暗闇の中の旅(1)
車から外に出て、車に備え付けられた電子レンジで食べ物を温め、特殊なジェル袋を温めた。電子レンジで温めると、一時間は熱を保ち続ける。この熱が命を繋げる。荷台からバイクを下ろしてヒナタたちは一箇所に集まった。荷台には簡易の屋根やカバーがあるから、荷台の中の方が温かい。
「カシ、こっちにおいで」
アサヒがカシを呼び寄せ、寒さからカシを守るように自分のマントの下に入れた。
「こんなに寒い野宿が続くと身体が持たないな」
エイジが言った。カップで湯を飲み、干した肉を湯で戻しながら食べた。アサヒは湯の入ったカップで右手を包んで答えた。
「安心して。都へ近づくほど温かくなる。逆に都から離れるほど寒くなる。豊国から更に都から離れた土地では、氷点下三十度に達するそうよ。都では、薄い長袖で構わない。凍死することもない。不思議よね。どうして、都に近づくほど温かくなるのか……」
アサヒはカシにカップを渡して飲ませた。
「ヒナタ、ボルトを貸してちょうだい」
言われてヒナタは戸惑った。
「ボルトに都までの道を入力しておくわ。今はその情報が消去されているけれど、ボルトはアキラと私と一緒に都まで行ったわ。再び位置情報を入力すれば、万一私の身に何かあったときでも都へたどり着くことが出来るでしょ」
ヒナタはベルトからボルトを離し、アサヒに手渡した。アサヒは残された右手でボルトを受け取り、ボルトを操り始めた。
「ねえ、どうしてボルトの情報は消されていたの?」
ヒナタはアサヒに尋ねた。
「タギに消去されたの。都へ侵入したとき、私とアキラはタギと接触した。その時、ボルトは何かを感知し、遠隔操作でタギによって消去された。データの復旧を図ったけれど、復旧できたのはここまで。どこまでかは、一緒にいたヒナタが分かるでしょ」
アサヒはボルトにデータを入力し始めた。アサヒがベルトにつけていた小さなポータブルコンピュータからコードを引き出し、ボルトに繋げた。ボルトのように優れたコンピューターではないが、アサヒも自分のコンピューターを持っている。言葉を話したり、自動でバイクを運転したり、考えてナビゲーションをしたりすることは無いが、データを入力したり、計算や周囲の分析をすることは出来る。数値の計算で現在地を分析することも出来るはずだ。アサヒは七年前から持っていた。
「ボルトは何を感知したの?」
ヒナタは尋ねた。
「さあね。それが分かれば、光を取り戻す解決の糸口になるかもしれないわね。あと、一つこの先、万一、別行動をとることになれば、ライト博士の下で落ち合いましょ。ボルトにライト博士の住居を入れておくから。七年前、彼は私を救い、そして片手で生き抜くのに必要な知識をくれた人。私が信頼している人よ」
アサヒは器用に片手でボルトにデータを入力していた。
「ライト博士?」
ヒナタとエイジが同時に言った。ヒナタはその意味が分からず、エイジはその存在を信じていないようだった。
「ライト博士とは実在するのか?」
ヒナタはライト博士の意味が分からない。
「実在するわ。七年前、アキラがライト博士の下まで案内してくれたの。ボルトにその場所を入れておいたから。これで、ヒナタと私がはぐれても、ライト博士の下で落ちあえる」
「ねえ、ライト博士って?」
ヒナタは尋ね、答えたのはエイジだった。
「最も電気の知識に優れた者の総称だ。地熱発電も初代ライト博士の助言によって作られた。その他にもバイオテクノロジー、電気自動車、全ての開発はライト博士を中心として作られた。それから、何代ものライト博士が存在し、人々に電気の知識と有効な使い方を示している。それでも、その存在は伝記的なもの。噂はあるが、実在する保障はない。まさか、そのライト博士が実在するとはな。一度で良いから、会ってみたいもんだ」
エイジは感心し、アサヒはヒナタにボルトを丁寧な仕草で返した。
――位置情報認識。ナビゲーションシステムスタンバイ。
ヒナタはボルトをトントンと叩いた。このボルトがアサヒとはぐれてもライト博士や都のところまで案内してくれる。信頼できるヒナタの相棒。
――暴力反対。大切に扱えよ。
ボルトは軽口を叩き続ける。
「いつも大切にしているじゃない」
ヒナタはボルトに言った。
「ボルトがナビゲーションを行えるわだから、明日から私が荷台に乗るわね」
アサヒはカシとヒナタたちのやり取りを聞いていたのだ。子供になれていないヒナタにとって、カシの相手をすることは骨が怒れることであった。正直なところ、アサヒが荷台に乗ってくれることに胸をなでおろした。
「アサヒ、最初にバッテリーを充電できる村は?」
エイジが干し肉を噛みながら言った。
「ここから三百キロほど進んだ場所。海を越える手前よ。陸地と陸地の間を流れる早い潮流と風を利用して発電を行っている、肥国の中枢がある。小さな村では怪しんで追い出されるのが目に見えているけれど、肥国の中枢まで行けば、受け入れられる。それに、七年前にも助けてもらったわ」
アサヒは干し肉に手を伸ばした。
「確かに、肥国の王は優しい人だからな」
エイジは頷いた。ここにも、ヒナタの知らないエイジの姿がある。サンズグモを目の前にしても臆することのない強さ、丁寧な身のこなし、深く物事を考える思慮深さ、エイジという人物は、これまでヒナタが出会ってきた誰とも異なっていた。それに、エイジは王から絶大な信頼を得ている。リークを都に連れて行くという重要で危険な任を負ったことがその証拠だ。
――リーク……
ヒナタはリークという存在に希望を託した。リークに未来を見た。けれども、リークが何者なのか何も分からない。
「ねえ、リークは何も食べなくて大丈夫なの?」
ヒナタはエイジに尋ねた。エイジ自身、リークのことは分からないに違いないが、エイジ以外に尋ねるべき人はいなかった。
「分からない。でも、俺が知る限り、リークは何も口にしていないな。食べ物が合わないらしい」
エイジは少しリークを見て、目を逸らした。少しでも先を急がなくてはならない。エイジの一挙手一同から全てが、それを示していた。
ヒナタたちは六時間の仮眠の後、すぐに先へ進んだ。荷台でリークを中心に一つになって休んだ。寒さはあるが、包まった毛布と電子レンジで加熱し続けた温もりを輪に眠りに落ちる。重たいほど布を被り、熱を保つ。そうしなければ、凍死してしまうからだ。




