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花を終える日

作者: てけすと
掲載日:2026/06/24

牧瀬澪がその電話を受けたのは、昼休みの終わりだった。



市役所の都市整備課は、昼を過ぎると一度静かになる。窓口の混雑が引き、コピー機の音とキーボードを叩く音だけが残る。その隙に澪は紙パックの紅茶を飲み干し、朝から積み上がった書類の束に戻ろうとしていた。



内線が鳴った。



「牧瀬さん、朝倉さんの件、花の業者さんに連絡した?」



向かいの席の主任が、受話器を肩に挟んだまま澪を見る。



「まだです。今から」



「先方、今日なら捕まるらしいから。解体の日程、これ以上ずらせないし」



朝倉ふみ。七十二歳。西部第三地区、道路拡張事業に伴う立ち退き対象者。補償額は合意済み、転居先も確保済み、家屋解体の承諾書も提出済み。残っているのは庭の巨大花の処理だけだった。



郊外では、一つの家に一株、家の花を植える風習がある。



花と言っても澪の知っている園芸種ではない。幹は木のように太くなり、屋根より高く育つ。開花期には花弁が軒先に触れ、散ると庭が埋まる。郊外では珍しくもないらしいが、都市部育ちの澪にはいまだに実感がなかった。



資料の端に貼られた付箋には、前任者の字でこうある。


花の撤去について本人強く拒否。専門業者と要相談。



澪は名刺の束から一枚を探した。



霧島透。特定植物管理士。住所は西部第四地区。電話番号の横に、主任の走り書きで「無愛想だが腕は確か」とある。



無愛想だが腕は確か、という評価は、役所で共有される民間業者の情報としてはだいぶ上等な部類だった。



澪は息を整え、番号を押した。


呼び出し音は四回鳴ってから止まった。



「はい」



男の声は低く、短かった。



「市役所都市整備課の牧瀬と申します。朝倉ふみさん宅の花の件で、ご相談したくお電話しました」



少し間があった。



「立ち退きの家ですね」



「はい。家屋解体の前に庭の花の処理が必要でして」



「処理」



相手がその単語を繰り返しただけで、澪は自分が何か間違えたのだと分かった。



「……撤去、のご相談です」



「現地は見ましたか」



「いえ、まだ。写真と前任者の引継ぎで」



「じゃあ一回見てからにしてください」



それだけ言って切られそうになり、澪は慌てて言葉を継いだ。



「待ってください。日程がかなり詰まっていて、できれば今週中に見積りだけでもお願いしたいんです」



「担当はあなたですか」



「そうです」



「なら、あなたも来てください」



澪は一瞬、意味が分からなかった。



「現地に、ですか」



「そうです。立ち会いがないなら受けません」



役所の担当者が現地に出ること自体は珍しくない。ただ、通常は住民との最終確認や補償の説明のためで、花の撤去業者に同行を求められることはない。



「必要でしょうか」



「必要です。書類だけで済ませる話じゃないから」



低い声に抑揚はなかった。



説得というより、ただ条件を述べているだけに聞こえた。



「明日の午後なら空けます。来られますか」



「……はい」



「朝倉さんの家の前に二時で」



通話が切れる。澪はしばらく受話器を持ったまま止まっていた。



「どうだった?」と主任が聞く。



「来てくれるそうです。ただ、現地同行が条件だって」



「へえ。珍しいね」



「そういうものなんでしょうか」



「さあ。でも、あの辺の花は写真じゃ分からないこと多いし」



主任はそこで一度言葉を切り、書類から顔を上げた。



