狩人ヒナタ(2)
たどり着いたのは小さな村。地熱発電で電気を確保している豊国の一部だ。闇の世界の生き物から村を守るため、村は高い柵に囲まれ、人々は柵の中で暮らしている。
外部からの明かりに気づいた村人が見張り矢倉から顔を覗かせ、ヒナタの姿を認めると門を開いた。村の中に建物はあまりない。人々は闇の寒さから身を守るために、地下に穴を掘り、半地下の家に住み、寒さから身を守り、電線で村中に電気を送っている。地下では電気の力で作物も育てられ、地下の温泉で魚が育てられている。温泉に恵まれた豊国では、各家に温泉を張り巡らせたパイプを走らせている。湯から伝わる熱で家の中は外気に比べて温かく保たれている。
「無事だったんだな」
三十歳ほどの村人は感心するようにヒナタを見た。以前この村に来たのは半年ほど前のこと。柵の中で暮らしている村人にとって、暗闇の世界を移動し、闇の生き物を狩り村へ届ける者の気が知れないことだろう。
「当たり前でしょ。獲物は黒ムカデ」
黒ムカデと拾った鉄くずを降ろし、ヒナタは村人へ渡した。村人は荷物を村の倉庫へ運び、代わりにヒナタは村の電気の下で育てられたバイオ穀物、温泉と電気で育てられた魚、鳥の卵を持ってきた。この村の人たちの大半は、柵から外に出ることなく生涯を終える。ヒナタのように銃を片手に柵の外へ出るのは、稀なことだ。
「ねえ、薬はある?」
ヒナタは村人に尋ねた。
「三日前に届くはずだったが、配達人がどこかで死んだのかも知れないな。この豊国の王はタギ様に抵抗を示しているが、一体なにのためなのか気が知れない。こうやって、豊国の中央から薬を運ぶにも、配達人が命を落とす事がある。噂では中央は光で満ちていると言うのに……」
ヒナタは黒ムカデと引き換えに得た荷物をバイクに積んだ。
「この国は貧しい。地熱発電で得られる電気は、生活するうえで最低限の量だ。タギ様の納める中央では、道路を電気で照らし闇の生き物が人を喰らうことが無いと言うのに」
ヒナタの返事があろうと無かろうと、村人は続けていた。
「タギ様が豊国との合併を指示した七年前、豊国の王が拒んでから、この国は貧しくなる一方だ。かつて全ての国は一つだったから、拒む必要なんて無いというのに……」
ヒナタは荷物をとめるベルトを締めた。村人は中央のタギを賛美している。柵に囲まれた村から外に出たことなど無いはずなのに、まるで暗闇の世界も、タギの世界も知っているかのように。ヒナタは豊国の王を尊敬してはいないが、タギの支配も望んでいない。この豊国のことが好きなのは確かだ。温泉に恵まれ、暗闇の世界でも自由に生活を続けられる。これ以上のことがあるだろうか。
「本当に、王は何を考えているのか……君もそう思うだろ」
村人はまだ続けていた。
「ねえ」
ヒナタは村人に言った。
「どうした?」
「タギの一体何を知っているの?私は知らない。暗闇の世界のことは知っているけれど、豊国の外の世界のことを知らない。だって、タギの下へ行って戻ってきた人は誰もいないんだから。本当に明かりに照らされた生活があるなんて保障はないじゃない。自分だって、タギの支配を噂でしか知らないんでしょ。村の外の暗闇の世界だって噂でしか知らないんでしょ。危険とされる暗闇の世界で私は狩りをして戻ってくることが出来る。噂では死の闇であっても、それは事実。私は自分で体験したことしか信じない。今、生きていけるから、この生活に不満はないよ。私は柵に囲まれていないから」
ヒナタはバイクのエンジンをかけた。
「ボルト、案内して」
ヒナタはボルトに言い、バイクに跨った。
――了解。ナビゲーションシステム起動。
珍しく機嫌の良いボルトが軽快に答えた。
「待て」
村人がヒナタのバイクを掴み、ヒナタが振り返ると、必死な形相をした村人の顔が迫った。
「確かに俺は暗闇の世界を知らない。この柵の中の生活だからこそ、気づく事もある。豊国は最近変だ。それに、昨日、この村に男が来たぞ。狩人の一族の若い女を探し、狩人の一族の村の場所を知りたいと。狩人の若い女はあんたぐらいだろ。暗闇の世界を若い女が一人で動くはずがないと答えておいた。気をつけな。豊国の王は何か行動を起こそうとしている。豊国の王がタギ様の支配に否と答えた七年前と同じ、不穏な空気が満ちている。もし、タギ様との戦争にでもなれば、豊国の王は勝てるのか?」
――七年前……
七年前、タギは豊国を吸収しようとし、豊国の王は拒んだ。それは、豊国の歴史に残る事件だ。けれども、ヒナタにとって重要なのはそんな事件や事象でない。七年前は、ヒナタの父アキラが暗闇の世界に消えた年なのだから。