アサヒとの再会(5)
金色の光が放たれた。目が眩むほどのまばゆさで、ヒナタは暗視スコープのゴーグルを外した。すぐに光は収束し、辺りを優しく照らし、そこにいたのはリークに組み伏されたアサヒの姿であった。アサヒの脱げたフードからのぞくのは、ばらばらに切られた黒髪。鋭い目はしかとリークを見据えていた。地に倒れ、上から押さえつけられても、アサヒの強さは変わらず、アサヒは刀を取り落とすことをしていなかった。凛とした顔立ちもかつてと変わらない。狩人の一族で求婚者が絶えないほどの美貌も変わらない。しかし、アサヒはこれほどまでに、強い顔立ちをしていただろうか。これほどまでに、他者を睨むような人であっただろうか。ヒナタは、動けなかった。
「昔から、俺は体術が苦手なんだよ。運動神経悪いからね」
場にそぐわない発言をリークがした。優しい声が穏やかに響く。
「勝手にお邪魔して悪かったね。あなたを探していたんだ」
リークがアサヒから手を離し、しゃがんだ。
「アサヒをいじめるな!」
カシがベッドの下から飛び出し、アサヒの前に立った。
「大丈夫よ」
アサヒは身を起こし、カシの頭を撫でた。リークから零れる光が部屋を照らしていた。優しく、温かい光。光を失った世界で生きる全ての人が切望する温かな光。その光は凍った心を溶かし、抵抗する憎しみを消し去ってしまう。
アサヒは部屋を見渡していた。ヒナタはアサヒのことにすぐに気づいたが、アサヒが気づいたのかは分からない。七年前、ヒナタは他人の気持ちを量り知ることが出来ない子供だったから。ヒナタはアサヒと目があった。ドクリと心臓が強く打ったのは、冷静を装うとしている証拠だ。
「エイジ、どういうつもりなの?七年ぶりに突然現れて、勝手に他人の家に上がりこんで。あなたの父上に、苦情を言いに行かなきゃ行けないわね」
アサヒはエイジのことに気づいていた。それでも、ヒナタのことに触れないのは、なぜだろう。
「いろいろと事情があってな」
エイジが言いかけると、アサヒはカシに言った。
「カシ、電気をつけてきてちょうだい?」
アサヒは堂々と振舞い、カシの背中を押した。この場からカシと遠ざけようとしているようだった。
「アイアイサーだい」
カシは跳ねるように外に飛び出していった。アサヒは地に座ったまま、マントの土を払った。アサヒのことをリークが興味深そうに覗き込み、アサヒはうっとうしそうにリークを押しのけた。
「大人の話なら遠慮するわ。光を操る異人にも、豊国の王の考えにも、興味無いから」
アサヒは何も変わらない。変わるのは、他人に対して優しかったアサヒが、他人を拒絶している事だ。目線を地に向けたまま、マントの土を払い続け、アサヒは拒絶を示していた。
「取り付く島もないのか?」
エイジの問いに、ないわね、とアサヒは答えた。
「都へ行きたい、と言ってもか?」
都という言葉にアサヒが反応し、顔を上げた。
「今更、都まで行ってどうするつもりなの?」
アサヒは立ち上がり、残された右手でエイジの胸倉を掴んだ。気品に満ちていたアサヒが、暴力的になったことは昔と違うところ。エイジはひるむことなくアサヒの右手を掴んだ。
「七年前、都から戻ってきたアサヒは言ったよな。アキラを助けるために、もう一度都へ行きたいと。片手となり、一人では難しいから、誰か一緒に来て欲しいと。七年前は、誰も手を上げなかった。アサヒが持ち帰った情報で、都の残酷さが分かったから、タギの申し出を拒絶するということが決まったから、それで十分だったんだ。その時の俺は、十一歳の子供で、何の力も持っていなかった。闇の世界で生き抜く術も知らず、何も出来ない子供だった。慕っていたアキラを助けたいと思っても、行動に移す力も親への反抗心も持っていなかった。今は違う。七年間、悔しかったのは俺も一緒だ。――俺は都へ行かなくてはならない。リークを連れて、都まで行くと覚悟を決めた。そのためには、唯一都から戻ってきたアサヒの助けが必要なんだ。それだけじゃない。俺はアキラを助けたいんだ」
アサヒは振り払うように、エイジから手を離した。
「アキラと私の二人で行っても、私しか戻れなかったのよ。しかも、こんな姿でね。エイジ、あなた無事に戻ってこられると思っているの?」
アサヒはエイジとリークを睨みつけた。
「とうとう、エイジを送り出すなんて。あなたの父上はそこまで追い込まれているのね」
エイジは堂々と答えた。
「親父は納得の上で俺を送り出した。今、手を打たなくては、この豊国は滅びると。余計なお世話だ。俺には兄や姉がいる。家業のことは心配ない」
ヒナタはエイジの正体を知らないが、豊国の中枢に近い人物であることは分かる。
「それは良かったわね」
アサヒが答えた後、電気がつき、電気の明かりと同時に、リークから零れる金色の光が消えた。
「世界に光を取り戻して、タギの支配を終わらせたいんだ。自由の無いタギの支配を終わらせたいんだ。終わらせるには、今しかない」
エイジの声は強い。覚悟がひしひしと伝わってきた。
「カシを残してはいけないわ。一人で残すには、カシは幼すぎる」
アサヒはカシを案じていた。
「カシは俺の家に預ければいい。何があっても、俺の家族がカシを守るから」
エイジはアサヒを連れて行こうと必死になっていた。アサヒ自身も都へ行くことを強く拒んではいない。むしろ、アサヒは都へ行く機会を待っていたようであった。
(ヒナちゃん、アキラはきっと生きているよ。アキラは強いから、生きているよ。今の私には、一人でアキラを助けに行く力はないけれど、いつか必ずアキラを助けに行くから)
アサヒの言葉がヒナタの脳裏に蘇った。アサヒはアキラを助け出そうとしていた。都へ行くことは、アサヒの望みでもある。唯一、アサヒの心残りであったカシの存在の問題が解決した今、アサヒを引き止めるものは何も無い。
「確かに、エイジの家族ならばカシを預けても問題ないでしょうね。あなたの父上は理の通った方だから。分かったわ、カシを預けたら、都まで案内するわ」
アサヒが言ったとき、カシが部屋へ飛び込んできた。
「アサヒ!」
カシがアサヒにしがみついた。
「アサヒ、どういうことだい?オイラを捨てないでおくれよ」
カシはアサヒにしがみつき、アサヒと引き離されないようにしているようだった。
「カシ、私は都へ行くの。分かってちょうだい。都へ行かなきゃいけないの」
アサヒはカシの頭を撫でた。
「嫌だ、嫌だい。絶対にオイラはアサヒと離れない。嫌だい!行ったら、アサヒは戻ってこないんだろ」
カシは泣きじゃくっていた。
「そんなことはないから。私は一度、都から戻ってきたのよ。心配しないで」
アサヒが行ってもカシは首を横に振った。
「それなら、オイラも連れて行っておくれよ。戻ってくるならいいだろ。オイラも連れて行っておくれよ」
アサヒは困り果てたように首をかしげた。カシにとって、アサヒは母親なのだ。
「エイジ、カシも連れて行く。それが条件よ。カシは片手を失った私を支えてくれていた。邪魔にはならないから」
アサヒは言うと、失った左手を前に出した。左手は手首から先のあるはずの手がなく、粗末な布で巻かれていた。七年前、アサヒは左手を失いながらも、都から戻ってきた。
「カシは私の左手よ」
アサヒは残された右手でカシの頭を撫でた。




