肥国にて(1)
エイジを抱きしめた男はこの肥国の王。王は気安くエイジを受け入れ、当然のようにアサヒのことも覚えていた。タギの圧力はこの肥国にも及び、肥国は豊国より都に近い分だけタギの圧力は強い。肥国の目の前にある海が、タギから肥国を守っている。肥国がタギの手に落ちれば、豊国にも危険が及ぶ。豊国と肥国は隣国であり、同盟を結んでいた。アサヒの持ち帰った情報は当然のように肥国にももたらされ、この国を救い、王は豊国とアサヒに対して深い感謝の念を抱いていた。
王は快くヒナタたちを王の住む屋敷へと招き入れた。エイジは荷台にリークを載せたままにし、リークの存在を隠していた。リークを荷物のように扱っているようで、ヒナタは良い気持ちがしなかったが、エイジはヒナタの背を叩き、無言でヒナタを制した。リークは幾重にも毛布で包まれ、眠ったまま隠されていた。何か危険が近づけば勝手に目覚める。その確信があるから、置いて行けるのだ。
「リークなら問題ない」
ヒナタの不安を感じ取ったのか、囁くようにエイジが言った。
王の屋敷はヒナタの住む家よりも立派な物であったが、十分すぎる大きさというわけでない。彼らも闇の世界でぎりぎりの生活を強いられているのだ。
「エイジ、少し食事でも食べていけ」
初老の王はエイジを気に入っているらしく、しきりにエイジに休息を勧めていた。
「ありがとうございます」
床に敷かれたマットに腰掛け、ヒナタたちはスープを頂いた。温かいスープからは海の香りがした。小さな食台を囲んで、肥国の王、エイジ、ヒナタ、アサヒ、カシは顔を合わせていた。豊国の王とヒナタは面識が無いが、きっとこのような存在なのだろう。王であるのに、尊大でなく、親しみやすい。王がいるから、闇の世界で国は統率を保つことが出来る。王が持つ軍が賊から国を守り、統率された人々は薬を作り地方の村へと届ける。狩人をまとめ、闇の世界の生き物から国を守る。王が国を守っている。
「それにしてもエイジ、どうして、こんな時に?豊国もこちらと同じ状況だろ」
王はエイジに言った。エイジは豊国の中枢に近い存在。何かを知っている。
「同じだからですよ。七年前、アキラとアサヒが未来を探し出してくれたように、今度は俺自身が都へ行く。それだけです。俺は、国を守りたいんです」
エイジは堂々と王に言い、王は満足そうに微笑んだ。
「忘れていないか?私には子供がいない。お前の父上に、お前を養子に欲しいと何度申し出たことか……。忘れるな。兄や姉がいるからと、お前は不要な存在じゃない。私はお前を必要としているんだ」
王はエイジに言った言葉が、エイジの本質を指し示しているような気がした。
「家業の方で負い目を感じたりしていませんよ。俺は一人でふらふらと生きていくのが好きなんです」
エイジはスープを飲み干した。
「そういうお前が気に入っているんだ。帰るときには、もう一度寄って、顔を見せてくれ。私は、肥国の未来をエイジに託したいんだ。家臣たちも、お前を信じている」
懇願するような王の姿が胸に迫った。肥国は豊国よりも都に近い。豊国よりもタギの圧力は大きなものだろう。大きな不安が暗闇の中で生きる人々に押し寄せているのだ。
「約束します。俺は、かならず肥国へ帰ってきます。その時はまた、助けてください」
丁寧に頭を下げるエイジからは、近寄りがたいほどの品を感じた。
肥国の王はヒナタたちに食料は電気を提供してくれたが、エイジはリークの存在を隠していた。王から提供された物資は、アサヒの家から搬入したよりも遥かに充実した物資であった。
「ねえ、どうしてリークの存在を?」
荷物を運び込みながら、ヒナタはエイジに尋ねた。
「リークの存在は豊国の中でも中枢しか知らない。なぜなら、リークの存在が知られれば、人々はタギに勝つことが出来ると色めき立つ。下手に動き出せば、タギからの報復が待っている。知らない方が、この国と王のためだ。リークの存在で、必ずタギに勝てるとは限らない。光を取り戻せるとは限らない。俺たちが成功するとは限らない。だから、知らない方がいい。肥国の王は、仁義に厚い、素晴らしい人だから、きっと俺たちを助けようとしてくれる。そんなこと、しなくて良いんだ。この国が生き残るためには、そんなことしてはいけないんだ」
エイジの言葉に隠された意味が分からないのは、ヒナタとエイジの立場が違うから。けれども、その違いを感じたくなくて、ヒナタは分かった振りをした。




