希望の光(2)
サンズグモは動きを止め、その足を彼から離した。
「エイジ、君も離れるんだ」
薄い金色の髪をした彼は、サンズグモに乗る男に言った。すると、サンズグモに乗った彼はサンズグモから降りて、鎖を解き始めた。目の前に生じているのは信じられない光景。サンズグモが人の言葉に従い、動きを止めたのだ。エイジと呼ばれた男は、サンズグモの鎖を解くと片付け始めた。
「もう大丈夫、ほら、お帰り。大丈夫。俺は、こちらの味方だけれども、君達の事を忘れたりしていない。世界が再び大きな変貌を遂げても、かつて君達は光の世界の住人。必ず、生き残る事が出来るよ。君達にとっても、生きやすい世界になるはずだからね。――何も心配しないで」
薄い金色の髪の男が言うと、サンズグモはゆっくりと方向を変え、立ち去ったのだ。
理解しがたい状況がそこで起こっていた。聞こえるのは風の音と、規則正しく動くバイクのモーター音だけ。理解しがたい状況に、ヒナタは動けなかった。助言を求めるにも、ボルトはバッテリー切れで動きを止めている。ヒナタが見たのは、暗闇の世界に明かりを灯す希望だった。薄い金色の髪の男の力が、暗闇の世界に光を導く。全てはヒナタの直感。揺ぎ無い直感。その光に導かれるように、ヒナタはバイクから降りた。光に対して、頭を下げたくなるような気持ちがした。
薄い金色の髪の男の光が僅かに揺らぎ、弱まった。光が消えると同時に、金色の男は糸が切れたかのように崩れ落ち、サンズグモに乗っていたエイジという男が彼を支えた。
「リーク、リーク、しっかりしろ」
しゃがむエイジに抱きとめられた金色の髪の男のマントから、長い薄金色の髪が零れ落ちていた。髪は光を持ち、ヒナタの心を照らしていた。
「大丈夫。大丈夫だ、エイジ」
リークと呼ばれた男は、身をよじり、エイジから離れると身体を起こし、両手を地に着けたままヒナタを見上げた。バイクのヘッドライトに照らされたリークの顔がヒナタにははっきりと見えた。色白で華奢な体つき。瞳は金色だった。
「助けようとしてくれた。ありがとう」
リークはそう言うと、美しく微笑んだ。男に美しいという言葉を送るのは間違いかもしれない。けれども、ヒナタはそう思った。彼は暗闇で生きるどの人とも違う雰囲気を持ち、違う顔立ちを持ち、違う心を持っている。それは人知を超えた神のようだった。
「はじめまして。俺はリーク」
美しい彼が己のことを「俺」と呼ぶ。その瞬間に、リークが神から人間へと戻り、とても親しみやすい存在に変貌する。他者に対して築いてきた警戒の壁も、距離も、一言で縮めてしまう存在。それがリーク。
「ほら、君も自己紹介をするんだ」
リークは隣にいるサンズグモと対峙した、狩人に匹敵する戦いの術を持った存在に言った。
「俺はエイジだ。そちらは?」
リークとは異なる雰囲気だが、どこかに品格の良さを持っていた。他者を見下すような嫌な感じは無く、純粋に人の良さそうな人だ。
「ヒナタ。私は狩人よ。それよりも一体、何がどうなっているわけ?」
ヒナタは無意識のうちに護身用の短銃に手を伸ばしていた。不思議な力を持ったリークが何者なのか、そしてリークと行動を共にするエイジが何者なのか、ヒナタには想像がつかなかった。そして、彼らが強い力を持ち、ヒナタの常識や世界を打ち砕く存在であることを、どこかで感じていた。
「警戒する必要はないよ。俺たちは、君を取って喰ったりしないから」
リークがゆっくりと動き、短銃に手を伸ばすヒナタの手を取った。リークの行動は無警戒のようで、一つの隙も無かった。勝てない、とヒナタは思った。狩人として、多少なりとも戦う術を持っているから気づくリークの力。その力がヒナタから抵抗する気持ちさえ奪い去っていた。リークは戦う術を持っている。ヒナタよりも戦いに適している。それを隠しているだけで、銃を抜いたところでリークには勝てない。リークの一挙手一同が、ヒナタに現実を教えるのだ。
「お前は、狩人なのか?だったら、訊きたいことがある」
エイジが腕を組みヒナタに言った。女の狩人を探している者がいる。そんな話を村人が口にしていたことをヒナタは思い出した。
「何を?」
ヒナタは問い返し、リークから腕を振り払い、一歩後ろへ下がった。彼らは強い。狩人ヒナタは獲物を狩ることに慣れているが、人と戦い殺す事には慣れていない。彼らは強い。ヒナタを闇の中で殺そうとすれば、なんとも容易い事。エイジはヒナタに言った。
「人を探しているんだ。女の狩人。名はアサヒ。年齢は二十四。七年前に、アキラと相棒を組んでいた一流の狩人だ」
エイジの言葉にヒナタは息を呑んだ。