ヴァンパイア・パロール 第四章 黙示録 4
『ストーム・ブリンガー』の水月に、『エタン・ローズ』のレイア。
レイアは水月に勝てると思っている。だから勝負を挑んだ。
一面は沼の湿地帯によって覆われている。所々に歪に捩れた木々が犇いており、ゾンビ達が彷徨い歩いていた。
レイアも水月もいつの間にか、両者共、姿を消していた。
水月はまだ能力の全貌を出していない。それはレイアも同じだった。
オレは遠くから、二人の戦いを観戦する事にした。そして考えていた。
レイアの性格の歪みは、オレの性格の影に確実に存在する。だから、オレの中の闇を体現したかのようにレイアは、悪意的な発言をよく口走る。
そして、飽くなき好戦的な意欲。オレは正直、戦いは嫌いだし、殺人はもっと嫌いだ。しかし、オレの中にも確実にあるのだろう。闘争と、自惚れと、殺人衝動と、敵意と、傲慢さとそれらを含めた自己愛が。
だから、レイアを見ていると清々しく感じる。
おそらく、オレの中に確実に存在しているのだろう。この世界の誰もを何もかもを叩き潰してしまいたいという願望が。
レイアと水月の姿が、沼地にぼうっと現れた。
レイアは水月に接近戦を持ち込んだ。
レイアの拳から、黒い炎が湧き上がってくる。
水月は無造作にレイアの前に両手を広げていた。
「来ないなら、行くわよ?」
レイアは拳を振り上げるフリをして、廻し蹴りを入れた。
それが、水月の左側頭部へと向かっていく。
水月は唇を歪ませた。
レイアは蹴りを寸止めする。
「成る程ね」
そして、全身を捻ると、再び拳を撃ち込んで、その拳も寸止めする。
「ふふっ、君は相当、戦闘慣れしているみたいだな」
レイアは水月から距離を取る。
「顔を見えない風の膜でガードしているのね。切り裂かれる処だったわ」
「私にどうやって、撃ち込むんだい?」
「こうするわ」
レイアは掌から、光に包まれた弾を撃ち込む。光は闇を吸い込んで、毒々しいまでの花々の形へと変容していく。
それは、水月の周りで止まると、一気にレイアの元へと弾き返した。
「こうなる。君が私に勝てる要素なんて無い」
レイアは打ち返された光弾を難なく避けた。
「しかも、風のカマイタチ付きで返されるとは。楽しいわ、どうやって、貴方をぶちのめそうかしら」
「君じゃ私に勝てないよ。もっとも、殺す事はより不可能だが」
水月は指先を軽く廻した。
レイアは一瞬にして、数センチ横に飛ぶ。
レイアのいた地面は、大きく縦に裂かれていた。
「上昇意欲が強いのは認める。君は才能のある戦士だ。しかし、優秀とは言い難い、優秀ならば私と戦うという考え方が致命的なミスだ」
「五月蝿いわね。ブラッド・フォースっていう奴に負けた癖に」
「恥じゃないさ。私はブラッド・フォースの次くらいに強い」
水月はまた指先を廻す。それだけで、レイアは全身を使ってかわすのが精一杯だった。
まるで、空間を削り取るかのように、水月の力は圧倒的だった。
水月は指の動きだけでレイアを圧倒している。
しかし、オレからしてみれば、水月の攻撃に反応出来るレイアの動きも常軌を逸していた。水月の風のカマイタチ、空間の断裂は明らかにライフル銃の速度を超えていた。攻撃を受けた場所全てが破壊されているという結果だけが残っている。
「ドーンはあんな奴を狩ろうとしていたのか。ルサールカやケルベロス程度じゃ勝てないだろうな」
ベスティアリーごときとは、遥かに次元が違っていた。ハーデスですら、瞬殺されてもおかしくない。水月は誰がどう見ても明らかに、手抜きで戦っている。それにレイアが苦戦している。
オレはサーカス小屋で貰った、ホットドッグを口にしながら、のんびりと観戦する。
「うん、水月さんのあの指先だけで、高層ビルが刺身のように綺麗に切断されるよ。レイアさんは食らったら、一撃で死んじゃうよねえ。文字通り、指一本でどんな相手もバラバラにして倒しちゃうからねえ」
いつの間にか隣にいた、エイジスが楽しそうに言った。
