旅の理由(2)
つまるところ、ヒナタは無駄な行動をし、遭遇する必要のない危険に足を踏み入れたということになる。リークとエイジはサンズグモの縄張りを横切っていた。一見すると、危険な行動であっても、リークが一緒であれば危険でない。何も知らなかったヒナタがサンズグモへ銃を向け、激昂したサンズグモがヒナタに襲い掛かった。そう言う事だ。その無駄な行動が今に繋がっている。
ボルトを車のバッテリーに繋げて、ヒナタは小さく溜め息をついた。車は大きな荷台があり、その荷台にバイクを載せ、ヒナタは車のタイヤにもたれかかっていた。リークは力尽きたかのように、運転席で眠っていたが、それでも一緒にいる限り暗闇で生きる生き物の襲撃は無いのだと、エイジが言っていた。
「無駄な行動で、二人まで危険に巻き込んだんでしょ。悪かったね」
ヒナタは自嘲した。笑ったのは、ヒナタとエイジ同時だった。
「でも、そのおかげで、俺たちはヒナタと出会えた。アキラの娘であるヒナタとね」
ヒナタは目を見開いた。自分がアキラの娘であることは、一言も口にしていない。どうして、エイジはヒナタがアキラの娘であることを知っているのか。
「アキラが言っていたんだ。いつも、いつもね。俺と同じくらいの年齢の娘がいて、ヒナタという名だと。娘と同じくらいの年齢だから、アキラは俺にも優しくしてくれた。アキラを失って、俺だって辛かったさ」
エイジはそれ以上何も言わなかったが、リークをタギのいる都へ連れて行って、何かが変わる保障はない。都まで無事にたどり着ける保証も無い。それでも、豊国の王はリークを都へ導くために、若者を送り出した。
「リークはどこから?」
ヒナタはエイジに尋ねた。
「さあね、俺も分からない。海から来たんだ。けれども、リークが力を持っていることは事実で、リークが都へ連れて行って欲しいと言った。王と俺はリークを信じた。だから、俺はリークと同行すると立候補したんだ。こんな秘密を抱えることが出来る立場で、腕の立つのは俺しかいなかったから」
エイジはヒナタの横に座り、タイヤにもたれかかった。エイジが未来のためにした覚悟をヒナタは感じ、エイジを信じた。光を渇望するのは、ヒナタだけでない。エイジも同じだ。この世界で生きる全ての者が光を渇望していた。
(私も一緒に……)
ヒナタは言いかけて言葉を飲み込んだ。アキラと同じように、未来のために進みたいと願ったが、彼らが欲しているのはヒナタでなくアサヒだ。万一、アサヒが今も生きていて、アサヒが彼らと一緒に行くのなら、ヒナタは一緒に行けない。ヒナタとアサヒには埋めることの出来ない溝があるのだから。
「ヒナタは人形に似ているね」
唐突にエイジが言った。
「はあ?」
素っ頓狂な質問に、ヒナタは間抜けな返事しか出来なかった。
「俺の家にある人形。まっすぐな黒く長い髪に、まっすぐに切りそろえられた前髪。どうりで、アキラは人形を嬉しそうに見ていたわけだ」
けらけらとエイジは笑っていた。闇に響く笑い声は、ヒナタの心に光を与えた。
――ヒナタは人形に似ているなあ。よし、髪型はこうしよう。ヒナタはきれいでまっすぐな髪をしているから、よく似合うよ。ヒナタはきっと、お母さんのように美人な大人になるだろうな。
アキラがヒナタに言った言葉を思い出した。ヒナタの髪を切りそろえながら、楽しそうに嬉しそうに。アキラが褒めてくれたから、ヒナタはずっと髪型を変えていない。それが、こんなところに繋がっているなんて、思いもよらなかった。どこかで、アキラと自分とエイジが繋がっているようで、ヒナタは嬉しかった。