闇に潜む敵(6)
背中を流れる汗が身体を冷やした。恐怖、不安。それらの負の感情がヒナタの足を硬くして、自由を奪った。豊国に存在する甲殻のある生き物とは異なる。人間と同じ哺乳類は、知能が高い。獣が爪を振り上げ、その爪が振り下ろされる瞬間、ヒナタは目を閉じることさえ出来なかった。時が永遠のように感じ、振り下ろされる爪がゆっくりと見えた。ゆっくりと爪は振り下ろされているように感じるのに、身体は硬く硬直して動けない。自分の死をゆっくりと待っている不思議な感覚。迫り来る鋭い爪。辺りは深い闇で覆われている。音も聞こえない。痛みはあるのだろうか。喰われるのだろうか。思考だけが悪戯に空回りしていた。
「しっかりしろ!」
強い声が響き、衝撃がヒナタを襲い、気づけば砂地に倒されていた。ヒナタの上からはカシを抱きしめたままのエイジが覆いかぶさっていた。鋭い爪はヒナタの数十センチ横の砂に刺さっている。エイジはヒナタのベルトから短銃を抜き取ると、迷うことなく狙いを獣へ、引き金を引いた。躊躇いの無い動きだった。
乾いた音と共に放たれた弾丸は、獣の横をかすめた。迷うことは出来ない。躊躇う余裕はない。ヒナタはエイジの身体の下から抜け出すと、長銃を構えた。ボルトに接続する暇もない。ただ、この時を生き抜くために、ヒナタは狩人としての本能に従った。長銃に電流が流れ、弾丸が放たれた。慌てた環境では上手く狙いが定まらず、ヒナタは獣の額を狙ったが、頬をかすめただけだった。大きな獣の頬から、滝のように血が流れたが。致命傷にはならない。獣は怒り立ち、再び爪を振り上げた。エイジはカシを抱えたまま左へ跳びヒナタは右へ跳んだ。獣の爪は先ほどまでヒナタがいた場所をえぐった。
獣の狙いはガンムシでない。この地を歩くヒナタたちだ。獣は意志を持って、ヒナタたちを狙っている。ヒナタは長銃を引きずるように走り、破壊された車の荷台へ向かった。人間の足では、獣から逃げ切れない。ヒナタたちに残された道は、破壊された車を捨てて、バイクで逃げることだ。ヒナタの意図を汲み取ったのか、エイジは短銃の引き金を引き続け、獣の注意を引きつけていた。獣はエイジを喰らうために鋭い牙の並んだ口を開き、低く唸った。銃弾が獣を正確に射抜くことが出来ないのは、獣の動きが素早いこと、そして意志を持って執拗に命を狙っていることだ。闇に生きるため、光を取り戻そうとしているヒナタたちを嫌うように……。




