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第一章 ヴァンパイア・パロール 2

※この辺り、特にグロテスク&メランコリィを読んでいないと分からない記述が……。グロテスク&メランコリィは、そのうち、全部、公開します。

 アイス・エイジ崩壊から、約二ヶ月後の事だった。

 青い悪魔ブラッド・フォースを前にして、フレイム・タンはまるで勝者のように去った。彼女は死んだ筈だったが、不死のインソムニアの血を生前に奪う事によって、死の淵から再生したとの事だった。

 死に際の炎猫は、ブラッドに対して、何を云ったのかは分からない。

 炎猫の言葉がどれ程、ブラッドに何らかの打撃を与えたのかも分からない。

 けれども、言葉ごときでブラッドを傷付ける事が出来るのならば、とうの昔に、何者かが言葉でブラッドを倒していただろう。実際、言葉そのものが能力である者達だって、何名もいるが、それらの者達もブラッドに挑み、殺されてきた筈だ。

 とにかく、フレイム・タンは在る意味において勝者としてアイス・エイジを離れた。

 甘名の前で、擬似自殺。そして復活。インソムニアから奪った血。

 不死である、インソムニアの能力はフレイム・タンの肉体に染み渡り、今、過剰なまでの変化を遂げようとしている事が分かった。

 インソムニア、否睡はおそらく、フレイム・タンと近しい魂の形をしているのかもしれない。

 フレイム・タンは放浪の赴くまま、朽ち果てた民家の中で眠っていた。

 炎猫の狂気によって、リフリジレイターという能力の暴走によって出現する魔物が現れて、世界が宇宙へと飲み込まれた。あの宇宙空間は、おそらくは炎猫のイメージそのものだったのだろう。

