公爵と結婚した悪役令嬢は、人生をやり直します
「お前との婚約を破棄する」
公爵のロナウドが婚約者のクレアに指を突き付けてそう宣言した。呆然とした表情のクレアをみて、私はニヤリと笑う。
大金持ちのロナウドの豪邸で開かれた夜会会場で、この婚約破棄宣言は行われた。
「なぜですか、理由を教えてください」とクレアが尋ねる。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。俺は、ここにいるヴィクトリアと結婚する」
ロナウドの横に立っていた私は満面の笑みで高笑いをする。
「おーっほっほっほ、残念でしたわねクレア。ロナウドはわたくしがいただきましたわ」
もともとはクレアと婚約していたロナウドを、私が誘惑して寝取り、婚約破棄させて自分のものにしたのである。
会場の人々は顔をしかめている。クレアに同情し、私に嫌悪感を感じているのだ。
他人にどう思われようと平気である。私にはこの先バラ色の人生が用意されている・・・と思っていた。
しかし現実は私が思っていたのとは違った。
ロナウドと結婚はしたが、彼との生活は最悪だった。毎日喧嘩が絶えなくて、子供もできず、彼は浮気を繰り返して、酔った勢いで私に暴力を振るうようになった。
私は毎日のストレスを使用人たちをいじめることで解消した。特にメイドのエマをよくいじめた。
エマは結婚する前から私のメイドであり、嫁いできた時に一緒に連れてきたのだ。
いつもおどおどした態度の彼女の顔を見ると怒りが沸き上がってきて、なんだかんだと理由をつけて彼女を罵倒したり、飲み物をぶっかけたり、時には手をあげたりもした。
それでもエマはただ「すみませんでした」と謝るだけだ。
そんな私とは対照的に、クレアは幸せな人生を送っていた。
ロナウドから婚約破棄された後で伯爵家に嫁いだクレアは、夫婦円満で子宝にも恵まれ、幸せな日々を送っていた。私とは真逆である。
こうなると最初からわかっていたら、わざわざ婚約破棄させてまでロナウドと結婚なんてしなかったのにと私は深く後悔した。
30歳を迎えるころには、私はすでにおばあさんのような見た目になっていた。顔じゅうにしわが刻まれ、髪は白髪だらけ。いつも体調が悪く、病気がちで、腰とひざが痛くて歩くこともままならない。
医者によると内臓が悪いらしい。毎日浴びるように飲んでいるお酒をやめるように言われたが、すでにアルコール中毒になっている私には飲酒をやめることは不可能だった。煙草もたくさん吸う。さらに最近は麻薬もやるようになった。
このままだと40歳まで生きられないと医者に忠告された。
しかし私の死因は病気ではなかった。殺されたのだ。
34歳で私は刺殺された。いつもいじめていたメイドのエマに刺されたのである。
薄れゆく意識の中で私は思った。もう一度人生をやり直せたら、次は絶対にロナウドなんかと結婚はしない。あいつと結婚したせいで私の人生は狂ってしまったのだ。
×××
「お前との婚約を破棄する」
その声でハッとする。私は周りを見回す。ここは夜会会場であり、私の隣には若いころのロナウドがいて、彼の正面には唖然とした表情のクレアがいる。
クレアもロナウドも若返っている。
私は壁にかかっている大鏡の前まで行って自分の姿を映して見た。私自身も若返っていた。
「どうしたんだヴィクトリア」とロナウドが不思議そうな顔をして私を見る。
徐々に混乱が収まっていき、状況を理解する。なぜかはわからないが、時間が巻き戻って、私は若いころの自分に戻っているのだ。
今はロナウドがクレアに婚約破棄を宣言する場面だ。
「いえ、何でもないですわ」と私は元の位置に戻る。
「なぜですか、婚約破棄の理由を教えてください」とクレアが尋ねる。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。俺は、ここにいるヴィクトリアと結婚する」
「やっぱりやめますわ」と私は言う。
「は? 何をやめるんだ?」
「あなたと結婚するのをやめると言っているのです。あなたはクレアと結婚してください」
前の人生ではロナウドと結婚したことによって最悪な人生を送ることになったのだ。今回は同じ過ちは犯さない。
