神は仰せられた。「産めよ増やせよ地に満ちよ」その前にニンジャは考えた。木を隠すなら森の中。ニンジャを隠すなら人の中。
ニンジャとニンジャが相対した。そこに言葉は無かった。二人のニンジャの間に交わされるのは、息の詰まるような睨み合いという名の、ニンジャの会話だった。
コブラ・ニンジャの目はティアドロップのサングラスに遮られ、ニンジャへの憎悪以外に、果たしてどのような感情を湛えているのかは窺い知れない。
怒り、悲しみ、あるいは虚無。彼の全身から微かに漏れ出るやけっぱちな空気が、そう思わせたのだろうか。
そして、まるでお互いが示し合わせたかのようにスラリと抜いたクナイだけが、会話の落着を物語っていた。
コブラ・ニンジャの手には、サバイバルナイフとメリケンサックを悪魔合体させたような代物が握られていた。「剥き出しの殺意を形にしたらこうなる」と、誰もが頷くであろう凶器。 刺せば内臓を抉り出し、殴れば骨を砕くスパイク付きの護拳。それはあまりにも野蛮で、あまりにも血生臭い。彼だけが振るうことを許された、スラッシャーナイフクナイを、コブラ・ニンジャは構える。
対するコマンドー・ニンジャの手には、何とも無骨な、ややもすると鈍器かとも思える鈍い光を放つ刃が握られている。それは大雑把で、不器用で、野蛮な、「とにかくぶった切る」という、ただその一点のみに機能が集約された、むせかえる汗と泥の匂いの密林を思わせる、全長七十センチに迫る大ぶりのマチェットナイフクナイだった。
ズリズリと微かに音を立て、泥で汚れた黒革のブーツと、おろしたての迷彩のコンバットブーツがコンクリートを擦る。二つの音の距離は三メートルあるかないか。ニンジャの脚力ならば一足飛びに詰める事の出来る間合い(キルゾーン)。しかし、先に動けばナイフはわずかに届かず、もうワンアクションの必要が生じる。その余分な動作は、ニンジャ同士のクナイファイトにおいて致命的な隙となる。つまりは動いた方の負け=死。後の先の取り合いということだ。
二人のニンジャの横顔を赤く照らす、ごうごうと燃え上がるリングをよそに、ほんの数十分前まで行われていた華やかなプロレスの試合とは対極の、行きつ戻りつの間合いの探り合いが、静かに繰り広げられていた。
その二人の構えは奇しくも鏡写しのように同じ。互いに片足をほんの僅かに後ろに引いた半身の構え。ニンジャの心臓ともいえる丹田を守るように、空いた左手をL字に曲げ、クナイを握った右手は最短で相手の丹田を貫けるようにだらりと下げられている。
ついさっきまでプロレスラーであった彼がなぜそのようなフォームを取ったのか。歴戦のニンジャであるコブラ・ニンジャのフォームを真似たのか? いや、そうではない。例えば、初めてキスをする童貞であっても、鼻がぶつからぬように自然と顔を傾けるのと同じ。タカシの体を構成していた人間のDNAが全てニンジャのDNAに置き換えられたことで、クナイを握り対峙したときのフォームを自然とこのように構えさせていたのだ。
忍具合戦でも忍法合戦でも決着の着かない時、必然的にこうなる。肉体と肉体のぶつかり合い。クナイファイトとは、本能に刻み込まれたニンジャの闘争法なのだ。故に、クナイが抜かれたということは、どちらかが死ぬ事が確定したということだ。
睨み合ったまま互いの半身を崩そうと、円を描きながらにじり寄る。速く、遅く。広く、狭く。右手に構えたクナイを上げる、引く。丹田を守る左手を空ける。仕掛け、誘い、機を狙う。
もしもこれを観客席から眺めることができたなら、口さがない者は塩試合だと罵るだろう。はたから見れば何も起きていないようにしか見えないからだ。
鍔迫り合いもトラッシュトークもない。粛々と執り行われる儀式のように厳かに進むニンジャの読み合い。
これを実況席から見ればどのように表しただろうか? 恐らく盛り上げようにも間が持たずに解説者へ話題を振って逃げるだろう。
ではその解説者ならばどうか? こう答える。二人の睨み合いはコブラ・ニンジャが数段有利。
達人同士の機の読み合いにおいて重要なファクターを持つものは何か? それは足捌き。踏み出す瞬間の気の起こり。だからこそ、それを読みにくくするために武道においては袴を着用しているのだ。
その条件で言えば二人ともズボンなのだから同じ。では他に何が? それは目線。何処を狙っているか、何を狙っているか。それを口ほどに物語るのは目線。コブラ・ニンジャの両目を覆い隠すサングラスが、僅かにアドバンテージとなっているのだ。
その証拠に、距離を潰されているのはコマンドー・ニンジャ。先ほどからの円を描く動きも、全てはコブラ・ニンジャの動きに合わせて後手に回ってしまっているのだ。
痺れを切らしてブルファイトになればそれこそ向こうの思う壺。そうなればコブラ・ニンジャはマタドールのようにヒラリと身を躱し、スラッシャーナイフクナイを丹田深く突き刺し抉るだろう。かといって、その動きに合わせなければ有利な間合いをあっと言う間に潰され、コブラ・ニンジャの間合いになってしまうだろう。真綿で首を絞めるようにジワジワと間合いを削られていく。ただの歩法一つが、まさにコブラの毒のようにコマンドー・ニンジャを蝕んでいく。
やがて距離は二メートルを切り、一メートルと九十センチあるかないか。もはやコブラ・ニンジャの掛けたサングラスに反射する炎が、くっきりと視認できる至近距離。コブラ・ニンジャにとっても、コマンドー・ニンジャの鍛え上げられた大胸筋の渓谷をたらりと流れる汗が見える。
そしてもう一歩を踏もうとした時、コマンドー・ニンジャの全身の筋肉が強張った。気が付いたのだ。数センチ。ほんの僅かな誤差。この距離に至るまでに張り巡らされた罠に。
それに気が付き青い顔をするルーキーを見て、コブラ・ニンジャの口の端が冷酷に吊り上がる。
コマンドー・ニンジャの持つ大振りのマチェットナイフクナイは遠心力を効かせてフルスイングをすることでぶった斬る破壊力を生む。しかし、今の距離はなんとも絶妙。振るうには足りず、刺すには遠い。踏み込めばそれは大口を開けた大蛇の懐に自ら飛び込むことと同じ。瞬く間にスラッシャーナイフクナイの間合いへと変わるだろう。かといって、下がれば重心が後ろに乗った瞬間を見逃さずに距離を詰められ、やはりスラッシャーナイフクナイの間合いになるだろう。
恐らく、コマンドー・ニンジャの大振りなマチェットナイフクナイをみた瞬間に、コブラ・ニンジャはこの展開を、遠く睨み合っていた時からイメージし、自らの間合いであるこの『死の膠着状態』へと誘い込んだのだ 。