 そして、炎猫の世界の中で、両性具有の大剣使い、男にも女にも変身出来る能力者である、新約言語ネオ・ロギスムは死亡して、肉体も消滅した。

 世界の均衡を守る世界そのものである『メビウス・リング』に。

 それに、対極する『リフリジレイター』。

 リフリジレイターは、狂った道化師の姿をしていると聞く。

 秩序と混沌を司る者。

 メビウスとリフリジレイターは、所謂、神と呼ばれるものなのだろう。

 おそらくは、二人以外にも神と同種の存在は近いのかもしれない。

 その下位存在、神に近い存在が殺人鬼『ブラッド・フォース』。

 リフリジレイターを呼び込んだ炎猫は、ブラッド・フォースに両手の指や腕の骨をへし折るという快挙を成し遂げている。

 フレイム・タンは笑う。悪意の齎す、闇の炎が周囲を焦がしていくかのようだった。

 影の炎、闇の炎。フレイムは自身の事をそのように思っている。

 そして、吸血鬼。

 フレイム・タンは哂う。

 もしかしたら、ブラッド・フォースを倒せるかもしれない。誰もブラッドに傷を与える事など出来なかった。全ての者達は、ブラッドに細切れにされてきた。

 今のフレイムは、自由を勝ち取った事になる。

 炎猫が死に、ブラック・スペルが死んだ。

 憎悪の対象でしかなかった、母親のような炎猫。

 自身の歪んだ鏡像のような黒い呪文。

 彼らが死んで、フレイムから発せられたのは驚く程の愉悦でしかなかった。

 メビウス・リングが繋ぎ止めているであろう、近接するあらゆる次元。

 その中のアイス・エイジに似た場所は全て滅ぼしてやろうと思った。

 フレイム・タンは、誓う。自身は純粋なテロリストである事を。

 フレイム・タンは、考える。自分以上に悪意を持つ狂人はいないのだという事を。

 フレイム・タンは、考える。自分は世界を滅ぼす為に生まれてきたのだろうと。



 否睡は、数日間、呆けたままだった。

 結局、ネオ・ロギスムが死んだ事が否睡の酷い空虚を作り出しているのだろう。

 甘名は、否睡の元からしばらくの間、去る事にした。

 そして、彼はドーンの支部へと向かう。

 否睡から聞き出した、インターネットの空間。

 様々なコードを得て、辿り着ける場所。

 ドーンのサイトへと辿り着く。

 そして、彼はそれに登録した。

 これを機に、甘名も晴れて、ドーンのバウンティ・ハンターとなった。

 あまりにも簡単過ぎる、入会だった。

 名称と顔を認識されるだけで、身元など聞かれずに登録する事が出来た。

 さっそく。

 賞金首の名前を見ていく。

 ブラッド・フォースの名は無い。

 AからHまでの、八種類のランクが並んでいる。

 まずは、Hの項目を開いてみた。

 大量の顔写真が並んでいる。

 その下に、世界各国の通貨で書かれた賞金額が並んでいた。日本円の表示もある。

 G,Hは、能力者と呼べる程ですら無い弱小な能力者の名前が書かれていた。

 Hの中には、能力者ですら無い連続殺人鬼やテロリストの名前すら載せられている。

 日本赤軍や東アジア武装戦線のメンバー、はてはカルト教団のメンバーの写真まで見つけて噴出してしまった。警察署のポスターにはよく見る面子だ。

 最近、新聞で読んだ事のある名前すらあった。

 けれども、世界中の警察を悩ませている彼らの賞金リストを見ると、煙草や缶ビール一本程度の値段しか付けられていなかった。一般人。普通の人間の世界。世界の裏側を知らない人間の世界でならば、警察が頭を抱えて探し回っている奴らだ。名前こそ記載されているが、ドーンのバウンティ・ハンターはこのランクの標的は、好き者や何かのついででもない限り狙わないと聞く。

 次に、Aランクの賞金首を見た。

 検察機能が付いていたので、炎猫の名前を検察する。

 炎猫。

 日本円にして、その賞金額は4238兆円。

 つまり、一国の国家予算を遥かに上回る懸賞金が掛けられているという事になる。

 複数の者が懸賞金を掛けているみたいだった。それも、5桁近くの者が。

 炎猫は事実上、あらゆる世界、あらゆる次元の目の上の腫れ物のような存在らしかった。

 それを、甘名達は、ブラッド・フォースは倒した事になる。

 炎猫を倒した賞金は、誰に入るのだろうか。

 それは、否睡やブラッドと話し合って、結論を出した。

 フレイム・タンは、去り際に、彼らの賞金は全部、お前らにやる、私もお訪ね者だから、と口にしていた。

 なので、三人で考える事にした。

 甘名は、否睡が貰えばいいと思った。否睡の性格ならば、服やCD以外に使う金以外は全部、その場で燃やすかもしれないが。

 ブラッドには、アイシクル・ナイツのメンバー達の賞金を渡す事になった。ブラッドに金は必要無いかもしれないが、彼は否睡と一緒に、今度、新しいホラー映画を日本の映画館で見に行く為に金が必要になる、との事だった。

 甘名は、ブラック・スペルの賞金を貰う事になった。

 ブラック・スペルの名前を検索する。

 同じAクラスでも、賞金総額はまるで違うみたいで、黒い呪文に掛けられた賞金は、日本円にして、6億と云った処だった。特に何の不満も無い。武器や防具、アミュレット・コーティング系の道具を買う為には心許無いが、普通に生活していく分には一生分の大金だろう。

 それよりも、苦笑してしまったのが、黒い呪文は同じAランクの賞金首よりも、明らかにその賞金額が、下回っていた。調べてみると、B級やC級ランクの賞金首には、彼の賞金額を上回る者が何名もいた。当て付けに、Aランクにされたと聞いていたが、実際、その通りだったらしい。賞金を掛ける側の方は、彼の本当の力量をちゃんと見抜いていたようだった。

 そして、フレイム・タン。

 検察すると、Dクラスの中に名前が入れられていた。

 その賞金額は、820万円。

 炎猫の親衛隊フロスト・マンサーの一人、ヘイト・クライムという仮想の人物を創り上げていた、アイス・エイジの影の実力者。誰もフレイム・タンの実力を正確に知っている者はいなかった。実際、戦ってみて、強かったどうか分からない。

