表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

悪徳の都が火遁によって燃え盛るのを振り返った時、妻の胸をロトの手刀が貫き塩の柱となって消えた。妻はニンジャだったからだ。そしてロトもまたニンジャだったのだ

「誰かいないか!!」


 ドームに反響する大音声は壁にぶつかり死体に吸い込まれ、無音という返事をするのみだった。生臭いレッドカーペットを踏みしめ生き残りを捜索するコマンドー・ニンジャの顔は、ニンジャへと覚醒したばかりに行った天使ニンジャ達との死闘ですら見せていなかった必死の形相をしていた。


 それも宜なるかな。何故ならば、今宵このドームに集まった六万人を超える観衆は、この聖なる夜に家族や恋人と静かに過ごす事よりも 、UWE(アルティメット・レスリング・エンターテインメント)無敵の王者、マキシマス・タカシが十六度目の王座防衛達成という、歴史的偉業を目撃する為に集まったファン。故にこの惨状を生んだ責任の一端は自分にあると、そう感じているからだった。


 僅かな希望を胸に抱き、生き残りを探すコマンドー・ニンジャ。その視界の端で、肉塊が微かに蠢いた。九十九%の人間のDNAが、たった一%のニンジャDNAの励起に耐えきれず、飲み込まれて暴走した人間の成れの果て。醜悪な肉塊。殆どは既に機能を停止し絶命している。


 彼らもまだ己の事を人間だと思っているのだろうか? 肉塊と成り果ててしまった彼らと自分は変わらないのではないか? どちらも、果たして本当に人間だと言えるのだろうか?


 少なくとも、自分はニンジャだ。

 この惨状を作り出した、石膏のデスマスクの輩と同じ。ニンジャ。


 しんと静まり返るアリーナをぴちゃぴちゃと不快な水音を立てながら、人の形を保って倒れる人間を抱き起こし生死の確認を行う背中は、墓場を歩く亡霊のように陰鬱としたものだった。


 アリーナ、二階席、関係者特別席。何処を探しても赤と白の同じ景色がただ広がるばかり。ミーハーな一見の客も、デビュー時から追いかけていた熱心なファンも、トップロープから見えていた、キラキラと輝く視線を送る人々の誰も彼もが物言わぬ肉塊と成り果てていた。


 広いドームを歩き回り再びリングサイドに戻って来たコマンドー・ニンジャが、素知らぬ顔でリングの上空に鎮座する漆黒立方体を赤黒に燃え盛る目で睨むと、肉塊のうちの一つが事更に大きくわなないた。


 コマンドー・ニンジャの身体が反射的に警戒の構えをとる。そして、肉塊と肉塊の隙間から、にゅっと黒い腕が飛び出した。


「クソったれ!! マジに死んだかと思った! ぬるぬるじゃねぇかチキショウ! 仕立てたばかりのジャコム・テベッソの一張羅がミートソースまみれだ!」


「クリス! 生きていたのか!」


 過剰に盛り立てた肩パッドに、ギラギラとしたラメが入った趣味の悪い紫色のスーツを着込んだ古い知己の生存に、コマンドー・ニンジャの目が驚きで見開かれる。


「生きてちゃ悪いか? チャンピオン。おいおいおいおい!! 何だよこれ!? 保険会社になんて言えば良いんだよ!? 突然ニンジャがやってきて全部メチャクチャにしちゃいました、なんて馬鹿な話誰も信じるわけねぇだろ!? 俺が今回の興行に幾ら突っ込んだと思ってんだ!」


「クリス、エイドリアンが攫われた!」


「あぁ、そうかいそれは大変だな。お前にとっちゃあ一大事なのもマジでよくわかる。でも俺だってマジでヤバいんだ!! クリスマスにドームを借り切って前座でマリアナ・ブランドンにアカペラを歌わせるのに一体どんだけ掛かったと思ってんだ? 千二百万ボーゲルだぞ! お前のファイトマネーなんて鼻くそみたいな大金だ! なのにニンジャがいきなり出て来て会場中がコンドームに水を入れて膨らましたみたいなぶくぶくのバケモンだらけになっちまったんだ! あり得ねぇだろ!?」


「クリス、手を貸してくれ!」


「ファッキンブルシットだ!ミスターマッスル!! 俺の話を聞いてたか? お前の頭にはタンパク質の代わりにプロテインが詰まってんのか? 俺の頭はいまどうやって保険会社を言いくるめようかフル回転してんだ! このままじゃあ金を取り立てにドンキーの手下のクソどもが俺を捕まえてキンタマまでバラして売り飛ばしちまう!」


「クリス! エイドリアンがニンジャに攫われたんだ! 手を貸してくれ!!」


 コマンドー・ニンジャ、いや、旧友マキシマス・タカシがクリスの両肩を掴み真っ直ぐ見つめ懇願する。


 ニンジャ襲来という超常の恐怖から目を背ける為に、金という現実的な恐怖に逃げていたクリスの目が揺れた。


 この古い付き合いの金蔓の目を最後に真っ直ぐ見たのはいつだっただろうか?


 マイティ・ジャック・jrとのブックを飲み込ませた時だろうか? それとも、くだらないバラエティ番組で筋肉モンスターとして笑われてくれと頼んだ時か。


 それとも、遥か昔「俺がお前をスターにしてやる」と、有り金をはたいて仕立てた安物のスーツで精一杯の虚勢を張って、汗まみれの彼の手を握った時か。


 胸にチクリと痛みが走った。


 目を背けていたのは自分だった。


 タカシは、いつもこの目だった。


 クリスは言葉を探していた。

 この目に返す言葉を紡ぐには、時間が経ちすぎた。直ぐには出て来なかった。


 三カウントよりも短い時間。しかし、永遠にも感じられた沈黙。


 クリスがようやく口を開こうとしたその時、世界は懺悔を許さなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