私はロナウドとは結婚せず、伯爵家のエリオットと結婚した。
エリオットは前の人生でクレアが結婚した相手である。クレアと私の人生が入れ替わったのだ。
前の人生で私を刺したメイドのエマはすぐにクビにした。彼女はなぜ自分がクビになったのか全然理解できない様子だった。
「あなたはいつかわたくしを刺し殺すからですわ」と私は言ったが、もちろん彼女には理解できなかった。
2回目の人生。今度こそ幸せに生きてやると私は思った。が、思い通りにはならなかったのだ。
今回私と結婚したエリオットは、のんびりした性格で、せっかちな私とは性格が真逆だった。話がかみ合わず、いらいらして、私はいつもエリオットに対して一方的に怒っていた。
子供は2人できたが、その子たちは全然私になつかなかった。
年を取るにつれて私は孤独になっていった。
飲まないと決めていたお酒をついつい飲んでしまう。夫婦仲は悪く、子供たちからはなつかれず、使用人からも疎まれて、友達はひとりもいない。
こんなはずじゃなかったと私は頭を抱えた。
私と入れ替わったクレアは、あの最悪な男ロナウドと結婚していた。
前の人生で私が味わった苦しみを彼女も味わうと思っていたが、そうではなかった。
クレアはロナウドと夫婦円満で幸せそうだった。
わけがわからない。浮気を繰り返し、酔って私に暴力をふるっていたロナウドは、クレアと結婚して良き夫になっていた。領地運営も順調で、領民からも慕われ、ますます裕福になっていった。
クレアは年を取っても若々しく朗らかで、夫を支える良き妻になっていた。
何かからくりがあるはずだと思い、私は考えた。
なぜクレアは幸せになれて、自分はなれないのか?
そして気づいてしまったのだ。原因は夫ではなく、自分にあるのだと。
私は、誰と結婚するかで女の幸せは決まると思っていた。そうではないのだ。誰と結婚したって、幸せになるかどうかは自分次第なのだ。
何度人生をやり直し、どんなに素晴らしい男と結婚しても、私が今の私である限り、みじめな人生を繰り返すだけだ。
そう悟ったときには、すでに私の体は取り返しがつかないぐらいに病魔にむしばまれていた。
35歳で私は孤独の中で死んだ。もし、もう一度やり直せるなら、次こそは心を入れ替えて生きよう。
×××
「お前との婚約を破棄する」
その言葉でハッとする。ここは夜会会場で、私の隣にはロナウドがいて、彼の正面には唖然とした顔のクレアがいる。ロナウドもクレアも若い姿をしている。鏡を見るまでもなく、私も若返っているのだろう。時間が巻き戻った。
神様は私にもう一度チャンスをくれたのだ。
今はロナウドがクレアに婚約破棄を言い渡す場面。
「なぜですか、婚約破棄の理由を教えてください」とクレアが尋ねる。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。俺は、ここにいるヴィクトリアと結婚する」
私はその場で土下座をした。泣きながら謝罪する。
「ごめんなさいクレア。わたくしが間違ってましたわ」
「お、おい、何をしているヴィクトリア!?」と驚くロナウド。まわりの人たちも驚きを隠し切れない様子。
「わたくしは傲慢で、自分勝手で、他人への思いやりなんて全然なかった。それに引き換え、あなたはいつも思いやりをもって人に接していた。優しくて、おだやかで、どんな困難な状況でも乗り越える強さと賢さも兼ね備えていた。わたくしはあなたには逆立ちしたってかないませんわ」
泣きじゃくる私の肩に、クレアは優しく手を置いた。
それ以来クレアと私は無二の親友になった。
結局クレアは伯爵家のエリオットと結婚し、私はロナウドと結婚した。
ロナウドとの結婚は二回目だ。私はクレアから人として、女として大切なものを学び、彼女のように生きた。
その結果、ロナウドと良好な夫婦関係を築くことができた。クレア夫婦と家族ぐるみの付き合いをし、子宝にも恵まれた。前2回の人生の失敗から学んだ私は、3回目にしてやっと幸せな人生を手に入れたのだ。
子供には愛情をもって接した。使用人から慕われ、友達もたくさんできた。
この先私が死んでも、もうやり直されることはないだろう。今の人生に、とても満足しているのだから。




