が照り付けられている。

 そこは、高級リゾートのような場所だった。

 その島の中に、大きな砦が建てられている。

 ヘリは、砦の付近にある飛行場に降り立った。

 そこには、スーツ姿の一人の男が待ち受けていた。

 高そうな香水の匂いを放っている。オレの嫌いなタイプの匂いだ。

 オールバックにした頭髪も整髪料の匂いを撒き散らしていた。

 男の名はリレイズと云うみたいだった。

 彼はオレ達三人を、砦の中へと案内した。

 巨大な門が開かれる。

 全身パワードスーツを着込んだ、機関銃を持った最新装備の男達がオレ達に敬礼する。

 門の中へと入ると、庭園が広がっていた。

「なあ、ウォーター。此処は一体……」

「ああ、云ってなかったっけ。そう、此処は」

 まるで天国の光景そのままのイメージが広がっている。

 並べられたギリシア彫刻。おそらく模造品だろうが有名な画家の絵画。

 噴水が置かれ、動物の剥製なども置かれている。

 オレ達はVIPルームらしき場所へと案内された。

 そこには、二人の男女が既にソファーに座っていた。

 巨大なテレビ。透明な鉱石のテーブル。何かの動物の絨毯。小型冷蔵庫も置かれている。

大きな窓があり、そこからは海と砂浜が見えた。テーブルの上には、既にワイングラスとドリンクが置かれていた。部屋の中ではジャズ・ミュージックが流れていた。

 悪趣味だな。とオレは素直な感想を述べた。

 君らしいな、とケルベロスは苦笑した。

「庭園の様相だが、オレだったらもっとこだわりを入れて作り込むな。庭園を見せて貰ったが、アール・ヌーヴォー芸術もミッシャも無い。オマケに、此処で流れている音楽が気に入らない。モーツァルトを流すべきだ。此処を作った奴はセンスがよほど悪いらしい」

「仕方が無いさ。此処には色々な人種が来る。なるべく凡庸な状態にしておく必要があるんだ」

 ケルベロスはそう云った。

「なっ? 相変わらず、コイツ、変だろ?」

 とウォーター・ハウスは云った。何が変なのかまるで理解出来なかった。

 オレ達もそれぞれソファーに座る。ケルベロスも何だか落ち着かなそうに、腰掛けた。

「いつもは、立ち仕事をやっているから性に合わないな」

「いつも?」

「ああ。俺は、いつもはボディー・ガードをしている。要人の隣でずっと立ちっぱなしだからな」

 彼らはそれぞれグラスに手を掛けた。

 ウォーター・ハウスはスコッチか、と舌打ちしてグラスを置く。

 ケルベロスは冷蔵庫を開く。ビール瓶とストレート・ティーがある。と告げた。

 オレとケルベロスはストレート・ティーを口にする。

 誰も酒に手を付ける者はいなかった。

 先に部屋の中に入っていた男女は、オレが云うのも何だがそれぞれ奇抜な服装をしていた。

 男の方は、透き通るような青い髪の美青年でマントを羽織って、薄緑色の薄着を身に付けている。傍らには竪琴が置かれていた。彼はソファーに横になるように眠りこけている。

 女の方は、汚れたアスファルトのような灰色のドレスに、漆黒の黒髪を腰元まで伸ばしていた。何よりも、何処か陰気な雰囲気を漂わせている。両手の爪にも、灰色のマニュキアを塗っていた。胸元には絞首刑にされた人間を象ったペンダントを付けている。彼女は黙々と入ってきたオレ達に眼もくれず、手にしていた外国語で書かれたハードカバーの本を読んでいる。

 オレ達も人の事は云えない。ウォーターは、全身包帯だらけで、包帯の上からT-シャツとズボンを穿いている。顔の下半分にも包帯が巻かれていた。ケルベロスは黒い上着を脱ぐ。すると、黒いTシャツの上から、隆起した筋肉が浮き上がっていた。

 オレはオレで、相変わらず白と黒の全身ゴシック・ロリィタの服装だった。ブランドはイノセント・ワールドを着ている。パニエとドロワーズによって膨らんだ足元。胸には十字架のネックレス。髪の毛は金髪に近いオレンジで、頭には小粒のクリスタルをあしらったヘッド・ドレスを身に付けていた。