 とにかく、彼女は謎めいていた。

 オレはインターネットを閉じる。

 さて、黒い呪文の賞金を受け取った後、これからどうしようか。

 結論はすぐに出る。

 オレは、フレイム・タンを追う事にした。



 よくよく考えてみると、6億円という賞金は、武器を購入する為には余りにも心持たなかった。

 オレのツイン・ソードを強化する為に、六千万以上。

 ファッションを防具として魔力でコーティングする為に、一億三千万も掛かってしまった。

 他にも、何かしら入用が出てくるかもしれない。

 それに、フレイム・タンを追う為には、現在の武器、防具では心持たないかもしれない。

 ドーンの実力者のバウンティ・ハンターは、大体、ライフワークとしてDクラスとEクラスの、数十万から数百万程度の獲物を狙うらしい。

 Cクラス以上になると、死を覚悟する事になるからだ。

 Cクラス以上の能力者の場合は、大抵、Aランクとでも刺し違える可能性を秘めている能力者が多いからだ。

 いつものように、ゴシック・ロリィタ・ファッションに身を固める。

 否睡からの情報を頼りに、オレは日本におけるバウンティ・ハンターの集まる場所へと行く。そこは新宿歌舞伎町だった。

 新宿の混沌とした空気を掻き分けて、歌舞伎町に着く。

 そして、地図を頼りにある高級バーへと向かう。

 それは、歌舞伎町の中にあるビルの地下にあり、普通の人間には辿り着く事の出来ない場所だった。

 エレベーターに入る。

 地下二階までしかない。

 オレは、何回か地下一階へ続くボタンと地下二階へと続くボタン。地上へと続くボタンを、規則通りに押した。

 普通の人間が偶然だけで、行ける確率は天文学的に低い。

 エレベーターは、地下二階を通り過ぎて、ある筈の無い地下深くに下っていく。

 扉は開いた。

 B6Fと書かれている。どうやら、此処は地下6階という設定らしい。

 そこは、何処にでもあるような何気ないバーだった。

 酒瓶が大量に置かれており、マスターが客の注文を聞いている。

 この店にいる者は、全部で六名。

 オレはマスターに質問した。

「此処にいる、能力者の数は何名だ?」

 マスターはグラスを拭きながら告げる。

「全員です。貴方も含めて七名ですね」

「なるほど。全員、ドーン関係者」

「ええ、貴方は新規のハンターですか? 見かけない顔ですが」

「ああ。此処で情報を買いにきた。貴方が情報屋か?」

「違います。まだ、お越しになっていません。情報屋なら、私が電話で呼びますよ。それから」

「それから?」

「今日は、ハンターの中でも、かなりの実力者が二人お越しになっています。ご挨拶になられてはいかがでしょうか」

 マスターは指を差す。

 一人は初老の男だった。小柄ながらも筋肉質で、度数の強そうな酒を口にしている。

 もう一人は、煙草を吹かしながら、水割りを飲んでいた。

「レッドラムさまと、ウォーター・ハウスさまです」

 オレは、興味を持てなかったので、そのまま情報屋を呼んで貰おうと思った。

 酒は酒を飲む気が無かったので、ノンアルコールのカクテルを注文する。

 ……。

 横に人が立っていた。

 ウォーター・ハウスと云う男だった。

「オマエ、かなり強いな。魔人レッドラムや俺の相棒のゴブリン・ヘッドは無関心だったみたいだが。俺はオマエに興味が湧いた。試しに戦ってみないか?」

 オレは馬鹿馬鹿しくなったので、適当に返す。

「本当にあるんだな。……酒場に行ったら、絡まれるっていう状況。馬鹿じゃないのか? こういう場所は静かに酒を飲む場所で、他の客同士は無関心だというのがマナーじゃないのか?」

 ウォーター・ハウスは苦笑する。

「じゃあ、これならどうだ? 俺はオマエが気に入った。同性愛者じゃないが。容姿も好みだ。最初、本当に女と思った。だから、俺はオマエをナンパしている。これから、二人で外に出ないか?」

