第一章 ヴァンパイア・パロール 1
戦闘シーン多め。
物語は破綻気味ですが、宜しくお願いします。
青い悪魔の伝説。
…………。
あるところに、一人の男の子がいました。
男の子はもうすぐ五歳の誕生日を迎えようとしていました。
男の子は暖かい家庭に生まれて、仲の良い十歳近く離れた姉がいました。
姉はいつも赤い服を着ていました。少女趣味をした赤い服でした。
姉は男の子にいつも不思議の国のアリスの絵本を読んで聞かせていました。
懐中時計を持った兎に、チェシャ猫。赤の女王に芋虫。ハンプティ・ダンプティにジャバウォック。とても不思議な世界を語って聞かせました。
五歳の誕生日を迎える数日前。
姉は男の子と一緒に買い物に行っている途中。
走ってきた泥酔中のトラックには撥ねられて、死んでしまいました。
その時の光景を、男の子は色鮮やかに覚えています。
姉は空高く飛び上がり、四肢が砕けていきました。
地面に落ちる途中、姉の身体は綺麗に撒き散っていったのです。
男の子は、落下していく瞬間の姉と眼が合いました。
姉は恍惚としたような顔を浮かべているように、見えました。
まるで、天界から舞い降りた天使が地上に落ちていくような光景。
回る、回る、天使の舞踏がそこにはありました。
それから数年後、男の子は十歳になっていました。
男の子には、姉の他に、弟と妹がいました。四人兄弟だったのです。
弟が誕生日を迎える前日の日でした。
男の子と弟と妹の三人は隠れ鬼をしていました。
両親は、弟の誕生日プレゼントとケーキとチキンを買って帰宅しました。
けれども、両親の事をよく思っていない男がいました。
両親がチキンを買おうと、最初に足を運んだ肉屋で、肉から変な臭いがして、その肉屋のチキンを買うのを止めてしまいました。
それに怒ったのか、肉屋の主人は両親を次のターゲットに選んだのでした。
肉屋の主人は連続殺人犯でした。
趣味で、強盗殺人と強姦殺人を繰り返している犯罪者でした。
その男は、殺した人間の肉を店頭に混ぜて売る趣味もありました。
男は男の子の両親を尾行して、家まで付いていくと、中に入って男の子の両親を鉈と大型ナイフで殺してしまいました。隠れ鬼をしていた男の子はその光景を、食器棚の中から見ていました。そして、鬼をしていたお風呂場にいた妹は、思わずその光景を見て、飛び出してしまいました。殺人鬼の男に見つかった妹は、その場で首を刎ね落とされてしまいました。男の子の位置からは、その光景を全て見えてしまいました。そして、一時間半かけて、男は両親と妹をぐちゃぐちゃに解体していきました。母親と妹に対しては、性的な悪戯もしていましたが、当時の男の子には、それが何なのか分かりませんでした。
殺人鬼の男は散々、殺した人間をぐちゃぐちゃにして気が済んだ後、今度は金目の物を探そうと戸棚やタンスを漁り出しました。その際に、クローゼットに隠れていた弟も見つかってしまいました。弟も殺されてしまいました。
男は気が済んだのか、金目のモノを奪って、シャワーで身体を洗った後、何処かへと行ってしまいました。食器棚の隠れていた男の子を見つける事はついにありませんでした。
数年後、男は警察に捕まりました。
三十七名を殺した罪で、終身刑の判決を受けましたが。男が殺した三十七名の中に、両親と妹、弟の名前はありませんでした。おそらくは男が起こした事件で、発覚していないもの、証拠が挙がっていないものは、更にあったのでしょう。
その三年後、男は刑務所内で他の囚人の怒りを買って死んでしまいました。
男の子は永遠に復讐する対象を失ってしまったのです。
それから、長い年月が経過しました。
男の子は、闇を見て自らも闇に染まり、男の子もまた人殺しの殺人鬼になっていました。
…………。
「何故、僕と戦う?」
血液礼賛、ブラッド・フォースは静かに言った。
彼は『青い悪魔』と呼ばれている。
水色の、サックス・ロリィタの衣装を身に纏い、その上から大量のナイフが生えた針金を全身に巻き付けた、金髪の美少年。
それが、ブラッド・フォースという名前の少年だ。
彼は、おそらくはこの世界で一番、沢山、人を殺している。
彼らがいたのは、何の変哲も無い街中だった。
彼の周りには、数名の男女がいた。
「『ドーン』の長年の願いだからだよ。お前はこの世界にいてはいけない存在なんだよ。なあ、青い悪魔、Sランク賞金首の殺人犯ブラッド・フォース?」
ブラッドの周辺に、金属の網が回転しながら回っている。おそらくは彼を逃さない為だろう。何らかの攻撃が、すでにブラッドに仕掛けられていた。
ブラッドは哀しそうに言う。
「人殺しは止めたんだ。それに僕は人殺しをしたくてしていたわけじゃない。僕は他人が怖いんだ。傷付けてくる他人が怖くて、僕の『能力』は発動する。だから、僕自身ですら僕の力を止める事は出来ない」
「知るか、ほざくぜ。お前は何人殺した? 何人って数じゃないな。何万人? ひょっとしたら、億に達しているのかもなあ。お前が生きているだけで、この世界にとって害悪なんだよ。お前は生きていてはいけない存在なんだ。だから、お前は死ぬべきだ」