……オレが一番、奇抜だ。女ならまだしも、オレは男だし。

 当然のように、誰もオレの服装を気にする者はいない。

 しばらく、三十分近く待機する羽目になった。

 オレはその間、待っている間、飽きてきたので灰色のドレスの女に話しかける。

 彼女は、ドイツ語で書かれたブロンテの嵐が丘を読んでいるらしかった。

 彼女はオレに訊ねた。服は原宿で買ったのか? とそれとも、『裏・原宿』で買ったのかと。オレは原宿で買った後、裏・原宿で魔力コーティングして貰ったと答えた。

 彼女の名はルサールカと云うらしい。

ずっとソファーで寝ている男はミューズと云うのだそうだ。ちなみに彼女は昔、エミリー・テンプル・キュートが好きだったと答えた。

 今はアリス・アウアアをよく着ると云う。

 しばらく彼女とだらだらと話していると、部屋の中に一人の男が入ってきた。

 彼は先ほどのリレイズのように、高級そうなスーツを纏っていた。髪は白髪交じりで、黒眼鏡を掛けていた。背は高く、体格はかなりいい。

「わたしの名前はチェラブと云います。お初の方もいらっしゃいますようなので、申し上げます。此処の能力者専用刑務所ネオ・アーカム・アサイラムの副所長をしております」

 彼はファイルをテーブルの上に置いた。

 そして、オレ達に礼をした後、部屋を出て行った。

 そう、此処はどうやら刑務所の中らしかった。それも能力者専用の。

 オレ達は、云わば警察みたいな仕事をしなければならないらしい。

 ファイルの中には、数枚の写真が入っていた。

 この写真に写っている人物を、此処にいる五人で協力して捕獲らしい。

 写真はそれぞれ、ランクが振られていて、AとBの賞金首の名前が記されていた。

 オレはこの誘いに満足している。フレイム・タンの情報は皆無だったので、こういう仕事をしていければ、情報の片鱗くらいは見つかるかもしれない。

 ターゲットの一人を見ると、マフィア組織のボスのようだった。

 オレはその写真に釘付けになる。

 ウォーターがさっそく、オレに話を振る。

「写真を見た処、Aランクは三名。そのうちの一人がコイツ、ベスティアリーか。そうだな、まずこいつから倒しに行くか。『ZOO』という組織のボスだ。構成メンバーは二千名、準構成メンバーは街中の住民も含まれていると云われる。所長はついにコイツを塀の中に入れる事に踏み切ったらしい。巨大組織の殲滅だから、此処にいる全員で倒しに掛からないと大変かも」

「側近の写真に入っているのか?」

 ケルベロスは聞く。

「ああ。……ベスティアリーは何でも、名うての殺し屋などを最近、雇っているらしい。ボティス。マルファス。プルソン。……。いずれもBランク指定されている。今回はゲストが凄い。特に、プルソン辺りは虐殺者なのは分かるが、能力がまだ解明されていない。所長め。俺達ドーンを試していやがるんじゃないのか?」

「かもしれないわね」

 ルサールカは云った。

「此処にいるメンバーって。そこの新入り君は分からないけれど。ドーンの上位実力者ばかりじゃない。ウォーター・ハウス、貴方にしろ。ケルベロスにしろ。そこで未だに寝ているミューズにしろ。私にしたってね。そうだ、レッドラムは呼ばれなかったの?」

「生け捕りにしたいんじゃないか? 所長の事だから」

 ケルベロスが云った。

「俺は此処、アサイラムのボディー・ガードをしていた事もあるが、所長は此処の刑務所に入れる為に、ドーンの生け捕り制ってのを推奨している。ドーンの歴史は長いが、能力者を入れられる刑務所を作れたのは此処の所長くらいのものだろう。ドーン以外にも、歴史を調べてみれば、能力者を刑務所に入れる事はしばしばあったが、大抵、失敗している。歴史上、強力な能力者専門の刑務所の作成もしばしば行われていたらしいが、ここを除いて全部、破壊されている。それもすぐにだ。能力者を縛り付ける事が出来ないんだ。だから、いつも戦って殺していた。此処、アサイラムは作られて数十年くらいしか経っていないが、かなりの能力者を収容出来たし。かなりの能力者を矯正出来たと聞いている」

「生け捕り制か」

 オレは口を挟んだ。

「確か、賞金総額が落ちるんじゃなかったっけ? 賞金を掛けているのは大抵、民間人や色々な組織の連中だから、どうしても生きていて貰っては困るっていう人間が多いから。単純に犯罪者がこの世にいないってだけで、心から救われる人間がいるみたいだし」

「今回は署長が補って支払ってくれるそうだ」

 ネオ・アーカム・アサイラムの署長に会いに行く事になった。

 副署長、アンブロシーと直接会う事は出来なかった。

 音声のみの会話だった。

 どうやら、病に侵されている為、人前に触れる事を止めているそうだ。

 彼から、任務に関して聞かされた。

 アサイラムには、賞金首の中でも、署長や副署長が目に付いて、指定した者だけ収容する事になっている。実際、ドーンにランクインされている賞金首の数を数えていくと、とてもじゃないが、一つや二つの施設に収まりきれる人数じゃない。

 つまり、犯罪者としても特別扱いのVIPだけが、アサイラムに収容される権利を有している。表向きは、施設の建設、完備の不足、いずれは全ての賞金首を収容出来るような広さにする予定らしいが、どうなのだろう。

 そして、数時間後、早速、オレは、最初の任務に付く事になった。

 ……。


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