「オレは同性愛者じゃない。性同一性障害でもない。この格好も誰にも文句を云わせない。そして、何よりもお前に興味が無い。オレは此処に情報を聞きに来た」

「情報? 俺も情報屋だ。マスターが呼ぶ車椅子の彼も情報屋だが、俺も情報には詳しい。それに、お前の目的に協力する。だから、一度、俺と戦ってみないか?」

 オレは面倒臭かったが、仕方なく承諾した。

 マスターに入れて貰ったカクテルを飲み干す。



 バーの更に地下にある場所だった。

 そこは小さな闘技場だった。

 バウンティ・ハンター同士が情報交換するバーは、ハンター同士の個人的な決闘の申し込みの場所としても使われているみたいだった。

 普通は、金の分配などで揉めた場合、此処を使うらしい。

 その闘技場は、余り整備されておらず、草や小石が所々に生えていた。

 そして、壁には血の染みのようなものも当然のように付着している。

 ウォーター・ハウスとゴブリン・ヘッドの二人が、オレの前に立っていた。

 ウォーター・ハウスは、全身に包帯を巻いた痩せ気味の男だった。

 ゴブリン・ヘッドは、屈強そうな男で、拳闘家といった感じだった。

「まず、最初に謝りたいんだが。此処にいるゴブリン。彼もお前と戦いたいらしい」

 オレは呆れた。

「約束と違うだろ……」

「すまんな。さっき店で、俺達に眼もくれずに酒を飲んでいた、魔人レッドラム。伝説の殺人鬼ブラッド・フォース程に有名ではないが、彼は最強の殺し屋でな。触れるだけで、人を殺せる。ゴブリンは彼に挑戦したくて、今日、此処に来た。俺のオマエに対する好意とは別に、フットワークになって貰えないか?」