ブラッドの目の前にいた男は長身の剣使いだった。
日本刀とも西洋の剣とも、どちらにも見える形状の刀を二本構えて、彼の前に立っている。
「……死ぬよ? 今までもそうだった。どんな『能力者』でも僕を殺す事なんて出来はしない。ドーンって言ったよね? 僕は散々、ドーンのバウンティ・ハンターから狙われてきたんだけど、何百人、ひょっとしたら何千人が僕の能力で死んだ。君も止めた方がいい。それ以上、戦意、敵意を見せると、僕の『クラシック・ホラー』は自動的に発動する」
ブラッドは淡々とした声で述べる。
「お前の情報は散々、聞かされている。俺は四日前、Aランク賞金首を二人倒した。お前を殺せる自信はある。俺の名前はディー・ロード。俺の『能力』の前では、幾らお前の能力でも勝てるわけがないぜ?」
ディー・ロードと名乗った男は、構えている剣をブラッド・フォースに向けた。
刹那。
余りにも、馬鹿馬鹿しいくらいの刹那の時間だった。
……。
男は、何も出来る事は無かった。
男は、ただ喋る事しか出来なかった。
男の頭半分が消し飛び、顎だけが残った。
ディー・ロードは地面に倒れた。
彼は自分が死んだのだという事実すらも、理解していないのだろう。
地面が真っ赤に染まっていく。
「……君がどんな能力者なのか分からないし。強いのかもしれない。けれども、駄目なんだ。僕のクラシック・ホラーの前では、どんな能力者のどんな能力でも無抵抗になる」
それを見て、彼と一緒に同行していた、周囲に隠れていた仲間達も、次々と紙屑のように全身の至る場所が崩れ落ちていく。
それを見て、ブラッド・フォースは項垂れた。
「……君達まで殺すつもりは無かったのに……」
寂しそうに、ブラッドは言う。
彼は何事も無かったように、これから行こうと思っていた場所へと歩く。
彼は映画を見に行く途中だった。新作のホラー映画だ。生々しいスプラッター描写が映し出されていると聞いて、いつものように映画館に向かう予定なのだった。
後ろから、手を叩く音が聞こえた。
街灯に寄り掛かり、くすんだ外套を被った女だった。
どうやら、ブラッドの攻撃を何らかの手段で避けたみたいだった。
「すごいな。青い悪魔。やはり間近で見ると、笑えてしまうくらいにお前は強いんだな」
女の顔は隠れて見えない。
けれども、その声をブラッドは覚えていた。
「『フレイム・タン』……」
女は被ったフードから顔を出す。
くすんだ飴色の茶髪。心の中を覗き見るかのような両眼。よく見ると、メイクで隠しているが、禍々しい顔の火傷痕。
彼女が存在するだけで、一面が虚無と暗黒が満ち満ちていくかのようだ。
「おひさしぶり。『アイス・エイジ』以来だな?」
ブラッド・フォースの周囲に、一瞬にして、大量の刃物が現れた。
彼の能力、『クラシック・ホラー』だ。
彼は今、彼自身の意思で、その能力を発動させたようだった。
明確な殺意の意志。
「君ならいつでも殺せるよ。僕に何の用?」
「……お前が今、殺した奴ら。ドーンの新入りでな。私がちょっとばかり、アドバイスをしてみたんだ。“お前達の能力は神も魔王も、きっと殺せるだろう”ってな。そうすると、身の程知らずにも、お前に挑んだ。馬鹿な奴らだな、倒したAランクも雑魚ばかりだよ。Dランクの私にすら劣る連中だ。ドーンのリストは本当に当てにならない」
くっくっ、とフレイム・タンは薄ら笑いを浮かべる。
「……君の首を落としていいかい?」
「まあ、聞け。私はこれから、世界を滅ぼしてやろうと思っているのだけども。お前にはその証人になってもらいたい。最強の殺人鬼、青い悪魔ブラッド・フォース。今、現在の世界では、お前こそが最悪の存在って事になっているらしいが。私はこれから、人類の災厄として、お前以上の存在になろうと考えている。それを宣言しに来た」
しゅん、と。フレイム・タンと名乗った女の首に何かが走った。
ブラッドの作り出した刃物が、彼女の首を過ぎ去る音だった。
「無駄だよ。この私は幻覚、立体映像を作り出せる能力者の力を借りて、お前の前に現れている。……まあ、どの道、お前に私は殺せないだろうから、本物の私が来てもよかったんだが。念の為にな。話の腰を折ったが、私は世界をこれから引っくり返そうと考えている。お前が殺人鬼であるように、私はいわば“テロリスト”だ。これから、世界の秩序を引っくり返して、革命を起こす。その為に一度、世界に滅んで貰う。お前はそれを見届ける。まあ、近々、楽しみにしているんだな」
そう言うと、フレイム・タンの姿は靄になり、徐々に消滅していった。
後には、周りに散らばった、彼女の甘言によって陥れられた、数名のバラバラ死体だけが散乱していた。
「……何を考えて。いや、そうじゃない。映画館に行かないと。そろそろ、上映時間が近い……」
青い悪魔、ブラッド・フォースは何も無かった、起こらなかった、誰にも出会わなかったかのように、その場を去る事にした。
後に、この二人の邂逅が、様々な者達を巻き込んで、無尽蔵の死者が出る事を知らずに。
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