「まあ、見てきた方がいいよ。朝倉さん、家を出ること自体は受け入れてるのに、花だけは首を縦に振らないんだろ。何かあるんだろうし」



何かある。


その曖昧な言い方が、澪には少し引っかかった。



立ち退きの理由は明快だ。



駅前と新興住宅地を結ぶ幹線道路の拡張。交通量は年々増え、救急搬送の遅れも問題になっていた。



朝倉家は拡張予定地にかかっている。補償も代替住宅も用意された。制度としては妥当だ。朝倉ふみ本人も、そこに異議を唱えてはいない。



なら、残るのは花だけだ。



庭の植物一本に、何がそんなに引っかかるのだろう。



澪には、まだその重さが分かっていなかった。





翌日、市街地を抜けるバスの窓から見える景色は、途中から露骨に変わった。



背の高いビルが低いマンションに変わり、マンションが戸建てになり、やがて畑と空き地が混じり始める。そこまでは澪の知る郊外だった。そこから先が違った。



家の上に、花があった。



一本、また一本と、屋根の脇から太い幹が伸びている。幹と言っても木ではない。表面は滑らかで、ところどころに葉の痕のような節があり、色も樹皮より淡い。だが太さは完全に木のそれで、二階建ての家の軒より高く立ち上がり、その先に、白や黄や薄紅の大きな花を載せていた。



窓辺に花弁が触れそうな家。駐車場の上に影を落としている家。古い塀の向こうから、花だけがのぞいている家。



バスを降りた澪は、しばらく動けなかった。



写真では見ていた。資料にも何度も目を通した。だが、実際に住宅地の中にそれが立っているのを見ると、庭木の延長では済まない。



家の付属物ではなく、家そのものの輪郭を変える存在だった。



「牧瀬さんですか」



声を掛けられて振り向く。



背の高い男が、道の脇に停めた軽トラックにもたれていた。黒に近い紺の作業着、日に焼けた首筋、無駄のない動き。



年齢は三十前後か、それより少し上かもしれない。名刺の写真より目つきが悪い。



「霧島さん」



「時間ちょうどですね」



挨拶らしい挨拶もなく、透はトラックの荷台に積んだ道具を一度確かめた。長い鋸、ロープ、脚立、見慣れない金具。澪が視線を向けると、透は荷台を閉めた。



「朝倉さんの家、こっちです」



歩き出した背中を追いながら、澪は慌てて口を開く。



「すみません、同行が必要っていうのは」



「見れば分かります」



「それだと困るんです。私も仕事で来ているので、ある程度説明してもらわないと」



「じゃあ説明します」



透は足を緩めないまま言った。



「家の花は、切れば終わりです。戻りません。移植できる花もあるけど、全部じゃない。残せる場合もあるけど、残したせいで倒れることもある。役所は撤去済みって一行で処理するけど、本人にとってはそうじゃない。だから担当が一度見た方がいい」



淡々とした口調だった。責めているようにも、諭しているようにも聞こえない。ただ事実を並べているだけだ。



「それは分かります」



「まだ分かってない顔してます」



「……初対面でよく言いますね」



「だいたいそうだからです」



澪は少しむっとしたが、反論できるほど自信もなかった。



朝倉家は、緩い坂の途中にあった。平屋に増築したような二階建てで、外壁は日に焼け、瓦の一部が新しく差し替えられている。庭は広くはない。けれど、その家は花の影の中にあった。



白い花だった。



幹は家の脇からまっすぐ立ち上がり、二階の屋根を越えたところで大きく枝を分けている。葉は厚く、濃い緑で、花弁は人の顔ほどもある。いくつも開いた白が重なり、曇り空の下でもかすかに光って見えた。