「オレが練習台ね。随分と舐められているようで」

 ゴブリンの全身から、水蒸気が上がっていた。

 彼はボクサーのように、拳を構えている。

「叩きのめせばいい。……彼を止めてやってくれ。身の程知らずにも、魔人に闘いを挑むそうだ」

 ウォーター・ハウスは淡々と云った。

「よく分かった。掛かってこい」

 オレは取り合えず、彼の真似をして適当に構える。

 ゴブリンは容赦が無かった。

 オレの鳩尾にアッパー・カットを入れる。

 オレは、気付けば数メートル浮いていた。

 上を見ると、ゴブリンがいた。

 オレはそのまま、地面へと思いっきり叩きつけられる。

 オレは地面に半分、めり込んでいた。

「能力を出してこいよ。てめえ。ふざけやがって」

「お前が能力を出してきたら、出すよ」

 オレは、服が汚れるのが嫌なので、次からかわす事に決める。

 オレは立ち上がって、ゴブリンの延髄に強い蹴りを入れた。

 綺麗に決まって、彼の上半身は転倒する。

 ついでに、オレは顎に跳び蹴りを入れた。

 そして、もう一つの足を背中に叩き付ける。

 ゴブリンは大きく右アッパーを放った。

 オレは軽々と避けて、彼の腿にも蹴りを入れる。

「お、お前、武道を……?」

「少年期の頃に少しね。足技のみだけど」

 もっとも、彼に対して両手を使うつもりは無かった。

「綺麗な足だなあ」

 ウォーターは嬉しそうにオレを見ていた。

「早く、能力を使え。ちなみにオレの能力は身体を強化するだけだ。足から衝撃波のカマイタチが出て、それで人を殺せる。お前は何か隠し持っているんだろう?」

 オレは数度、ゴブリンの顎に蹴りを入れた。

 彼の拳が、震えている。

 来る。……。

 オレは全部、それを受け止める事にした。

 まるで、マシンガンの弾のように、振動波を連続して放ちながら、ゴブリンの拳が、何度もオレの胸と腹に命中する。

 オレはそのまま、壁に激突する。

 何か、物が投げ付けられてきた。

 それは、小石だった。

 それも、同じように振動し、衝撃波を纏いながら向かってくる。

 中には、鋭い草も混ざっていた。

 オレは身体をひねって、それらを避ける。

 気付くと、目の前にはゴブリンがいた。

 再び、拳をオレの胸に当てる。

 オレは地面に倒れた。

 オレは、しばらく起き上がるのを止めた。

 ウォーター・ハウスが近付いてくる。

「俺の見込み違いか。すまなかったな。ハンターの洗礼だと思って受け止めてくれ」

 そして、ゴブリンにではなく、オレにだけ聞こえるように、俺と戦う時は本気を出してくれ。と囁いた。

 二人はエレベーターを上がっていく。

 二人が去ると、オレは起き上がった。

 ゴブリンの攻撃のエネルギーは全部、消し飛ばしたので無傷だった。

 しばらく、どうするべきか考えた後、オレもエレベーターでバーへと向かう。

 バーの中では、すでに闘いが始まっていた。

 マスターが嫌そうな顔をしながら、闘いを見ている。

 ゴブリンが、レッドラムと呼ばれる男に攻撃を仕掛けていた。

 酒瓶、グラス。様々な物が弾丸となって、レッドラムの元へと向かっていく。

 レッドラムは、それらを巧みにかわしていた。

 ウォーター・ハウスは、腕を組んで、呆れたように壁にもたれかかっていた。

「身の程、知らずだよ彼は。そこに好感を持って、取り敢えず相棒にしていたんだが。今日から、俺の相棒はやはりオマエにする」

「勝手な奴だな、お前、我侭だろう」

 椅子やテーブルが、次々と壁に刺さっていく。

 見ると、レッドラムの身体に数箇所、傷が付いていた。

 ゴブリンは無傷だ。

「負けるな、あいつ」

 オレは呟く。

「あれでも、一緒にAクラスの首を狩りに行った事があるんだぜ。苦戦したけど、勝ったよ」

「Aクラスなんて対した事ないな」

「そうかもしれない、ドーンのランキングなんざ殺害数と被害数、規模も含まれるからな。隠れた能力者は沢山いて、下のランクの奴の方が強かったりするケースも多いからな」

 ついに、レッドラムが片膝を付く。そして、片手を上に上げて指をぴくりぴくりと動かしていた。まるで、それは謝罪を扱いて、助けを懇願しているかのようだった。

 ウォーター・ハウスは指で十字を切った。

 ゴブリンは、バーの中で奪ったナイフを一気に、投げ付ける。

 彼の攻撃は、相手の攻撃の一切を、封じ込めようとしているように見えた。

 レッドラムは、巧く身体を捻って、致命傷を避ける。

 しかし、彼はぼろぼろだった。

 止めを入れるように、ゴブリンは酒瓶をテーブルに叩き付けた。

 鋭い刃物が出来上がる。

 ゴブリンは、それをレッドラムの方へと向けた。

 おそらくは、酒瓶を割るという行為が隙に繋がったのだろう。

 魔人レッドラムは、ゴブリンの足の方に、指先だけ触れた。

 決着は一瞬だった。

 ゴブリンの足が異常な速度で腐敗、消滅していき、見る見るうちに彼の片足は無くなる。そしてそのまま、腐敗は腹、胸、腕、顔へと向かっていき。

 ゴブリンの肉体は砂のようになって、崩れ去ってしまった。

「あれが、レッドラムの能力『イエロー・ダーク』だ。手や指で触れたモノを、一撃で腐敗させ死へと至らしめる」

 老人は呻き声を上げながら、起き上がった。

「ウォーター・ハウス……」

 レッドラムは血塗れで云う。

「お前の相棒だろ。お前も死にてえのか?」

「ちょっと待てよ。勝手にそいつがやったんだぜ」

「お前、俺を何だと思っている? 殺人鬼ブラッド・フォースと比肩したとまで云われた、魔人レッドラムを何だと思っているんだ?」

「……ゴブリンと戦う相手は優しいよなあ。みんな、手加減して相手して」

「そうだぜ。此処までぶちのめされてやったのも。相手が一瞬にして、勝敗が逆転したという絶望を悟らせる為だ」

 見るからに、レッドラムはウォーター・ハウスを殺すつもりだった。

 オレは見かねて、立ち塞がる。

「オレの名は、ブラック・スペル。能力の名前はアイアン・ランスって云う。今から、お前を倒す者だ」

 レッドラムは吟味するようにオレを見ていた。

「ブラック・スペル……? この前、リストから消えていた奴か。おい、新入り。お前も同じ目に合いたいらしいな」

 レッドラムは完全に逆上して向かってきた。

 オレは能力を使う。

 レッドラムは足を止める。

 オレは彼が気付いた事によって、殺人者にならなかった事を喜ぶ。

 彼の首には、大量のナイフが突き刺さっていた。

「首の動脈付近に刺さっている。能力の正体は教えてやらない。取り合えず、少しでも動いたら、お前は死ぬ。オレが動いていいって云うまで動くな。次は心臓に入れてもいい。オレが店を出るまで、動くなよ」

 レッドラムの顔は怒りとも悲しみとも付かない表情に揺れていた。

 ウォーター・ハウスは、畏怖するかのようにオレを見ていた。

 マスターが申し訳無さそうにウォーター・ハウスに云った。

「私の店ですよ……他でやって欲しかった……」

 ウォーターは、財布を彼の手元へと放り投げる。

「ゴブリンのものだ。オレと彼の酒代も含めてくれ」

 マスターは中身を見て、笑みを浮かべる。

「ええ、毎度、ありがとう御座います」

 オレとウォーター・ハウスは、バーを出て歌舞伎町の夜を歩いていた。

「なあ、まだ聞いてなかったな。名前はなんて云うんだ?」

「だから、ブラック・スペルだって」

 ウォーターは苦笑した。




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