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事務所のあるビルを出るとダグラスは豚足のように短い足を振ってピンキーパーク通りの歩道を東に向かって歩き出し、私はその後をついっていく。
見上げるとどんよりとした曇が空を覆っていた。
先ほどまで雨が降っていたらしく地面は濡れている。歩道に沿って植えられたナナカマドの落ち葉を、踏むたびに足の裏にべっとりと付着してくるので、なかなか不愉快だ
った。
だからこういう日の外出はなおさら憂鬱だった。
外に出ること自体は嫌いではない。ソファで寝そべっている時間のほうが多かったが日に一度は事務所を出て散歩することにしている。温かい日差しを浴びるのは好きだった。
それにこの界隈にいるのは顔なじみの人間ばかりで、私は『ダグラスに飼われている犬』として気兼ねせずに歩き回れる。
けれどピンキーパーク通り以外ではそうもいかない。ひとり、通りから一歩でも出ようものならその瞬間から私は「野良犬」扱いされる。街をうろつき歩くだけで、その姿を目
にした人間どもによって危険視され、罵倒され、石を投げつけられ、あげく保健所の連中を呼ばれてしまうのだ。だから「野良犬」ではないことを目に見える形で常に証明してい
なければならなかった。
目に見える証明。それはつまり首輪をつけリードに繋がれ、ダグラスを連れて歩くということだ。
首輪首輪首輪。
忌まわしい≪首輪≫。
私がこの世で最も嫌いなものは首輪だった。入れ替わりの激しいランキングだったがこれだけは生涯揺らぐことはないだろう。
もし目の前に全知全能の神が現れて願いをひとつ叶えてくれるのであれば迷わず願うだろう。首輪という存在を地球上のあらゆる場所と人間たちの頭から消し去ってくれるよう
に。勿論、その後で食べても食べてもなくならないヤキトリの串について打診してもみるが。
首を絞めつけられている肌触りの悪さや息苦しさも我慢できなかったが何よりも耐えがたく苦痛なことは心の尊厳と自由が奪われてしまうこと。そして私が未だにあの≪首輪≫の呪縛から逃れることができていないことを思い知らされるからだった。
「そろそろつけるか?」
ダグラスが声をかけてくる。
「まだいい。次のブロックまでだ」
彼のことは嫌いではないが、そういう問題でもなかった。
歩道を外れて、車道へと降りてみる。この時間帯は車通りが滅多にないので中央線を踏んで、堂々闊歩することができた。
悪い気分ではなかった。落ち葉が少なくて歩き易かったし、何より束の間ではあるけれどこうすることで人間からの束縛を忘れることができたからだ。