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昼食を終える。
私はソファに寝そべり久しぶりの満足感に浸りながら、まだ肉のこびりついたテバサキの骨をしゃぶっていた。
このままやがて訪れるだろうまどろみに身を任せることができればどれだけ幸せだろうか。
けれどもそれを許してくれるほど親友の心は広くないことをよく知っていた。
「さあ仕事だ」
D&H探偵事務所の経営者であるダグラス・スコットニングは椅子について煙草を燻らせていたが吸い終えるとそう言った。
それから上半身を屈めた。事務机の下の引き出しを開けて何かをやっているらしく嫌な予感がした。再び顔を上げたときに手にした二つの物を見て予感が間違っていなかったこ
とを知る。首輪とリードだ。
「……外出するのか?」思わずたじろいだ。
「依頼人に会いに行くんだ」
「ここに来させればいい。普通は事務所で話を伺うものだろう」
「無理だな。衛生的に問題がある」
ダグラスは部屋を見回して言った。寝泊りしているせいで溜まったゴミと片付いていない日用品やらが無秩序に散乱していて確かに客の呼べる環境ではなかった。全てはこの男
のだらしない性格による所業だ。
「依頼人は金持ちの女か?」
「よくわかったな」
「契約書についた香水はフラミンゴーだ」
腐ったバナナのような甘ったるい匂いのする、中年の女に人気のある高価なブランド物だ。
「御明察通り。こんな場所に呼んで機嫌を損ねるわけにはいかないだろ? それに向こうも外でを希望している」
私は耳を折って観念した。極力外に出ることは避けたかったが、それでも報酬と引換えにすることはできない。お金は大事だ。ヤキトリが食べれなくなる。
「どこで知り合ったんだ?」
ダグラスが外で受けてきた以上、その依頼は彼の人脈からのものであることを意味している。日頃、酒場の下品な連中としかつるまない彼にしては意外な掘り出し物だった。
「集団行動治療法講座だよ」
聴きなれない言葉だったが思い出す。そういえば先日、彼が掛かりつけのカウンセラーにそんなものの参加を勧められたと話をしていた。
似た悩みを抱えたもの同士が集まって、歌ったり叫んだりダンスをしたりして癒しを求めるそうだ。察するに一種のカルチャースクールめいたものだろう。
ダグラスは現在、離婚調停中の身でありそこのとについて深く傷ついているらしい。面構えとは裏腹に繊細な内面の持ち主なのである。
「なんだよ」
何か言いたいことでもあるのかとダグラスが不細工でやさぐれた顔を向けてきたので、私は「なんでもないさ」と肩を竦めた。
ダグラスが立ち上がり、椅子の背にかけてあった背広を取って袖を通したので、私もソファから起上がる。
名残惜しくはあったが咥えていたテバサキの骨を、近くにあるゴミ箱目がけて吐き捨てる。
べしゃり。狙いが逸れて、床に落っこちてしまう。まあいい帰ってきたときにまた味わうとしよう。
頭上からダグラスのぼやきが降ってきた。
「いい加減、掃除しなきゃな」