闇に潜む敵(5)
――来た。
ボルトが言った直後、車の運転席が破裂した。
――哺乳類だ。
ヒナタが見たのは、四本足の大きな獣だった。鋭い爪に、ピンと立った耳。開いた口には牙が並ぶ。目は白く、見えていない。たった耳がくるくると動き、筋の通った鼻が大きく息を吸い込んでいる。振り上げた足を下ろせば、地面が凹む。犬のようだ獣だが、闇の世界に適応している。ヒナタは長銃を構えた。車が壊れたため、明かりが消え、電気がバチバチとはじけていた。獣が息を吸うたび、大きな鼻からヒューヒューと生暖かい風が流れた。開いた口からだらりと垂れた舌からは、涎がとめどなく流れていた。獣もこちらとの間合いを図っているようだ。
獣は片腕を振り上げた。ヒナタたち狩人が獲物を狩るように、獣はヒナタたちを狩るのだ。もしかしたら、狙いはガンムシかもしれない。一歩、ヒナタは後ろへ下がった。後ろには、先ほどヒナタたちが狩ったガンムシが横たわっている。
ヒナタは長銃を持ったまま、エイジに空いた手を伸ばした。エイジは片腕でカシを抱き上げ、抱き上げた腕でナイフを持っていた。カシを抱いたままではエイジは戦えない。音を立てることも出来ない。狩る側から狩られる側へ変わったのだ。極寒の豊国では存在しない獣が、この地では生きている。豊国でいうサンズグモのような人間が太刀打ちすることが出来ない存在。音を立てることが出来なかった。獣は音と臭いで周囲を探索している。一つの音が命取りとなる。見えていないはずの獣の白い目がヒナタたちを見た。目を活用しようとしているのは、かつて光のある世界で生きていた名残だろう。獣とヒナタたちの間合いは変わらない。動くのか、動かないのか、ヒナタたちも本能を働かせなくてはならない。獣の狙いが何なのか。獣の狙いがガンムシであるのなら、逃げ延びる道はある。
(リーク……)
ヒナタはリークを思った。リークが一緒であれば、このような窮地に立たされることは無かった。そして思うのは、どのようにして、片腕を失ったアサヒが一人で暗闇の中を豊国まで逃げ延びたのか、ということだ。十七歳のアサヒが出来た。ならば、ヒナタも出来るはずだ。