玄関先に立った澪は、思わず息を止めた。



大きい、では足りない。家の横に立つ一本の花が、その家の時間ごと根を張っているように見えた。



「これが……」



「夕鈴草です」



透が言う。



「朝倉さんの家の花。たぶん五十年は超えてる」



呼び鈴を押す前に、玄関戸が開いた。



「わざわざどうも」



出てきたのは、小柄な老女だった。髪はきれいにまとめられ、薄い灰色のカーディガンを羽織っている。腰は少し曲がっているが、声ははっきりしていた。



「市役所の牧瀬です。今日はお時間ありがとうございます」



「こちらこそ。上がってくださいな」



客間の窓からは、花の幹がよく見えた。窓辺の棚には湯飲みが三つ、花弁を受けるための浅い籠がひとつ置いてある。籠の中には、昨日散ったらしい白い花弁が数枚入っていた。



「きれいでしょう」



ふみは澪の視線に気づいて笑った。



「うちの夕鈴草。今がいちばん見頃なんです」



その言い方が、澪には少し不思議だった。



立ち退き対象の庭木の説明というより、家族を紹介する声に近かったからだ。



お茶を出され、補償の確認や転居の日程について一通り話をしたあと、澪は本題に入った。



「花の件ですが……解体前に安全確認が必要でして。今日は霧島さんにも来ていただいています」



「ええ。聞いてます」



ふみは湯飲みを両手で包んだまま、頷いた。



「家はもういいんです。古いし、道路が広くなるなら仕方ない。ここに住み続けるのもしんどくなってきましたしね」



「ありがとうございます」



「でも、この子だけは、どうしたらいいか決められなくて」



この子。



また、家族に向けるような呼び方だった。



透が窓の外の幹に視線を向ける。



「根元、見せてもらっていいですか」



「どうぞ」



庭に出ると、夕鈴草の幹は室内から見るよりさらに太かった。人が両腕を回しても届かないくらいの太さがある。根元の土はよく踏み固められ、雑草一つ生えていない。毎日手入れされているのが分かった。



透は幹に手を当て、表面を指先でなぞり、節の一つを軽く叩いた。音を聞き分けるように耳を寄せ、次に地面へしゃがみ込んで根元を見た。



澪には何を確かめているのか分からない。



「どうですか」と小声で尋ねると、透は立ち上がりながら答えた。



「中がだいぶ空いてる」



「空いてる?」



「幹の芯が傷んでます。外からは分かりにくいけど、根元の張りも弱い。移植は無理ですね」



「切るしかない、と」



「そうです」



言い切る声に迷いはなかった。



その時、澪は初めて朝倉家の花を「撤去対象」ではなく「終わるもの」として見た気がした。



ふみは庭先の縁側に腰を下ろし、夕鈴草を見上げていた。



透は少し離れたところに立ち、澪にだけ聞こえる声で言う。



「残す方法はあります」



「あるんですか」



「誰も住まない家と一緒に放置するだけです。支柱を足して、何年か延命はできる。でも、いずれ倒れる。根元から腐るか、台風で折れるか、その前に解体で切られるか」



「……」



「それを残すって言うなら、そうです」



澪は返事ができなかった。



ふみが振り返る。



「先生、やっぱり駄目ですか」



「移すのは無理です」



「そう」



ふみはそれだけ言って、また花を見上げた。驚くほど静かな声だった。怒りも取り乱しもない。だからこそ、澪はどう言えばいいのか分からなくなる。



「朝倉さん」



澪は慎重に口を開いた。



「無理に今日決めていただく必要はありません。解体日程の調整も、少しなら——」



「牧瀬さん」



透が遮った。低いが、きっぱりした声だった。



「簡単に延ばさない方がいい」



「でも」



「残したいなら残すでいい。ただ、その意味を分かって言わないと」



澪は透を見た。



怒っているわけではない。ただ、ひどく真剣な顔をしていた。



「残すっていうのは、見送らないで腐らせるってことです。家を空けたあと、誰もいない庭で花だけ弱って、折れて、片付けられる。朝倉さんがそれを望むなら、俺は止めません。でも、そうじゃないなら、今決めた方がいい」



縁側に沈黙が落ちた。



風が吹き、花弁が一枚、ふみの膝に落ちた。ふみはそれを拾い上げ、しわの多い指でそっと撫でた。



「この花ね」



ぽつりと、ふみが言った。



「家を建てた日に、主人が植えたんです」



澪は何も言わず、隣に座った。



「うち、最初はもっと小さな家だったんですよ。子どももまだいなくて、庭なんて土ばっかりで。主人が『せっかくだから何か植えよう』って、苗を買ってきて。私は木にすればいいのにって言ったんです。洗濯物干すのに邪魔だし、花なんて毎年散るでしょうって。でも主人は、花がいいって」



