磔刑に処された三日後、神の御子は復活なされた。彼はニンジャではない。ニンジャに口寄せされたのだ。
コマンドー・ニンジャの翼のように広がった大円筋がピクリと動き、そこから繋がる上腕二頭筋を脈動させ、フェイントをかける。
コブラ・ニンジャの腰が僅かに低くなり、顔面の筋肉が硬くなる。
もはや残されたのは筋肉単位のミクロの手段。ローリングソバットで距離を詰め、主導権を握ったはずだった。だが、クナイを抜き放ち、互いの刃が空気を切り裂いた瞬間――己が恐るべき毒牙にかけられていたことに気づいた。
ニンジャの本能はタカシに冷たいクナイを選ばせた。しかし、彼の筋肉の繊維一本に至るまで刻み込まれた習性は、肉と肉のぶつかり合う拳の闘争。観客を沸かせ熱狂させる、エンターテイナーとして極限まで最適化された肉体が故に、刃物の間合いの幾何学に惑わされた。 ソフトとハードのミスマッチ。そこを狙われたのだ。
次の一手を二人が打とうとしたその時。燃え上がるリングに最後に残っていたロープが遂に耐えきれなくなり、空気を切り裂く鞭のような音を立てて千切れた。
切り裂かれた炎がぱっくりと口を開け、二人のニンジャが、その隙間から見えたような気がした。しかし、炎と炎が再び隙間を埋める間に、それは影となって消えていた。
重苦しい睨み合いをぶち壊す破裂音。まさに号砲とするには十分なアクシデント。コマンドー・ニンジャの耳がピクリと動き、意識が一瞬だけ音へと逸れた。その機を見逃さずにコブラ・ニンジャが低く構えた姿勢をバネのように跳ね上げる。蛇が獲物に飛び掛かり毒牙を突き立てようとするハンターの跳躍。
間合いも削られ機先も制されたコマンドー・ニンジャがそれに反応し慌てて動く。下げた腕を突き出し、跳躍するコブラ・ニンジャを迎え撃つマチェットナイフクナイの刺突。しかし、その上をいったのはコブラ・ニンジャ。体を跳ね上げたのはフェイント! 上体は大きく動いていたものの、その足は僅かに踏み込んだのみ! コマンドー・ニンジャは誘い込まれたのだ! マチェットナイフクナイが空を切る。
コブラ・ニンジャはすぐさま左足を踏み込みクナイとすれ違い、腕が伸び死に体となったコマンドー・ニンジャの懐に飛び込む。軽く握った左手にスナップを効かせ裏拳を喉に突き刺す。クナイに注意を奪われ下から飛び出した不可視の一撃に目を剥くコマンドー・ニンジャ。間髪入れずに振り被ったスラッシャーナイフクナイが煌めく。ゴツっという、骨に拳がぶつかる鈍い音がした。その直後、綺麗な放物線を描き、真っ赤な花弁とピンク色をした肉片が紙吹雪のように舞い散り、血と肉片の海に新たな一筆を書き足した。
コマンドー・ニンジャは激痛を噛み殺し、前蹴りで強引に距離を取る。コブラ・ニンジャはそれを足を軸に回転するように避けると、間髪入れずに二撃目を見舞う。だが、これはコマンドー・ニンジャの分厚いマチェットナイフクナイが弾き返した。
距離を取りたいコマンドー・ニンジャ。それを許さないコブラ・ニンジャ。その名の通り蛇のようなしつこさでスラッシャーナイフクナイの間合いで張り付く。
右、右、右!! 徹底的に右からナイフを振るう。徹底的にコマンドー・ニンジャの右側に位置取る。忍力の集中による治癒をする暇など与えないとばかりに、斬撃の雨を降らせる。
たった数手で極大のデバフを与えたコブラ・ニンジャは、自らが生み出したその死角を執拗に攻め立てる。 吹き荒れる殺意の奔流に晒され、コマンドー・ニンジャは肩で息をする。その右瞼は無残にも、スパイク付きの護拳に抉られ、砕かれた眼窩は眼球を露出させてスプレーのように血を噴き出している。
ベビーフェイスのレスラーとして、光の道を歩いて来たマキシマス・タカシ。最初の頃はクリスがマッチメイクした無茶な試合。例えば蛍光灯デスマッチや、有刺鉄線デスマッチもやったが、ここまで無残な姿にはならなかった。鼻や頭蓋の骨折も経験したが、それは不運な事故であって、その時には相手もそれなりに消耗したり、何よりも肉体言語の対話があった。しかし、これは全く違う。一切の対話の余地も無い。一切の熱の交換も無い。ただ殺す。確実に殺す。そして次のニンジャも殺す。次も、その次も、そのまた次も、ニンジャを殺す。そんな、何処までも続く漆黒のみが広がるばかり。観客を熱狂させ魅せるための闘いをしてきた自分とは違う。狂気の世界を歩いて来た修羅。
その証拠に、コブラ・ニンジャの手は正確に、効果的に、そして機械的に繰り返される。一息には殺さない。ジワジワと削るように肉を削ぎ、戦意と肉体の機能を確実に奪ってゆく。まるで古代中国の凌遅刑の如く、少しずつ、そして確実に、コマンドー・ニンジャの分厚い肉を削ぎ落としていく。
このまま彼はなすすべなく削り殺されてしまうのか? 訳も分からぬ間に全てを失い、連れ去られた最愛の恋人、エイドリアンを再び胸に抱くこともなく死んでしまうのか? だがしかし、コマンドー・ニンジャの目はまだ死んでいない。
何故か? 死の淵にあってなお、いや、死が至近に迫るほど強く湧き上がってくる。彼はこう考えてしまったのだ。もしも、ここに万雷の観客がいたとしたら? もしも、爆発四散し肉片となった六万人のファン達が、この試合を観ていたとしたら? そして何より、もしもこの闘いを、エイドリアンが観ていたら。コマンドー・ニンジャの目に、決意の光が宿る。




