闇の都(2)
ヌーンは数キロ一緒に併走し、そして別れた。
「助けに行くから、気をつけなさい。アサヒ、あなたもね。もう、腕を捨てる事が無いように……。ボルト、また会いましょう」
ヌーンが言い残した言葉だ。ヌーンはアサヒに鼻を近づけ、微笑んだ。ヒナタは、どうしてヌーンがアサヒやボルトに声をかけたのか分からなかったが、ヌーンがボルトやアサヒに気をかけていることは分かった。結局ヒナタは、ヌーンが何者なのか、どうして人の言葉を理解しているのか、どうして長い年月を生きているのか、どのようにしてリークと知り合ったのか、何も分からなかった。ただ、ヌーンはヒナタよりもずっと高貴な存在なのだと自分に言い聞かせた。
「ヒナタ、あれが都だ」
ヌーンと別れた後、アサヒが闇を指差した。
「ほら、都が見えた」
最初はただの闇だと思っていたが、近づくに連れて光が闇からこぼれていた。
「ヒナタ、都は大きな壁で囲まれている。何者も逃げないようにね。出入り口は、東西南北に一箇所ずつ」
バイクを走らせながら、ヒナタはアサヒに尋ねた。
「入り口から入れるの?」
ヒナタたちは目立つ。目立つ最大の理由がリークの存在だ。金色の髪は人目を惹き、リークから溢れ出る光を隠し通すことは出来ない。
「七年前は入り口から入ったけれど、今回は多分無理。だから、七年前に私が脱出した道から入るしかない。ヒナタ、覚悟をしておいてね」
アサヒは微笑み、一気に道から離れた。壁にたどり着いたころ、そこは道から大きく離れた場所で、汚水流出されて小さな川を作っていた。都で生じた排水を、ここから外へ流しているのだ。都は水を垂れ流しに出来るほど豊かなのだとヒナタは感じた。垂れ流される水は腐り、異様な臭いを発していた。
――おいおい、マジかよ。勘弁してくれよ。
ボルトが最も嫌がっていた。
「ボルトも七年前、私と一緒に通ったのに」
アサヒは汚水の川岸にバイクを止めると、リークを抱えて下りた。ヒナタもアサヒに習ってバイクを止めた。
「ねえ、七年前はどうやってライト博士の家まで戻った?」
深い傷を負い、幼いカシを抱いて、どうやって逃げたのか。
「正直、覚えていないの。ただ、美しい人に助けられたことは覚えているけれどね。ライトは居所を隠しているから、それを知っているということはライトと面識のあるひと。けれども、ライトは教えてくれない」
アサヒはそこまで言うと、冗談めいて微笑み、続けた。
「もしかしたら、ヌーンかもしれないと。ライトのところでヌーンに会ったときに思ったけれど……」
アサヒはリークの身体に紐をかけると、リークを背負おうとした。不自由な片腕で背負うために苦戦している。
「アサヒ、私がリークを背負うよ。大丈夫」
ヒナタはアサヒからリークを受け取った。昔から、アサヒは年上ということを理由に、ヒナタを危険や苦労から遠ざけようとしてくれていた。その優しさに気づかなかったのは、ヒナタが子供だから。今、ヒナタは十七だ。七年前のアサヒに並ぶことはできないが、近づきたいと願った。
「じゃあ、お願い。ヒナタ」
アサヒはヒナタを信頼し、任せてくれる。それが嬉しいのだ。ヒナタはリークを背負い、身体を紐で固定した。やはり、リークは見た目よりずっと軽い。もともと細いが、それ以上に軽いと思われる。リークの身体は少し冷たく、力なく投げ出された四肢は痩せていた。寝息も浅く弱弱しい。今にも消えてしまいそうな、儚い存在。
「リークって軽いよね」
ヒナタが言うと、アサヒが頷いた。
「人間と思えないくらいね」
それが冗談だと分かっていても、リークが測り知れない存在であるということが、ヒナタとアサヒの中の共通の意思あった。アサヒはヒナタがリークを背負った事を見届けると、ためらうことなく汚水の川へと入っていった。プンと臭う悪臭は、都の汚れを象徴しているようであった。