ふみは笑った。思い出の中の誰かに向ける、柔らかい笑い方だった。



「息子が生まれた年に、初めて大きな花が咲いてね。ちょうど窓から見える高さで。台風の年には、主人が夜中に縄を掛けて支えてました。屋根が飛びそうになった時、この子が風を受けてくれて、家の方は助かったんですよ」  



白い花弁がまた一枚落ちる。



ふみはそれを見送りながら続けた。



「主人が死んだ日のことも覚えてる。葬式から帰ってきたら、庭が真っ白でね。ああ、この子も知ってるんだなあって、そんなこと考えました」



澪は喉の奥が詰まるのを感じた。



道路拡張。補償金。解体日程。代替住宅。


書類の上ではすべて整理されていたはずのものが、目の前で別の形を取っていく。



これは、転居ではない。



家を終える話なのだ、とその時ようやく分かった。



「家はね、もういいんです」



ふみは言った。



「掃除も大変だし、階段もきついし、一人で住むには広すぎる。だから、引っ越しはします。でも、この子まで切ったら、本当に家がなくなる気がしてね。馬鹿みたいでしょう」



「そんなこと……」



ありません、と澪は言おうとして、止まった。



安い慰めになる気がした。



ふみは小さく首を振る。



「馬鹿なんですよ。分かってるんです。花があるから主人が帰ってくるわけじゃないし、家が残るわけでもない。だけど、どうしても、最後に私が切るって言わないといけないのかと思うとね」