そういえば、オレは彼の正体を知らない。もしかすると、彼らも相当な使い手なのかもしれない。
「処で、……水月。いい加減に私を殺せばいいんじゃないの? さっきから、私を撫でる事も出来ていないわよ? 服くらい裂けないの?」
レイアは余裕があるかのように挑発する。
「そんなに息を切らしていれば、いつか命中するだろう? 私はそれを待っているだけさ。君の方も一撃も私に攻撃をヒットさせていないじゃないか」
レイアは汗だくになっていた。水月は涼しい顔をしている。
「処で、貴方はブラッド・フォースって奴相手にダメージを与えられたわけ?」
水月の顔が少しだけ引き攣った。聞かれたくない事を突かれたみたいだった。
「私の風の刃を相殺する形で、飛んでくる見えない刃に合わせて刃物が飛んでくるんだ。馬鹿げているが、私の攻撃に鏡のようにぴったり合わさる形で、同じベクトルの攻撃によって相殺される……。それで、ぴったり風の刃と奴の刃物が合わさる。あれは反則だった……。それから、途中から指を動かそうとする度に、指か腕を落とされ続けた。……」
レイアはにやにやと薄気味悪く笑った。
「私も少し真面目にやるわ。貴方がもうちょっとやる気を出せるようにね」
レイアは口の中で何かをぼそぼそっと囁いていた。
レイアは水月の前から、姿を消した。
二人共、仕切り直したみたいだった。
水月はいつの間にか、右手に長い剣を持っていた。
小枝のように細長い剣だ。簡単にへし折れそうな刃。
彼女はそれを軽く振るった。
すると、竜巻が巻き起こり、沼中を引き裂いていく。蠢くゾンビ達が塵のように砕けていった。
オレは竜巻に見とれて、目を逸らしている間、事態がすぐに変わっていた。
レイアは水月の背後に立っていた。そして、彼女の肩口に炎の鉄槌を振り下ろす。水月はその動きを読んでいて、竜巻がレイアの肉体をバラバラにしていった。レイアは寸刻みになりながらも、水月に拳をヒットさせる。水月の肉体に薔薇の蔓が巻き付いていき、それはそのまま爆炎となり、真っ赤な薔薇の花へと変わった。
水月の肉体は崩れ始めた、レイアの能力が地獄の焔のように水月を包んでいる。
二人共、痛み分けだ。
水月の肉体は蒸発していく。
そして、気付くと、二人共、何故か無傷のまま立っていた。
「やっぱり、貴方、死なないのね」
「お嬢ちゃん。君、確かに私が殺したよな? 何で生きているんだ?」
「……貴方、私に攻撃を当ててなかったじゃない? 馬鹿じゃないの?」
それから、数秒後。
「止めたわ」
レイアは詰まらなそうだった。
「止めるのかい? 私はまだまだ戦えるぞ?」
「だって、貴方を殺しても意味が無いんだもの。だから、もう私は止めた。馬鹿馬鹿しい。それにこれ以上、やったら私も無傷じゃ済まなさそうだし」
「そうかい。じゃあ、引き分けでいいかい?」
「貴方を一度は殺している筈だから、本当は私の勝ちにしておきたいけど、それでいいわ。馬鹿馬鹿しい」
「私もお嬢ちゃんを一度は殺しているぞ? 君も不死身とかじゃないのかい?」
「だから、貴方がそう見えたのよ。これ以上、言わなくても分かるでしょう?」
レイアはウンザリしたような顔をしていた。
水月は首を傾げていた。
幻覚か。分身か。意識操作か。
勿論、そのどれも違うし。ある意味で言えば、そのどれもが正解だった。
そして、勿論、レイアは不死身の肉体という事でもある。
それが彼女のエタン・ローズだ。
水月によって、殺されたレイアは確かに存在した。
けれども、その結果は存在しないという存在に書き換えられて消滅した。
レイアは水月と戦う為、二つ程、炎の花を生み出す力以外の力を使った。
『エクスターズ・ワールド』と『リュミエール』。
フリーク・リーチ相手にはリュミエールだけ使って勝った。
ひょっとすると、本当にブラッド・フォースですら勝てるのかもしれない。それくらい、彼女の能力は反則であり、異質なのだ。彼女の自信と何者にも屈しないという精神が彼女の能力を形作っている。