その言葉を聞いた時、澪は、自分がずっと朝倉ふみに「立ち退きの同意」を求めていたのだと思い知らされた。



違う。



この人が決められずにいるのは、引っ越しではない。終わらせることだ。



日が傾き始め、花の影が庭に長く伸びた。



透が道具を片付けるためにトラックへ戻り、澪はその後を追った。



「さっき、止めてくれてありがとうございます」



澪が言うと、透は荷台のロープを巻きながら「別に」と答えた。



「私、たぶん、無責任なこと言いかけました」



「よくあります」



「嫌な言い方しますね」



「役所の人が、じゃないです。見慣れてない人はだいたいそうなる」



透はロープを置き、荷台の縁に片手をついた。



「残せるなら残した方がいい、って思うのは普通です。でも、残ることがいい終わり方とは限らない」



「あなたは、いつもそういう仕事をしてるんですか」



「そういう?」



「花の終わりに立ち会う仕事」



透は少しだけ考えるように目を細めた。



「整える仕事です。生きてる花も、終わる花も」



「割り切れるんですか」



「割り切ってないとできません」



ぶっきらぼうな答えだったが、突き放すようには聞こえなかった。



「ただ、本人が何も知らないまま終わるのは嫌です。だから、担当にも来てもらった」



澪はその横顔を見た。



無愛想だが腕は確か。主任の評価はたぶん正しい。ただ、その一行では足りない。



透は道具箱を閉じ、澪に視線を戻した。



「明日もう一度来ます。朝倉さんが決めるなら、その時です」





翌日の夕方、澪は再び朝倉家を訪れた。



役所で書類を処理している間も、夕鈴草の白い花が頭から離れなかった。



資料の「撤去未了」という欄を見るたびに、あの縁側と、ふみの手の中の花弁を思い出した。



庭先には、透がもう来ていた。幹の周囲にロープを回し、倒す方向を測っている。ふみは縁側に座り、膝の上で両手を組んでいた。



澪が近づくと、ふみが顔を上げた。



「牧瀬さん。昨日はごめんなさいね、長々と」



「いえ」



「考えたんです。一晩かけて」



ふみは花を見上げた。



白い花弁が夕日に透けている。昼間よりもやわらかく、輪郭が薄い。



「先生にお願いしようと思って。切ってもらいます」



澪は何か言うべきなのだろうと思った。けれど、見つからない。



「条件があるんです」とふみは続けた。



「朝じゃなくて、夕方にしてほしいんです。この子、夕方の方がきれいだから」



透が短く頷いた。



「分かりました」



それだけで契約は済んだようだった。



ふみは立ち上がり、幹に近づく。掌を表面に当て、何かを確かめるように目を閉じた。家族を送り出す前のような、静かな仕草だった。



作業は、驚くほど静かに始まった。



透は脚立を立て、上部の枝を先に落とした。大きな葉が擦れ、白い花がいくつか揺れる。鋸が幹に入る音は低く、乾いていた。澪はロープの端を持たされ、言われるままに体重をかける。



自分もこの終わりに加担しているのだと、その重みで分かった。



最後に幹へ本格的に刃が入る頃には、日がだいぶ傾いていた。



空は薄い橙色で、花弁の白がその色を吸っていた。



「倒します」



透の声に合わせて、澪はロープを引いた。



鈍い裂け目の音がして、幹がわずかに傾く。次の瞬間、長い年月を抱えたまま、夕鈴草はゆっくりと地面へ倒れた。



土が震えた。



白い花がいくつも散り、庭を転がる。折れた幹の断面は、思ったより明るい色をしていた。そこには木の年輪に似た、薄い筋が幾重にも重なっている。生きてきた時間が、切り口にだけ残されていた。



ふみは泣かなかった。



しばらく黙って断面を見つめてから、静かに息を吐いた。



「これで、家が終わったねえ」



その言葉が、澪の胸の奥に重く落ちた。



家を壊すのは来週だ。引っ越しは再来週だ。行政上の手続きはまだ続く。なのに、終わりは今ここで起きたのだと分かってしまう。



透は鋸を拭き、切り株の脇にしゃがみ込んだ。ふみは一歩進み、倒れた花の一枚を拾い上げる。



「主人に見せたかったなあ」    



笑うように言ったその声に、澪はたまらず顔を伏せた。



泣く場面ではないと思った。ふみは泣いていない。透も黙っている。泣いていい立場かどうかも分からない。それでも、目の奥が熱くなるのを止められなかった。



ふみはそんな澪を見て、少しだけ困ったように笑った。



「そんな顔しないで。決めたのは私ですから」



「……はい」



「でも、来てくれてよかった。役所の人に見てもらえて、ちょっとすっきりしました」



澪は返事の代わりに深く頭を下げた。


それしかできなかった。





翌週、朝倉家の解体前確認を終えた澪は、庁舎に戻って報告書を開いた。



案件番号、西部第三地区道路拡張事業。対象者氏名、朝倉ふみ。補償支払、確認済。退去予定日、確認済。特定植物処理——



撤去済。



その三文字が、ひどく無機質に見えた。



今までは何とも思わなかった。



処理済みの項目の一つでしかなかった。けれど今は、その欄の向こうに、夕方の白い花と、倒れた幹の断面と、ふみの「家が終わった」という声がある。



「牧瀬さん、次の西部四区の案件、担当振っていい?」



主任が声を掛ける。



澪は顔を上げ、少しだけ考えてから頷いた。



「はい。ただ、今度は先に現地確認を入れます」



「珍しいね。何かあった?」



「……たぶん、その方がいいので」



主任は軽く肩をすくめただけだった。



澪は新しい案件ファイルを開き、最初のページに付箋を貼る。



現地確認 要。家の花の状態確認。




役所の仕事は明日も続く。道路は広がり、家は移り、人は住み替える。書類は増え、欄は埋まり、判子が押される。その流れ自体は変わらないだろう。



それでも澪は知ってしまった。



書類の一行では足りない終わりがあることを。


家には、終わる順番があることを。



窓の外では、初夏の風が庁舎の植え込みを揺らしていた。



あの郊外の白い花の影は、もうそこにはない。けれど澪は、次に誰かの家を終わらせる時、少なくともその現場を見ずに済ませることはしないだろうと思った。



それが、朝倉家の花に対して自分にできる、せめてもの礼儀だった。



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